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カジノ ─ Casino ─  作者: くどい
三章 キリングハウスへようこそ!
43/99

3-7 八話 トレーニング・デイズ 2

二〇一八年七月三十一日 早朝



 蝉がデスメタルの演奏をまだ始める前、前座の鈴虫がバラードを歌う中、

オレはアパートの自室で目を覚ました。 寝汗をシャワーで流したら

直ぐにでも家を出るつもりだ。


「イッつつつ。まだ背中が痛てぇや。マジあの野郎・・・」

寝汗で張り付いたシャツを脱ごうとしたその時、鈍痛が走る。

昨日の訓練で何度と無く床に叩きつけられた背中が軋む。


 今日も、数日前より半強制的に勤めることになったバイト。

その後は例の()()()()()、そんな一日の始まりだ。


「あー、オレこのまま自由無いんだろうかー」

髪をワシャワシャと泡立てながら、ふととそんな事を思う。



 毎年、夏休みといえば、特段の事情(遊びの約束)がない限り、

午前三時頃まで夜ふかしした挙げ句昼前に、腹が減って

動き出すといった生活だったのだが今年は、どうやら

そうは行かないらしい。


 バイトとしての拘束が解かれ次第、今度はそこから、危ない部活の

時間だ。あの時姐さんは、裏仕事の休暇つまり休みの日に働く

といった交換条件を提示していたが、部活という名の訓練に

そもそも休暇など無い。オレは姐さんに頭を下げ

平日朝方シフトにしてもらった。


最前線級とまでは行かなくとも、迫りくる驚異をいなす位には

成長しないと、またアイツに怪我させちまう。

 

 風呂から出て、昨日?いや今朝、帰りに買っておいた

惣菜パンを齧りながら、オレの持ち物の中で唯一

気味悪いほどに高級な見た目のスマホ。その画面に目をやる。

時計は六時を少し回ったところだ。


午前十一時に開店するBSR JAPAN(CASINO)に、二時間前には着いて

ないとヤバイ。


 先日までの怠惰な生活が一変して、超ハードスケジュール。

表世界の仕事、つまりバイトが終われば、隙きを見て飯を食い、

すぐさまロイ先生による座学。座学が終われば今度は、ダニエルによる

逮捕術の訓練───と言う名の“一方的な暴行”を二時間ほど受ける。


 夜中に店が閉まり、従業員全員が帰路についた頃を見計らって

今度は、広大な店の構内と裏山を使った、車やバイク等の

乗り物教習(訓練)となる。


 いくら部活が遅くなったからと言っても、朝遅刻しようものなら

ラチェット姐さんにお仕置きと称した、エンジン講義を部活後から

姐さんが飽きて寝るまで受ける羽目になる。それはもちろん教習で

借り物のバイクや車を壊してもだ。 


「アレだけはもう二度とゴメンだ。」

「オレの女性に対する概念が変わっちまう・・・」

歯を磨きながらオレは、あの日のことを思い返して武者震いした。


 お仕置きと言っても実のところ、危険なのは、長時間講義より

その後の方だった。というのも、姐さんは眠くなると獣になるのだ。


 あの日、オレはダニエルにあっさり置き去りにされ、結局

ラチェット姐さんの元に戻ることになった。

 そして案の定、例のタイフーンに関する蘊蓄の続きを永遠と

聞かされた後、何度かトライするも、遂にオレの手綱で彼女の言う

Ratchet Typhoon.の主機(エンジン)は目を覚ますことはなかった。

それから翌日午前四時あたり迄、ラチェット先生によるタイフーン号の

主機に関する仕組みの追加講義を受けることとなった。


 俺は、ロイが貸し与えてくれた個室へも戻れず

そのまま、STAFF ONLYと掲げられた()()()()()()()()

で寝ることになった。強制的に。


 彼女は、眠くなると、段々とスキンシップが過剰になりはじめ

挙げ句、オレは()()()()


青少年の夢。


純潔の危機。


オトナへの階段。


なら、まだいくぶん夢も有ったのだが───。ねぇ

 

