2-12 五話 化物の手毬唄 1
「──────ん。」
「───ま、さん。」
「相馬さん。」
聞き覚えのある女性の声に、過去より意識が戻る。
川崎の操車場跡での銃撃戦の末、オレはオレを信じた連中の仇である
村瀬を取り逃がし、英国側のエージェントに匿われていた。
あの後オレと都は奴の車に居たはずだが───。
今は豪華絢爛な内装を有する一室、まるで何処かの王宮だ。
「・・・・・都?」
「ここは───」
「英国大使館です。」
ぼんやりとした意識の中、あたりを見回す。
貴賓室のような部屋でお高そうなソファに、ずぶ濡れのオレは横たわっていた。
数時間前の最悪な状況が頭をもたげ、オレの心を蝕むのを、スゥっ深く息を
深く吸い込み、ため息と共に吐き出す。
辛酸に浸るにはまだ早すぎる。
そんな事を思いながら、オレと都のとりあえずの身の安全に安堵していると
ガチャリと重い音と共に大きく重厚なその扉が開く。
「気が付きましたか。」
銀髪碧眼の若きソルジャー、そう表現するに足る、鍛えられた体の若い黒服。
扉の両脇に居る者たちを、目で牽制しつつバスタオルを携え現れた。
「彼はダニエルさん、私たちを迎えに来た組織の方々、その一人です。」
都がそう紹介すると、そのダニエルは俺に向かってバスタオルを放る。
オレは片手でそれを受け取ると、そのまま彼を睨みつける。
「ミスターソウマ、何故か誤解があるようだが。」
「我々は貴方に危害を加える気はない。」
「無論、ミスミヤコにも。どうかその殺意を沈めてくれませんか?」
ダニエルはそういうと、外人さん特有の大げさなボディランゲージで
降参とばかりに両手を肩の高さまで上げる。
「───で、貴方がたがオレを向かえた理由、教えてくれるのかな?」
「───キミが?」
あえてイヤミな聞き方をしたのだが、ポーカーフェイスの彼は
まったく気にもとめなかった。
「いいえ、詳しい話はProfessorがお伝えします。」
「どうか今は体と心を休めて下さい。」
Professor?教授・・・ねぇ
「相馬さん・・・」
都が再びオレの手を取る。
都のぬくもりが、雨に濡れ凍えたオレの心を緩やかに溶かす。
オレは、それまで胸に抱えていた鉛のような重い記憶が
羽のように軽くなるような心地よさを覚え、再び気を失いそうになる。
これが───、都の能力なのか?
ガチャリと再び扉が開くと共に、今度は白髪白髭の老紳士と
赤毛の上品な女性が部屋に入ってきた。
「やぁ、はじめましてミスターソウマ、大変な一日だったね。」
そう言いながら歩み寄る老紳士は、オレの前まで歩み寄り
驚くことにソファに座るオレに対し、片膝を突いて握手を求めるように
長いその腕を伸ばす。
対して赤毛の淑女は扉の横に位置すると、そのまま眠るかのように
静かに佇んだ。
「───で、あなたが彼の言うProfessor、教授ですか?」
その問いに対し、肩を揺らしてフフフと笑いながら老紳士は語り始めた。
「ロイド・キャラハンだ、ミスターソウマ。」
「貴殿に教授と呼ばれる程、身の程知らずではないよ、私は。」
「どうか私のことはロイとよんでくれたまえ。」
「あぁ───、それはどうも。」
軽い挨拶とともに、オレは老紳士の手を取った。
「色々と聞きたい話もあるだろうが、今日はどうか休んでくれたまえ。」
「君もそうだが、都くんも疲れていよう。いいかね?」
俺は完全に失念していた。都の心労を思い量ることすら出来ないほど。
おれは今、疲弊しているということだろう───か?
