4-9 壱拾二話 信念へと続く道 3
1999-10-25 ...37°53'29.5"N 140°33'39.5"E
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ミスターソウマが残したセーフハウス、その室内で“手がかりの何か”を見つけ
私とチェロは、彼がマンションの駐車場に残した、グリーンのクーペで東北自動車道を
北上する。助手席のチェロは最初のうち窓の外に流れる異国の町並みに齧りつき、目に
入るもの全てに疑問を投げていたが、町並みを抜け、田畑や山並みの続く郊外に差し
掛かると、永遠と続く単調な景色に流石に飽きたようで、チェロは助手席のジュニア
シートの上で寝息を立てている。
本当に子供はよく眠る。どこかの本で読んだことが有る。10才までの児童は我々
大人のように事前選別なしに目や耳に入る全ての情報を脳へ蓄積する。
その蓄積した情報の理解や、記憶処理の為に必要なのが睡眠なんだそうな。
科学的なことはさておき、よく聞く世間一般の子守と違い、チェロはさほど手が掛から
ないのは仕事にとっては助かる。が同時に、この娘はこの子なりに、私に気を遣っている。
そんな仕草を稀に見せるのが心苦しい。
それは自分一人では生きていけないのを本能的に理解し、今唯一頼れる人間に嫌われない
様、必死に背伸びしているのに他ならない。何よりの証拠に、この娘は私の前で決して涙を
見せないのだ。それは私にとって何よりも辛かった。
それは──────かつての幸せだった己の幼い頃と重ねてしまうからだ。
私がまだ幼い頃、軍務で家を空けがちだった父は、事前の連絡もなしに、突然帰宅しては
ほんの数日だけ、普通の父親として家族と共に暮らし、すぐに帰隊する軍人だった。
その後、長い時は半年間会えない事もあった。そんな父に、私も決して涙を見せた事が
なかったのだ。
家を出る前、父は私に必ず母を頼むと声をかけ、任務に赴いていた。
今のチェロに近い年頃の私にだ。涙を見せない、それは幼い私が、父から与えられた
約束を果たす事と同義だったからだ。
家庭に戻った父は、私に特段優しく声をかけるでもなく、ただ寡黙に家族に接した。
だが私はそんな父が大好きだった。たとえ長い間会えなくとも、帰宅時に、私の頭を
撫でてくれる。ただそれだけで良かった。父が軍務に復帰する為家を出てから私は
寂しくて泣いた。そんな私を母が優しく抱きしめていてくれた。
父が家を空けている時、私には母が居た。私を育て、時に優しく微笑み、時には
厳しく叱られ泣いたこともある。本来子供が見せる涙に理由などいらないはずだ。
だがチェロには優しく抱きしめてくれる母親も、そして今や大好きな父親も居ない
この子が涙を見せる場所は──────無いのだ。
この子から両親を奪っていったのは紛れもなくこちらの世界の身勝手だ。
だから私は、偽善と呼ばれようと、ただの罪滅ぼし、そう言われても構わない。
たとえ一時的だとしても、私は父にして貰いたかった事をこの娘にしてやるのだ。
チェロからほんとうの涙が失われてしまわないように。
ハンドルを捌きながら、チェロの足元へずり落ちたブランケットを掛け直し
夕暮れ迫る東北自動車道をひた走る。
信念へ至る道を。
1999-10-27 ...38°18'26.7"N 140°43'04.4"E
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診療所の帰り道、いつもどおりの通い慣れた昼下がりの農道に、くすんだ赤いCT110を
走らせ、滝さんの牧場へ向かう。轍に取られる後輪を、内股でサドルを抑え込み
