2-11 四話 正義のかたち 5
深々と雪が舞う川崎駅前の路地裏で、こもった破裂音と共に
向かい合った二人の男。
直後、一人が力なく雪積もる地面に倒れ込む。
真っ白く染まった路地裏のキャンバスに
黄色いレインコートから流れ出る赤い血液が
ハイコントラストとなって広がってゆく。
もう一方の男はそれを意にすることなく、路地裏を出る。
路地より出て暫く白く染まった町並みを歩くと
男の歩幅に合わせてグレーのセダンが後を追うようにゆっくりと近づく。
男はそれが当たり前のように、その車の後席側のドアへ近づきそのまま
乗り込んだ。
「───出せ」
乗り込んだ男の隣、後席の男が運転手にそう告げると
車は静かに走り出した。
「村瀬課長・・・」
「相馬───、で?ホシは。」
「向かい合っての腹部に至近距離から2発。」
「仮に起き上がって歩けたとしてもあの出血量なら30分持たないでしょう」
「───そうか。」
村瀬はいつもと変らずポークパイハットを深く被り表情を隠していた。
「それより課長、確実に葬らなくてよかったんですか?」
あえて尋ねるオレに対して、村瀬は予想通りの返答をオレに返した。
「相馬、確実を期すためにと、現場にこちら側の痕跡を残した結果。」
「我々の存在を周囲に悟られる結果になったらどうする?」
「いいか?奴は会社に隠れて龍星会───」
「組の裏帳簿に担保してある保険金を管理する立場にいた。」
「それを着服し、怒りを買って消された。」
「これは、そういうシナリオだ。違うか?」
「・・・・・。」
「相馬よ、これはな、いらぬ正義感で秩序を乱す者たちに向けた」
「我々からのメッセージなのだ。」
「平和ボケした愚民どもが、今現在が、いかに幸福かを忘れ──────」
「正義、真実と言った聞こえが良いだけの一時的な刺激を求める───」
「大衆は謎を含んだこのシナリオで暫く持ち切りになる、言わばガス抜きだ。」
「仮にだ、奴に相棒がいたとしても、これでこの件からは手を引くだろう。」
「まぁ、私は鴻巣ゆかりが失踪した時点で幕引きとなると踏んでいたのだが」
「意外に奴の意思は固かったようだな。」
「・・・・・。」
「奴が泣きついた先の右巻きの出版社も、新しいネタに右往左往すると共に───、」
「───坂崎と鴻巣を知る編集部員は、これ以上今回の件に首を突っ込もう
とはしなくなる。」
「たとえカリソメだとしてもな相馬、一人の犠牲で社会の秩序が保たれた。」
「曲がらねば世は渡れず、大衆にはコントロールされた適度な刺激を」
「シビリアンコントロールとはこういうものだよ相馬。」
「・・・・はぁ。」
「相馬よ、キサマに足らんのは──────」
「こういった政治力かもしれんな。」
淡々と己の正義を語る、押し付けがましいクソ野郎の御高説に
オレは、込み上げるその怒りを悟られぬよう
憤りを噛みしめるかの如く手を握りしめる、手のひらに爪が食い込む様に。
「相馬、これを持って坂崎に対する専従捜査は終了とする。」
「オマエと富山は速やかに現場より撤収しろ。」
「───、了解しました。」
「止めろ。」
車は六郷橋の中心で停車した。
オレは、車から降りると粉雪が舞う町並みを睨みつける。
その後ろを村瀬を乗せた車が静かに走り去った。
見上げた雪雲から絶えず降り注ぐ白い雪は、正義に燃えた男たちの
心までも無念に冷やし凍らせてゆくのか。
そんな凍えた正義の残滓を、オレは歩道と車道を分ける柵に
ぶつけるよう蹴り飛ばす。
カーンと鎮魂鐘のごとく、むなしい金属音が橋に響いた。
硬い鉄製の柵を蹴り飛ばしたオレの冷え切ったツマ先は
本来受けるはずの痛さえ虚しく鈍らせた。
オレはそれが───、ただただ無性に悔しかった。
やり場のない悔しさを握りしめ
その手を懐に差し入れいつもの煙草を取り出す。
取り出したヨレヨレの一本を口に咥え、火を灯そうと
手にしたタバコの包で風を遮るようにし、何度もジッポのフリントを
擦り上げる───が、一向に火が灯る事はなかった。
長年使ったOD色のジッポライターを睨みつつ
もう片方の手に握られた煙草の包に目が行く。
Lucky Strike、そう書かれた紙巻たばこの包に
言いしれぬ怒りと悲しみがこみ上げたオレは
その煙草を下に流れる多摩川に投げ捨てた。
「くそったれ!───くそっ・・たれ」
降り続く雪が、おれの呟きさえ吸い込んで地に落ちた。
銀世界特有の静けさが朝の町並みを包んでいた。
2日前───。
昨日の聴取で、おおよそ事態を把握したオレとトミさん。
マンション近くのコンビニで食材を仕入れたオレは簡単な朝食を作って振る舞う。
朝食を取りながら、オレとトミさん、そして坂崎を交え、3匹のオヤジが
今後について話し合っていた。
「坂崎さん、今回の一件。」
「事件として、現在の日本にはあなた方親子を裁く法がありません。」
「なにせ、盗まれたはずの物が無くなっていないのですからね。」
「もっとも、事件として立件しようにも、盗まれた当の本人たちが