健気に振る舞い笑顔を浮かべる隣の都はたぶん、俺が気を失っている間
休むこと無く俺を支えていたのだろう。
「あぁ、そうさせてもらうよ。」
その言葉を聞くと、老紳士は笑顔とともに、スッっとエレガントに立ち上がると
そのまま体をくの字に曲げ、オレの耳元で囁く。
(ミスターソウマ、ここは英国国内と同義だが、我々の勢力圏とは違う)
(どうか・・・警戒を緩めぬようにね。)
日本側、いや村瀬率いる日本の連中は立ち入れないが、かといって
裸で歩き回れるほど安全でもないってわけだ。
「だいたい理解は出来たよ、では教授。あすの授業を楽しみにしてるよ。」
イヤミとも受け取れるオレの言葉にロイはにこやかに笑顔を見せると
優雅なほどの歩みで部屋を立ち去った。
彼等の言葉に甘えるよう、オレと都は大使館員と思しき男たちに
案内されるがまま、それまでオレたちが居た大使館別館の
二階に用意された部屋に通された。
死力を尽くし守ってきた都と離れる。
その事にオレは一抹の不安を感じた。
だが、あの老紳士や亡霊のような赤毛の彼女そして、碧眼の若造。
CASINOと呼ばれる連中が、それを許すという事から察するに
おそらく都の身に危険が及ぶことは、英国にとって不都合なのだろう。
この大使館内に於いて、都の身の安全は確実とされている。
───と考えるのが自然だ。
何せ都を欲する合衆国と事を構えるのは英国とて本意ではないのだからな。
「ただし、オレを───除く・・・か」
オレの排除に関し、合衆国───いやむしろ、少なくとも公安の異能力対策課は
首輪の外れた飼い犬の排除を望んでいるはずだ。
「問題は、オレ・・・か」
教授と呼ばれる老紳士の警告とも取れる忠告。
警戒を緩めぬようにねとは、恐らくオレの身の安全の確証はできない。
と言ったことだろう。
幸い今現在、オレの性能が警鐘を鳴らす事態ではないようだ
──────、が
静まり返った部屋で雨音が響き続ける中、身を守るすべを確認するため
オレは腰に手を回すと、あの修羅場で若き後輩から受け取った
如月の銃がないことに気づく。
「治外法権下の大使館内、当然───といや当然か。」
左足の裾を引っ張り上げると、本来そこにあるはずの、くるぶしに隠された
M49もご丁寧に回収済みだった。
「ったく、素手でどうしろってんだ・・・・」
その時。雨音だけの部屋にノックの音が響く。
オレはとっさに机の上のペンを手に、足音を消しながら
ドア裏に回り込み、来訪者に入室を促す。
「──────、どうぞ」
オレの返事に対し、ドアを開いてゆっくりとした足取りで
入室したその男は両手を上げた状態で、入り口扉横に潜むオレに対し
そこに居て当然かの如く、振り返る。
「ミスターソウマ」
「お前か若造。」
「ミスターソウマ、伝えたいことがある。」
銀髪碧眼若きソルジャーはそう言ってゆっくりと挙げていた両手を下ろした。
宿泊のために用意されたベットに腰を下ろすオレに対し
ダニエルは窓際に立ち、雨に濡れるテラスをじっと眺めていた。
「───で、詳しい話は明日じゃなかったのか?ダニエルさんよ。」
イヤミを含み問うオレに対し、真摯と言う表現がこれ程似合う
ことはないだろう態度で、真っ直ぐにオレに対峙する
碧眼の若きソルジャー。
彼はオレが話を切り出すのを待っていたかのように語り始める。
「私は貴方の能力を知っている。故に私の能力を貴方にも知ってもらいたい。」
そう語りながら彼は、懐より取り出したオレのS&Wを
ベットサイドテーブルへそっと置いた。
その実直な態度を目の当たりにし、オレは自身が遠い昔に棄て去った
真摯なまでの、正義を貫く彼に対する嫉妬なのか
または、実直過ぎる若造として危うさからくる苛立ちなのか
なんとも言われぬ感情に陥る。
「オレが知ってどうなる? オレは別に気にしないぜ。」
「私が気にするのです。これは───フェアじゃない」
「なんでだ?ここでオレとやり合うためにか?」
「英国と繋がりのある合衆国としてもオレが居ないほうが都合がいい。」
「そりゃ何となく分かるぜ。だからか?」
俺は、彼が無言でそこに置いた、コンシールドキャリーのM49の
シリンダーを開け装弾を確認した後くるぶしのホルスターへ収めながら
上目遣いで彼に問う。
「────、仰る通り国同士の思惑はそうでしょう。」
「ですが我々は違う。」
「ならば、なぜ?」
「この国には武士道という言葉があると聞きました。」
