4-5 壱拾壱話 ローン・ウルフの鎮魂曲 4
満月の月明かりが浮かぶ漆黒の海原。サイリウムの橙色の光が一筋
暗闇の水中を流れる。それはやがて海沿いの大きな邸宅に向かい消えて行く。
本邸に隣接したボートハウス、その地下部分は係留バースになっているが
長いこと使われておらず太い鉄棒で設えた鉄柵が嵌っていた。
ココまでは予定通り、1989年のヴェニスの涙を頂いた仕事の時と攻め方は同じだ。
サイリウムを捨て、腰にくくり付けたアークトーチに水中溶断棒をセットし
二本背負った酸素ボンベ、呼吸用とは別のもう片方のレギュレータを開く。
点火するとそれはさながらBirthdayCakeの飾り花火のような閃光を伴って行く手を
阻む鉄柵を、まるで熱したナイフでバターを切るようにゆっくりと溶断していく。
コッ「デルタより───シエラ状況は?」
コッ・コッ「・・・・」
コッ「───あと二分といった所か?」
ココッ「・・・・・」
コッ「了解。こちらは位置についた──────」
「突入の合図を待つ。Who Dares Wins!」
ココッ「・・・・・」
急かすダニーにPTTスイッチのみで意思疎通をし、作業に戻る。
───15分前
人工島に隠していた道具を手に入れ、我々は沖合の人工島から再びプログレソへ戻る。
町の中心部にほど近い、古びれたマリーナへたどり着くと、カルロスはローバーの
エンジンを止めた。その時を察した私は、運転席でハンドルに両肘を載せ
前方の一点を見つめるカルロスに問う。
「───で、作戦は?」
「───チェロはおそらくボートハウス跡の地下室か本邸の地下廊だろう。」
「ボートハウスの方は海側から攻めれば直ぐ。」
「だが本邸の地下牢へはそうは行かない。」
「外の厳重警備を突破して玄関ホール中央から左右に伸びる左廊下の奥」
「扉をくぐった階段から行ける。」
「扉の手前に警備連中の詰め所があるから注意しろ」
「詳しいな───、なぜ分かる」
「あぁ。どちらも下見が済んでるからな。」
「まぁ──────、そん時はそんな気全くなかったが。」
「・・・・・。」
「──────まったく。今後のあんたら家族が心配になってきたよ。」
「ま心配すんな、こんな事があったんだ、カルテルの仕事からはもう足を洗うさ。」
「それはさておき──────」
「いいか、俺ら二人が一緒にダニーが得意なドンパチでこのどちらかに
たどり着いたとする、そこでヤマが外れりゃそれまでだ」
「娘の命は無い、そこで作戦だ。」
「俺がボートで海からボートハウスのバースへ忍び込み地下室を抑える。」
「ダニーは陸路から本邸の地下牢を目指してくれ。」
「私は構わないがカルロス、ブランクが有るんじゃないのか?」
「現場に出るのは10年ぶりか?」
「あぁ、だから荒事専門のダニーが必要だったわけさ。」
「本邸地下へはボートハウスのようにやすやすと辿り着けないだろうからな」
「鉄火場は任せる。」
「で、おそらく宝箱にたどり着くのはこっちが先だろう」
「こっちが当たりだった場合、ダニーがお荷物2つを抱えてなんとか車まで
たどり着かなきゃならん」
「なんせ屋敷ではすでにダニーがお祭り騒ぎをおっ始めてるからな」
「奴さん方も蜂の巣つついたように大騒ぎだろう」
「退路の確保と露払いをしておいてくれ」
「なるべくなら連中の戦力を極力削いでおいて貰いたい。」
「・・・・・」
「なんだか海で溺れていた方が得な気がしてきたぞカルロス」
「言ったろ?ダニーは扉を見ずに鍵穴ばかり見つめちまうからな」
「これが適材適所なんだよ。」
「俺は最後の最後でベネットみたいなのに出くわすのはゴメンだからな」
「掃除はしっかり頼むぜダニー。」
「フッ、───了解だ。」
「じゃ、お互いそれぞれ準備が済み次第出発だ」
「頼んだぜダニー」
車を降りた私達はそれぞれの仕事道具を準備する。
私は腰にVP70が収まる銃床ホルスターを2挺下げ。プレートリグをジャケットの
上から着る。P7M13にサプレッサーを装着し、P90へフルロードされたAP弾相当の
5.7x28mm弾がフルロードされたマガジンを差し込んでいると、古めかしいボートの
エンジン音が轟いた。
ウエットスーツを着込んだカルロスがボートのハンドルを捌きながら手を上げる
