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カジノ ─ Casino ─  作者: くどい
二章 裏切りの逃避行
33/99

2-18 六話 浪人のバラード 4

1999年 9月20日  深夜


 夜が更け、大使館内がすっかり静まり返ったのを見計らい、俺はその男の部屋の前に居た。

明日セーシェルへ飛び立つ前に、その男に話しておかなければならない事がある。

 腕に垂らした使い込んだ愛用のトレンチコートで、腰溜めに構えた如月の銃を隠し

大使館の別館内を行く。


 明日去る事となったこの国で、俺が命を掛けて成してきた正義に対する忠。

だがそれは、ここ数日で見事に瓦解した。

 しかしミサキの生存こそがオレが公安でなしてきた正義を裏付ける唯一の存在

となってしまった。

 事、ここに至っては、俺の代わりに彼女、ミサキを守護できるだろう唯一の男。

その男に会うためだ。


 周囲を警戒し忍び歩むように、その部屋の前にたどり着いてから僅かな時間。

俺は意を決し、その扉をノックしようと拳を扉へ向けると、まるで則して居たかのように

カチャリと小さな音を立て、その扉は細く開かれた。

その隙間から彼の部屋内へ差し込む青々とした月明かりが、細く漏れまっすぐ俺を照らした。


「───ミスターソウマ」

「───よぉ、ミスターダニエル」

皮肉なもんだな、その光景はまるで数日前に騎士道を問いに来た彼と真逆の光景だ。

そう、まさしく今扉の向こうの男、俺が"美しいがゆえに危うい"と説いたその騎士に

今度は俺の武士道を委ねる為に俺は今ここに立っている。

───ったく、なんて皮肉を心得てんだ神様ってやつは。


 ゆっくり開かれてゆく扉が、彼の顔が確認できるほど開いた頃、

彼は俺に小さな声で一つ問う


「───ミスターソウマ、もしこれが夜襲でないのなら、そのコート下のカタナ()

