2-17 六話 浪人のバラード 3
ダニエルとエレクトラのお蔭で、アキバ系大正ロマンの刺客達を退けた俺は
遂に宿敵、村瀬の元へとたどり着いた。
手術中の警告灯を全く無視して、その最後の扉を開く。そこは、なんてことのない
普遍的な個室タイプの病室だった。
存在を隠匿しておきたい者を文字通り、幽閉する様にカモフラージュされた
政府の重要区画では有るものの、内部は一般的な病室と変わりなく、部屋のやや窓際に
寝台が置かれているであろうカーテンで仕切られた一角。
そして、その奥に奴が───。
様々な思いを押し留めていたが、奴と再び相見え、なにか一言でも俺の心を
逆なでするような言葉が奴の口から飛び出た際、果たして俺はこの冷静さを
保っていられるだろうか?
そんな不安を振り払うように、俺はトリガーガードを無くした如月の銃を再び握り直し
まるで俺の中にある警察官と異能の化物を隔てているようなカーテンを
一気に開け放った。
「───。なんて・・・有様だ。村瀬サンよぉ。」
不殺の覚悟も揺らぐような葛藤を乗り越え、右手でカーテンを掴む俺のその先には
全身、あらゆる所に管を繋がれ、気道確保のチューブを喉に差し込まれて、
ひと目に見ても、そう遠くなくその生命を終えるであろう、初老の細々とした体が
只、横たわっていた。
心肺モニターが小さく定期的なクリック音を鳴らしながら、その寝台に横たわる
心音の主たる者の横顔を薄暗く照らしている。
村瀬は、もはや二度と起きる事はないであろうそのベットに、弱々しく横たわっていた。
その光景に俺は、悔しさとも哀れみとも取れぬ煮え切らない気持ちを
ただただ、噛み締めるしかなかった。
ベットへ向けられた左手に構えた如月の形見が、今はただただ重く。
俺の腕に重々しく伸し掛かるように───、違う。
これは、いや───、そうだな。
俺の腕を、まるで如月や坂崎、そしてゆかり。
彼らがその透けるように輝く手でそっと・・・俺からその銃を下ろすようにと
諭すかのように───。
俺は───、村瀬に向けられた銃を、緩々と下ろした。
開け放たれた扉の向こうでは、ダニエルが立て膝で、それまで背にしていた
H&K G36を下へと続く階段へ構え、追手を警戒している。
横目でこちらの様子を、村瀬の様子をうかがいながら。
「エレクトラ」
【ソウマ様】 頭へ響く様に返答
「村瀬はたしかに居た───、が」
「こうなってる事も判ってたんじゃないのか?エレクトラ。」
【いいえ、わたくしは予知や察知の結果をお伝えしたのではなく───】
【ソウマ様の魂からこの場を伺ったに過ぎません】
【故にムラセ様のご容態は今、承知しました。】
【貴方様の魂より───。】
俺の───、魂・・・か。
「ミスターソウマ!」
エレクトラと俺のやり取りを知りえないダニエルが業を煮やして俺を呼ぶ。
「ダニエル、奴は瀕死だ、もう長くない。お前さんの能力、効いてたぜ」
「・・・・」
「ミスターソウマ、だとすると昼の電話での声は・・・」
「ダニエル、状況は確認した。証拠を持って撤収する。」
「判断は戻ってからにしよう。」
俺は物言わぬ村瀬に背を向け、部屋を出る。
ちょうど時を同じくして、物言わぬ彼のかたらわに置かれた心肺モニターが、
単調なクリック音から、高音の連続音に変わった。
翌日───。
「ふむ・・・そうか、この一件の真相。恐らく君らの考察で間違いないな。」
大した追手が掛かることもなく、易易と大使館へたどり着いた我々。
今回、眷属として俺に付き従ってくれた二人と、その長であるロイド・キャラハン。
また、今回の一件の主要人物である櫻 都と共に、一連の事案に関して結論を導き出す。
「収集した一連の状況証拠を元に判断すると、今お話した通りです。」
ロイに対し、ダニエルと共に紡いだ推理を語り終える。
「ミスターソウマ、この推察が真実に最も近い解だとして───、」
「依然付き纏う不気味なこの疑念。何を意味しているか、分かるかね?」
「えぇ、村瀬の生死、いや───。」
「奴の死にざまに関する事象だけが依然、不可解なままだ。」
「だが───、ミスターソウマ。君が手を下すまでもなく
ミスターMは死亡したのだろう?君ら、いやミスターソウマ、君の目の前で。」
「結果・・・だけ見ればそうなる。」
「だが先日のあの電話。」
「あぁ、ミスターソウマ。私もそれが気がかりでならなかったんだ。
教授、たしかにあの時のミスターMの声色と声量のそれは、瀕死の者の声じゃない。」
「録音?」
都が信じられないような顔でそう問いかける。
「ふむ、あの状況と会話の間から、それはないだろう都君。」
「そう・・・ですよね。」
「ダニエル、電話の話だけじゃない。」
「奴は何故、此処から俺をおびき寄せてまで、俺に自分の死を確認させた?」
「もちろん影武者の可能性もある。」
「だが俺達が持ち帰った医療記録と奴のDNAを、今おたくらのラボで解析してるんだろ?」
「当然、奴らにしたって英国側の捜査能力を見縊っちゃいない。」
「となれば、そんな陽動を掛けたって大して効果はないってのは奴らも織り込み済みの筈だ。」
「───、この際方法はどうあれ、村瀬は、奴は───、自身の生死と存在を、表舞台から
消したかったんじゃないのか?」
「その為には、自身の死を誰かに語らせる必要があった。」
「───!?」
「だからミスターMは我々の居るこの場で貴方をけしかけ・・・・」
「そう、貴方達英国側に語らせたかったんじゃないのか?村瀬は死んだと。」
ではその筋書きで───、その上で最も得をするのは一体誰だ?
