3-12 九話 記憶の行方 3
八月十三日 午後
すっかり煮え切った鍋の中のような蒸し暑さに、軍手を履く手のひらも
じっとりと湿る昼下がり。
降り注ぐ光の槍の攻撃にヤラれ、熱中症でぶっ倒れそうなオレに
姐さんが気を利かせて立ててくれたパラソルに堪らず飛び込む。
先日オレに彼女は、ビーチパラソルとビーチチェア、それに
クーラーボックスを設置してくれた。そのおかげもあって
炎天下の作業もいくぶんマシになった。
草汁で緑がかった軍手を脱ぎ捨て、手の甲で額の汗を拭い
クーラーボックスから取り出したスポドリを一気に煽る。
「んぐ───ゴクッ、ふぅ」
考えてみりゃ、あれからもう二週間位経っちまうのか───。
姐さんのバイクを借りて、出退勤時間が始発、終電になっていたせいで
ほとんど寝れずのブラックバイトを辛くも脱することが出来て
一部の事情を除き、概ね夏休み限定の普遍的な
バイト小僧の日常を手に入れた。
バイトの方は相変わらず、掃除メインの見習い状態だけど
姐さんが機械の仕組みを事あるごとに解説してくれるおかげで
気難しいTyphoon号との関係も良好だ。
こんな機会がなきゃ、駅前のバイク屋に毟られ続ける客で終わる所だった。
裏稼業の方はと言えば、あの日からオレや彼女達が関わる
事件などもなく、一見穏やかな日々が続いている。
まぁ、訓練の方は相変わらず───
ドリブル中のバスケットボールのように、オレが床に叩きつけられる
日々だけどな。
奴と言えば、ほぼ毎日の頻度で茜の護衛に出かけてる様で
夜間訓練が休みとなる日もあった。オレはその都度、奴の帰還を待って
茜の様子を聞くのだが、奴は一言「問題ない。」
そう毎回眉一つ動かさないで答える。
そんなガーディアン様にオレは労いの舌打ちを返すのがすっかり
恒例となっていた。
多分茜は、咲夜の見舞いに行ってるんだろう。
そして奴は、あの日の病院のエレベータ中のように
少し離れた場所で、茜に気付かれる事がないように
影ながらに護衛をしてるのだろう。
前に美咲についたウソみたいに、バイトと部活の二重生活。
そんなこの生活にもすっかり慣れてきちまったよ。
「咲夜───か。」
時間を確認するたびにスマホに映る俺達の写真を見るたび
あの日以来、チクチクと心が痛む。だってそうだろ?
オレを覚えていない彼女達に、どう接したらいい───?
駄目だな、こんなじゃまた心に闇が差しそうだ。姐さんも言っていた、
思いつめたら駄目だって。今はバイトの時間なのだから、仕事に集中しなきゃ。
高給貰っちゃってるしな。
「フゥ───。」
「しかし、あれだけ草ヒロだった敷地内も、だいぶサッパリしたな」
浮世離れした価格帯の商品を扱う店のはずなのに、ココは意外と客の出入りが多い。
お客さんの目の付く表と店内は、そりゃもう贅の限りを尽くしたような佇まいだが、
ひとたび裏に回れば、草に覆われ、ダニエルがツブした廃車達が転がるような
チョットお客様にはお見せできないような空間が広がっていた。
オレが通い始めた当初は確かに、姐さんが言う通り人手が必要な有様だった。
姐さんと廃車を退かしたり、オレが草刈りをした結果、
まぁだいぶマシにはなったかな。
そんな光景を、日差しを避けるためのパラソルの下、ビーチチェアの横で
背を後ろへそらし手の甲で腰をタタキながら眺めていた。
「どーかにゃ?新人ちゃん。」
「本日のキレイキレイ作戦の方は」
姐さんが猫型の扇子を仰ぎながらやってきてそうオレに問うのを
腰を打つ手をそのまま広げ、まるで指揮者のようなジェスチャーで答える。
「うんうん!イー感じだね。」
「じゃ今日はココまででいいや新人ちゃん。」
「シャワー浴びて着替えておいで、配達行くわよー」
ボスの仰せのままに、地下に借りてる自室のシャワーで汗を流し
新しいツナギに着替える。スマホを見ると現在午後二時半───。
てっきり客のバイクか何かを届けに行くのかと思ったんだけど
姐さんの車の荷台には、オレが借りているTyphoon.が載っていた。
頭の上に疑問符を並べ、その光景を眺めていると、
まるでその疑問符を押しつぶすように
頭の上にポンと手が乗せられた。
「何でまたツナギ着ちゃってるかなー」
「配達行くって言ったジャン!」
「ハイ!やり直し。」
そう言われていつものTシャツ、カーゴパンツに着替え直した。
「お客さんの所行くったっておれコレしか持ってないぜ?姐さん」
「姐さんって呼ぶなって何度も言ってるっしょや!」
「私の事はラチェットと呼びなさい。」
「あ、ラピットって呼んだら死刑にゃ!」
なんか姐さんは、オレに姐さんと呼ばれるのが擽ったいようで、
