4-3 壱拾壱話 ローン・ウルフの鎮魂曲 2
1999-10-07 ...20°58'33.7"N 89°36'46.6"W
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うだる暑さに堪らず私は意識を呼び戻す。
外は夜が明けただけでなくすっかり日が昇り、このトレーラーハウスが収まる納屋の
歯抜けになった板壁を素通りした常夏の日照りが、壁に残る弾痕から容赦なく室内に
流れ込み、私を包む周囲の温度を上げている。
「・・・・・・」
体を起こし、手の甲で吹き出る額の汗を拭う。その手には夜襲を警戒して昨晩チンピラ
から取り上げたチープなリヴォルヴァーを今も握りしめていた。
両手を開くとその手は今だにCIAによって施された特殊樹脂で覆われ、不自然な青色へと
変えられている。
キューバの施設からメキシコへ渡った、マトモに睡眠や休息を取らずに歩き続けた私は
自分が思う以上に疲弊していたようで、一体何時間睡眠をとってしまったのか、体感では
全くわからない。ミスターソウマの依頼を達すべく、一刻も早く渡日したい所だが
今や身一つのこの有様では、調達屋カルロスの協力無しには叶う術もない。
今は何時だろうか? 壁に備え付けられた温度計と湿度計が内蔵された
アナログ時計は、気温、湿度の針を見事に振り切らせては居るが
電池の問題なのか、またはカルロスが謎の追手から逃げきった際の銃撃が問題なのか
肝心の時計の針は動いていなかった。
「──────なにか残ってないのか?」
せめて時間が確認できるものを求め、一晩握りしめていたリヴォルヴァーを
スラックスの腹へ滑り込ませ、キッチンエリア周囲を弄るが、どうやら何も残されては
居ないようだ。
「フッ───。見事なものだよカルロス」
先へ先へと行動することを半ば諦めた私は、再びリビングエリアの擦り切れた
ファブリックソファに腰を下ろす。
疲れと緊張が幾分か回復すると頭が冴えてくるが、同時に反省という任務中に最も無駄な
思いが脳の処理領域を支配し始める。女神の微笑の能力を有するミスミヤコ。
そして、私と真逆の能力を持つ彼、ミスターソウマ。彼らをAVALONへ逃がすという
Great Missionは果たして本当に失敗に終わったのだろうか───。
僅か数日間しか行動を共にして居ないのだが、これ迄私がUnderWorldで接してきた者の
中で彼ほど強烈な印象を残したものは居なかった。彼の状況整理と、それから導き出される
判断。彼の捜査は、そのような経験のない私にとって眼を見張るものが有った。
それまでの私にとって状況とは、どのタイミングでトリガーを引くか、ただその一点に
重要性が置かれるものであった。目標を仕留め、影のように姿を消す。文字どうり
一撃必殺のランス。先手必勝の超実戦主義。しかしそれは組織の後ろ盾が有って初めて
為せる行為にほかならないのは、ここ数日で痛いほど身にしみた。
対し、ミスターソウマの状況とは、残された証言や物証をつなぎ合わせ、現状を把握。
相手の裏をかき、最もリスクの少ない最小限の行動で状況を切り抜ける。
生存。其ただ一点に向かいすべての行動が集約されてゆく。彼の能力を最大限発揮する
為の行為。言わば絶対生存戦略。
初手ですべてを決める私の戦略では、今のように、退路を失った時や、初撃のチャンスを
逃せば、たちまち窮地に叩き落される。対しミスターソウマの戦略では、生き残ることに
よって、第二・第三のチャンスを紡ぎ出す。状況を───支配する。
彼の語った狡猾とは、もしかしたら、そういう物なのではなかろうか?