公安内部に巣食うこの国の暗部。日本の能力者を束ねる組織と合衆国との繋がり。
いや、それだけじゃない。恐らくこの国と彼の国の間に有る、国防に関する
力関係。
村瀬にしたって、奴が語った通り。地政学的に弱い立場であるこの国の立ち位置。
東西ロシヤ、中華連邦と海を隔て合衆国と
大国間に位置する、この国の国防を第一に考えるなら、現在最も強固と言われる
合衆国との関係を維持するしかこの国の国防は成り立た無い。
そのためにも、彼の国の要求───、都や奴自身を生贄として差し出すしか他に
手は無かったと考えるのが妥当だろう。
しかしその過程で、都を手に出来なかった事から、村瀬───、いや
この国は図らずとも彼の国と、交渉のテーブルで対等に渡り合うだけのカードを手に入れた。
後天的能力付与に関する先進医療技術の確立。
その被験者となったのが村瀬本人だ。
となると、その成功を───、技術実証を合衆国に対しての交渉材料とするには
施術によって移した能力がホンモノであるとした証拠が必要だ。
実証実験。施術後の村瀬の性能───、ダブルスペックを確認する術として
最も端的に合衆国へ証明する方法は・・・
「ウム───、ミスターソウマ。ミスターMに関しての疑念は一時保留にしよう。」
「恐らくこの件に関しては、今ある状況証拠からいくら推察しても解は得られないだろう。」
「それより大事なことが我々には有るのではないかね?」
「ダニエルも納得してくれるかね?」
「教授、自身の能力を揺るがす事象の確認と排除。」
「ソレが叶ったので私は───。」
俺の推理を遮るかのように、ロイはこれからの事に話題を移す。
あぁ、経過はどうあれ、俺の中で引きずっていた一件は、これでひとまず幕となるだろう。
そうなると今度は、俺と都の立ち位置だ。
当然、この国からも彼の国からもオタズネモノとなるだけじゃなく、用済みの存在───、いや
もはや俺達二人は、両国の秘密を一番近い所で目にしてしまったいわば厄介者だ。
たとえ俺達が一級の能力者だったとしても、口封じされる可能性が高い。
どれだけ安く見積もっても暗殺対象だろう。俺はともかく、都の家族の安全確保が急務だろう。
「ウム、ミスターソウマ。君も異能の者ならば、裏舞台、unseeableについて───。」
「理解はしているね?」
「あぁ、この国と貴方達の間で認識の齟齬がなければおおよそは。」
「よろしい、では改めて説明しよう。その上で、頼みが有るのだよ。」
そう前置した上で、ロイと名乗るこの組織の長は、組織の成り立ちを改めて語り始めた。
それはまるで俺を説得するかのように───。
「我々、出自を英国とするunseeableは他の国々の組織とは少し違う。」
「これに関してはご存知かな?」
「そこまでは・・・」
「ウム、では出自を英国とするunseeableは、一枚岩ではない。一つではないのだよ。」
「英国の歴史、表向きすら一国の体を成してはいるが、未だ4ヵ国がそれぞれの思惑をもとに
連合してる地。そして世界中に領地───、まああえてここでは租借地といった言い方
にしよう。」
「つまりは、英国の政治的権限が及ぶ租借地を世界中に持っていてね。」
「まぁ、その殆どが第二次大戦のさなか、貴方達日本の民の力によって解放独立したのだが。」
「───表舞台ではな。おっと、話がそれてしまった、失礼。」
「要するに、かねてより、これらブリテン諸島以外の海外租借地の多くは、王室より
任命された者が統治していた。其の者達に付き従えし影の勢力。」
「それらを主にこちらの世界ではCASINOと呼んでいる。」
各国、似たような機関はあるが、CASINOと呼ばれるのは英国出自の組織を指すのか。