お尻を浮かしてバランスを取りながら、わざと滑らせてやり過ごす。
慣れた馬術の走法をしていると、頭の隅っこの方へ振り切った筈だった、お医者の
言葉が追いかけてきて、あたしに襲いかかってくる。
「日比谷さん、馬術はともかく、jumping競技はもう諦めたほうが良い。」
「このままだと本当に車椅子だぞ?」
あれは二年の夏。障害飛越競技の大会を控えた練習中に、あたしは落馬して右足に
怪我をした。その怪我は思いの外、重症で今あたしの膝は軟骨だけで支えられて
いる。たとえ完全に回復しても、ブリティッシュのjumpingにその膝が耐えられないだろう
と、手術に当たったお医者は言った。
退院後、お医者の言いつけも守らず、あたしはジュンと一緒に、幾つもの大会を
制してきた。だけど去年辺りから、時々有った違和感は鋭い痛みに変わるように成った。
顧問の先生は、膝の負担が少ないドレッサージュに転向してはどうかと提案してくれたが
もともと活発で、あたしを乗せ馬場を駆け回るのが大好きだったジュンに、規則的で
緻密な足運びを覚えさせるのは可哀想だったし、なにより、あたしがじれったくて
無理だった。
ソウマと滝さんは、そんなあたしを見かねてウエスタンの鞍まで用意して馬に乗る事を
続けられるように考えてくれたけど、革の重い鞍はジュンが嫌みたいでそれもナシ。
結局痛みを我慢して今までjumpingを続けてしまったんだけど──────
いよいよダメなの?
「──────やっぱ、もうムリなのかな。」
(ピリリリ)
ぽろりとそんな言葉が口から溢れ出してしまい、鼻の奥がツーンと痛んだ時
ケータイが鳴る。スンと一つ、その痛みを空気と一緒に吸い込んで、あぜ道の脇に
ハンターカブを寄せる。後ろにリボンの付いた、ベルベットの乗馬ヘルメットを脱ぎ
ミラーにかけ、制服の上に着たオイルドジャケットから、二つ折りの携帯を取り開く。
それは、富じいからのメール着信だった。
本文には
『戻るな。』
只そうとだけ書かれていた。
◆
嬢ちゃんに大阪出張を告げた相馬がコッチに顔見せなくなってもう一ヶ月だ。
最初こそ取り乱してた嬢ちゃんも、ヤットコさ正気を取り戻して日常に戻っちゃいるが
この状況を見たら、またぶり返しかねんよなぁ。
数日前から滝や町の連中が相馬の車を見た、帰ってきてるのかと聞かされてはいたが
戻ってきてるのにおれや嬢ちゃんに挨拶もないのは相馬らしくねぇ、こりゃ何かあるなと
警戒しちゃいたんだが──────、理由はコレか。
突然現れたその若い異邦人は顔色一つ変えず、信念の眼差しで食い下がる。
だがこちらもおいそれと認めるわけには行かねぇ。
あきらめてお引取り願うため、念押しの追撃を見舞う。
「わりぃがよ、そんな男も娘っ子も、ここにゃ居ないと言ったんだ。」
「──────。」
「まいったねどうも、そうやって玄関先に突っ立って居られてもなぁ。」
「おめぇさん、日本語は?」
「───ご心配なく」
「ならとりあえずだ、庭から縁側に回っとくれ」
「ナンバー見るに、遠路はるばる着た見てぇだからよ」
「帰る前に茶ぐらい呑んでいきな。」
相馬の車で突然現れた外国人の男と少女、そして彼の口から相馬や美咲の名が
出たとなりゃ、数年前の若造の話、信じないわけにも行かねぇなこりゃ・・・
あれはもう四年前になるのか──────。
なんだ?見ず知らずの若けぇのが、おれを訪ねてくるのは、何処ぞでなんぞ流行って
たりすんのかねぇ。
◆
晴れて定年となり、嬢ちゃんとコッチに戻ったはいいが
男手の居ない実家の庭は、そりゃもうジャングルのように荒れ果ててな、見かねて
庭木の手入れをしてる時にその男は突然現れた。聞くに、古巣の本庁から御出なすった
