4-6 壱拾壱話 ローン・ウルフの鎮魂曲 5
「───貴様ァ、何者だ?」
チェロを奪還し胸に抱いた今、一人老年の男が退路を阻んでいる。
涼し気な色合いのスラックスと開襟シャツの着流しスタイルがバッチリ板に付いたその男。
いかにも南国に見合った格好だが、顔つきが明らかにアングロサクソン系で、どうにも
地元で成り上がったタイプには見えない。どちらかと言えばフロリダのビーチで
モヒートでも呑んでそうな手合だ・・・・・・。
「いけない、ボス!」
「逃げろ!! そいつはホンブレロボだ!!」
私達に銃を向けるその男に、牢に自ら囚われた私兵が懇願するよう鉄柵に飛びつき
ながら彼の正体を語る。
「シー。」
銃を握る手と逆の指を一本立て、牢の男を制す。
手にした銀のリヴォルバー、その撃鉄を親指でゆっくり起こした。
その元主人に対し、チェロを抱く私の足元に仕える、今や私の眷属が牙を剥きながら
低い唸り声を上げる。
「ほう───。あんたがボスか、ご多分に漏れず」
「外道のようだな。」
圧倒的不利な状況を変えるため、銃を向ける相手にゆっくり語りかける。
「フッ──────外道? お前こそ外道ではないか」
「ここまでの道中、一体何人殺した?」
「それとも、ただの外道ではなく」
「本当に狼男なのか?」
バカにしたような笑みを浮かべ、男は私に銃を向け直す。
「かもな───、行き過ぎた悪事が怪異を呼び込むのだ」
「たとえば───この子を拐ったりな」
「拐う? 拐っただと? バカを言うな」
「ガキの親父が連れてきたんだ」
「一晩預かってくれとな」
「まぁピーピー煩いから檻に放り込んだのは確かだが?」
「ッ──────」
カルロスが自ら連れてきた? なぜそんな嘘を今この男が語る?
いや、カルロスのトレーラーハウスを守りきった話もまさか捏ち上げだったと?
私は、はじめから奴に担がれていたとでも言うのか?
「──────クックック、そうか解ったぞ。お前、カルロスに嵌められたな?」
「おおかた、娘を助けてくれと、奴に頼まれたのだろう」
一気に旗色が悪くなったどころか、敵味方が同じ色をして頭の中を黒く塗り替えていく
絶望的な感覚に襲われそうになるが、私は変わらすポーカーフェイスを続けた。
「───だったら」
「どうだというのだ?」
「貴様が今直ぐその銃を下ろせば見逃してやろう」
「私はここを出た後、奴を始末するだけだ」
「そうなったとてアンタにゃ一切関係のない話だが」
「この状況で貴様が私に対し引き金を引けば、間違いなく貴様は死ぬぞ?」
「むしろ、ハメられたのはそっちではないのか?」
「──────General.」
「フッ───苦しいな」
「そうかな──────?」
「貴様が肝入で揃えた私兵が上でどうなっていた?」
「カルロスがケルベロスの檻に私を誘い込んだとして」
「そのケルベロスも私の敵ではなかった訳だが?」
「事ここに至って、私がその首を一つ残そうが、全て落とそうが大差ないぞ?」
「むしろ、全て落とす方を望んでいる者が───」
「ステイツには多いみたいだが?」
「チッ──────戯言を!」
「───なんでも?連中のマズイ情報を握っているそうじゃないかGeneral.」
「まぁ、そんなのも私には関係のない話だが」
「ピッグス湾から続く極秘作戦は部下には内緒なのか?」
「だっ黙れ! 貴様ァ、何処まで知っている?」
「私がかつてパラミリだった事も知っているのか、答えろ!!」
「ぼ、ボス?」
そう語ると私に向けられていた銃口がゆっくりと左を向き、鉄格子にすがる部下を
捉える。耳を劈くような爆裂音が地下の閉鎖空間で鳴り響き、胸の少女が悲鳴を上げる。
なるほど、元CIAの準軍事作戦将校だったが、身を持ち崩し、今や中米の麻薬王とはね。
Roguesのステロタイプにも程が有る。
「───どうした? 部下を撃つなんて見上げた上官だなGeneral.」
