2-15 六話 浪人のバラード 1
大使館の別館内を進む俺は、村瀬を討つべく剥き出しの殺意によって
すべての色が流れ落ちたモノクロの街へ飛び出そうとしていた。
どういう意図か知らないが、英国側の若きエージェントと北欧の妖精王まで
付いてきちまった。まったくもって邪魔くせえ。
「待て!ミスターソウマ!!」
直後を追う騎士様が俺を呼び止める。
「昨夜、貴方が語った頑なまでの正義に対する忠義!その葛藤!」
「私を納得せしめるだけの説得力を持って語った貴方の正義」
「己を傷つけてまで貫き通してきた貴方自身を!あの外道の為に無に帰するつもりか!」
「それでいいのか!ミスターソウマッ───答えろ!!」
その真っ直ぐに俺の笹暮だった心を貫かんとする
若い正義感が今はただただ俺にはただうっとおしい。
はっきり言って今のオマエは目障りなんだよ!
「・・・・・」
「止まれミスターソウマ!」
そう制止しながらその声の主が俺の肩を掴んだ時、無意識下に俺は腰から銃を抜き
その若き騎士、ダニエルに対しまっすぐ向けた。
刹那、呼応するように、彼もまたその銃を抜き一挙手一投足、流れるような動作で
俺に銃口を向ける。
次の瞬間には、大使館内でおおよそ起こりえない事態を目の当たりにした
警備員や大使館員の数名は、ワンテンポ遅れて銃を俺達に向けた。
昼下がりの英国大使館内で、国際問題に発展しかねん一触即発の自体となった。
「小僧ォ!!」
「ミスターソウマッ!!」
我々の少し後を追うエレクトラがその場を制するかのように両手を左右に突き出して
俺らを取り巻く彼らに、流し目で視線を流すと、外野の連中は静々と銃を下ろした。
それはまるで大蛇に睨まれたかのように───。
「・・・どうしたよ騎士様、撃てよ」
「あぁ、必要とあらば撃つ。貴方こそ撃ったらどうです!」
「邪魔をするつもりならここで皆倒すまで!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
しばしの沈黙の後、口を開いたのは驚くことに、こういった感情とは
ほど遠いところに居るであろう赤毛の妖精王、エレクトラだった。
「───ダニエル様」
「───!?」
「ダニエル様はソウマ様にお尋ねしたいことが合ったのではないでしょうか?」
「・・・・」
「───。」
その唐突な問に、ダニエルの指先がピクリと動いた。
若い騎士は、自身が構えた銃のトリガーホールからゆっくりと指を抜くと
まるで力が抜けていくかのごとく、銃の重さに耐えかねるように徐々に腕を下ろす。
「ミスターソウマ、私はミスターMを、この力を使い、この手で倒した。」
「───が、彼を屠るに至らなかったらしい。先程の電話、あれについてだ」
「ミスターソウマ、貴方は死んだはずの彼の声を聞いた時」
「驚きよりも先に何か腑に落ちたような顔をした。」
「何故だ!」
「何か存知ているのではないのか?」
「それを貴方に、騎士として、同じ戦士として伺いたい!」
この期に及んで、まだその真っ直ぐな騎士道を語るその若者に、俺はすっかり
呆気にとられた。同時にそれまで頭に血が上っていた自分にさえ腹が立ち
舌打ちと共に銃を下ろし腰のホルスターへ仕舞った。
「騎士様よ───。仮にもその問は、この国の国防に関する最重要事項だ。」
「ここじゃギャラリーが多すぎる」
「場所を変えよう・・・」
俺はそう言い終えると再び前を向き、大使館裏手のロータリーに続く大きな二枚扉を
両手で押し開く。するとほぼ同時に静かに彼女の車が横付けられた。
ポーターが運転席より降りると、その主である彼女が静かに後席のドアを開く。
エレクトラが用意した彼女の車に乗り込んだ騎士と武士、いや───、
片方は今や只の素浪人だな。
この手の車なら彼女も後席に座するのが普通だが、驚くことに彼女がハンドルを握る。
