3-8 八話 トレーニング・デイズ 3
同日
突然言い渡された休暇指示。ここ数日の出来事を努めて忘れ
体と心をリフレッシュせよと言う、いわばそれは命令のようなものだった。
よく考えれば、咲夜の元へ向かうってのは、そんなロイからの命令を
無視する事に等しいのかもしれない。
だが、同時に彼は裏の世界に飛び込む前のように過ごせとも言った。
つまり、フツーの高校生として行動してもいいって、拡大解釈できなくもない。
たとえ命令違反だとしても、ここまで来たら、いまさら申し開く
気もないけどな。
姐さんの車の助手席で、病院へ向かう道中、そんな事を思う。
「まーたナーバス顔しちゃってるぞー、新人ちゃん。」
突然横からムニィと頬を突かれた。
「今日明日は悩むのナシナシ!そういう命令だぞい!」
「違うかにゃ?」
全く、この姐さんも、クエない人だよほんと。
それから、市内へ向かって小一時間。車内は、今乗っている姐さんの
愛車自慢で一杯に成った。
まだ出会って数日の関係だが、オレはスイッチ入った姐さんに
よく分からないながらに相槌を打つ。そんないつもどおりの時間。
そんな時間が妙に心地よかった───。
馬が合う。きっと、そういう事なんだろう
「ほいほーい! とーちゃくぅ!」
市内、咲夜が担ぎ込まれたという大学病院の前に
見舞い客としては、TPO的にもドレスコード的にも全NGな車が横付けられる。
別れ際に、オレは姐さんに改めて礼を言う。
「姐さん。色々その───。ありがとうございました。」
「んー?何がー???」
そうトボケながら、姐さんは手をひらひらさた。
「なーんてね、じゃね新人ちゃん。また明後日ねー」
そう言うと、姐さんは自慢のボロ車、その太い後輪を激しく空転させ
彼女はその場に煙を残して走り去った。
京都市内の大学病院。そのエントランスに今、オレは居る。
何度と無く訪れたかった場所。しかし訪れるには心が遠かった場所。
怪我をさせた。もちろんオレが彼女に何かをしたわけじゃない。
頭じゃ分かってたのだが、オレの心は、オレが咲夜を撃った。
それと同義と定義していた。
そのために、どんな顔をして咲夜に会えばいいのか。
あの場に居合わせ、目の前で倒れた愛妹に絶望し膝をついた姉、茜に
なんと声をかければよいか。オレはその答えを出せずにいた。
だた、黒く淀んだ思いだげが、頭の中でぐるぐると回っていた。
だがここ数日、殆ど寝ずに彼女達のためにと覚悟を決め、
文字通り死力を尽くして、今自分が置かれている現実と向き直すことで
今はまっすぐ彼女達の目を見て会える気がしていた。
入り口の二枚扉をくぐると、スーッと涼しい空間がオレを迎えた。
多くの人が行き交う中、とりあえず受付を探す。
程なく見つかった建物に対し、こじんまりとした受付で
見舞いの為の手続きをする。
帳簿に名前を記入していると、医療事務の女性がオレの筆跡を見ながら
バッチにもオレの名が記された───
「患者様のお部屋番号も記入してくださいね。」
受付の医療事務員にそう言われ、オレは彼女の病室さえ知らずに
ここに来ちまった事にチョット呆れた。
そして彼女の置かれた状況から、尋ねても教えてもらえないんじゃないか?
と心配になったんだが───
「チョットお待ち下さいね。」
そう言うと、受付の女性は、備え付けのインターホンで、何処かに何かを
問い合わせていた。その間、横に居た制服のイカツイ警備員が
目だけでオレを品定めしている。
んだよオラァ! 別にやましいことなんかないゼ。
オレは彼女のナイト様だぞ、文字通りの。
まだ半人前にも満たないけどな!
「───、はい。ヒビヤ マコト様です、はい、わかりました。」
「ヒビヤ様。おまたせしました。14階の1405室ですねー」
ゴツイ警備員のニーサンとのメンチ切合からふと、現実に引き戻された。
どうやら取り越し苦労だったらしい。咲夜の病室をあっさり教えてくれた。
オレを見ていた警備員はと言うと、オレの後から来た親子連れに笑顔で
会話していた。
んだよその落差はよ!