「主君のために、全身全霊を尽くすと共に───」
「対峙する敵に対しても、戦士としての礼を尽くす。」
「貴方の国の武士道と同じ様に、私の国にも騎士道という言葉がある。」
プロとしての深みに嵌まれば嵌まる程に、こぼれ落ちてゆく
美しいロマンとしか言い表せない理想を真正面に語る彼に
諦めとも言える感情でオレはあえて暫く付き合うことにした。
「つまり───」
「互いの手の内を明かすことが戦士としての礼儀だと?」
「そうです。」
まったく、呆れるほど真っ直ぐな感情をオレに向けやがる。
今のオレにとって、それはあまりに眩しすぎた。
オレの彼に対する苛立ちの原因は正しくこれなんだと
この瞬間、オレはハッキリと理解した。
「負けたよ──────」
「ダニエル、と言ったか?」
「はい。」
「聞こうじゃないか、貴殿の能力──、性能を」
「騎士として、武士として。」
通常、能力者同士お互いの能力を明かすことは、ほぼあり得ない。
国同士、外交というポーカーゲームの盤上において、お互いに手の内のカードを
明かさないのと、それは同義で
能力者として、互いの能力を知ること、それ即ち
策を講じられる危険もあるためだ。
能力者にとって、タブーとも呼べるその枷を
自ら明かす為に現れたこの男に対し、不本意だがオレも
真っ直ぐに相手するしかなかった。
ったく、自分の能力を黙ってりゃ、それだけ相手に対しての
アドバンテージになるってのにな。
「では───、お話します。」
「私の能力、それは──────」
オレに向かい合う若き騎士は、己の能力を"一撃必殺の槍"と語った。
対峙する相手を素手で触れた道具によって確実に屠る能力だ。
つまりは、オレと真反対の能力。
「で、お互いの秘技を知った上でどちらの能力が上か」
「いざ剣を合わせる。───って話でも無さそうだが?」
オレの性能が対峙した彼から危険を知らせる鐘を鳴らさぬ事から
それは明らかだった。
「ミスターソウマ、私は教授より今回の作戦司令を受けた際」
「必要知識として貴方の能力を知った。」
「しかし、私にとってそれは本意ではない。」
「できれば知りたくなかった───と?」
「はい、貴方とてその力を持つことで、少なからず辛い過去を持つ。」
「違いますか?」
オレが自身の能力をあえて“性能”と呼び
能力者という言葉を嫌う理由を、彼が見透かしているというのか?
───いや、違う。
「・・・・・・。」
「君も・・・か。」
「はい。」
「故に、フェアで有りたかったのです。同じ戦士として」
「たとえ、敵対する事となっても──────か」
「はい。」
「それが君の信ずる正義、騎士道───か」
「はい。」
「美しいな。だが美しいが故に危うい。」
「いいか、ダニエル。これは同じ戦士としての忠告、として聞いてくれ」
そう前置きした上、オレはまるで、自分に言い聞かせるように
目の前にいる若造に語り聞かせる。
如月達が望むオレの貫くべき正義。
今やそれが揺らぎ、音を立てて崩れ始めている。
そんな悔しさを、眼の前の男にオレは
まるで八つ当たりするようにぶつけた。
「君の信ずる正義を貫く為には、ときに狡猾であることが必要だ。」
「おれはそう思う。」
「でなければ、相手に向けているはずの刃は必ず己をも傷つける」
「元に今、君の前に居る男は、己の刃で満身創痍だ。」
「──────。」
「いいか?正義を貫くってのはな、存外難しい。」
「なにせソイツはな、対峙する人の数だけあるんだからな。」
「何かを守るためには、ときに己の正義を賭しても成さねばならない。」
「君はもう少し狡賢くあるべきだ。」
「強制はしない。心の隅にでも置いといてくれ」
「そんな泥臭い事を語るロートルもいたっけ、ってな」
「案外、人が正義を語ること自体、そもそも烏滸がましい話なのかもしれない。」
「正義とは人ならざる者が成すべきものである。そう考えたほうが自然だ。」
「仮に、人が正義を成すことが許されているならば、だ。」
「なぜ人間がこの星に生まれ落ちてから数千、数万年の時を経て」
「いまだ人同士の争いが絶えないのか?」
「人ってのはな、多分その様に作られていないのかもしれない。」
「そしてその領域へ踏み込んで、人が己の器を越えて正義注ぎ続ける時」
「その器は必ずとしてひび割れる。」
「きっと、そういう様に作られているのさ。」
「───、人間ってのはな。」