昼下がりの都内をなめらかに流していた。
村瀬が何処に居るか、俺は推測はできるが、未だ断定できていないのだが
俺が行き先も告げずに要るにもかかわらず、彼女はまるで、何かに導かれるかのように
その大きな車を走らせた。
「いいかダニエル、これは確定じゃない。あくまで憶測に過ぎない。」
「それでも構わない、ミスターソウマ、教えてくれ。」
アノ男がそう安々とくたばる筈がない。
まぁ───、単純にそれが奴の声を聞いた俺の第一感情だ。
ただその勘のような話を、この真っ直ぐにしか走れないカタブツに
話した所で納得はしないだろう。
ましてや、誇るべき父より受け継いだ、その性能を無力化されたと思えば
彼にすればそりゃショックだろうし、何より自身の性能に疑いを抱いてしまったら
“能力者"として致命傷になりかねん。
「奴は先程の電話の中で、後天的に能力を獲得する術の可能性について
話をしたな?」
「───あぁ」
「どうやらその話は半分当たっていたようだ───」
変わらず怪訝な表情を浮かべ、ダニエルが答える
「信じがたいがミスターソウマ───、貴殿の能力が彼に・・・」
「あぁ、理屈はわからない───が、」
「仮に奴が、相手の力を得る為に使う触媒が血液ならば───」
「オレの血なら、定期検診でいくらでも手に入れることは出来るはずだ。」
「・・・・。」
「まぁ最後まで聞け。朗報───、でもないかもしれんが」
「仮にその話が現実のものとして───」
「奴の性能はやはり二流、いや三流だな。」
「ミスターソウマ、何故そういい切れる?」
「現に私の銃弾を受けながら、先程あの声量で話せるまでに・・・」
「ダニエル───そこだよ。」
そういった俺にこの若い騎士は驚きをも踏まえた顔つきで急っついた。
「たとえば───、俺の性能を100%受け継いだとして。」
「お前さんの銃弾が奴の肉体に届くはずはない。」
「なに?」
その答えを聞いて、ダニエルは一層怪訝な顔に成る。
「無意識下で受け止めちまうんだよ、素手で・・」
「これはな、そういう性能だ」
恐らくこの若き暗殺者は俺と同じ性能の持ち主と対峙したことがないのだろう。
信じられぬといった顔で、続けざまに俺に問う。
「正気で言ってるのかミスターソウマ? 音速で目標へ飛翔する銃弾を───?」
「そうだ、昨日話したろ?」
「そこまでは聞いてない!」
「そうだったか?」
「んんっ!ミスターソウマ。まぁここは貴方の話を信じよう」
咳払いを一つして落ち着こうとしてるようだが、信じてないって顔だぜ騎士様よ?
「いいか若いの。今までの話を総合すると」
「奴はおそらく───、既に幾つかの能力を有していても不思議じゃない。」
「状況がそう伝えている。分かるな?」
「あぁ───。」
「そのうえで、奴はおそらく同時発動できる能力は一つなのだろう。」
「Limited once───。その根拠は?」
「昨日・・・だったか?あの雨の操車場での話だ」
「あぁ」
「俺が奴と対峙していた時、あの場に能力者は何人居た?」
「貴方と・・・ミスターM───、の二人か」
「そうだ、当然都とお前さんも居た───が」
「お前さんの言うミスターM、村瀬はお前さんに気づいていなかった。」
「都は村瀬自身の脅威とは成りえない。まぁあの状況ならな。」
「となれば、あの場で村瀬にとって高脅威対象。最も警戒すべき性能───」
「能力者とは、誰だ?」
「無論貴方だミスターソウマ」
「そう、ではその上で、奴が確実に俺に勝利する方法とは?」
「魅了を使い貴方の戦力───、正確には貴方の殺意を削ぐ
そしてその隙を突いて貴殿を撃つ───。」
「そうだ、おそらくその通りに使ったのだろう───。」
「如月を───魅了して。」
あの時、俺と同時に放った如月の銃弾が俺を捉えずにいたのは───。
如月よ、オメェ最後の最後で村瀬の手綱から己を解き放ったな
