3-1 七話 盗んだ車で学校へ行こう!1
2018年の夏、京都市内のある道の駅でアタマのおかしなアーロン・クロスと
別れたオレは、奴から預かった小さなクラシックカーを運転していた。
道の駅で奴と入れ替わるように合流した、ロイと名乗る白髪、白髭の老紳士は
それが当たり前のように助手席に座り、目を細くしながら穏やかに微笑んで
いた。
時折、艷やかな木材で設えられた、パイプたばこのような形の電子タバコ?を
蒸し、その少量の煙が車内に漂うと共に、彼が細く開けた助手席窓より外へ流れ出ている。
いつもなら、タバコを吸わないオレは隣でタバコをプカプカ吸われて煙たい
思いをしたら、もれなくイラつくはずなのだが───。
タバコの煙特有の匂いというより、まるでアロマテラピーのように心地よさ
さえ感じ、車をはじめて運転するオレの色んな意味での緊張を不思議と
和らげていた。
「で?何処へ向かえばいいっていうんだ?」
「俺としちゃこのままウチに帰っても構わないんだけど。」
ロイと名乗った彼は、それまで燻らせていたパイプを、スーツの内側へ
仕舞うと同時に、糸のような細い目を更に細め、彼の目尻から伸びるシワと
見分けを付かなくしつつ優しささえも感じるようなスローな口調で語り始めた。
「ふふふ、君はたのしい男だねミスターマコト。」
「この状況にあってもそんな粋なジョークがでるとはね───」
半分は本気なんだけどな・・・
ある種覚悟をキメて奴に付いてきたのだけど、突然の別行動を言い渡され
理由もなく、理不尽な命令に納得がいかないオレは、奴がオレを連れ出した
理由をこうなったらこのロイに問いかけるしかなかった。
「アイツは俺を何処へ連れて行くつもりだったんだ?」
「おおかた、これから向かわなきゃならない場所もそこなんだろ?」
オレの問いに隣のロイは、まるでサンタクロースがホッホッホと笑うように
肩を上下させ、頷く。
「Correct. 正解だミスターマコト、これから私の店に案内するよ。」
そう言いながら、ロイは再び胸元から高価そうなパイプ型の電子タバコを
取り出して、ゆっくりと深くそれを吸い込みこう続ける。
「まぁ───、正確には向かってもらうだがね」
フゥーっと心地よい香りの煙を細く上品に吹き出しながら、ロイは手の平を上に
運転するオレを指す。
「ところでなんで無免の俺が運転するんだ?」
「アンタも運転できるんだろ?」
たどたどしいシフト捌きをしながら疑問を投げかけた俺に、ロイは少し呆れた
顔をして答えた。
「おやおや、目上に対する礼儀を疎かにしてはいけないなミスターマコト。」
「Lesson1、私のことはTeacherと呼びたまえ。」
やれやれと外人がよくやるあのポーズをしながら、ロイは怒るでもなく諭す
ように語る。
「余談だが、礼節が人を作ると───」
「───ロンドンの高級テーラーも言っている。」
「もっとも、仮に君がショーファーだとして、その時私は助手席には
座らないがネ。」
意味深に微笑みながらロイは話を続ける。
「率直に言おう、君がDriveしたほうが安全だからだよミスターマコト。」
へぇ、ペーパー以下の無免小僧が運転したほうが安全なのか、全く意味わからん
「店についたら詳しく説明しよう、さすれば君の疑問も解けるだろう。」
「ミスターマコト」
店───。
怪しい銃砲店?もしくは高級クラブか?
それとも考えたくはないけど人身売買や人体の一部を取り扱う店か?
向かうと言っても、その理由や行った先でオレに何をするのか、はっきり
させてくれなきゃ、隣の老紳士が奴と比べて無駄に優しい分、
オレ的には余計に怖えーんだけど?