のを初弾を薬室へ送り込みながら小さくうなずいて見送る。
「カルロス───、無茶するなよ」
私はそう願いを口にし、胸のP90のスリングとは逆に、ローバーの車輪へ立て掛け
ていたベネリのスリングを背にたすき掛けにし、ローバーの扉を開く。
シートをめいいっぱい下げてローバーに乗り込み静かにその場を後にした。
♠
最後の柵を溶断し、全体重を柵全体に押しかけると、ゴゥンと鈍い感触とともに
それは海中へと沈んでいった。
そのままボートハウスへ進んでいき、係留バースが見える頃、水面から両眼だけが出る
ように頭を出して周囲を伺う。薄暗い地下バースをガスランタンのオレンジ色の照明が
灯していた。人気なはさそうだ。
首に巻かれた声帯マイクのPttスイッチを二本指で抑える
ザッ「───デルタ、Kickoff」
コッ「了解。」
バースの端から上陸し、ウエットスーツを脱ぎ、BOATOILと記されたドラム缶裏へ
スキューバ装備を隠す。腰につけていた防水雑嚢からシルバーステンレスの愛用M39と
ピック機材を取り出す。
中腰で一気に地下室扉まで走り抜け、扉に耳を当てる。中は静かだ。
ゆっくりノブを回し扉を引くが施錠されている。
周囲を警戒しつつ、ピック道具で扉のピッキングを開始する。
♠
屋敷にほど近い雑木林にローバーを隠し、屋敷をぐるりと通り囲む白壁の塀へ
たどり着く。4メートルはあろうかという高い塀、その上部は月明かりが反射し
キラキラと輝いている、おそらくコンクリに割ったガラス片が埋まっているのだろう。
(まったく・・・・・、セオリーに忠実な連中だ。)
壁超えを断念した私は、中腰の低い体勢でそのまま表門が見える位置まで駆ける。
塀が門へ向かい直角へ折れ曲がる角に身を隠しながら門周辺を伺う。
表門では軍服を着た中肉中背の私兵と背の小さな私兵が、シェパードらしき番犬を連れ
立ち話をしている。
(警備犬なんて聞いてないぞカルロス──────)
ザッ「───デルタ、Kickoff」
コッ「了解。」
腰のバックパックから青いチップを取り出し、真ん中にパキリとひびが入る様折り曲げ
犬の方へ投げ込む。サプレッサー付きP7の、薬室の装弾を確認していると、静かに警戒
していた番犬の足元でパキィンと高周波音が響き直後、狂ったように吠え始めたかと
思うとリードを持っていた小柄な方の私兵を引き倒して襲い始めた。
とっさの出来事に怖気づくもうひとりの胸と額に、塀の角からから音も静かに弾痕を
刻み、そのまま中腰で門まで走り寄ると、地に倒されたもう一人がシェパードに腕を
千切られそうになりながら恐怖の眼差しで私を見る。
犬に当たらぬよう額に同じ印を2つ刻む。
新手の気配の有無を確認し、ヒュイ!と歯笛を鳴らすと警備犬はその男の
腕から離れた。
ナイトビジョンを額に上げ、二人の亡骸を草葉の影に隠し、シェパードの頭を
くしゃくしゃと撫で回しながらナイトビジョンを戻し、門を通れる分だけ押し開く。
そのまま敷地内の壁沿いを進んでいると、警備犬が私の跡を付いて来きた。
(──────まいったな、チップを使うといつもこうなる。)
壁沿いを駆けながら敷地内の小さな丘の上に有る大きな邸宅。
門からコンコースへ続く道に、小銃を携えた私兵の姿を認め、道脇の垣根へ身を隠す。
傍らの警備犬も私に習い、伏せてしてやり過ごす。
ルーティンの順路に気を抜いた私兵を後ろからナイフで仕留め、そのまま垣根の影へ隠す。
敷地内にまばらに植えられた木々に身を隠しながら、徐々に邸宅との距離を詰めていく。
邸宅まで最後の一本となった木陰で天を仰ぐと、漆黒だった空は幾分白み始めている。
空から屋敷へ目線を移す際、邸宅へ引き込まれる電線を認め、その下まで中腰で駆ける。
ウエストバックより黄色いチップを二枚取り出し、一枚にヒビを入れ、電線の引き
こまれている壁めがけて放る。チップは電線を流れる電気に吸い寄せられるよう
軌道を変え、電線に取り付く。
♠
カチリと錠前から音がするのを確認し、黒錆びた真鍮製のノブを回し静かに室内を伺う。
部屋の真ん中に古びた木製の椅子と天井からぶら下がる鎖だけがそこにはあった。
「──────ハズレ、か。」
「・・・・・・・・」
ザッ「デルタ、湖の宝箱は空、お宝は城だ。」
『おい!そこのお前!!』
(なっ!クソっ最悪だ!!)
