3-13 ノブレス・オブリージュ
31th Jul.2018
茜が宮田夫妻の元へ戻るのを確認した後、私はマコトを京都駅まで送り届け
本部へ戻る為、京都シティを貫き北へ向かうハイウェイヘ。
役目を終えダッシュボードへ張り付いたままの、特徴的な形の壊れたボタンを
リード線ごと引き抜く。山間部を貫くハイウェイを一定のRHYTHMで流れる光の
さらに外側へとそれを放る。
歪んだ事実に堪らず病院から飛び出したマコトを、若干の間をおいて追った茜。
その様子から茜は───、いや彼女等は失ったあの記憶から、マコトの記憶を取り戻したのは
間違いないだろう。それだけ彼女等にとって、消された数時間分の記憶の中で最も
印象的で、かつ少女たちの記憶に、感情に、深く突き刺さった人物であるマコト。
マコトが彼女らに会する事がなくとも、それだけ小僧の記憶を彼女らが取り戻すのは
想定するまでもなく容易であり、それはただ時間の問題で有った。
無論、ロイも私もそれを踏まえた上でマコトが彼女等の元へ赴くことを許したのだが
「存外。早急過ぎでは有ったな。」
何度、回顧しても変えようのない事実が、同時に私の中でくだらない仮説を導き出す。
何人たりとてマコトを屠る事の出来ない、マコトの能力。
その能力ゆえ例え人の記憶からも、小僧を葬ることが出来ないという事か?
「まさか───な」
そんな小僧に私は、彼女達の記憶、事件当日の記憶を消したのでは無く
覆ったのだと説明した。だがそれは、マコトの言う通り、彼女達の記憶を部分的とはいえ
我々が消去した事に他ならない。
小僧がアレほど怒りを顕にした不正義。
私のその欺瞞。
以前の私が最も嫌悪し
取り得ることの無い不義。
騎士道に対する裏切り。
まぁそれも、先程小僧がくれた一撃で取引はバーターで成立だ。
許せよ小僧───いや?
小僧目線で見える事象は、覆うも消すも事此処に至っては変わりないのだから
むしろ私が一方的な損失を被ったとも言えるのではないか?
「フン、生意気な。」
「だが確かに───効いたさ。」
思い出す痛みに思わず顎をさする。
痛み。記憶を奪う処置に痛覚としての痛みはない。
然しながら、心の痛みは伴う事になる。脳へのダメージは計り知れない。
初めて施術を受けた咲夜はともかく茜に関して言うならば、おそらく次の施術は
脳神経学的、精神学的に考えても修復不可能な傷を負う。
仮に強行したならば、ドクターの言う通り廃人になりかねん。
ロイもそれは承知している筈だ───。
───いや寧ろロイは、あえてその“LAST ONE”をあの夜、あのタイミングで
使ったと思考するほうが自然だ。これも全てはミスターMと表舞台を欺く為の策。
「そう───思いたいモノだがな。」
点々と少なくなりゆく人の営みを表す燈火を高速度で置き去りにする。
それはやがてすっかり消え去り、夜の帳が夏草を覆い隠し、漆黒へと向かうハイウェイ。
車中で私は口寂しさを紛らわせようと懐へと手を入れた。
小僧に掴み掛られ、すっかり型崩れしたジャケットから、愛用のシガーを取り出そうと
したその時、セルフォンが私を求め振動した。
退避帯に車を寄せ、愛用のJPSとJGSDF RANGER'sと記されたZIPPOと共に
セルフォンを取り出し通話ボタンを押す。
「───私だ。」
『へっへー、わんこ君。アタシー』
「なんだ?」
『あらー、なんだ? とは、随分とご挨拶じゃなーい?』
『使ったんでしょ?アレ』
『トルクちゃんのモードS』
「あぁ、助かった。」
『んー?なんてー?』
『よーくーきーこーえーなーいー』
『りぴーとあふたーみー?』
『サンキューラチェット!』
『アイ キャント リブズ ウィザウチュー♡』
『さんハイ!』
「───切るぞ。」
『あー、わー待ってまって!』
『さっきトルクの解析結果が出たわ。』
「───続けろ」
『んもー、この朴念仁っ!』
『結果から言うとね、大成功よ』
『でね、彼女の死後生まれた技術体系で空間を覆った訳だから』
『妖精さんを一時的には欺くことは出来たみたいだけど。』
『多分それって、あたしら人間側からしてみれば』
『一時的とは言え、二人が世界から消えたことになるのね───』
『彼女には、見えない、聞こえないってより』
『気持ち悪いと言うか、違和感っていうか』
『まぁそんな感じを、あの妖精さんが感じ取ったのは確かね。』
「あぁ、それは織り込み済みだ」
『ふぅーん。つまりわんこ君は───』
『GMに、彼女がその違和感を伝えるか否か』
『全ては彼女次第という、カマを掛けたわけね』
「然り。」
『───フフッ、さすがね』
『まぁ、イイわ。』
『でー?』
『チップ八枚分。その価値は有ったのかにゃ?』
「───あぁ」
『そっか、大変だねぇプレイヤーさん達は。』
『パパとママが居ないからって』
『迂闊に愛の告白も出来ないのねェ』
「あぁ、ノブレス・オブリージュだな」
『持つものの───か。』
『相変わらず、わんこ君のクセにネコかぶってるにゃあ』
「まったくだ。」
『でー? 中身はともかく、その化粧箱。』
『無事に戻してくれるのかなかな?』
『まさか海に沈めたりしないでしょうね?』
「そうか───なるほど。」
「万全を期すならば、その手が最良ではあるな。」
『ちょ! バカ? バカなの?』
「貴殿お得意のジョークだ。心配ない、じきに戻る。」
「代わりに私の車を用意しておいて欲しい。」
『───ったく、わんこ君が言うと冗談に聞こえないっっしょや!』
『ハイハイ!愛しのバンプラちゃんね、りょーかい』
『じゃ後でにゃ』
「よろしく頼む。」
メカニックが電話を切ったのを確認し、セルフォンだけを懐に収め再び車を走らせる。
彼らがAVALONより帰国したその時、自ずと結果は見えてくる。
ロイがどう動くか、それが KeyPoint となるだろう。
ノブレス・オブリージュ、持つものの義務か。
自分を、信念を、全てを欺いてまで成さねばならぬ正義に対する忠道。
これではまるで、あの日彼が語った呪いだな。
ミスターソウマ。
私は貴殿の言う、狡賢い男に
近づけているだろうか?
懐かしさに少し緩んだ口元を正す様、包みより取り出した
一本のシガレットを口元に差し込み、BSRへと一路、漆黒のハイウェイに車を走らせる。