最近はこんなやり取りが恒例化してた。
「タイちゃんの固定よし、ショーネンの衣装よし。」
「くんかくんか、うん匂いよし!ヨシヨシそれでヨシ。」
「じゃ乗って乗って!行くわよー。」
バスケのボールのように頭を掴まれスメルチェックをされた後
何時ものように姐さんに車に押し込まれて、オレは姐さんの
配達に付き合う事となった訳だが。
到着したココはと言えば───。
「咲夜の病院じゃん。」
「そそ、ハイハイ!タイちゃん降ろしてー。」
「は?だって配達って───」
「そ、キミをココに配達。」
「夜の部まであまり時間無いっしょ?」
「さぁさぁ急いで急いで」
なるほどそういう事か───。
実のところ、例の一件から約二週間、忙しさを理由に、
足が遠のいて居たのを姐さんに見透かされていたって訳だ。
正直、彼女達の前から逃げるように飛び出したのに
いまさら、どの面下げて会いに行ったらイイのか判らないよ。
アオリに掛けたラダーでバイクを下ろしながらそんなオレの
葛藤を他所に、姐さんはそそくさとトラックのアオリを上げ
扉に白ペンキでRatchetShopと筆記体で書かれた侘び寂びトラックに
スルリと乗り込んだ。
「じゃーねー新人ちゃん。」
「またあーとーでーにゃー!」
そう言い残して、姐さんは煙とともに走り去った。
文字通り。
非常識な光景に歩道で驚く人々にオレは引きつった笑いの会釈しながら
病院の駐輪場へ逃げるようにバイクを押して飛び込んだ。
姐さん、病院の前ではお静かに!!
駐輪場にバイクを収め、裏口の2枚扉をくぐる。
以前訪れた時のように、受付で面会用の手続きをしていると
やっぱり事務員の隣で、イカツイ警備員が
オレをなめるように品定めする。
ンだよ、目付きが悪いってか! 残念だったな、生まれ付きなんだ。
気に入らねぇんだったらオレの親父に言ってくれ。
ココまで来てなんだが、やっぱりどんな顔して
咲夜に会えばいいか分からない───。
そんな心配をしながら中央ロビーを歩いていると
あのゆるふわお姉さんの花屋のスタンドに目が留まる。
そうだ───。また花籠持っていけばいいのでは?
なんなら、また花だけ届けて帰ってくればいいじゃないか。
咲夜の元気な様子が見れたなら、オレはソレで一安心。
それなら花の配達人って立場で十分だもんな。
その場で財布の中身を確認して、ゆるふわ花屋さんに入る。
「いらっしゃいませー。」
「ど、どうも・・・」
クッソ。やっぱり男一人で花屋さんに入るのは照れるな───。
「あらー?」
「あらあら、まぁー」
「貴方ね、フフフ。また彼女さんのお見舞い?」
「だから違うって───。」
「前みたいな花籠を───またお任せでお願いします。」
「はーいアレンジメントですね、かしこまりー。」
「毎度有難うございまーす。」
10階でメッセージカードを取ろうと格闘しながら
14階行きのエレベータを待つ。
ったく、またかよ。
で───、相変わらす鉄壁だなこのデコレーション。
メッセージまでお任せにした覚え無いっつの!
『ポーン十階です。』
その音とともに、扉が開く。
到着した高層階行き、その無人のエレベータに乗り込みながら
フゥとため息を一つ付く。
また奴が乗ってんじゃねぇかと少し不安になったケド
そこに奴の影はなかった。
その心配は14階に到着する頃には再会への不安に変わった。
『ポーン、十四階です。』
二度目の見舞いだけに、咲夜の病室までの動線に迷いはなく
以前のように、看護ステーションに先に顔を出す。
「お!キミは───、よく来たね!咲夜君のお見舞いだろう?」
以前世話になったイケメン看護士だ。
彼の前からも逃げ出した形になっちまってるせいで、少しバツが悪い。
「───えぇ、その節はどうも。」
「チョットごめんね。」
そう言うと彼はそっとオレの手首に手を当てた。
「え?ナンスか突然!」
「───うん、脈をネ」
「前に来た時、少し気になってね」
「ホラ、キミもあの事故現場に居たんだろ?」
事故───。あぁ花火の日の話か。
「前にお見舞いに来た時は精神的に辛そうだったからサ。」
「でも───うん。ちょっと早いけど」
「ま、問題ないかな。それとも───」
「この脈の速さは愛しの彼女に会いに来たからかな?」
「あの───、彼女じゃないですって。」
「まぁ、でも少し、そのせいかも。」
「前に、あんな別れ方しちまったし───」
「今更、どんな顔で合えばいいか───」
「おー! いいなぁ青春だ。」
「でも、心配ないと思うよ、まぁ会えば分かるさ。」
そう言いながら彼は脈をとっていた手を