 クローゼットの奥に仕舞い込んでいたダッフルバッグに

着替えのシャツと下着を余分に突っ込みながら、違和感のある首をさする。


 危険なのは青少年の貞操ではなく、文字通り生命の危機だった。

それは彼女の寝技。文字通り足でカニ挟むのだ。何かに抱きつくことで

安眠を得るらしく、うたた寝を始め、寝ぼけた姐さんは、突然オレを

背後ろから襲い首をチョークスリーパー、腰を蟹挟しながら爆睡。

オレは逃れることも解くことも出来ずに、そのまま朝まで

卒倒する羽目になった。


 今考えりゃ、出会ったときから魂が、警鐘を鳴らしてたんだよな。

「アレは、美咲()と同じタイプの悪魔だって。」



六時四十五分───。

アパートの鍵を締め、ひぐらしのGIGが終わり、主役のLIVEが始まる中、

オレは駅へ向かって歩き出した。




 早朝の郊外。チョット田舎の小都市。

家より十分ほど歩くと人の営みの音が聞こえ始める。

蝉の鳴き声以外に聞こえるものといえば、たまに横を通る

お爺とお婆が畑に向かう軽トラの音。

通学途中の女学生の笑い声。

玄関先を掃除する早起き奥さんの箒の音。

ついこの間まで、そんな音や情景に特段なにも感じる事のない

毎日だったのにな。


そんな事に改めて気づくと、心にスッと闇が挿す。


「やーーーーーーーーっほーーーーー!! 新人っちゃーーん。」


 その普通じゃない声にまさかと思い振り返ると

コレまた普通じゃない、古いアメ車のピックアップトラックが

ドロドロと低音を轟かせて近づいてくる。

 彼女は、上半身をのり出し、ほとんどハコノリ状態で、ボインボインと

胸部の凶器を揺らしながら、にこやかにブンブン手をふる。

部活の朝練へ向かう女子高生や、出勤途中の人たちみんな大注目だ。


うっわ、なにあの恥ずかしい人!! 

無視するべきか───


 いや、そんな事したなら即、北方より新幹線で京に至る悪魔と同じく。

機狂ラチェット流の、審判の日が訪れる。


『お、おはようございまーす』(早朝ドッキリ的小声)


「おっはーー!! さあさあ乗るのだ新人ちゃん」(大声)


 車をオレの横に止め、扉も開けず彼女は窓からひょいと降車すると

イソイソといつもの歩幅でぐるりとトラックを回り込み、

おもむろに助手席の扉を開くと、背負ったダッフルバックの上から

グイグイとオレの背を押す。


「ほらほらさあさあー」(大声)


 一切有無を言わせず、その錆で斑な車高短ペッタンコのピックアップに

オレは押し込ま(拉致ら)れた。


「良かったー捕まえられてー」

「朝イチで新人ちゃん()行ったさー、したら」

「誰も居ないっしょ?」

「玄関爆破して中確認したっけ、やっぱ誰も居らんしさー」


爆───って

「オイーー!!」


慌てて振り返りアパートの方を見る。


「は?なにマジしてんの?」

「朝の晴天6:55」

「チョット小粋なジョークじゃん。」

そんな朝のコーナーねぇよ。


 例の施設(BSR JAPAN)、その最寄駅まで地元駅から電車で小一時間。

そこから山道を歩く事を見越したこんな早朝に、バイトの方のボスである

彼女が突然現れた事に、多少驚きつつ居るオレに彼女。

ラチェットは片手で細く大きなハンドルをさばきながら

突然、胸元から取り出した封筒をオレに差し出した。


頭に疑問符を浮かべながらに、オレはそれを受け取り中を見る。


「渡しそびれちゃっててさー、ほい、とりあえず五日分。」

「大丈夫ー? ちゃんと御飯食べれてたー?」

「だってさだってさー」

「時間になると新人ちゃん、急いでどっか行っちゃうっしょ?」


そりゃ、夜の部に備え急いで山おりて飯買いに行ってたんだけ───ど?

開いた封筒の中は、二十枚ほど入った現金だった。


「え?、いや姐さんなにこれ?」


「なにってお給金だみょん!」


「いやいやいやいや!」

 だって、まだ見習いどころじゃない。

敷地の草むしりや店内のモップ掛けなど、掃除が主のバイト。

技術的には、お客さんの車両の整備どころか、姐さんの個人所有車を

使って機械の仕組みを教わるぐらいしかしてないのに?


「あ、お客様の車両触れるようになるまで」

「少なくてめんごめんごねー」


「五日分って! こ、こんなに・・・」


「いやいやそんだけっしょ?」

「めんごだけど、それ(紙幣)じゃ何も役に立たないじゃん?」

「君たちプレイヤー側の人間はさぁ」

プレイヤー?


「装備だって買えないしー」

「地下にある新人ちゃん用の部屋代も払えないし」

「増援も呼べ無いだけじゃなくー、空爆要請も出来ないじゃん。」

「キミたちは全部チップでやり取りしてるんだから。」


チップ?あぁダニエルが持ってたアレか・・・

って、え?部屋代掛かるの!?しかもチップ一枚?それは何日分の話!?