自分の部下を殺めた銃口が再び私に向く。
「煩い!黙れ!貴様ァ、何処の組織の者だ!?」
「まさか、ロバートの差し向けた刺客なのか?」
「これまで国に尽くしてきた私は、もう用済みだとでも言うのか!」
奴に聞かされていたカルテルの話と、ゴシップ誌のネタを咄嗟に
つなげて語ってみたが十分に効果あったようだな。
後ひと押し。───といった所か。
「何処にも属しちゃいないさ。そう今はな───」
「それより、ご心労耐えない様なのでここで朗報だ」
「私は別に貴様の生死など求めていない」
「このままこの娘と私が去った後、好きに懺悔すればいいさ」
「自分の血塗られた半生をな」
「クッ──────バカな!」
「このままオマエを黙って見逃せというのか!!」
「あんたがどんな悪行を成し、これからどんな地獄に落ちようが、私には関係ない」
「これから先、この子と父親に手出ししなければもう二度と会うこともないだろう」
「それが出来ないというのであれば構わん、私を撃てばいいさ」
「好きにすればいい」
「ただし、その前に一つ聞いていいか──────?」
──────仕上げだ。
「その銃。シルバーバレットは装填済みか?」
冷や汗が一筋、キラリと男の頬を流れた。
スクイズコッカーを握り込んだ音が地下室にこだますると、元パラミリの麻薬王は
ゆっくりその役立たずな銃を力なくおろした。
「────賢明な判断だ」
下を向き、武者震いする男にP7を変わらず腰溜めで照準しながら男の後ろの階段へ
歩み寄っていると、階段の上から声がした。
「ボス?そいつの仲間を捉えました、今連れて降ります」
「撃たないでくださいよ。さぁ行け、降りろ」
仲間? バカな! クソ、なんてタイミングだ!!
階段より後ろ手に手錠をされたカルロスが小銃を手にした私兵に連行されて降りてくる。
その最悪な光景をスローモーションで見せられていると、振り返る麻薬王の顔が
烈火のごとく怒りを湛え、前を行く男にその銃口を向けた。
「きッ───キサマァァァ!!」
「よせ────── 撃つなッッ!!」
ガキィィンと凶弾が放たれた音が地下室へ響き渡り、少女の精神の糸を遂に切り
チェロが私の胸で気を失う。気の触れた麻薬王が放った凶弾は、囚われのカルロスの
脇腹を捉え、彼の真っ白いシャツがスパッと朱に染まる。
時をほぼ同じくして、麻薬王の怒りに震える肩を私の放った銃弾が撃ち抜いた。
「行けェッ!!!」
傍らに仕えていた眷属にそう叫ぶと、眷属はまるで縮めたバネが飛び出すように
うろたえた私兵へ向かって行き、その首元に食らいついてそのまま引き倒す。
私はその後を追うようにカルロスの元へ走り込んだ。
「カルロス! カルロス!! しっかりしろ!」
「──────オイ!カルロス!!」
「あぁ、ダニー。ヘヘッまたここに戻ってきちまった」
「───チェロは?」
「ココにいる無事だ。さぁ血を止めたら行くぞ、しっかりしろ」
手錠の左右をつなぐ鎖を銃口で床に押し付け、銃弾で切断する。
ウエストに巻いたFirst aid kitから止血剤とアドレナリンをカルロスの太ももに打ち
徐々に紅く染まりゆくシャツの上から脇腹の傷口を抑え込む。
「ぐアァァ──────ッッ!!」
「ダ、ダニー・・・い、いいから」
「置いていけ・・・」
「馬鹿言うな、聞いたぞ───」
「オマエがチェロをココへ連れてきたんだとな」
「理由を聞かせてもらうまでは死なせないからな、いいな!」
「いい、──────いいから、置いて・・・・・・いけ」
「ダニー、グレネードを投げ込まれりや、そこまでだ」
腰のVP70を二挺ベルトから取り外し、マシンピストルへ組み立て
カルロスの両手に握らせる。
「だったら! とっとと立つんだよ! ほらァ!!」
その脇の下へ潜り込んでカルロスを担ぎ立たせ、P7M13からスリングで胸元にぶら下がる
P90へ持ち替え階段を登り始める。