♠
邸宅の壁に背を預け、次の合図を待つ間、ジャーマンシェパードの彼は
私の足元へ座り舌を出して呼吸しながらずっと私を伺っている。
コッ「デルタ、湖の宝箱は空、お宝は城だ。」
ザッ「了解。」
手にした残りの黄色いチップに同じようにヒビを入れ放ると、それは先のチップ
めがけ吸い寄せられるよう二枚のチップが重なる。刹那、パリッと青い火花が散り
邸宅の電気が一斉に消える。玄関前を警備している私兵が突然の停電に気づいたと
同時に二人をサブソニックの銃弾が襲う。
玄関の扉、二枚のその大扉の一枚が若干開き、外の月明かりが玄関ホールに
流れ込んだのもつかの間、外から人が崩れ落ちる音が二回する。
その音とともに扉が静かに閉まる。
再び漆黒へと戻った玄関ホール内にはそれまでなかった横に並ぶ赤黒い
光点が2つ、その直下に同じく並ぶグリーンの光点が2つ。
それらの不穏な影は、徐々に邸内の闇に溶けるよう消えた。
音もなく廊下を進むと突き当たりの手前、細く開いた扉から男たちの
燥ぎ声が聞こえる。その部屋を無視してやり過ごし、階段前の扉にたどり着く。
(───扉ねぇ・・・カルロス、これは鉄柵と言うんだ)
ウエストバックより赤いチップを取り出した所でカルロスの格言を思い出した。
鍵穴見つめて扉を見ず。
か──────
「私もワイヤーカッターで行くか・・・」
♠
「こん・・にゃろ!イカサマシてんじゃねぇのかって!」
「オメーの負けだよ、いいから配電盤見てこい」
「んだよ!勝ってるからっていい気になるなよクソ!」
「次のカード配っとけよ、よく切ってからな!」
「──────ッタク!」
「おーい、蝋燭もついでに探しててこいや!!」
「HAHAHA!───相変わらずダセーなアイツ」
「今日もどうせボウズだぜ。」
「───ちがいねえ。」
「おい!監視モニターも消えてんだ、いつまでもそこに座ってないで
いいからこっちに来て加われよ、フェルナンド!」
「あぁ、下のガキも静かになったみたいだしな。」
「今回は俺にも分前回せよな」
「お前が俺よりツイてりゃなフェルナンド。」
「マルコ、タバコ有るか?」
「ん。あぁ、ほら───よ・・・」
「あン?マルコ───どうした?」
「いや・・・・、今そこに赤い光が、お前のうしろ!!」
「何いってんだよ、そんな手に俺が乗るかよ。次の勝負もいただきサ・・・」
咥えたタバコに火を着ける為のライターの炎が、真っ暗な部屋の中に私兵の顔と
背後の私を照らし出す。タバコを咥えたその口が、背から伸びた青い手に塞がれ
その持ち上げられた顎の下に一筋紅のラインが引かれると紅の帯がとめどなく
溢れ出す。
「───ウグッ・・・こっ・・かはっ・・・コ、コプ・・・」
私兵が手にしていた火が灯ったままゴールドのライターが、床にゴトリと落ちると
後を追うように紅の帯が幾つもその上に流れ落ち、灯っていた火を消した。
「なっ!!」
「ガハッ───」
「ひ、ひぃ!」
腰から銃を抜いたモニター前の私兵へナイフを投げ朱に染めながら
テーブルに散らばったトランプの脇から慌てて銃をとった残りの私兵に
元相棒だった亡骸の背に姿を隠し、その脇の下からP7M13を向け制す。
「Don't Move」
「子供は何処だ。」
私が支える男の首から流れる血液が男の軍服をみるみる赤黒く染めてゆく。
「ししッ、下だよ!地下牢だ!」
「鍵は?」
その問いに残された私兵は手にした銃を放り投げ、眉間にナイフを生やした
私兵だった物の腰から、鍵束を取り外し私に示す。
頭を横に振るように、オモテの鉄柵を指すと私兵は左手に鍵束を持ったまま