いやいや、いちいち考え過ぎの警戒し過ぎなのはむしろオレか───。
院内用の面会バッチをTシャツの腰に付けて、改めて院内を進む。
どうやらオレが通ってきた面会用の入り口は、病院の裏口だったらしく
通路を通って本ホールに到達すると、そこの光景はチョット圧巻だった。
イレブンとマート、コンビニが二つ、銀行のATMステーションが3行分
小洒落たカフェや軽食を振る舞うレストラン等、もはや一つの街のようだった。
あっけにとられながら、総合受付にエレベーターホールの場所を聞いて向かう。
多くの人々とともに、エレベータを待ちながら、ふと、手ぶらで突然
女の病室へ行くのもどうかと思い、菓子でも買っていくかと、案内板で
売店を確認してロビーの方へ戻る。
並んだコンビニへ向かうその途上で、小さなフラワーショップに目が留まる。
花もいいな、というか───。
お腹に怪我して入院してる人に食い物持ってくのもどうなのよ。
そう思って、誘われるようにその小さな花屋に入った。
「いらっしゃいませ、退院のお祝いですか? 」
「それとも、お見舞いですか?」
「えっ、あ、み見舞いで」
「お見舞いですねー。」
ふわっとした優しそうな店員のお姉さんにそう言われて、
気恥ずかしさに少し戸惑う。見舞いと伝えたが、花屋に入るなんて
考えてみたら初めてだ。
花なんて、むかしむかしのその昔。田舎のお爺にもらった小遣いで、
母の日にカーネーション買ったこと位だ。それも近所のスーパーで。
目的別に合った花を贈るなんてのも今知ったぐらいだ。
鉢物が一切置かれていない。それもそういう事なのだという。
正直戸惑った。何をどうしたらいいか、全くわからない。
「お見舞いでしたらアレンジメントがおすすめですよ。」
「花束でしたら、花瓶がないといけないですからね。」
にこやかに応対してくれる店員さんがそう言う。言われてみればそうか、
花の贈り物といえば、オレは真っ赤なバラの花束ぐらいしか解らないし
思い浮かばない。
それほどココは、オレの人生にとって縁がない場所だった。
「ウフフ、実はね───」
「どうしても花束がいいって男性のお客様も多いんですよー」
「お花、わからないですものね、興味がないと。」
ハイ、オレもその一味です。
そんな男性客の気持ちもよく分かるぜ
気恥ずかしさから自分の頭に浮かんだものを
サッと買って、とっとと逃げ出したくなるもんな。
「もらった患者様が困らないように」
「看護ステーションに行けば、花瓶を借して頂けるんですけどね」
はぁ。
「ここだけの話───。」
「あれ。退院の時に請求されちゃうの」
ゆるふわお姉さんはそんな裏情報を小声でつぶやいた。
うわ、そんな有り難メーワクになっちまうのか!
マジ知らなかったそんなの。
「じゃ、アジテーション?、アレンネス?」
「ふふっ、アレンジメント?」
「そ、それで!」
「はーい、わかりました。」
「じゃお作りしますので少しお待ち下さいね。」
「ところで、お送りする方はあなたにとって───」
「───どのような方?」
その問いにオレはまさかと思い身を固くした───。
でもそれも取り越し苦労。なんのことはない。
渡す相手によって、その人のイメージやその人への思いなど、
花の種類や色など選んで籠にするのだという。
てっきりオレは、何か良くない者の勘ぐりかと思っちまった。
ちっともリラックスしてねぇや。
オレは咲夜の一方的な印象をゆるふわ店員さんに伝える。
ちっちゃくて、底抜けに明るくて。無駄に元気。そして───
ウザイ。
店員のオネーサンはその答えにほほえみながらも
手際よく花を選び出して、先の曲がった鎌のような専用のナイフで
茎を落とし、籠へと活けていく。
選びだした花の名前と花言葉などをオレに教えながら、あっという間に
黄色とオレンジ色の小さな花籠が出来上がる。
ミニヒマワリとキバナコスモスにカスミソウが添えられた花籠だ。
「カードお付けしますか? お相手、彼女さんでしょ?」
「かっ、彼女じゃねーし!」
ウフフと笑いながら、お姉さんはエプロンの胸元よりペンを取り出すと
勝手に何かを書き込んだカードを花籠に添え
透明のフィルムで花籠をぐるりと包みオレンジ色のリボンで
デコってくれた。
「はい、おまちどうさま。4000円になります。」
「早く良くなるといいわね、彼女さん。」
「だから違っ! そんなんじゃないですからっ!」
そんなやり取りをしながら、尻ポケから取り出した財布の中身を見て絶望する。
金が無い。