「まさか、本当にお荷物2つ。抱えて逃げるハメになると──────はっ!?」
「ぐっ・・・・」
カルロスの語ったif話を思い出した時、私の右太ももと右腕に焼けた杭が
打ち込まれる感覚が貫き、辛くも支えていた3人分の体重を支えきれなくなり
崩れ落ちそうになる。
「バカなッ!?──────クソッ!」
「ハハハハハーッッ! どうだ!!」
「ご希望のシルバーバレットの味はあァァァ!!」
「ギャぁぁッッ手がぁ、私の手がァァ!」
階段の下へ視線をやると、我が眷属が麻薬王の銃を握る手を噛みちぎっていた。
「そうか──────クッ!」
P90を握るこの手から、かすかに見える青い樹脂のコーティング。
奴を倒した時、私はいつもの感覚で居た。
素手で握った得物ならば一撃で獲物を仕留める力。
しかし私の能力は、CIAが施した青い樹脂で封殺されていた。
この痛みは、能力に胡座をかいて気を抜いた罰という訳だな。
3人分の体重を地上に持ち上げた私は、階段を閉ざしていた鉄柵に体を預け
一旦へたれ込む。そのまま気を失いそうになるも、ヒュイ!と歯笛を鳴らし、地下の
眷属を呼び寄せ鉄柵を締めた。その後、二人を抱え向かいの警備詰め所部屋へ転がり
込むとポーカーテーブルをひっくり返しその影にチェロを寝かせて
彼女を眷属に護衛させる。
「カルロス! おい起きろカルロス!!」
「娘を守るんだよ! ホラしっかりしろ!!」
虫の息の父親をポーカーテーブルに預けて、VP70を握らせていると
彼は私の胸元をつかみ、力いっぱい自分の口元へ引き寄せると、力なく語り始めた。
「ダニー、ぐっ・・・ハァハァあの日アジトに──────戻ると・・・」
「カルロス! そこまで着てるんだよ大勢なッ!」
「戻ってからにしろ!!」
「いいから聞け!!ゴボッ・・・・」
「クソッ!──────要点だけ手短にしろ、詳しくは後で聞く!」
「──────セ、セーフハウス・・・に、居たんだ」
「グレイゴーストとフェアリィが・・・・」
「なにっ──────! 確かか!」
「・・・・あぁ、そして俺に言ったんだ」
「ダニーを・・・ココへ導けとな」
「チェロを連れて行けと!?」
「い、いや──────ただ、導け・・・・」
「───と」
「カルロス!! ふんばれ! 起きろ!」
「ダ──────、ダニー?」
「なんだ、私はもう行くぞ、踏ん張って入り口に銃向けてろ」
「ダニーー!!!」
「あぁ! 聞いてるよ!」
「俺が・・・先にチェロをみつ! ゲホッ、ハァ 見つけて」
「お前を置いて・・・逃げる───つ、つもり・・・・・・だった・・・」
「すまないダニー・・・・これじゃまるで──────俺が」
「ベネット」
「だ──────・・・・」
「バカヤロウ!いいから、娘を守ってろ!」
「死ぬな!チェロを置いて逝くなど絶対許さんからな!」
「子供には親が必要なんだろ!!」
そう、このバカ親に言い放って、私は私兵を向かい撃つ為、部屋を出たのだった。
♠
まばゆい朝日が、赤々と染まる私の景色に鋭く差し込む。
玄関先の砕け散った噴水の縁にへたり込み
空薬莢の散らばるタイル敷のコンコース
赤く染まった視線から
まっすぐ投げ出した己の両足がぼんやり見える。
突然の横風がその足元の空薬莢を吹き飛ばし
私の足元から戦いの痕跡を奪ってゆく。
風の吹く方へ頭を向けると、黒い影が朝日を遮り私の周りを暗く染めていく。
握られていた血まみれのP90を見るとボルトストップしている。
腰からP7を取り出し、血で赤く染まる空を舞う死神の眷属に、震えながら何とか照準する。
「──────ジャック」
聞いたことの有るような声、死神が私の名を呼ぶ。
P7の上から死神の御手が被さるように抑え込み、私から銃を降ろさせる。
遂に地へと降り立った黒鳥より大勢の悪魔が火の杖を携えて次々に溢れ出し
やっと守りきった親子の元へと流れてゆく。
やめろ!
