2-20 不都合な事実
「・・・・・クッ───」
むせ返るような熱気に失っていた意識を叩き起こされる。
アフリカ?いや、東南アジヤ?どちらにしても日本ではないことは確かだ。
全体重が肩から手首にのしかかり、足はつま先がかろうじて地に付く
体を揺するとガチャリとした音に、鎖で柱のような物を背に吊るされているらしい
SAS訓練時のウォーターボーディング以来の屈辱だ。
「お目覚めのようだな───。」
「よし、目隠しを外せ。」
おそらく数十時間ぶりの外界の光が容赦なく私の角膜に飛び込む。
唐突なその刺激に痛む目が徐々に視力を回復してゆく。
白みの霧が晴れるように、周囲の光景が白と黒で構成された景色として
徐々に鮮明になって行く。ぼんやりとした視界の中、捕らえられ、吊るされた私は
正面に見覚えのある人影を認めた。向かい合うように、低めの椅子に座したある男。
数ヶ月前にプリシュティナで別れた“元”相棒がそこに居た。
「よぉ。ジャック少尉」
「よぅスマート・ジョン・ランボー」
これ以上再会を喜ぶ言葉もこれと言ってない。どちらかといえば一番会いたくなかった
相手だ。椅子に跨り、ロッキングホースのように前後に揺れながらCIAは語る。
「こんな再会ですまないが、しばらく付き合って貰うしか無さそうな状況だ。」
「だが安心してくれジャック」
「別にアンタから何か無理やり聞き出そうって訳じゃあ無いんだ」
「・・・・・」
「───ダンマリか、そりゃそうさなぁ。」
「まぁ、拷問した所で訓練されたアンタにゃどうせ時間の無駄だろうからな。」
「お互い、無駄な時間は省こう。」
「オレもいつまでもキューバの飛び地なんかに居たくないしな。」
「ココだけの話、来週は息子の誕生日なんだ。」
ウインクしながら彼が言う。
奴等は何かと言うと捉えた高級捕虜をグァンタナモに移送する。
拷問の総合デパートのような場所だけに、無駄に心身を消耗するかと思いきや
雑談に託け、彼は私に結構な有益情報を漏らす。
「これから医師がやってきて君の血液、口内粘膜、脳波それに───」
「時間を少し貰うが、抵抗しないでくれれば───、」
「な?解るだろ?お互い、というかこちらも無駄な死人を出したくはないんでね。」
「・・・・・」
「おっとそうだった、後な、君の手は悪いが樹脂でコーティングさせてもらったよ。」
「少なくてもオレは生きて家族のもとに帰りたいんでね。」
そう言い残すと、M16を構えた衛兵2人を残し
“おつむのいい方のジョン・ランボー”は椅子より立ち上がり部屋を出ていった。
どうやらCIAは、私をこのまま葬り去る気はないようだ。
私は無駄な消耗を抑えるため自ら呼吸を制御し、そのまま眠るように
意識をシャットダウンした。
♠
「おぉーい、起きろジャック!」
頬を打つ刺激に自ら閉じた意識を戻す。あれから数時間、もしくは数日か?
もはや過ぎ去った時間も無意味であるかのような疲れにうんざりする。
結局、目の前の“元”相棒が語った医師とやらに起こされる事はなかった。
「おはよう、ジャック。」
「釈放だ。」
「───私の検体はイイのか?」
「あぁ、俺にとって保険?みたいなもんだったんだがな、その必要もなくなったよ」
「ウチも一枚岩じゃなくてね、まぁ許してくれ。」
「おい、彼を下ろせ。丁重にな」
「隣の部屋に君の衣服と簡素だが食事と衛生的な水───」
「それと───、あの時ユーゴで君から“借りた”煙草もある。」
「夜が明けたら好きに出ていっていい。協力的で助かったよ──────ジャック」
そう言うとジョンは逆さに被ったベースボールキャップを
かぶり直し立ち上がった。
「───ジョン・・・忙しいな、一杯付き合って行けよ・・・」
「すまないジャック、娘のお遊戯会に遅刻しそうだ。」
皮肉を込めた私の誘いに元相棒は“それっぽい言い訳を”残して部屋を出る。
「またな相棒」
「───あぁまたな・・・奥方によろしくなジョン。」
「なんだ、言ってなかったか?俺はまだ独身だ。アバヨ!」
「──────食えないやつだ・・・・」
別れの挨拶を済ませると、緊張の糸が切れ私はそのまま気を失いそうになる。
アサルトライフルを下げた衛兵の一人が私を支えもうひとりが鎖を外す。
予想以上に憔悴しているのか自重が倍のように感じる。
私を下ろした衛兵2人は、両手を肩まで上げたまま後退りするように
部屋の両隅へ下がった。
おそらくは、上の方で話が着いたのだろう。警戒すべき殺意も感じられない以上
無駄に殺生するつもりもない。よろめきながら隣の部屋へ往くと
冷房の効いたその部屋には、私のスーツと果物、それに愛用のJPSが私を迎えた。
直後、それらが並べられたテーブルの横にある椅子の背に、先の戦闘でスレやほつれが
目立つジャケット、引きずられた時に着いたであろう傷だらけのウイングチップを見留たが
シャツとタイがない。
まったくもって腹立たしいが仕方ない。私は素肌の上にジャケットを羽織ると
その椅子に腰を下ろした。
ココでは珍しい新品のJPSの封を切る。
一本取り出して火を付け一息つくと、テーブルに置いてあった合衆国の新聞に目が留まる。
なんの気無しにそれを手に取り、煙草の灰を落としながらその新聞に目を通す。
「───ッ!! なん────だと?」
そこには、ここ数日に起きた世界中の出来事、それも私にとって“最悪な方向”に
ねじ曲がったニュース記事が、これでもかといった具合で踊っていた。
苦々しいく変わった煙草の味を噛み締め、点けたばかりの煙草を指で弾き飛ばすと
私はそのまま立ち上がる。おもむろに残りのJPSとある男より預かったOD色のZIPPOを
ジャケットの内ポケットに突っ込む、evian'sと記されたペットボトル一本を手にし
そのまま建物を出る。
それから、どれぐらい歩いただろうか?
ムダに広い敷地内を外界と隔てるフェンスに沿って歩いていると、やがて
暁の闇を照らすゲートが見える。
ふぅと一息ため息を付いた後、懐より煙草を取り出し咥える。火も付けずにゲートに
達すると、衛兵がちらりとこちらを見て気のない様に語りだした。
「アンタか───、あぁ聞いている。通っていいぞ。」
「このまま道なりに行けば集落に出る。そこで車を拾っ・・・」
「オイ!!アンタ!!そっちはオレらも立ち入れない地雷原だ!」
燥ぐゲートの衛兵を無視し、苦々しい思いで地雷原の先に見える森を目指し
私は明け方の闇に姿を消した。