なにせ発砲乱射野郎の上司っぽいからな・・・このロイって人も───。
「考えたくもないが仮説として聞いてくれ。」
「よろしい、言ってごらん、まぁ語らずともだいたい分かるがね───」
「ミスターマコト」
さっきからこの老紳士は物凄く察しが良いのがまた、余計に不気味なんだよ。
「俺と茜、咲夜は昨日知り合ったばかりだ。」
「彼女らが追われている理由も知らない。」
「二人の無事がわかった今、おれがこのまま逃げ出して」
「この先ずっと口を閉じていれば、アンタ達は別に困らないんじゃないのか?」
実際のところ、もうカンベンしてもらいたい、ってのはある。
「確かに、ミスターマコト。」
「君の言う通りこの2日程の記憶を操作して、野に放つことも出来るが」
「そうするかね?」
記憶を操作・・・?
また寒気がするパワーワードが飛び出したぞ───。
「ところがね、我々としてはそうとも行かないのだよミスターマコト」
「───、やっぱり口封じってのをするためじゃねーだろうな!」
語尾に向かい理不尽に対する怒りで大きくなるオレの声を、なだめるように
優しい口調でロイは答える。
「君が茜君と知り合ってしまったからだよ───。」
「な・・・に?」
「本来君たちは知り合うはずではなかった───。」
「──だが、因果からは逃れられないのだね。縁というのだろう?この国では」
「我々の前に君が現れた事で私達は大忙しだよミスターマコト。」
「君たちを追う彼らも蜂の巣をつついたように大騒ぎ。パーティのようだ。」
は───い?
俺はただの普通な高校生だぞ?
「したがってミスターマコト、キミにはある程度事態を知っていて貰う
必要がある。」
「まぁ、知った上で、試したい事もあるのだが───ね。」
どうやら今回も簡単には手放して貰えそうにはないな・・・
「君を私の店に招待する理由はそれだけではないんだよ、ミスターマコト。」
「はぁ───、もう黙って従うさ。で、その理由ってなんだ?」
「茜君には守護者、君の言葉を借りればそう───、Knightsがいる。」
「しかし咲夜君にはどうだろう───」
「茜君を狙う一味が彼女、茜君をおびき出すために咲夜君を狙う。」
「そういう事態もミスターマコト、考えられないかね?」
ロイのその言葉に、咲夜の温かい血が俺の腕を伝う感触が蘇る・・・
「───ッ!」
「そんな・・・咲夜には奴みたいなボディーガードが居ないってのか!?」
「残念ながら彼女は我々の保護下には無いのだよミスターマコト。」
「しかしな、彼らもプロだ、目的のためには手段は選ばんよ。」
「そう、君が信頼するミスターダニエルのようにね───。フフフ」
先生はそう語りながら柔らかい笑顔で俺に微笑みかけた。
ダニエル?黒服ノッポの撃ちたがり、アイツのことか?
信頼?
ロイ、アンタおかしいんじゃないのか?俺がいつ奴を信頼したんだ?
微笑みを絶やさないロイは続けて唐突な質問を、疑問符だらけの俺に
投げかけた。
「そうだ、ところで彼に私が電話した時隣りにいたのだろ?ミスターマコト。」
「あぁ、アイツに誘拐されてたからな───」
今度は一体何の話だ?
「ふふふ、彼が電話に出た時、彼は一体どんな表情をしていたのだい?」
「べつに・・・なんか悔しいような怒りのような複雑な顔つきだった───」
「───かな?」
「ハハハハ!そうか顔色を変えたかダニエル坊やは、そうかそうか」
咲夜の話はどうなったんだよ、あいつ危険なんじゃないのか?
それまでのロイが、およそしないような大笑いと共に膝を一つ打ち、その
容姿や立ち振舞に似合わないような、無邪気な笑いに、俺は正直驚きを
隠せなかった。ロイは奴が困るのが嬉しい?どういうことだ?
「あのモバイルの着信音は私がプレゼントしたのだよ。」
「最大級の皮肉を含めてね・・・」
皮肉?とりあえず一段落したら着メロの歌詞を調べてみよう。
そこにヤツの弱みがあるかもしれない───。
山間を縫うようなカーブが増えてきた道を、慣れない手付きで運転しながら
俺は今すぐにでも歌詞をスマホでググりたい気分だった。
「ふふふ、君は本当に楽しい男だなミスターマコト───。」
ロイは再びパイプ煙草を胸元に仕舞うと、もうその必要がなくなったかのように
細く開いていた窓を手動クランクを静かに回して締めた。
山間を走らせること10分ぐらいか?