「───だがそうはならなかった。」
「魅了によって貴殿の籠絡と排除に失敗し」
「その直後、彼が自身の身の危険を察した際、切り替えて発動したのが
貴殿と同じ能力・・・」
「あぁ、だがそれも不完全だった。」
「俺由来の能力、本来の性能を発揮できるのであれば───、」
「あの時奴はお前さんの殺意に対し、背を向けずに居ただろう。」
「受け止める気ならな。」
「だがしなかった。何故だ───?」
「そう、奴が己の身に宿した絶対生存の性能を」
「誰あろう奴自身が、不完全だと認識してたからだ。」
「───、そして背走する際、私の銃弾を背に受けた・・・。」
「そうだ、納得行ったか?」
「矛盾はない───、おそらくその流れだったと考えるのが自然だろう。
ミスターソウマ」
「あぁ、しかし・・・だがそうなると───。」
「どうした?」
「私の力じゃ貴殿や正面対峙したミスターMに私は敵わない───。」
「そうとも言えんさ。」
「!?」
「おそらく今の村瀬は先進の医療技術でその生命を繋いでいるのだろう。」
「なぜ!」
「何故ってそりゃな、俺の性能に治癒能力は含まれてないんだ。」
「あくまで完全防御のイージスの盾だって事さ。」
「お前さんは338.ラプアで奴を撃ち抜いたんだろ?」
「・・・・」
「ならどう見積もったって重症は免れん
お前さんの能力、致命傷による即死は免れてもな。」
「あとオレとお前さんがマジで対峙した時。どっちが勝るかなんてことはな。」
「───やってみなきゃわからんよ。」
「どうだ?納得したか?」
「まったく───貴方って人は」
そう言いながら若き騎士は、それまでの獅子のような顔付を、年相応の青年の
顔付へと変え安堵から来るにやけを口元に宿した。
「黙っていれば、貴方の利にもなった筈の事まで───。」
「正直なのさ。俺は。」
「まったく・・・」
若き騎士は呆れたように俺を見た。その瞳はまるで親父を見るように。
よせよせ、俺はお前の親父のような立派な戦士じゃない。
「では、ミスターソウマ。」
「考えここに至った上で、まだこの復讐を遂行しますか?」
「そうしたい───。ところだがな」
「お前さんにほだされて・・・いやこれは違うな」
「死んでいった奴らの願いをここで潰すわけにはいかんよな。」
あぁ、そうとも。
俺の復讐心で彼らの死を、信じた正義を無意味にしてはいけない。
「ミスターソウマ、私が察するに、あのタイミングでミスターMからの入電───。」
「冷静に考えてこれは罠だ。」
「あぁ、解ってる。」
「奴の目的はあんたらの側に俺がつくことの阻止。」
「おそらくは俺の抹殺だろう。」
「エレクトラ、止めてくれ。」
そうダニエルが言い終える前に車は静かに停車した。
「───ん、いやまてよ・・・」
「どうした?ミスターソウマ───」
「奴の能力追加施術・・・奴が都に固執せざるを得なかった理由───。」
「あの操車場で奴は確かこう言った。」
「都の生死は問わない、合衆国はそう言ったと・・・」
「なるほど───な、これは寧ろステイツの書いたシナリオか・・・」
「教授は言った、この件に英国及び我々カジノは関与しないと」
「つまり、三者間でこの衝突は織り込み済み───ということか?」
「なるほど、俺にあんたらを付けたロイの思惑はこういう事だろう。」
「盤上の駒が定跡通りに動くのは因果だとしながら、またルールブレイクを
目論もうとしているステイツと日本側に対し一定の牽制を掛ける」
「俺とお前さんに、おたくらカジノの本意を気づかせず───」
「盤上の第2目標である俺が大立ち回りを演じた末、おたくらの側につく」
「ミスターソウマとミスミヤコは諦めろと言うこちらの意図を示すという事か?」
「あぁ、俺らヒヨッコ共だけじゃなくあんたら側の最強の駒」
「文字通り切り札であるエレクトラを示す」