オレの肩の上でポンポンと弾ませた。
「すまないけど今日は一緒に行ってあげられないんだ」
「チョット仕事が立て込んでてね。」
「はぁ───」
「ささ、咲夜くんがお待ちかねだぞ、若人。」
「ほら、行った行った。」
「───あ、そうだ。帰りにまた声をかけて」
「マコト君。」
そうイケメン看護士に送り出され、扉の前に立つ。
フゥーと細く息を吐き出して気合を入れ
覚悟を決めたオレは扉をノックした。
「あ、はいはいはーい。どうぞー」
二週間前にも聞いた声。心なしか、以前より少し大きい気がする。
いつも眺めてるスマホの中のダブピに似つかわしい溌剌さで
彼女は扉の前の来訪者を迎えた。
縦に長い扉の取っ手に手を掛け、少し重めのその引き戸を開く
「───あ。」
「───よ、よぉ!」
ベットの上で背を起した彼女がオレを見た瞬間。
くりくりとした丸くて大きなその瞳が
さらに大きく見開かれたと思うと
咲夜はプイと窓の方に顔を背けた。
そうだよな、前にあんな別れ方したんだ。
悪く考えりゃ、また来た!いくら助けたからって
勝手に彼氏面スルな!って事か。
良い方に考えても、顔見た途端に逃げ出した失礼な男だ。
そりゃ怒ってて当然だよ───な。
オレは咲夜に背けられ持て余した視線を病室内で泳がせていると
彼女の横にあるベッドサイドテーブルに目が止まる。
そこには、以前オレが訪れた際に持ってきた花籠が置かれていた。
でもその籠には、以前と違った彩色の花が生けられている。
多分、萎れた花の代わりに茜が生けたのだろう。
あぁそうさ、オレは花の配達人。
こうして前より元気になった咲夜も見れた。それで十分さ。
本当なら、あの花が萎れる前に来るべきだったんだ。
忙しさを理由にして、守るべき相手に会うっていう
そんな、単純で簡単なことにも臆してた。
イヤ、ひょっとしたらこの二週間
彼女を危険にさらしていたのかもしれない。
「───クッ」
握りしめた左手に爪が食い込む。
そうさ───
それなら───
ダニエルのように
影から咲夜を見守る
それでも───
───いいじゃないか。
オレはそんな思いで後悔をしながら
前の花籠の横に、さっき作ってもらった新しい花籠を
そっと置き部屋を去ろうと咲夜に背を向ける。
「じゃぁ」
「咲夜。早く元気になれよ。」
背を向けたまま咲夜に別れを告げたオレのシャツの裾がクンっと引かれる。
「───ぃよ。」
声を震わせながら、彼女は、体に合わないブカブカの入院着の袖から
小さな手を伸ばし二本指だけでチョンとオレの裾を掴んでいた。
「遅いよッ!」
「バカにぃ!!」
窓の方へ顔を向けたままで
あの夜の呼び方で彼女はオレにそう叫んだ。
「───ごめん」
そんな単純で簡単な謝罪がスルリと口を突いて出た。
そのオレの言葉に、咲夜は再びオレにキっと顔を向き直し
子猫みたいな小動物のクセに、ナマイキな少女が、最後まで取っておいた
ショートケーキの苺をとられたような顔付きでオレを睨んでいる。
その瞳をキラキラと涙で輝かせて。
───待てよ、あの呼び方
咲夜はオレの事、思い出してる?
「咲夜、お前オレのこと───。」
オレを睨みながら咲夜はつまんだその手とは逆の手に持つ
水色のスマホ画面ををまっすぐオレに突きつけた。
そこにはオレが見慣れたあの写真。
3人の男女が写っていた。
突きつけられたその画面に驚いたのもつかの間。
チョンと摘まれていたはずのTシャツがグイッと引かれ
蹌踉めいたオレの腹にストンと小さな衝撃を受ける。
突き出していたスマホをベットにほうり出して
両手でオレのシャツの裾を握りしめ。
咲夜がオレの腹に顔をうずめていた。
「なんであの時、すぐ居なくなっちゃったのバカ!」
「なんであの時、思い出させてくれなかったのバカぁ!」
「なんでもっと早く、来てくれなかったのバカァ!!」
「なんで───、なんで───」
「まだ綿あめ半分返してもらってなかったのにぃ!」
ちょ!声デカッ!
ってかそこなの?
理由。
14階フロア全部に聞こえてるんじゃないかってぐらいに大声で
咲夜はオレの腰にしがみついてオレを責めた。
オレは突然抱きつかれて思わず、降参のポーズになっちまっていたが
咲夜のおかっぱ頭をサラサラ撫でながら改めて言った。
「ごめんな咲夜、お待たせだ。」
「うわああぁぁぁん!」
咲夜を撫でる別の手で照れ隠しに頬をかきながら
入口の方を見ると、さっきのイケメン看護士が
顔だけこちらに向け微笑んでた。
うーわ、見られちゃった。そう思うのもつかの間、彼は
手にしたバインダーの書類に視線を戻して通り過ぎていった。
九話 記憶の行方 終