ボロボロに打ちのめされ帰れなくて、三日ぐらい仮眠で使っちまったよ

あの部屋!


「いやラチェット姐さん。まぁ確かに助かるけど。」

「だって、えっ。ホントに?」


「まぁキミの場合は、こうして()()で使う機会が多いだろうから」

「逆に紙のほうがいいかなってさ」

「まぁチップ払えればよかったんだけど、めんごネ」


「あの。ちなみにそのチップ一枚の円レートって───」


「へぇ、ナニ。珍しいこと聞くんだね───キミ。」

えっ!何その悪い顔。オレなんかマズイ質問した!?


「円はわかんないけど米ドルで、えーっと」

「んーっと8万ドル位だっけなぁ。末端相場で」

は、はち万? しかも米ドルで! マジか───。

ん?末端相場?


「まぁまぁ外界の通貨に換金出来ないものだし」

「そんなの知ってても意味なーいーしー」


「例えばサ、新人ちゃん」

「キミはさぁ。今、前走ってるタクシーの運転手さん」

「あの人お幾らだとお見積りする?」


「さ、さぁ・・・」

値段なんて付けられねー色んな意味で。


「ほら、わっかんないっしょ? そゆことだからー」

「まーまー!これからも頑張ってちょーだいよっと!」


「───そっ、そゆことなの?」

「が、頑張ります・・・・」

普通に働けない体にされちまいそうだ・・・・色んな意味で


「あーあー。それとー突然決まっちゃってアレだけどー」

「今日と明日、お店(BSR)お休みだから」

「新人ちゃんのバイトもお休みね!」

「なんか色々後手後手になっちゃって、ごめんにゃー」

「あーでもあーでも、特訓には行くのかにゃ?」


「えっ───?休み?」


「でもこの時間から店行ってもー」

「車の訓練できないじょ!」

「うちの連中(従業員)は、なれてるからまぁいいけど」

外の人(一般人)に見られたらマズイもんねー」

「それともそれともー、朝から一日中」

「わんこ君と体技の特訓するのかにゃ?」

いやそれ、確実に死なされてしまう奴!


突然の休暇言い渡し。この言葉にオレは正直チョット、ホッとした。


 茜と咲夜の為にと、気張ってみたものの、実はSAN値的にオレはかなりキテた。

さっきみたいに、多くの人が送る日常と、今オレが置かれている世界との

落差(ギャップ)を感じると、途端にヤワな心が悲鳴を上げる。

実のところ、姐さんにコキ使われてた方が、余計なこと考えない分

精神的に楽なのだ。


「まぁ、そうねそうねー。」

「とりあえず支配人に指示仰いでみたらー?」

「今日のボクちゃんは、どうしたらいいですかー?って」


そうだな、こっちの手が空いたからといって

こっちの時間で動いてもダニエル(あんちくしょう)