「そこまで考え至った上で何故貴方は──────」
「正義を貫こうとするのか?」
「はい。」
「これはな、呪いだ。」
「呪───い・・・」
「知っていると思うが、オレの能力は最古の能力。」
「まだ人類が、外洋航海や空を渡るすべを持たなかった時代。」
「そんな時代に最強とされた力だ。」
「だが時は流れ、それら領域に達する事が当然の現代、オレの能力は───」
「ある意味完全ではなく成った。」
「なにせ───」
「ミスターソウマの力。物体としての物理限界を越えて能力は発揮しない」
「そうだ。上空数千メートルから墜落時の衝撃───」
「物理的に存続不可能な加速度や、遠洋で沈みゆく船より脱しても」
「陸まで数千キロ泳ぐなんてのは、陸上生物として不可能。」
「その話を踏まえた上で聞いてくれ。」
「以前な、オレは航空機事故で家族すべてを失った。」
「航空機墜落事故で本来オレの能力は、オレの身体能力を超え───。」
「封殺される形でオレも死んでいておかしくなかった。」
「だが生き残った。」
「偶然。きっとそういう事なのだろう。」
「だが同時にこれはオレに課せられた呪いだと感じたんだ。」
「オレはな、あの事故の際、無意識的に母と妹の手を握りしめていた。」
「オレの能力が発動していたなら」
「握った手を通じ二人にも能力が伝播し、怪我はあれど母と妹もオレと共に
助かっていたはず。」
「しかし、やはりオレの能力は封殺されていた。」
「母も妹も、死んでしまったのがその証拠だ。」
「だがオレだけは生かされた。」
「そして感じたんだ。これは呪いだと。」
「能力者としてではなく、いち人間として」
「全てを失っても己の信念を貫けと、そういう呪いなんだと。」
「だから、オレは能力者って呼び名を嫌い、能力を極力使わず───」
「誰かを守る術を得るために自衛隊に入った。」
「がむしゃらに修練した結果、気がついた時には」
「特戦にまで上り詰めていたよ。」
「だけどな、オレを必要とした世界は、レンジャーとしての性能ではなく」
「能力者としてのオレを望んだ。」
「君が遠距離狙撃した帽子の男。村瀬がオレを公安へ誘った理由。」
「皮膚接触を介して触れた相手にも不死の力が備わる。」
「死なせたくない相手を守るには、うってつけの力だろ?」
「皮膚を介してオレの力を分け与えた者が致命傷となりえる攻撃に
さらされた時、伝染したオレの能力によってその攻撃を無意識に受け止める
ことすら可能だ」
「普通の人間の肉体は、その超人的な動きに耐えられず致命傷を避ける対価と
して、必ずと行っていいが怪我をする。」
「瞬発的な筋肉の動きに耐えきれず骨折したりな」
「だが怪我はしても敵の攻撃、つまり外的要因よって死には至らない。」
「だから護衛として秀逸なオレの力を、村瀬は欲したんだ。」
「それでも、オレという人間を───、オレの望む正義を」
「この世界が欲してる。社会が望んでいる。」
「その思いだけでオレは、一時的に悪に手を染める事となっても」
「その先の正義を追い求め今まで走り続けてきた。」
「だが・・・君も見ていただろう?」
「スコープ越しに。」
「オレが正義と疑わず尽くした公安としての忠義は───」
「結局、オレが信ずる正義じゃなかった。」
「オレの呪いが、奴の信ずる正義に利用されただけだったんだ。」
「警察官として正義と疑わずして行使してきたオレの力は」
「オレが守りたかった連中を結局誰も救えなかった。」
「オレを信じて付き従う愛弟子の相棒。」
「助けると約束した、ある少女の父親。そして───」
「愛した女でさえ、オレの信じた正義の為に死んだ。」
「彼らも彼らの信じた正義の為に散った。そういえば聞こえはいいが」
「今それは置いておく。」
「・・・・・。」
「だからオレは純粋なる正義を信仰する君が羨ましい。」
「だが同時にこう思う。」
「美しいが危うい。」
「今のオレは、忠を見失った只の化物だ。」
「己の信ずる正義に呪われた不死の化物だ。」
「君には、正義や忠義に翻弄される事が無いように生きてもらいたい。」
「いいか?オレのようには──────」
「成るな。」
「それが───、君の信ずる正義への近道に成る。」
「オレはそう願うよ。」
うなだれながら話すオレの戯言を、若き騎士が黙って聞いている。
だけど、オレはコイツに伝えたい。心に留めて置いてほしい。
そんな勝手な、一方的なお節介を、彼はどう受け止めているのか?
