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カジノ ─ Casino ─  作者: くどい
三章 キリングハウスへようこそ!
46/99

3-10 九話 記憶の行方 2


「───真、乗れ」


オレにぶん殴られ、ダニエルは初めてオレの名を呼んだ。


 どんな事態にも動じず、誰と対峙しても冷徹にして常にフラット。

感情とは無縁の世界の住人。殺したいほどにムカつくが

バカが付くほどブレがない。


 任務や命令、損得勘定。そんなものじゃない何かを元に動いている。

一匹狼。まさにそんな感じだった。オレはひょっとしたらコイツは

コイツだけは、何があろうと信用できるのかもしれない。

そう───思い始めていたのに!そんな奴が

あえて受けたオレの拳。初めて見せた人間性。


それじゃ───それじゃアンタは!

まるでオレに贖罪を乞うようなもんじゃないか!


CASINOが茜と咲夜の記憶を奪ったんだって

オレに詫びてるようなもんじゃないか!


自分はただの飼い犬だって───

そう言った様なもんじゃないか!!


追撃のために固めた拳、その手のひらに爪が食い込む。


「乗れ。」

 オレに殴られ、横を向き、自分の車にもたれ掛かったまま

奴はそう繰り返すのみ。


わんこ君───か。


 姐さんのその言葉を思い出したオレは、振り上げた拳をただ

下ろす他無かった。期待違いだった、そういう事なんだと。

オレは思わず掴んだままでいた、奴のジャケットの襟元を

叩きつけるように離した。


「ハァ、ハァ・・・・・・・・・フー」

 オレは絶望から、そのまま両膝を付き、今すぐにでも叫びだしそうに

なるのを必死に息を整え耐える。


きっと、こんな時、人は万事休すって言うんだろうよ。


 だが昨日だったか、ダニエルは逮捕術の訓練中

ゴム製のナイフで襲うオレを引き倒し、そのまま後ろ手に

オレ拘束して、片膝でオレの首を締め上げながらこうも言った。


───打つ手無しと思えたその先。活路はその2手先にある。

───焦るな、チャンスを待て。先を読む敵の、さらに一手先を読め


 上等だ、アンタの言う戦いの理論、試してやろうじゃねぇか。

オレは奴を睨み、そのまま助手席へ乗り込んだ。



 ダニエルは、路地手前の歩道へ乱暴に乗り上げた高級車を、

静かに転回させ、その路地へと隠すように止め直す。

そしていつものようにルームミラーを傾け、

ただ前を見据えていた。


 街場で突然始まった、男たちの大立ち回りに驚き、足を止めていた

歩道の人々も、そのうちに興味を失いこちらを見ながらも

日常へ戻っていった。


 オレは、色々問いただしたいその心を必死で抑え

隣の男を睨み続ける。オレが見ているのを気にもしないで、

ダニエルは履いた革手袋のまま、自分の顎をさすった。


「───効いたかよ。」


「あぁ───」


「仰せの通り、乗ってやったぜ、んで?何処に行く」


「何処にも行かない。」

「今はまだ。」

 そう言うと、さすっていた手でミラーの傾きを直し

掛けっぱなしだったエンジンを止めた。


 奴が俺の部屋に、突然現れたあの日のように

このまま、また沈黙が続くと思ったその時。

 ダニエルは、この高級車の革張りダッシュボードに

おおよそ似つかわしくない設え方、黄色い紙テープで

乱暴に止められた()()()のボタンを押す。

そして───


「トルク、モードサイレンス起動。」

突然そんな事を言いだした。


『了解。限定不可視モード起動します。』

『CounterMeasure展開、EP.Active』

電子音声がそう語った瞬間に車の窓ガラスが全て

暗幕状へと一瞬で漆黒に染まる。


「───なっ!」

突然、真っ暗になった車内でオレは驚くほかない。


『展開完了───、カウントダウン開始25.24...』


「オイ!今度は一体何のマネ───」