っていうじゃネェか、相馬よりもまた幾つか若いひよっこの話を聞く為
おれはその若い刑事を居間に上げた。
「まぁ、突っ立ってないで座れや。」
「では、失礼させてもらうっス」
「───で? わざわざ東京から着たからにゃ」
「それなりの理由がありそうなもんだがよ」
「その訳を聞こうじゃねぇか、───ええと」
「如月ッス、富山さん」
「で、如月さんよ、引退したロートルに今更、本庁の刑事さんが何の様だい?」
東京からやって来た若い刑事は、チャラけた顔をスッと引き締め、胡座から正座へと
座り直し、本題を語りだした。
「───相馬センパイについてです。」
「私は表向き、相馬センパイの相棒として動いてますが」
「実は──────相馬センパイの監視が目的っス」
「上からの指示か?」
「そうッス、村瀬課長の指示ッス。」
なんだってまいったね、相馬が監視対象ってことは、あの一連の裏工作が
部長にバレたって事か? でもそれなら何故、相馬に知られないように、こんな子飼い
に監視なんざさせるんだ? 相馬とっ捕まえて締め上げりゃいいだけの気もするがなぁ。
「ご存じないかもしれませんが、富山さんが引退なさってから、すぐに」
「組織改編があったッス」
「相馬先輩と当時の村瀬部長に辞令が下り、共に移動になったッス。」
「奴さん何かまたやらかしたのか?」
「そうじゃないっス」
「富山さんが退職されてから、村瀬部長は公安局外事一課課長へ昇進」
「相馬先輩は刑事課から、本庁公安局外事第四課に転属。」
「所属替えになったっス。」
「四課ぁ? 本庁でもそんな課があるとは聞いたコタねぇな。」
「ムリもないっス、表向き四課は存在していないッスから」
「どういう事だい?」
「警視庁公安部外事四課───」
「国内外のある者達に関する捜査・情報収集及びリクルート」
「そして彼等の研究と実務運用。」
「いわば連中専門の実働部隊ッスね」
「はぁ──────、つまりは、相馬の得意技の話しかい」
「───そうッス。」
「──────で、如月さんよぉその話、おれが聞いた上でどうしろってんだ?」
「相馬の秘密でも教えろっていうのかい?」
「・・・・・・いいえ、違うっス。」
「相馬センパイ達の────ここは能力者とでも言いましょうか。」
「彼ら能力者は、全世界でもとても稀有な存在なんス」
「村瀬課長が一課へ配属に成ったのは、分裂状態に陥った合衆国と───」
「その同盟関係が曖昧になりつつ有る同盟各国の能力者に関する情報収集と」
「可能ならばその奪取、つまりは弱体化したスキに此方側へ引き抜こうとする目的だろうと
オレは睨んでるッス。」
「そして、オレがセンパイの監視役になったのは」
「多分、相馬センパイの首輪や鈴の役目だと思うッス」
「裏を返せば、相馬センパイが他国、他勢力へ渡ったり、なにか企んでいる時の警鐘。」
「そう村瀬課長が見てるってことっス。」
「──────なるほどねぇ。」
「さながら武器禁輸措置みたいなもんだな。」
「でだ、それをおれに語ってどうするっていうんだい、如月さんよ?」
「──────、相馬センパイや富山さん。」
「あなた達がもし仮に、何かしようとしているなら」
「村瀬課長には気をつけてくださいッス。」
「課長の下に居た富山さんにこう言うのも釈迦に説法ッスけど」
「ご存知でしょう?」
「あの人が好きな、強行策も課長となった今や、国家の後ろ盾を得て」
「全て正当化されるっス。」
「ただ、それを伝えたくてここまで来たっス。」
「ふむ──────まぁ仮に、お前さんが言う企みを」
「おれと相馬がシてたとして、今の所課長にバレちゃいねぇが」