「故に、国家と言った集合体と結びつく数々の組織に対してCASINOは、
守護すべき王族の領地。すなわち、各地域の保全に注力している。そういった意味で
国家の枠を超えた平和の守護存在であると言えるかな。」
「その行動の良し悪しは問わずにね───。」
そう言いながらロイは悪い顔でウインクする。
「その一つ、それが我々、まぁ中にはGambl houseと呼ぶものも居るようだがね。」
「無論、活動範囲は世界中に及ぶ。お呼びとあらばどこまでも。」
ロイは執事の挨拶のようなポーズでおちゃらけてみせた後、エレクトラが持ってきた
スコッチグラスを2つ受け取ると一つを俺に差し出した。
「ハウス───か、ウム、今はあえてそう呼称しよう。我家は代々───」
それからしばらく、ロイは自身の組織、Gambl houseに関して説明してくれた。
その活動目的は上手いことお茶を濁しながらも、公安の資料では知り得なかった
情報が山盛りだ。中でも面白かったのが、彼等の財源についてだ。
彼らは古くから主に、インドより東を勢力下としていたらしく、
現在の活動資金の源泉は、表向き東インド会社を隠れ蓑に、英国にティー文化を
もたらすことと成った、日本と英国間の緑茶の輸入とその交易によって膨大な資金を
得る事と成ったそうだ。それ以来、日本との文化的結びつきは深いという。
彼らの日本食贔屓もうなずけるな。
「明治政府と本国との政治協力の架け橋になったのも我々だ、故に此処で我が物顔で居られるのも・・・」
ロイは俺の耳元でそうささやく。
「さて、そろそろ本題へ入ろうか。これまでの話を聞いた上で、貴殿へ依頼だ。」
「ミスターソウマ、君と ミスミヤコ夫婦とその子女、貴方方の今後だ。」
それまでの前置きと共に酌み交わしていたスコッチグラスをロイがテーブルへ置くと
則していたかのように、エレクトラが紅茶をロイに、コーヒーを俺に差し出した。
「都君達家族に関しては規定事項。これは都君にも伝えてある。当然旦那様にもだ。」
「既に旦那様とその御子女は其処にいる。」
「そこでだミスターソウマ。貴殿には我々の代わりとなり、都ご夫婦のknightとなって働いてほしい。」
「もちろん、高給を弾むよ、どうかね、この話受けてくれるかね?」
「断わる由もないよ。ココまで世話になっちゃ、恩返ししなきゃね。」
「Great! それでは早急に手配しよう。君の卓とknightsの称号そして───」
「セーシェルの邸宅をね。」
もはやこの国に弓引いた扱いの俺にとって、そして何より自分の信じた正義によって
守るべき忠義に背を向けた俺にとって、それは渡りに船の提案だった。
何より、生活や居場所の話じゃない。自分自身を喪わずに済むということだ。
断る理由もない。ただ、一つ気がかりなのは、ミッ子の事だ。
引退した富山のおやっさんの実家、仙台に預けた坂崎の娘。
今までなんとかミッ子の攻撃をそれとなくイナしたつもりでいたが、
ミッ子が俺をマジになって探し始めたら俺の居場所なんて何処に居ようが、すぐさまお見通しだろう。
そうなった場合、あの娘の行動力が脅威だ。俺の事より、ミッ子自身の身の安全と
都の家族に危険が及びかねない。なにせあの娘は───。
「ふむ・・・」
「ダニエル、君には、彼等を無事、セーシェルへ導く道先案内人兼守護者として命を与える。」
「よいかな?、着いたら───、丁度良い。休暇がてら少しゆっくり南の国を満喫したまえ。」
「了解しました教授。」
その夜
俺はある事について頼むべくその男の部屋の前に居た。
本来こんな話を彼にすること事態筋違いなのは重々承知の上だ。
だが、もはや孤立無援の俺にとって、彼の正義、いや───、騎士道に頼るほか無かった。
誰あろう、ミッ子───。美咲の事を。