「真。時間がない、そのまま聞け。」


「なっ、馴れ馴れしくオレの名を───」

『20.19.18....』


「黙って聞け!」

「いいか、ロイを信用するな!」

「その眷属(エレクトラ)もだ!」

「奴の読心術。」

「彼女の、時の果てまで見通す目は驚異だ。」


「待て!なんの───」

ダニエルはオレの疑問に構わず続ける。


「だが学ぶべき師としては」

「彼を置いて他にない」

「たとえ世界中探してもだ。」

「彼に付き従い、そのまま励め。」

「気取られぬよう気をつけろ。」

『10.9.8───』


「それと私は───」

その瞬間、ダニエルは助手席のオレの方へ体をのり出し

オレの頬に手を当てた。

一体なに───を


「私はずっと───」

「ずっとお前を───」

唐突な展開に頭の中が真っ白になる。


『モードサイレンス解除まで5.4.3』

「お前()を見ていた。」

「忘れるな、お前は───」

『2.1』


「───ひとりじゃない。」

『..0 モードサイレンス解除します。』


 次の瞬間には黒く染まった窓は再び戻り、昼下がりの西日が

車内を明るく照らす。その眩しさにオレは思わず片目を閉じた。


 暗い車内で突然オレの頬に手を当てたダニエル。

西日に照らされ、顕になったその顔は、目を細めまるで

我が子を見るような顔つきだった。


『ご利用、ありがとうございましたー。』

『じゃ、まったにゃー』

 その電子声は次第に姐さんの声へと変わり

お別れを言ったかと思うと、ポンと弾ける音と共に

少量の煙がネコ型のボタンから上がる。


「おい!今の話───」


『シー・・・』

彼は人差し指を口へ当てる。

 そうしながらダニエルは、オレの頬に当てた手をそのまま頭に 

静かにオレの頭の上でポンポンと弾ませた。


「力み過ぎだ───馬鹿者。」

そう言う彼の顔は、再びいつもの朴念仁(ポーカーフェイス)へと戻っていった。




 その後、沈黙が続く車内。

オレは奴の言った話を何処まで信じていいか

正直、迷っていた。ロイ先生を信用するな───か。

 

 あれだけ常識的な理論を元に、正義とは何かをオレに説いた彼を

信用するなと?

 オレに迫る追手を、見たこともない武器で退けた彼女も

信用するなと?

 語った隣のこの男は、同じ組織内で先生たちと対峙している

ってことなのか?

 CASINOも一枚岩じゃない。ロイはたしかにそう語った。

それはダニエルとロイも同じ側じゃない、そういうことなのか?


 それもあるが、奴が語ったオレを見ていたとは?

何時からの話だ? それに確か()()を見ていたとも言った。

オレと誰のことを言ってるんだ?


 数日前からオレのHPとMPは疲弊しきっている。

こんな精神状態じゃ正しい判断なんか出来やしない。


結局、どれだけ考えても答えなんて出なかった。


 ココ数日、辛いことがあるたびオレは

スマホを開くのがすっかり癖になっちまっていた。


 スマートフォンを取り出すと、そこには茜と咲夜。

そしてオレの顔が映る。

それを見た瞬間、オレはハッとした。

二人の記憶を奪ったのはダニエルではなく

ロイなのじゃないかと───



「小僧、出てきたぞ」

そう言うと、ダニエルは顎でその方向を指示した。


「───あ、茜!」

茜は小走りで病院の敷地から出てくると

トートを胸に抱きながら、左右に視線を走らせていた。


「なにかを探してる?」


「あぁ、おそらく小僧をな。」


「はぁ?でも茜はオレの記憶を───」


「奪った。消した。」

「そう言いたいのだろう?」


「あ、あぁ」


「だがそうではない。」

「事件前後の記憶を()()()に過ぎない。」


「こっちへくる、姿勢を低くしろ小僧。」

「今、小僧と彼女が顔を合わせるのは不都合だ」

そう言われ、オレは車内で伏せるように身を隠した。

覆う?奪うでは───なく?