よせ!!
そっちにはチェロと怪我を負った父親が!
玄関に流れ込む黒い影たちに銃口を向けると
そっと私のP7M13が上へと引き上げ、取り上げられた。
『───ジャック!!』
その声に、ハッとした次の瞬間。2隻のガンシップのけたたましい羽音が周囲を満たしていた。
「アルファ!周囲を掃討しつつ本邸を制圧!」
「ブラボーは掃討しつつボートハウスを制圧」
「全チーム、お宝と協力者親子を探し出せ!」
「急げ急げ!我々のメキシコ滞在時間は5分しかないぞ!」
「Go Go Go!」
指揮官らしき男の方へ視線をやると、バカみたいにUSAと刺繍の入った
ベースボールキャップを被り、尖ったシューティンググラスを掛けた
髭面のジョンが居た。
「───へへっ・・・何が、USAだ・・・」
「あぁ?コレか、欲しいか?」
「やだよ、あげない」
ザザッ「アルファよりビッグブラザー、本邸地下でお宝発見」
「アルファよりビッグブラザー、本邸一階で対象者二名発見。内一名死亡」
ピピッ「BBからブラボー、そっちはどうだ!」
ザッ「ブラボーよりビッグブラザー、制圧完了。クリア!」
「よーしよし」
「全チーム、状況終了。撤収するぞ、急げ急げ!あと1分だ!」
「──────ジョン」
朝焼けを背にした眩しさと、額より流れる血のおかげで、まともに見れないその男に
語りかける。
「どうしたジャック?」
「タバコ────、あるか?」
「あるよ、有る有る。家に戻れば一生分な」
「で、今回はどうする、乗っていくか?」
守りきった玄関から兵士が溢れ出てくる。担架には血まみれの大人の姿。
後を追うように死体袋。そして───
兵士の一人が毛布でくるまれた少女を抱きかかえ、こちらへ戻ってくるのを認めた。
「───あぁ、頼めるか?」
「オフコォォース!」
「オラオラ、オメーラ! 早く乗り込め! 離陸するぞ!」
「誰ひとり置いていくな!」
「ビックブラザー! この犬はどうします?」
「あぁ?犬だぁ? 乗せろ乗せろ」
「うちの新妻が犬飼いたがってんだ、行くぞ!」
ジョンは頭の上で立てた人差し指を手首ごとぐるぐる回す。
すれ違う兵士の尻を平手で叩いてそのままヘリに乗り込んだ。
「立てますか?こちらです」
そう言って私に肩を貸す兵士と共にジョンの乗り込んだヘリに転がり込む。
後を追うようにチェロを抱いた兵士が乗り込むと、ふわりとした感覚が体全体を襲い
景色が全て下に流れ落ちた。
♠
途切れ途切れの意識の中。どれほどの時が流れたのだろうか?