 どうか下ろしてもらえないか?」

「あぁ、そうだな───すまないダニエル。」

「あー君にも、可能ならその扉に押し当てたツルギ()、収めてくれ」


 俺たちはお互い敵意の有無を確認した後、彼の部屋の扉をくぐりながら如月の銃を

腰のベルトへ差し込んだ。扉の向こうへ招かれた俺を気にもせずダニエルは

GLOCK30を"素手"で手にし、廊下を一通り警戒した後、静かに扉を締めた。



 俺を招き入れた騎士様はシャワーの直後なのか、それまでの漆黒の彼とは

想像もつかない純白なバスローブを纏った姿だった。

 そして、出会ってからずっとクールにキメた彼の銀髪オールバックは

今は下ろされ、清潔に清められた瑞々しい雫に青い月明かりを映していた。


 その姿は、年相応に若干の幼さを湛えるように見えたのだが、今目の前に立つ

彼に白羽の矢を立てた俺に、もはやその幼ささえも頼もしく思える行動を彼は

この数日で示して見せたのだ。


「ミスターソウマ、大局を超えた今が貴殿にとって、おおよそ最も危険な状況だという事

おわかりですね?」


「───あぁ。」


「貴殿の国の力が及ばずとも、ここ(英国大使館)がどれだけ危険かということも───」

「あぁ、その危険を犯しても───、君に見てもらいたいモノがある。」


 ダニエルは、俺の切迫した表情から何かを察したようで、一つ小さなため息をした後

俺が手にした小さなメモに視線を落とした。


《 盗聴及び盗撮の可能性を考慮し、他愛のない会話をしつつ執談をしたい 》


 彼はまた一つ小さくため息を付き、部屋に備え付けの机からメモとペンを取り出すと

俺の後ろのベットへ放った。そうして彼は、肩にかけたバスタオルを頭から被り、

ワシャワシャとその濡れた髪を拭い始めた。

 髪を掻きながら、あてがわれた大使館別館の自室内を歩む彼は、キャビネットから

クリスタルガラス製のチョイと高級な喫煙具入れより灰皿をだけを取り出し机上に置く

 次に彼は入り口横のコートハンガーに掛けられた、漆黒のジャケットから

JPSと書かれたタバコを取り出すと、俺に向かい合うように、壁際に備え付けられた

机からの椅子を引き出しそこへ腰を下ろした。


「若いうちからそんなモノ嗜んでると体悪くするぞ」

俺はそう言いながら、彼の向かいのベットに腰を掛け、メモとペンを手に取ると

彼に始めて良いかと顎で問う。


「そういう貴方も以前、私が目にした資料では合衆国のコレ(煙草)を嗜んでいたようだが?」

彼はそう言いながら頷いた。


「───ったく、そんなことまで調査済みとはな、恐れ入るよ全く・・・」


彼は、手慣れた手首のスナップで漆黒のソフトパックより一本飛び出させ口元へ。

同じ仕草でもう一本出すとソレを俺に差し向けた。

伸ばされた彼の手とタバコの包の間にメモを差し挟む


「おっと、誘惑に負けるとこだった。報告書には載ってなかったのか?もうやめたんだ。」

そう言いながら俺は彼に最初のメモを渡した。


《 明日、日本を立つに当たり、この国に残すことになる、ある人物を保護してもらいたい 》


ダニエルは俺のメモを確認し、その返答を裏に書き記すと、少々離れたコートハンガーに掛かる

自身の漆黒のジャケットに目をやる。


「おっと、火はあそこ───か。ミスターソウマ、申し訳ないが火を貸していただけないか?」

そう言うと彼はライターを受け取る仕草でこちらに手を伸ばす。

その手には返答のメモが挟まれていた。


「言ったろ、とうにタバコはやめた。それを知っていながら俺に火を借りるのか?」

「タバコはやめても今も懐にある、JDF(自衛隊)時代から愛用のそれは手放せないようですが?」

《 ミス都の関係ではなく、貴殿に縁のある人物に関して? 》

メモにはそう書かれていた。


 俺は彼の返答を確認し、回答を走り書くと、懐から古びたOD色のジッポライターを

取り出しメモと共に彼に渡す。

 ダニエルは取り出したタバコに火をつけようとしつつ、受け取ったメモに視線を走らす。


《 先日の操車場、黄色いレインコート男。その娘 》

《 世界中で今後最重要視されるであろう、現時点で未知 》

《 しかしその出現を予言された超ウィザードクラスの能力者。 》

《 電子世界を自由に書き換え、操る能力者。それが彼女だ 》

《 彼女の存在は今後決して"裏の世界の表沙汰"にできない。彼女の安全の為にも 》

《 故に貴殿だけに個人的な保護を要請する 》

彼女に関しての要点と、俺の願いを簡潔に書き記した。


 メモを確認した彼は、タバコを咥えたまま火も灯さず、ただただ驚きの表情で

その視線を俺に投げかけた。


「火ィ───着かねぇか、やっぱ着き悪いわなぁ。吸いたい衝動を紛らわせる為に

偶にメンテはしてるんだがな」

そう言いながら俺は一つうなずく。


「───あぁ、いや。愛用のダンヒルと違ったので戸惑っただけだ。ご心配なく。」

そう言いながらダニエルは咥えたそれに火を灯すと、メモにペンを走らせた後

貸したジッポと共に俺に差し出す。

《 その話が仮に真実だとして、なぜ私に? 》


受け取ったメモを確認した俺は、共に受け取ったそのジッポをまじまじと見つめた。

それは俺が自衛官として初任給を手にした時、駐屯地の売店(PX)で手に入れた物だった。


「良かったよ。もう使う事も───、人前に出すこともないと思ってたんだがな。」

パキンパキンとよく手入れされ、誂えの良い蓋の開封音を楽しみながら懐かしいそれを弄ぶ


「俺はなぁダニエルさんよ。一度、自らの意思で手に入れたものは例えその"本来の役目"が

もう来ないとしても───大事に手入れしては、いつもこうして懐に忍ばせるちまう。」

「性分なんだなぁ、そういう未練たらしい男だ───俺は。」

「でも、それももう潮時かもしれねぇ。」

「なぁダニエルさんよ。よかったらこのジッポ、貰ってやってくれないか?」


 ライターの話に託けた俺の頼みを聞かされた彼は、一つ大きく、タバコを吸い込むと

直後、月明かりの下で紫煙を細く紡ぎ出す。この依頼の重みにダニエルは少々考えたように

見えたが、そのブルーの瞳をまっすぐ俺に向けながら、彼はためらいも無く

黙ってその手を俺に対して差し出した。


「貰ってくれるか!良かったよお前さんの部屋を訪ねて。」

「やっぱりお前さんみたいな堅物のタバコ吸いに預けるのがソイツにとっても一番だ。」

「なんたってソイツは大切なものを"守るためだけに作られた

戦士(自衛隊)"の紋章が入ってるからな」


そう言いながら、俺はメモにダニエルの疑問に対する返答をしたためた。

《 おまえが()()()()男だからさ 》と、ただ一言書きそえ

ライターと共に彼に手渡した。


 流すような視線でライターと共に受け取った俺の回答を確認したダニエルは

そのメモを丁寧に二折にし灰皿へそっと置いた。


「まったく。貴方と言う人はそんな大切なものを易々と私に託すのですか───。」

そう言いながら咥えたタバコの逆の口角だけでニヤリと微笑むと、彼はこう続けた。


「仕方ありませんね、ですが預かるだけです。機会が来たら必ずお返しします。」

「その時は貴方も禁煙を破る覚悟をしてください。」

「このライターと共に私と煙をくゆらせると約束してください。」

そう言うと彼は手慣れた手付きで()()()()()()ジッポに火を灯すと

執談のメモに火を灯した。

 彼の意思を確認した俺は、ベットから立ち上がりながら、今やミサキの近衛となりし

その騎士様にこう伝えた。


「言ったろ?俺はもうタバコはやめたんだ、じゃあな騎士様おやすみ。」

「明日は都の護衛、頼んだぞ」


 灰皿のメモが灰になるのを確認した俺は、扉の横のコート掛けにある

糊の効いた彼の漆黒のジャケットと並んで掛かった

ヨレヨレのコートを手に取ると、腰から如月の銃を取り出す。


装填を確認した後、コートを上から被せ、彼の部屋を後にした。



青々と灯っていた月明かりはいつしか、白み始めた秋口の朝焼けに飲まれて往く。

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