「英本国はどうあれ、CASINOは本気だと」
ここまで読み進めてみると、コリャもはや村瀬の生存も怪しいもんだな。
それどころか、やはりこのCASINO。
ロイってジイさんも一筋縄じゃいかないってのもな───
とんだ策士だぜ全く。
「ミスターソウマ、その仮説が当たりだとしてステイツのルールブレイカーとは。」
「───やはり」
「あぁ、恐らくステイツは、現代においてもはや役目を終えつつ有る
核兵器に変わる新たなカードとして能力者開発を再び推し進める目処がついた。」
「50年前にはなし得なかった夢を、現代の科学力を利用し───」
「日本の先進医療技術を利用して。」
「そして夢叶い、真っ先に欲した能力は・・・」
「ミスミヤコ───。魅了か」
「その通りだダニエル、冴えてきたな」
「なにせ、ステイツが完全な魅了のカードを手に入れられれば」
「他勢力の能力者もヘッドハンティング出来るからな」
「そこでステイツは村瀬を通じ、都の能力を手に入れようとした───が
キミらのおかげで叶わず。」
「業を煮やしたステイツは計画をプランBに変更した。」
「2つの能力を併せ持つ能力者、Double specの人為的創造の可能性とその模索。」
「そうだ。」
「なんせ両方50%の不完全な力としてもだ───。能力者2人分の欲張りスペックだ。」
「それは能力者不足のステイツにとって、むしろ渡りに船だろう。」
隣の若い騎士はまるで、苦虫を噛み潰したような怪訝な顔で俺を見ている。
「ミスターソウマ、言ってて怖くならないか?」
「安心しろ、冷静に語っちゃいるが、だいぶブルってる。」
「恐らく基礎研究はステイツが理論化の成功まではこぎつけていたんだろう。」
「プランAに都を欲したのがその理由だ。」
「───ッ、考えたくはないが村瀬が電話で語った方法で・・・クソっ」
俺の悪鬼なる表情を察し、若き騎士が俺の肩に手を置く。大丈夫だと俺は一つ頷いた。
「だがプランBともなると技術的ハードルが跳ね上がる。」
「なにせ生きた人間に施術し、その後、それまでの人間として、能力者として」
「一般人に紛れて行動できなきゃいけないんだからな。」
「狂戦士や廃人同然では意味はない。」
「すまないミスターソウマ、気分が悪くなってきた───。」
以外にセンチメンタルだなダニエル、若さか?
「悪いが聞いてもらうぞダニエル。」
「ステイツの構築した基礎研究理論を医療先進国である日本の技術をもって実現する。」
「ミスミヤコの奪取に失敗した日本側は断れないだろうな。」
「能力追加の施術に関する技術の共同開発と共有を餌に───」
「そう、そしてステイツとの作戦をミスっちまった村瀬は」
「自身の汚点を払拭すると共に、奴自身の傲慢さで」
「ダブルスペック技術のモルモットとして自らステイツに協力した───」
「ふぅ、まぁここまで横行に語っちゃみたが、全部推測だがな。」
胸糞悪い話を語り終えたこういう時、止めた筈のタバコが欲しくなる。
残念ながら、ココにはタバコに変わる精神安定の缶コーヒーがない。
「───恐ろしい仮説だが、話の筋立てから言って当たらずとしても遠からず」
「・・・と言うのだったか?ミスターソウマ」
「あぁ。さて、ダニエルさんよ」
「これからどうするね。」
俺と都の身の安全のためにも
ココはあえてロイジイさんの策にノッて踊るしかなさそうだ
「貴方のこの仮説の確証を得るのであれば───」
「まぁ、この目で確認しに行かなきゃな。」
「エレクトラさんも異存はないかな?」
身動き一つせず、氷のように佇んでいた運転席のエレクトラはすっと顔を上げ
「私の役目は英雄たるあなた方に付き従う定めですので。」
ただ一言、そう言った。───ったく、どこまでも謙虚な切り札さんで・・・
「そんじゃ行くか───。」
漆黒の影を纏いし使者を乗せ、ファントムは再び静かに走り始めた。