満身創痍の私の肩をバンバンと力強く叩く奴がいる。
「ジャック! おいジャック見ろ!!」
「──────なんだ?」
「フロリダが見えてきたゼ!ヒュー!これぞ我が愛しのアメリカ」
「──────よかったな」
「あぁそうだ、ジャック」
「オレはアンタの女王陛下じゃないから勲章や爵位は与えてやれねぇが」
「ご褒美に欲しいもんが有るなら力になるぜ! どうだ? 何がいい?」
「────────────」
「TOKYOへの切符・・・二枚」
「はぁ? そこはグリーンカードって言うところだろうがよ───っタク!」
「ジャック?おい!!」
「ジャァアァァァァック!!!」
「なんだ寝ちまったのかよ」
「あ?なんだ、おおそうか。で、脈は?」
「よし、じゃ輸血しとけ」
「ジャック!───まぁいいや、じゃ寝ながら聞いとけ」
「このままじゃ夢見が悪いだろうからなァ」
カルロスは助からなかった、娘に覆いかぶさるよう、犬と娘を抱いて果てた。
だが幸いチェロは助けることができた。
元パラミリの麻薬王も命を繋いだらしい。
私が放つ必殺の銃弾を受け、生き残ったただ一人の生還者となったわけだ。
一夜のうちにその頭を失ったケルベロスは瓦解。各地に点在した農園も
CIAの協力を元に、メキシコ政府が掃討に乗り出したらしい。
強豪カルテルの一翼を担った組織がこうして一つ終焉を迎えた。
ピッグス湾事件後、中南米の小国へ行ったCIAの直接的軍事援助が各国の非難を浴び
中南米に広がる東側政権打倒も失敗に終わったが、一度外れた箍はそれだけでは
止まらなかった。なし崩しのミサイル基地建設。
そしてかつての超大国アメリカの東西分断。
国内の共産化はなんとか免れたものの、中南米の弱小国がキューバの後を追う事は
時間の問題であった。貧困が全体主義へとつながるのが世の常だからな。
そこで苦心の末にCIAは、表向き人道支援の名目で、各種医薬品と義援金。
と言えば聞こえはいいが、実際はアヘンを始めとした麻薬植物の栽培とその技術。
そしてその販路を中南米各国へばらまき、麻薬の金と薬効で民衆を骨抜きにする事で
共産化を防ごうと画策した。この一連の非公式作戦が“ブラックローズ作戦”と
呼ばれるものらしい。
その作戦に参加したCIA工作員の一人が今回生き延びた麻薬王。彼だった。
30年もの間、各地の小さなケシ農園を束ね続け、遂には中米の麻薬王と呼ばれるにまで
上り詰めることと成った。
当時のCIAの非公式作戦は数あれど、これほど現代にまで禍根を残すものは少ない。
そんな中でもこの件は、現代の東西国内にはびこる麻薬蔓延の元凶の一つだった。
旧時代の負の遺産。自らが撒いた種がいまや自らの体をを蝕み侵していた。
惨憺たるこの状況で、当時のCIAの機密書類にアクセスできる者は、過去の事実を公にし
責任に目を瞑り続けている現政権に、公的責任を取らせようと政治的画策を企む。
社会正義?