多数の高級車が展示された結構な規模のカーディーラーが木々の間から突然
現れた。ロイは俺に着いたよと言葉に出さず、横から長い腕を伸ばし
指でチョイとレバー操作し、勝手にウインカーを店の方へ点けた。
「裏手に回してくれたまえミスターマコト。」
ロイのご指示通り裏手に回るべく、店の前を通り過ぎると裏手に続く道を阻む
鉄製の超頑丈そうな門が音もなく左右に開く。
その門をくぐると、多分中は整備工場だろう大きめなシャッターが何枚も連なる
建物の横も通り過ぎるよう、ロイは人差し指を前後に小さく振る。
ロイに従って、丁度施設の真裏に差し掛かるであろう裏手に、緩やかに下へ
続くスロープへ差し掛かる。
構内10キロ制限との路面標示を守りながら、スロープを認めた俺の“下か?”
と問うような顔つきに黙ったままにこやかに微笑むロイは静かに一回頷く。
それを確認した俺は、スルスルと吸い込まれるように巨大施設の地下へと
車を進めた。
地下へ降りると、そこは巨大施設を支えるためであろう、太い柱が幾重にも
そそり立つ広大な地下駐車場になっていた。
大小新古構わず、様々な種類のお高そうな車が整然と並べられたその地下を
左右に並ぶ車達と比べ、ひときわ古く小さく、その場には不釣り合いな
俺が運転する車が、ゆっくりと進むと、遂にその地下の突き当りに差し掛かる。
もうそれより先に進めない俺のその前には、壁と同じく純白のシャッターが
これまた優雅な速度でユルユルと開く。
「シャッター内、円の中心に停めてくれたまえ。」
ロイのご命令通り、俺はシャッター内、純白の空間の中心へ車を止める───。
ガクンと突然の衝撃に運転席の無免小僧と、助手席の老紳士が、愉快なほど
同じタイミングと幅で前後に揺れると、車はおろかエンジンも停止した。
「85点。」
ロイは助手席から、また勝手にパーキングブレーキを引くと、助手席に
収められていた長い足をスラリと外へ伸ばし、スマートに降車した。
対して、機械操作や乗り物の運転には自信あった俺は、最後の最後で
エンストをブチかまし、悔しさと恥ずかしさを隠しながらロイの後を追う。
首を摩りながら、ロイが奥の白い木製のドアをあける。
肘を直角に曲げ、指先まで一文字に伸ばし、開かれたそのドアの先を指す。
「さぁ、入ってくれたまえミスターマコト。」
そう案内され、俺が先に扉をくぐると後から続くロイ越しに、それまで
乗っていた小さな車が、ターンテーブルでゆっくり向きを変えるのが見えた。
程なく、静かにその豪華な作りの木製ドアが重い音とともに閉まる。
一体───、どんだけ秘密基地感パネぇんだ?
ここ・・・
細い通路の先、螺旋階段を更に下へ通りた先は、それまで白基調だった室内と
対象的に、高級車の内装と同じような厳選素材だけで構成された、黒基調の
シックな空間に切り替わる。そのシックな空間を更に奥へ進む。
突き当りには、鏡のようなツヤのある硬そうな木材と豪華な革張りの扉が
あり、扉横の人影が静かに、また上品な振る舞いで扉を引く。
間接照明のみの薄暗い通路、黒廊下と対象的に、開かれたその室内は
まばゆいほど明るく、同時に室内からの明かりが扉を開いた人影が、
衝撃的な登場とともに俺の記憶に強烈な印象を与えた女性。
その人だと気づかせた。
漆黒の影をまといし端正な赤毛の女性。
「あ、アンタ───、さっきの・・・」
「ミスターマコト。こちらへ、さぁ入ってお茶でも飲みながら話をしよう。」
またたく間に二台の車を見たこともない武器で葬ったRRの彼女に挨拶もさせず
ロイは俺の肩に手を置き、急かすようにそのまま部屋へ俺を誘う。
誘われるがまま、俺を殺そうとした彼等の居城へと
遂に俺は足を踏み入れてしまうのだった。