「もういいぞ。」


 茜はオレが目指したバス停でバスを待っている。

下を向いたまま───。同じくバスを待つ人達が、

茜を気にかけ声をかけているようだ。

 そんな光景をオレは、今すぐ車を飛び出して

その手を取り安心させてやりたい、そんな気持ちで

いっぱいだった。


「彼女らから小僧の記憶を消したかったのではない。」

「事件の記憶を覆ったのだ。」


事件。あの花火の夜のことか。


「事件の前後、数時間分の記憶を覆い隠した」

連中()の準備したカバーストーリーに沿う記憶で。」


「なっ!敵の策に乗ったってことじゃないか!」


「まぁ聞け」

「小僧、お前があれだけ取り乱したのだ。」

「自分を狙った銃弾に妹が倒れた」

「そんな事実を()に受けたら、彼女はどうなる。」


 その言葉に、オレは何度と無くオレを襲った頭痛。

あの日の夜のことを改めて思い出した。

確かに、オレも少なからず心に傷を受けている。

これが茜の立場だったなら───


 姉を狙う連中の存在を自覚した上で自分が撃たれた

咲夜の立場だったなら───


 二人があの日の記憶を持ったままなら───

オレのような頭痛だけじゃ済まないかもしれない。


「仮に、彼女達が、以前から小僧を知っていたなら。」


「オレを忘れることは無かった。」

「そう言いたいのか?」


「然り。」


「───なら、この咲夜からの連続着信は」

「どういうことなんだ?」

 オレは手にするラチェット特製のスマホの画面に

咲夜からの着信履歴を開いてダニエルに見せながら問う。


「彼女はあの夜から術前まで意識を失っていた。」

「そのため手術の際、同時並行で事件の記憶を」

「茜と同様のカバーストーリーで覆った。」

「故に術前。」

「意識が戻ってすぐに小僧に連絡を試みたのだろう。」


 あの夜、何処かで壊したのか、オレのスマホは破損していた。

翌、昼過ぎに代替え機を手に入れてから、咲夜に連絡した時

つながらなかったのはやっぱり手術中だったから───か。


確かに。筋は通ってる。


「彼女が移動する、出すぞ小僧。」

ダニエルが再びV12エンジンに火を入れ、茜が乗るバスを

数台後ろから追う。


「エレベータ内で私は小僧に聞いたな」

「何処へ行くと。」


「あぁ」


「結果。」


「あぁ?」


「二人は小僧を思い出し始めている。」

「もしくは思い出した。」


「あぁ」


「それが引き金となり、事件の記憶まで蘇る結果へ至れば」

「小僧、後は」

「想像つくな?」


「───あぁ」


「私がこうして彼女を守るに当たり」

「彼女達に直接コンタクトしないのは───」

「そういった危険を避けるため。」

「そういう意味もある。」


「───待てよ!それじゃ茜はアンタの事を」


「あぁ、知らない。」

「19年間、ずっとそうしてきた」

「それは、これからも変わらぬ。」


「それじゃつまり、さっきの───お前達って」

ダニエルはうなずきながら人差し指を口に当てた。


「だが───真。」

「お前は違う。」

「彼女達の記憶にすでに生きている。」

「事件、つまり事象や出来事を覆うのは容易い。」

「だが、心に住む人の記憶を覆うのは」

「現実的ではない。」


「・・・・・・・・」


「何故か。」

「心に住まう人の記憶には必ず感情が伴う。」

「同情、友情、愛情」

「それを覆うということは」

「感情を失うということになる。」


「真、故にお前は」

「彼女達を()()()()()()から守ることが出来る。」

「処置など、行わないに越したことはない」

「お前は、お前にしか出来ない仕事(守護)をしろ」


 一通り語り終えたダニエルはオレに掴まれ

型くずれしたジャケットより、真っ黒いタバコの包みを取り出すと

手慣れた手付きで口に咥え火を灯した。


「覆い隠された記憶」

「彼女達がお前を忘れているなら。」

「もう一度始めからやり直せばいい。」

「小僧、お前は誰が止めようがまた見舞いに赴く。」

「違うか?」

口元より細い紫煙を紡ぎ出しながら彼はそういった。


「あぁ。そのつもりでいた。だがいいのか?」


「結果。」

「最良ではないが最悪には至らなかった。」

「私はもう止める理由がない。」


そう言うと、とあるバス停の手前で車を止めた。

「この先、坂の上が茜と咲夜の自宅だ」


「ココでいいのか? 最後まで見届けなくても。」


「あぁ、彼女の家に協力者が居る。」

「通常時、守護は彼らの担当だ」


「ハァ?茜の家にエージェントが同居してるのか?」

 家族以外の人間が同居してるって、そんな非日常が

彼女達の日常とでも言うのか?


「まさか、二人の両親が───」

「エージェントだって言うんじゃ無いだろうな?」

「つまり茜達の両親がCASINOの関係者だって」


「然り。」


 そうオレがダニエルに疑問を投げた瞬間、彼は目元をスッと細め

悔しさとも悲しさとも取れるような顔を一瞬した。


「小僧。」

「何故茜だけを私が守護するか。」

「以前お前は私に聞いたな?」


 あぁ、前々から気には成ってた、ただそれを聞いたからって

咲夜を守らないってんなら。聞かなくてもいい話としてオレは

頭の隅に追いやっていたんだ。でも何故今その話を始めた?


「能力者たる茜。」

「故に私達が全力で守護する。」


はぁ!?茜が能力者───だと?

だからCASINOは茜達に接触してるってわけか。

ってことは咲夜も───


「家庭内では彼ら───」

「咲夜の両親が監視と守護を務める。」

「危機的状況や敵の排除が必要な切迫した状況」

「それに対処するのが私の務めだ。」


「茜達の両親がアンタ等のお仲間だってんなら、何故我が子───

 妹の咲夜も守らないんだ!」

「おかしいだろそんなの!。」


 オレはまさかとは思うが、家庭内で咲夜が虐げられていたり

するんじゃないか? そんな心配をしたが、ダニエルはそれを

覆すような事を言い出した。


「咲夜は能力者ではない。」

「故に───我々は彼女の危機を救えない。」

「茜と咲夜。彼女達の血は───繋がっていない。」



彼はそう語りながら、すっかり短くなったタバコを灰皿へともみ消した。



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