「時間の問題。そう言いてぇのか?」
「いえ──────、そこまでもと言うか、課長はまだ何も掴んでないでしょうが」
「何か事があったら、真っ先にあなた達が疑われ、火の粉を被る事になるッス」
「まったく迷惑な話だねどうも、隠居のお爺が今更何するってんだ」
「仮に相馬が何かやらかしそうに成ったら、そんときゃおれがゲンコくれてやるわ」
「───富山さん、相馬センパイをよろしく頼むっス。」
「オレはセンパイの近くに居るだけで、センパイの力にはなれないッスから」
「───あぁ、おみゃさんも損な役回りになっちまって大変だろうがよ。」
「気ぃつけてな。」
「了解ッス!」
「じゃぁ新幹線の時間があるのでこれで失礼するっス。」
「──────、あぁチョイとまちな如月さんよ。」
「おれがオメェさんを村瀬の間諜だと踏んでだ」
「いいだけ情報を聞き出して、今や用済みだ。」
「アンタをこのままオメオメと、村瀬の元に帰すわけにも行かねぇなぁ」
「この意味、わかるかい?」
「富山さん──────もしそうなら。」
「あなた方がすでに何か企んでいるとしたら」
「貴方はこうしてオレから話聞くまでもなく家に招き入れて無いっスよ。」
「オレは玄関先で伸されて終いッス。」
「よし、ナンパだが警察官としての状況判断は悪くねぇ。」
「いいか如月よ───、何かあったら真っ先に逃げ出せよ。」
「相馬や村瀬に付き合ってたら、その生命いくら有っても足らんぞ」
「いいな?」
「ヘヘッ──────。」
「そうならない様に、祈っててくださいッス!」
おれが絶対聞くことのなかった相馬達の得意技──────。
まさか引退した今になって第三者から聞かされる羽目になるとはな・・・・・・
◆
相馬が陸自から引き抜かれて県警に来てから、おれは奴さんをイッパシの刑事として
ヤッていけるようにイチから鍛え込んだ、陸自じゃそれなりに手練だっただろうが
刑事としちゃ坊やだ。あっちゃこっちゃ連れ回して様々な事件に触れる中
人の悪意や理不尽に打ちのめされ、凹んだ坊やは何度かおれに得意技の話をしようとした。
だがおれはガンとして聞かなかった。
どんな裏技使おうが、おれは刑事の直感以外信用してないってのも有ったが
アイツの人生に──────いや、アイツの信念に必要以上に肩入れしたく無かったって
のが本音だ。なんせ奴とは生きてる時代が違うからな。ヤツの思想・信条・信念を
オレの古びたモノサシ使って計りたく無かったんだわ。
相馬を評価し語る上で、おらぁ等身大の相馬そのもの以外信用しちゃいねぇ。
本当の信頼とか人間関係なんざそれで十分と思っていたからな。
認めたかねぇが、いつしかおれはアイツを、愛弟子以上に可愛がっていたんだな。
まるで息子のようにな。それは今でも変わりねぇ。週末に嬢ちゃんの様子を見にコッチに
帰ってくるアイツと一献酌み交わすのが楽しみで仕方ないのさ。
一緒に仕事していた上で、奴に特別な何かがあることは薄々感づいちゃいた。
そして、アイツ等のそれは、おれがどう足掻いたって及びもしねぇってのもな。
そんな世界で、もし相馬が窮地に立たされたら俺は、かないもしねぇ相手に後先考えず
突っ込んでいっちまうってのも分かってた。何もてめぇの命が大事だってんじゃねぇよ。
おれが命と引換えにせめての一太刀を見舞って散った後、残された相馬が心配なんだよ。
年の割に落ち着いて見える男だが、裏を返しゃ今まで常人が想像もしないような
修羅場に身を置いていたってことだ。そんな状況にいながら、アイツは、一時とは言え
愛しそして散った女に涙を見せ、成り行きで匿った少女に兄のような愛情を注いで来た。
特別な力なんてなくてもよぉ、人間一人ソイツがどんな人間で、おれがソイツと心を