花の値段なんて知らないで、ふらりと花屋に飛び込んだ自分の愚かさに
泣けてくる。みるみる血の気が引きながら、片方の口元だけ持ち上がった
引きつったオレの愛想笑いに
ゆるふわ店員さんは、ニコニコしながら頭に?を幾つも浮かべている。
しかし、このゆるふわお姉さんが、咲夜を思い浮かべながら作ってくれた花籠。
活けられたその花々の色合いで、オレはある人物を思い出した。
オレンジ色のツナギに金髪の姐さんの事を。そして彼女が
渡してくれた給料袋の事を。
「ハイ、一万円お預かりしますね。6000円のお返しになります。」
「じゃあお大事にね。ありがとうございましたー。」
恥ずかしいので後ろを向きながらその封筒から一枚取り出して
無事、会計を終えることが出来た。
マジ超焦った。んでマジ、サンキュー姐さん。
こうしてオレの人生初の給料、その一部はアノ小動物への手土産となった。
まぁ、茜と咲夜の為に紡いだ金だもんな、いい使い方したか。
しかし、プロってすごい。右も左も分からないオレを
専門知識をもとに、恥ずかしい思いをさせず
ましてや顔も知らない、オレが渡す相手、咲夜のことまで思い図り
こうして一品物の贈り物をあの短時間でこしらえる。
「悔しいけど、咲夜にぴったりの花だ。」
ちっちゃくて、底抜けに明るくて。無駄に元気。
それを体現したかのような花籠だ。
オレも大人になって、例えばあのBSRに就職したとして
お客さんのバイクや車の心の声が聞こえるようになれたら。
あのゆるふわお姉さんのような人の心に寄り添う
大人になれるのかな?柄にもなくそんな事を思った。
片手で持てる重さの小さく可憐で咲夜にぴったりなその花籠。
初めて触れる、その繊細そうな物体を、オレは壊れないように
恐る恐る両手で持ちながら、何人かの見舞客とともに
エレベーターに乗る。
同じ空間に居合わせた同じバッチを付けた、老若男女様々な数名。
「何階ですか?」
「七階お願いします。」
そんなやり取りを聞きながら14階をお願いしようとした時
このエレベータは10階までしか行き先ボタンが無いことに気づく。
ほぼ同時にエレベーター内の掲示に目が留まる。
~ 面会にお越しの皆様へ ~
当医院では、院内感染防止と緊急搬送が必要な患者様への
優先使用の為。エレベータを使い分けしております。
ご不便をおかけしておりますが、ご協力をお願いいたします。
医院長
なるほど・・・・・・。
乗り換えが必要、そういう事か。
とりあえずこのエレベータでいける最上階、10階へ向かう。
「10階お願いします。」
エレベータの中ってなんでこう、みんな手持ち無沙汰で
照れるんだろうな。普段はそんな時、入り口上の表示版を何となく
眺めるもんだが。黙ってれば嫌でも目的に着くのにそんな無駄なもん見るより
今のオレには、初めて手にする花籠という、珍しい物をまじまじと見た。
「ママー。かわいいねー」
「ねぇ。お兄さんのお花、きれいねー」
隣の親子が、恐る恐る両手で手にするオレの花籠を見ながらそういった。
急に照れくさくなりながら、花籠を後ろ手に持ち替えて隠そうかと思ったその時、
花屋のお姉さんが勝手に書き添えたカードが目にとまる。
『小さく可憐で愛らしいなあなたへ。
あなたが少しでも早く元のように元気になりすように。
ヒビヤ マコト 』
ボッと顔が赤くなるのが感覚でわかった。
「ママー。あかくなったー」
「あんまり見つめたら、お兄さん恥ずかしいって。ほら降りますよ。」
そうして一人きりに成ったエレベータ内で、改めてカードに目をやる。
な、なんでオレの名───。あ、面会バッチ!
これ見たんだ花屋さん。クッソ抜け目ねぇプロの仕業だ。
「マジか!なんで年上の女性はみんなオレをからかうんだ!?」
これどうやったらこの包み解けるんだ? どうなってんだこのデコ!
『ポーン 10階です。』
クッソ、着いちまった、仕方ない降りるか。
そうして10階で、乗り換えのための高層階行のエレベータの到着を待つ。
待ってる間、どうにか包みの隙間から指でカードを取ろうとするも
フィルムにホッチキスで丁寧に留められていた。
しかも二度打ち。絶対はがすな!そういう様に。さすがプロだ───。
花籠の包みと格闘していると、程なく向かいの高層階行きのエレベータが到着し
扉が開く音がする。花籠から開いたエレベータ内に乗ろうと視線を移すと───。
「奇遇だな、小僧」
「ナっ───!」
奴が居た。
八話 トレーニング・デイズ 終