彼のポーカーフェイスは、その表情を少しも変えることはなく
ただオレを見つめていた。
どちらかと言えば、自分の父親に近い年齢の他人に
まるで勝手な説教を聞かされているような理不尽な状況に
彼は黙って耳を傾けている。
オレの座るベットに向かい合うような形で椅子に座り
自分の両膝の上に置かれた両肘の上で固く
両手を祈るように握りながら。
一通り自分の思いの丈をぶつけたオレに、彼は語りだした。
自身の抱えた葛藤を。
父の話を・・・
「ミスターソウマ、私の能力の元、私の父の話を───。」
「聞いて、頂けますか?」
オレは黙って頷く。
「私の父は、フォークランド紛争の帰還兵として、女王陛下より勲章を賜るほど」
「祖国にとって、私にとって彼は英雄。自慢の父でした。」
「そんな父が、ある朝───。」
「口に咥えたライフルで自分の頭を撃ち抜き、自害しました。」
「グース・グリーンの戦いで、今の私と同じ能力を持ってして───」
「50名以上を遠距離から仕留める戦果を、父は上げたと聞きました。」
「結果的に英国は、将校を含め17名の戦死者を出しましたが」
「父の功績がなければ、こちらの犠牲は恐らく───、」
「もっと多く、兵の命が失われる結果と成っていたでしょう」
「そんな父は、祖国へ誰もが認める揺るぎない英雄として凱旋しました。」
「だが父は・・・」
「英雄とされた父がなぜ自殺と言う形で世を、私の元を去ったのか。」
「私には理解も納得も出来ませんでした。」
「そんな父を、私は───」
「私の信ずる正義に反した父を、許せないままでいました。」
「ダニエル、辛いな。」
それまでムカつく程、プロとしてポーカーフェイスを保っていた彼が
普通の青年の顔で、寂しさを湛えながら父を語る。
そんな彼に、父を知らないオレはこう言ってやるしか言葉がなかった。
「でも、今やっと彼の、父の心の内がわかったような気がします。」
「父は、貴方が語った正義のジレンマに答えを出せず苦悩した。」
「だが父は思い至ったのだと思います。」
「異能の力を持つ者としてではなく、一人の人間として。」
「同じ戦場を馳せ、散っていった両陣営の騎士に対する忠義」
「騎士道を貫くために自らの命を捧げたのだと───。」
「それが父が貫いた正義だったんじゃないかと。」
「父と同じ力を受け継いだ私も、貴方と出会っていなければ───きっと。」
「いずれ父と同じ葛藤に思い悩む事となったのかもしれません。」
「貴方に出会えて、私は父を改めて誇ることが出来ました。」
「やはり父は──────。」
「私にとって英雄に他ならない・・・」
雨の夕刻を迎え、薄暗く暮れゆく部屋の中で、オレに向かい合う男は
一撃必中の騎士としてではなく、一人の青年として頬に一筋の雫を引いていた。
そこには戦士としてではなく、英雄の子として微笑む彼が居た。