ともかくロイ(先生)に迷惑がかかる。


そう思いながらオレは、スマホを取り出した。


「───。」


「あれあれれ?新人ちゃん?」

「どうしたのかにゃ?」


ココに来て初めて気づく。

店はおろか、地下の連中にも

連絡する手段をオレは知らないのだ。


「オレ、あの人達の番号知らないや───ハハハ」

そう言葉にした瞬間、鼻の奥がツーンと痛んだ。


同時にそれは、花火の日ような絶体絶命の事態にまた遭遇した時

泣きつく先が一切ないという事実だった。


「なーに暗い顔してるのよー!新人ちゃーん。」


 そう言いながら、車を路肩に寄せると、ラチェットお得意の

おっぱいアームロックを掛けられた。


 柔らかな感触に嬉しいはずなのに、今は、そのぬくもりに

ただ、ただ泣きそうになる。

 自分ではない誰かを守ると決めた以上、自己憐憫カマす程

みっともない事はない。そんな暇さえ無駄であると覚悟を決め

前だけ見て、突っ走ってたのだけど


 立ち止まって足元を見ると、運良く踏み外さなかっただけの

崖っぷち。やっぱ仕上がってたんだ、オレ。


「ん───。そっか。」

「店に電話してみ。」

GM(ゲームマネージャー)が話す気あるなら」

「支配人に絶対つながるから。」

「大丈夫。大丈夫だからね。」


 ラチェットは、普段のおふざけ口調が嘘みたいに

年相応の落ち着いた口調で、そうオレを諭した。

 そしてオレのスマホを横から、スイと取り上げると

掛け慣れた様な指の速さで、店の番号を打ち込み

そのスマホをオレにそっと返す。


一回だけ、ただ一回だけ鼻をススって、腹に力を入れ直し、

オレは、スマホを受け取った。


『おはようミスターマコト。私だ。』

驚く程、あっさりと、その電話はつながった。


 そしてその内容は、ロイとの何時もの対面会話のように

オレの心の内を汲み取った、コレ以上ない的確な回答だった。


『今日の授業の件かな?』

『フム、丁度いい、では、今日明日と授業は休みにしよう。』

『イイかね、自主的な鍛錬も禁止だ、心と体を休ませたまえ。』


「はい───。」


『ミスターマコト。身の回りの事や趣味、友人との語らいなど───』

『私達と出会う以前のよう、今まで通り、有意義に過ごす事。いいかな?』

『ただし、言わずも判るとは思うが、裏の話題は部外秘に頼むぞ』

『ミスターマコト。』


「はい先生。スイマセン」


『おやおや、謝ることではないよミスターマコト。』

『実のところ、私とエレクトラは今機内でね。』

『所用でイギリス(本国)へ向かう途中なのだよ。』

『キミの事はダニエルに任せておいたのだがね』

『彼には彼の任務が有るのでね───。』

『単に連絡が遅れたのだろう』

『すまなかったねミスターマコト。』


「いえ、了解です。」


『それと───。先日私と初めて出会った晩のように』

「困難な時は躊躇せず、何時でもこの番号に掛けると良い。』

『よいかなミスターマコト。』


「はい、ありがとうございます。」

「それでは失礼します。先生も、お気をつけて」


『では、明後日また会おうミスターマコト。』


闇に飲まれそうだった心が少し救われたような気がした。


「ね、大丈夫だったでしょ?」

「チョットアクセル踏みすぎちゃったね。」


「はい───。」


「ずっとREV叩いてるとエンコしちゃうって、この間話したね」

「それはね、機械も人も同じなの。」

「回しすぎてもダメ、回さなすぎてもダメ。」

「心のリミッターが判るには」

「キミはまだチョット若いから辛いよね。」


「───。」


「まーアタシは運営側でもプレイヤー側でもないから」

「辛かったり困った時は、何時でも相談なさいな。」

「相談に乗るし、泣きたいなら胸かしてあげる。特別よ?」


「───はい」


 そう言ってラチェット姐さんは、オレの頭をクシャクシャに撫で回した。

普通に高校生として暮らしてたら、接点のない年齢の人たちとの交流。

毎月一定額の仕送りで暮らしてただけの子供だったが

やっぱりバイトっていう社会勉強は、様々な意味で重要なんだと

この時初めて知った。ここ数日間で、オレの経験値がグイグイ

上がってる気がする。


「さぁさぁ!寂しい顔してないで!」

「せっかく早起きして家出たんだしー」

「あーし午後から外回りする予定だけどもー」

「午前中は開いてるから、行くとこあるなら乗せてってあげるよ。」

「どこがいい?どこがいい?」

「デートだよデート!」


「何いってんだッタク。そんなの微塵もキョーミ無いくせに!」


 行きたい場所。その言葉にオレは、あの日からずっと行きたいと思ってた

場所を指定した。咲夜の見舞いだ。


 病院に運び込まれた翌日、咲夜の立て続けの着信。

それは今も、このスマホの履歴に残ってる。あの変な履歴以外は。

オレはそれが、ずっと気がかりだった。アレはもしかしてオレが茜や咲夜を

心配するように、向こうもこっちの安否を心配してるんじゃないか? 

そのための着信だったのじゃないか。

そう思ってたからだ。


仮にそれが、自意識過剰で勝手なオレの勘違いだったなら───

それならそれでいい。あの修羅場をくぐり抜けた者同士

互いの無事を確かめ合いたい。

そんな気持ちを、否定する理由もないだろ?


「そう───。市内の病院、かぁ」


オレの希望を聞いた後、ラチェット姐さんは

ほんの数秒考えた後。


「例の娘が入院してるところね。」

「───、あいよ!わーった!了解だにゃ。」

「ではでは!新人ちゃんの愛しの君のもとへレッツゴー!」


「ちがいますって。」


 ラチェットは何時ものようにそんなおちゃらけを見せたのだが

横目で見た彼女は、ハンドルを握り、まっすぐ前を見据えている。

姐さんの横顔、大きな瞳はスッと切れ長になり憂いを帯びた。

と、同時に

(───、やめといたほうがいいと思うけどな。)

そう、口元が動いた気がする。





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