いいや違う。理由は、なんてことはない、選挙に勝つためだ。
彼らには、そこで流された血も、志ある者の無念も、そして民衆の苦悩さえも票になる。
一方、過去に中南米の各国へ行った非合法作戦が下手げに民衆の知る事と
なり、民草のいらぬ正義感で、現政権とともに糾弾された末の組織解体を恐れたCIA長官は
この機密文書を握る下院議員と密約を結んだ。
つまりカルテルのボスの首と密輸ルートの引き渡しを条件に、公聴会でのCIAへの
責任追及の撤回、及びブラックローズ作戦の情報開示をもみ消すという取引だ。
そしてその企みは、私とカルロス親子の犠牲を伴って実現した。
機密文書を握る下院議員は、旧体制の黒い闇をひた隠しにする現政権へ、揺るぎない
証拠を明るみにし、糾弾することで議員選の票へ変える代わりに、カルテル撲滅の名誉を
票に変えた。そしてCIAは機密のもみ消しと、その立役者の逮捕起訴によって政府や国民の
糾弾を免れた。
結果的に政治屋の選挙の票集めと
クソしみったれた組織の保身に私やカルロス親子が利用されたという訳だ。
───表舞台の出来事はこんな所か。
しかし我々、裏舞台の物語は終わっていない
どころか、この後長きに渡り私を疑念の渦に叩き込むことになる。
奴が別れ際に語ったロイとエレクトラの存在。彼らが私を表舞台の茶番劇に
出演させた意図だけは、深い謎として私の心に深く突き刺さった。
そしてミスターソウマとミスミヤコの消息。
彼らは本当にこの世界から消えてしまったのか?
まぁ、今は努めて忘れよう。
組織を離れると決めた今の私には、どうすることもできないのだから・・・
私は私の信念に従い、彼より託されたクイーンの守護という約束を果たす為に
この命を捧げる。ただ、それだけだ。
1999-10-20 ...38°48'58.9"N 77°02'19.4"W
.....Access
「───とまぁ、真相は定かじゃないが」
「逮捕した麻薬王は、移送中に逃亡を企て警備のSWATによって蜂の巣」
「奴と繋がりのあった黒幕の一人、ロバート・ホイヤー議員が」
「昨日、自宅で拳銃自殺を図ったってわけだ」
「──────。」
「それと、まぁアンタにゃ興味はないだろうが」
「ウチのボスの首もすげ変わった」
「これでオレの給料も正規の額に戻るってもんよ」
「育ちきったフーヴァーの花、鉢に詰まった腐った根も」
「これでチットはスッキリしたってもんさ」
「ジョン、その話。なぜ今の私にする?」
「別にィ、ただオレが話したかっただけだ」
「──────で? ジャック」
「まだ傷も塞がっちゃいないんだろ?」
「そんな体たらくで────、もう立つ気なのか?」
「このParadiseでゆっくりしていけばいいのに」
夕暮れ迫るリバーサイド公園。
ベンチに松葉杖を預け、その横に座る私に、ジョンが語りかけていた。
「あぁ、向こうであの娘の里親も探さなきゃならないしな」
「それより──────、本当に連れてきちまうとは」
コートのポケットに両手を放り込んだジョンが先程から眺める先、私も振り返り視線を向ける。
共に戦ったジャーマンシェパードの“彼女”がチェロと芝生で戯れているのを。
「犬が欲しかったんでな」
「で、ジャック。本当にコレで良かったのか?」
「あの娘の里親だって、コッチで工面できるんだぞ?」
「ジョン、もう決めたことだ」
「それに──────、少し疲れた」
「娘とTOKYOでSUKIYAKIでも食いながらこれからの事を考えるさ」
「そうか」
「───じゃ、ま! 着いたら手紙くれ」
「フッ・・・・・・あぁ、気が向いたらな」
「──────ジョン」
「──────ジャック」
ポーンの私達は、夕日の下でお互いの健闘と行く末を讃え、固く握手した。
ヒュイ!
「ジェーン、帰るぞーー!」
「バイバーイ、ジェーン!」
眷属だった彼女に両手を振って別れを告げた後、チェロが私に走り寄ってきた。
チェロは私の膝の上によじ登りながら、辛い問いを投げてくる。
「んしょ! ねぇTío lobo señor.」
「ジャポネにPaPaが居るの?」
「あぁ───居るさ、そう。きっと居るとも」
こうして、私達は約束の地、日本へ凱旋するのだった。
壱拾壱話 ローン・ウルフの鎮魂曲・終