ゆっくりと両手を上げ私の横を通り過ぎる。
後ろから彼の背にP7の銃口を突きつけ部屋を出ると、私兵が不意に立ち止まる。
廊下にはつい先程まで一緒に賭けを楽しんでいた男が横たわっていた。
血溜まりの上で首元にシェパードが噛み付き痙攣するポーカー下手な元仲間を見て
戦慄している。
「───見るな、行け。」
鉄柵を開けさせ、レンガ積みの階段を下り始めると、折返しの踊り場の壁に
ガスランタンが灯っていた。不要となったナイトビジョンゴーグルを額に上げながら
その折返しを過ぎると、階段の下へ向かい、二人の影が私達の行く手に落ちた。
「.....Hombre lobo」
確かに。腰には2艇のVP70銃床ホルスターがぶら下がる。
それはさながら太いしっぽのようで、ナイトビジョンゴーグルの左右に飛び出した
センサーが、ポマードが溶け落ちた長い前髪を持ち上げている。
まるで私の頭には毛に覆われた獣耳が生えているようだ。
そのシルエットは狼男正にそのものだった。
「妙な真似はするな、さもなくば──────。」
「廊下の眷属がお前を襲うぞ」
「ヒィィ!」
流石にこれは性格が悪かったか。
地下へ降りると右の壁にガスランタンが灯る空間に出る。空間の左側に鉄柵が嵌った
レンガ積みの牢が3部屋有る。このどれかにチェロが囚われているだろう。
前を行く鍵を手にした男の背中を銃口で突く。
「───おお、奥だ! 一番奥っ!!」
「ご苦労だったな。」
男を一番手前の空き廊へ入るように頭を振って示し、自らその鉄格子を締めさせ
鍵をかけさせる。
「最後だ、奥の鍵は」
怯えた男は震える手で鍵束から奥の鍵を選り分ける。それを鉄格子の前の私に
手を出し渡すと、壁いっぱいまで後ずさりし、糸の切れたマリオネットのように
その場に力なく座り込んだ。
「GoodBoy.」
P7を構え、ゆっくりと一番奥の廊へ歩み寄ると、奥からかすかに鼻を啜る声がする。
どうやら当たりらしい。少女が廊の中で膝を抱えてすすり泣いていた。
「───チェロ?」
そう声をかけるとすっと顔を上げた。
「PaPa!?───ひっ!」
「デルタよりシエラ、お宝発見。」
「チェロ!おいで!」
「イヤああぁぁぁ!」
先を急ぐあまり失念していた。少女の足元には、ランタンの光を背にした狼男の影が
まっすぐ伸びていた。牢の鍵を開け、少女へ向かい手をのばすが、すっかり怯えさせて
しまったようだ。
「大丈夫だ、パパの友達だよ。ほら!」
「ぎゃああぁぁぁ!」
頭のナイトビジョンゴーグルを外し、少女に人間の証明をしながら近づくが
牢の中に転がる小石や穴の空いたホーローのマグカップなどを投げられ
本気の拒絶を受ける。まいったな、そう思って頬を掻いた時だった。
私の足元を影が素早く通り過ぎ、少女へ飛びかかるような勢いで迫った。
Shit!上の男が絶命したのか、次の得物を求めた眷属がチェロを!
とっさにその影にP7を構える。
「Perro!」
シェパードはしっぽを左右に振りながら、少女に抱きつかれていた。
彼ではなく彼女だったとはね、まったく。その番犬は、母性本能で小さな少女の
悲鳴を聞いて駆けつけたようだ。
「チェロ、みんなで助けに来たよ。もちろんパパも一緒に、さぁ帰るんだ」
「───PaPaは?」
「外の車で待ってる。さぁ、行こう」
恐る恐るながら、私の伸ばした手を取るチェロを引き上げ、そのまま胸に抱いた。
『そこまでだ。貴様ァ、何者だ?』
「───!!何ッ!」
少女を抱いたまま振り返ると、白いスラックスに水色ピンストライプの開襟シャツを
着た老年の男が、こちらに銃口を向け立っていた。