通じあわせたいかどうか──────そういう計りなんてのはさぁ、それだけで十分だと
思うなぁ、おれは。
「おぉ、コッチだ。そこに座んな。座布団敷いてな。」
「番茶しかねぇが──────、アンタ飲めるかい?」
「──────えぇ。」
「嬢ちゃんはカルピスでいいな、待ってな持ってくっからよ。」
おれは縁側に腰を掛け、膝の上に少女を乗せ、庭の一点を見つめたその男を
勝手で茶を汲みながら眺めている。隠しちゃいるがその腰には、この国じゃご法度の
獲物を下げてらぁな。長年の目に狂いはねぇ、ハジキ隠し持った独特の腰つきだ。
まるでスパイ映画の役者のように、その手には薄手の革手袋を履き、青いその目の
眼光は、明らかにカタギの物じゃねぇ。仮にこの男が、膝の上の小娘を連れて
いなかったら、おれは玄関先で問答無用に投げ飛ばし締め上げてただろうさ。
能力者──────かぁ、おおかた、この若けぇガイジンさんもそうなんだろうさ。
問題は敵か味方か──────、ただそれだけだ、この男の不自然さは、最上級の
警戒に値する説得力を纏ってる。
「はぁー珍しいねぇ、若い身空の外人さん親子が」
「何だってこんなところに?」
「──────婆さま、奥の部屋に行って鍵かけときな。」
そう婆さんに伝え、おれは何もないよりゃマシと、テーブルのりんごの籠に有った
果物ナイフをドテラの懐に忍ばせ茶を持って縁側へ向かった。
「またせたな。粗茶だがなぁに、あんがい悪か無いよ。」
「さ、飲んどくれ」
縁側に自分の座布団を置いて、その上にどっかり腰を下ろし自分の分の茶をすする。
「お気遣い感謝します。」
そう言うと舶来の物の男は、手慣れた手付きで茶碗を持ち上げ番茶を啜った。
「──────で、人探しにわざわざ町外れのココへ来たのには訳があるんだろ?」
「まずはその辺りから聴こうじゃねぇか。えぇと・・・」
「──────ダニエル、彼からもそう呼ばれていました。」
「ダニエルさんね。」
「彼ってのは、その相馬って奴にか?」
「えぇ。」
「で、探してるって言うその娘っ子。えぇっと確か美咲っつったっけか。」
「その娘はその相馬って男の娘なのかい?」
「──────申し訳ない、私は彼から彼女の詳細は聞かされていないのです。」
「ただ、彼女を守って欲しい、そう依頼されただけ。」
「へぇ、そんな僅かな手がかりでわざわざこんな田舎までねぇ──────。」
「さっき“呼ばれてた”そう過去形で語ったな」
「その男、何か有ったのかい? 」
「保護するにしてもなんで、その男が自分で守らねぇんだ?」
若い異人さんは、膝の上でストローを咥えた少女の頭を撫でている手を止め
その目尻にスゥっと影を宿した。
「ミスターソウマ、彼は──────」
「あん?死んだのかい?」
「──────いや、ただ・・・・・・行方も生死も定かでは無いのです。」
カマを掛けて語らせちゃみたがどうやら、おれ等が知る相馬の行方や近況と、この男の
認識に齟齬はない。おらてっきり、私が殺した位な言葉が出ると思って、懐のナイフを
握りしめちまったんだがよ、取り越し苦労で良かったよ。
「でだ、ここに来たのは何か手がかりが有るんだろ?」
「拝見させちゃもらえないかい?」
おれのその言葉にダニエルという男は、懐から古びた写真立てを取り出し
おれに差し出した。
「──────ふむ。これは卒業式の写真かな?」
見覚えのあるその写真。中学校の校門前で照れたような苦笑いの相馬、そしてその腕に
両手でしがみつく制服姿の少女。その顔の部分は切り取られていた。
見覚えのあるのは他でもねぇ、婆様が隠れてる奥の部屋に、美咲の顔が切り取られて