無駄な反省で思考を停止するより、よほど建設的だと理解した私は
数少ない状況証拠から、ミスターソウマに習い、慣れない理論構築を試みる。
外も内も見事に荒らされたこのトレーラーハウス。それは私が裏世界で稼いだチップで
世界各地に用意した緊急物資の一つだ。
装備品を持ち出したのがカルロスだとしても、外壁に残る襲撃の痕跡は、明らかに奴の
仕業ではない。各国の機関がそうであるように、我々CASINOも友好敵対に関わらず
他勢力とは絶妙なディスタンスを保っている。
そんな状況で我々の装備品に対し剣を構えるという事はどういう事か。
私が敵の手に堕ち、既に役目を終えたと判断されCASINOから捨駒にされたか
或いは、ミスターソウマ、ミスミヤコの一件でCASINO自体が他勢力と交戦状態に有るか
そのどちらかだろう。仮にこの状況が後者だとして、CASINOから半ば出奔し、地球の
裏側で戦力外の私自身に直接の脅威が迫るとは考えにくい。
そうさ──────。お互い好きなように潰しあえばいい。
だが厄介なのは前者の場合だ。
他国のunseeableや各国の諜報機関からも能力者として狙われることに成る。
そんな状況だったとして───、私は果たしてミスターソウマの依頼を達することが
出来るのだろうか?
「・・・・・・」
絶望へ向かい集約する考えを振りほどき。
残弾3発の心許ないリヴォルヴァーに代わる得物を探すため立ち上がる。
やはり、慣れない事はするもんじゃない。
「見事にもぬけの殻だ、全く──────」
いちDealerにずぎないカルロスが、よくぞ形が残る状態でココを守った物だと
賛辞の一つも送りたいものだが、礼金は全額勝手に受け取っているようで
その必要も無いだろう。
クローゼット奥に隠された棚。キッチンの引き出し、シンク下に設えた
レンジ内の隠し金庫に至るまで、外界で換金できる類の物は見事に持ち出されている。
何度目かのため息を漏らしつつ、マスターベッドルームの壁にかかる一枚の絵画。
雪原の丘で月夜に遠吠える狼。無名作家によるその絵の額縁を傾けると、キッチンエリアで
カチリと小さな音がする。
素肌の上に羽織っていたズタボロのジャケットを脱ぎ、後ろのベッドへ放り投げ
キッチンへ戻る。出入り口すぐ横に設えた、ガス駆動の大きな冷蔵庫。
左右の木枠にピタリと収まったその扉を開き、それを頼りに前後に揺さぶり
歩かせるように室内側へと引き出す。
「さすがにこの仕掛けには気付けなかったようだなカルロス。」
冷蔵庫下のフローリングを数枚剥ぎ取ると、横幅1メートル程の細長いステンレス製の
ライフルケースが顔を出す。それを床から引っ張り出し、ベッドルームの寝台へ放り投げる。
引き出された冷蔵庫もそのままに、ケースの横へ腰を下ろしそれを開くとそこには、P7M13一丁と
フルロードされたマガジン3本。緊急用の解毒剤や強心剤が含まれるFirst aid kit、現地通貨
建てで1万ドルほどの現金。そして、今の私には当て付け以外の何物でもない
ギャンブルハウスのチップ20枚が収められていた。
「──────こんな物の為に、この有様か。滑稽だな」
口いっぱいに広がった苦味を飲み込む。ケースをひっくり返し中の物品を
ベッドの上へすべて放り出す。代わりに昨夜一晩私を守った腹のリヴォルバーだけを
ケースへ放り込むと、それを元あった床に仕舞い、冷蔵庫を元通りに押し戻す。
素肌の背中にうっすら汗を感じながら、再び寝室のベッド上へ散らかった今や唯一の
装備品の横に腰を下ろす。ヒップバック状のFirst aid kitを腰へ巻き、そのベルト部分に
付いているマグポーチに予備弾倉二本をそれぞれ納める。P7M13のスライドを数回引き
動作を確認した後、残された一本のマガジンを装填し初弾をチャンバーへ送り込んだ。
目を閉じ、細く長く、そして小さく息を吐き出し、扉の裏側へ設えられた割れた姿見に
映る自分自身へ即座に照準する。
「悪くない──────。シャツ以外は一先ず揃ったか。」