いない同じ写真が有るからだ。
「ほう。娘っ子の顔がないな」
「ミスターソウマが語っていました。」
「彼女の存在は、この国だけでなく」
「世界中のいかなる組織にも表沙汰に出来ないと。」
「それだけ彼女の存在は特異で、同時に世界中から狙われることになると。」
「この写真は、彼女を守るために切り抜いたのではないかと思います。」
「へぇ──────で、これは何処で?」
「彼──────、ミスターソウマの隠れ家から拝借した。」
「ほう。まさか押し入ったのかい?」
「いいえ、彼から託されたこの鍵を使って」
そう言うと、男は相馬の個人事務所の鍵を取り出し、茶が載る盆の上に置いた。
「で、この写真で何故ココへ行き着いたんだい?」
「ゲートに映るジュニアハイスクールの名と、それに──────」
「季節が周囲を染める前に、そう彼は伝言を残していた。」
「写真の、彼らの足元に残る残雪。」
「季節とは雪の事を指しているとすれば」
「東北、この仙台で間違いないと思い至った。」
へぇ、なかなかどうして見事な推理だ。本当に相馬が美咲をこの男に託したとしたら
なるほど頷けるわなぁ。
「なるほどな、この学校は確かに町の西側にあるな。」
大人二人がそうして難しい話をして居ると、彼の膝の上の少女が目を擦り始める。
「なぁ、ダニエルさんよ。今晩宿は取ってるのかい?」
「いいえ、まだ何も。」
「まぁこうして知り合ったのもなにかの縁だ」
「待ってな、知り合いの民宿に連絡入れるから、今日はそこに泊まりな。」
「明日改めて話し聞こうじゃねぇか。」
「ひょっとしたら、何か手助けできるやもしれねぇ。」
「──────助かります。」
そうして、今日のところはお引取り願った。
おれは同級生が営む民宿に電話のダイヤルを回しながら庭の男を見る。
奴さんが見せたあの仕草。滾った番茶の入る熱い湯呑、それを持つ手付きと茶の啜り方。
昨日今日この国に来て出来る茶のしばき方じゃねぇな、少なくても奴の流暢な日本語も
オレを油断させるために演じてるわけじゃなさそうだわ。
それに奴さんが連れてる少女だ。今奴さんは、親指を咥えた少女を胸に抱き、背を
とんとんと叩きながら夕日を見つめている。
奴さん、あの娘を可愛がりすぎてる。大事に扱いすぎてるってことは、壊れてしまわない
ように怯えてる証拠だ。娘っ子、見た所4、5才位ぇか。
本当の娘なら、四、五年一緒にいたら、少々のおざなりな扱いも分かるってもんだが
奴さんにはそれがない。
ありゃ、本当の親子じゃねぇな。
ったく、相馬といいお人好しにもほどが有るよな。
若けぇ癖にナマイキだよ全く──────。
「───おぉ、石橋。久しいな、富山だ。」
「わりぃがよ、一部屋用意してもらいてぇんだが空いてるか?」
「──────あ? 久々に客が一人泊まる予定だ?」
「珍しいな、どんな客だ?」
「──────出張のサラリーマン風かぁ。」
「そんで。部屋は?───おぉ、じゃそれで頼むわ。」
「後よ、頼みがアンだわ。今からそっちに行く客な───」
「警戒厳で頼むわ。」
「おぉ、なんかあったらすぐ連絡くれ。じゃ今からそっちやるわ」
電話に備え付けのメモに住所と手地図を走り書いて子連れの若造に渡す。
相馬の車に乗り込み、家の前の坂を下っていく彼らを見送っていると
見慣れない白いセダンが一拍おいて彼らを追った。
運転席のサラリーマン風の男が目だけでこちらを確認するのを、おれも横目で
その男の人相を記憶する。
「──────ったく、ダンディ気取ってるがよダニエルさん。」
「アンタ、がっつり付けられてるわな」
そう呟いてため息をつきながら、美咲に帰ってこいとメールを入れた。