マスターベッドより立ち上がり、傾いた狼の絵を戻しつつリビングエリアへ戻る。
ゆっくりと閉まるマスターベッドルームの扉。その隙間から細く覗くベッドの上には
淋しげに残されたチップが散らばっている。私がそれを睨みつけていると、まもなく
その扉は固く閉ざされたのだった。
カルロスが必要なものを携え戻るまで、手持ち無沙汰の私は、ミスターソウマから
預かったODカラーのオイルライターと、残り少なくなった愛用のシガーを取り出し
火を灯そうとするが幾度となくフリントをこすり合わせるも、火が灯ることはない。
オイルが切れたものと思い、そのライターのインナーを引き抜くと
インナーに満たされているはずのコットンが半分程度まで減らされ、代わりに
小さな紙片が小さく折りたたまれ隠されていた。
「フフッ、そういう事か、ミスターソウマ──────」
私は彼よりクイーンの守護を依頼されてはいたものの、対象の居場所も詳細情報も
一切聞かされていなかった。ただ、あの月夜の晩に託されたこのライター。
それが彼女の元へ続く唯一の道標だったとは。
仮に私がタバコを嗜む者でなかった場合、この秘密へたどり着くのは
おそらくもっと後のことだっただろう。私のようなヘビースモーカーなら、半分まで
減らされたコットンによってこのライターに火が灯らなくなるのも時間の問題だ。
そこまで見越しての策、もはや流石としか言いようがない。
インナーをライターケースへ戻しポケットへしまう。キッチンのガスレンジで
シガーに火を灯しながら、小さく幾重にも折り重ねられた紙片を広げたのだが
「──────ミスターソウマ。よほど大事なのは理解した。しかし・・・」
広げたそのメモには、幾何学模様の絵と共に、KAZIGAYA 205 とだけ記されていた。
どうやら私は先程トライし諦めた、捜査という名の謎解きを会得しなければならない
ようだ。ため息とともに、肺に満たされていた紫煙が堪らず口よりだらしなく溢れ出た。
3時間後──────
納屋前の未舗装路に広がる小石を踏みしめる音共に、暮れた闇夜を照らす
ヘッドライトの光に腰のHKを扉へ構え来訪者を迎える。
「ハァハァ──────、ダニー!俺だ。」
切迫した様子のカルロスが幾度となく乱暴に扉をを叩く。
「カルロス、いいから入れ」
ゆっくりと扉を開きながら周囲を警戒し室内へ入るカルロスの手には私の依頼品は
無いようだ。
「カルロス、荷はどうした?」
「すまないダニー、助けてくれ!」
「今度はなんだ?」
「娘が!娘が拐われちまった!!」
「おそらく昨日の一件でカルテルの矛先がこっちに向いたんだ」
「ジーザス! なんてこった!!」
先を急ぎたかった私が思わず屠ったあのチンピラどもの事か──────
本来、我々テクニシャンを支えるエッセンシャルスタッフのイザコザに
テクニシャンが手を貸すなどありえない。だがそれは、ギャンブルハウスの掟だ。
私が手を出したのも要因となれば黙っているわけにも行かないしな。
「落ち着け。で、荷の方は用意できたのか?」
「──────あぁ。アジトにある」
渡日に必要な旅券一式と偽造された身分証。それがなければ先に進むこともできない。
「カルロス、取引だ。」
「私は娘の奪還に手を貸す。お前は私に荷を渡す。」
「それでいいな?」
「あぁ、恩に着るぜダニー!」
征く先々で厄介事に巻き込まれ、もはや呆れを通り越す。
溢れ出そうになるため息を懐のシガーを咥え蓋をする。
「──────で、娘の居場所、アテはあるのか?」
「あぁ、おそらくカルテルのHQ地下だろう!」
「──────まったく。」
「得物の方のアテあるのか? 」
「連中の本部に伺うのなら、出迎えの私兵連中の相手もせにゃならんだろう?」
「あぁ、そっちもツテはある。」
「すまねぇダニー。」
「ならそっちが先だな。」
「あといいかカルロス。これは取引だ──────、謝るな。」
腰のHKの装弾を再び確認し、私とカルロスはトレーラーハウスを後にした。