それに全く気づいて無いだけでなく、告訴もなされていない現状
ですから。」
「・・・・・はい。」
「仮に電子計算機使用詐欺罪として立件を視野に逮捕起訴したとしても、おそらく
原告側は決定的な証拠を出すことすら不可能でしょう。」
「方法はどうあれ、保険会社や役所のデータは改ざん、消去はおろか何一つ
動いてないのですから。」
「さらに言えば、下手に動けばむしろ、あなた方が紡いだ不都合な真実が
すべて事実だと裏付ける事になる。」
「したがって、我々は以前より貴方に掛けられていた容疑についても」
「上には捜査の結果、疑いなしと報告するつもりです。」
「ですが───。」
事件の現状を被疑者に直接伝えるという捜査機関として
かなり奇妙なこの状況。
その時トミさんが、箸を置いて核心的な話を始める。
「相馬よ、一番問題なのが奴らにとって、アキレス腱ともなりかねん
文章がゆかり嬢を通じて、世に出ちまったってことだろうな。」
「俺らがあんたら親子に張り付いたのが何よりの証拠ってやつだ。」
「それも嬢ちゃんの作戦だったってんだから敵わねぇなどうも。」
不味いインスタントコーヒーを啜りながらトミさんが言う。
「まぁ、それも恐らくその文章は編集部から回収されとるだろうなぁ、既に。」
「それで幕。シャンシャンとなるなら苦労はしねぇが、まず止まらんだろう。」
「課長の仕事熱心さにゃ頭が下がるよ全く。」
「課長の次の動き。相馬よ、俺より課長と付き合いのなげぇオメェさんにゃ
もうわかってると思うがよ」
「汚れ仕事専門の身内───、何処かの機関にパージの命令が下る。」
文章を紡いだ本人をこのまま黙って見過ごすとは思えんわな。」
「・・・・・。」
オレは言葉を失うほかなかった。
文章を紡いだ本人。寝室ですやすや眠るお寝坊さん。
坂崎 美咲の事だ。そもそも今回の専従捜査。
何故、能力者のオレやその飼主である村瀬が出張ったのかと言うと
坂崎の動き、いち保険会社の人間が社保庁に足繁く通い何かを探っている。
それを危険視した村瀬が違和感を覚え、一連の事柄に能力者が関わっている
のではないか?そう疑いを抱いたのが発端である。
やせ細った何処にでも居るようなオッサンが社会保険庁の出納データを
いとも容易く抜き取るといった、離れ業をやってのけたんだから
当然といや当然なのだが・・・
それよりも恐らく村瀬は、ある、未知の能力者を探すべく
行動を起こしたのではないか?オレは、そう疑念を持たざるを得ない。
以前こんな話を村瀬が語っていたことがある。
古代より単純機械、物理的カラクリの制御に長けた能力者は数多くいた。
其の者達がなした偉業。近代史上では産業革命が良い例と言える。
だが20世紀後半、現代の世にあるほとんどの機械や装置には。
てこの原理や歯車だけでは操作できない物が数多く登場した。
電子部品、LSI、マイコン制御など、物理的カラクリだけでは機械を
制御することが立ち行かない時代と成った。
村瀬は言う。
「東ロシヤが何故未だに軍用機や戦車に、枯れた技術を使っていると噂されているか
相馬。判るか?」
「彼の地にはな、多いんだよ。機械制御系の能力者の数が。」
村瀬曰く、世間一般には信頼性の観点から東側は枯れた技術を好むと
認知されているが。単一の戦力として制御系能力者と単純機械の兵器の
組み合わせは、西側兵器1世代分の差をも凌駕することとなる。
戦力の差が物量によって決まる現代戦ではいかに安く、多くの戦闘単位を戦線に
投入できるかで勝敗が決する。ロシヤの戦争論はそういうロジックで今も動いている。
「だがな、電子機器やコンピュータに関する能力者は」
「その誕生が予言されてはいるが未だ発見には至っていない。」
「各国機関、または独立した世界中の組織が、現在血眼になって捜索している。
何せ今後の世界にとって、神にも等しい力を持つ存在となるのは明らかだからな。」
村瀬の言ったその言葉を思い出すオレは、この娘が村瀬の手に落ちた時
どの様な運命が待ち受けるのか、考えただけで怒りのあまり吐き気がする。
「───で、相馬よ。どうするね?」
俺を過去の記憶より引き戻すかのように、トミさんが問う。
「とりあえず彼女を秘匿したまま施設に匿う他ないでしょう。」
「あぁ───? 静岡の例の病院にか?」
「いやぁ、しかしあそこはなぁ。」
「おれらの身内に近すぎる。」
「なにより子供を預けるような環境じゃねぇなぁ・・・」
「まぁ───、表向きかなりアレな閉鎖病棟ですもんね」
「安全は折り紙付きですが。」
「今回ばかりはそうとも言えねぇ、そう思わねぇか?」
「確かに・・・。」
薬物の使用を伴った犯罪者を医療収監する施設内に今回のような
身の危険が伴う重要人物の保護施設が併設されているのだが。
なにせ警察関係の総本山、総務省管轄の施設だ。
「おーそうだ、それならいっそ、ウチの田舎に匿うか。」
トミさんがやけにすんなりとその答えを口にした。
「田舎って・・・?」
「あぁ、おれの実家、仙台だ。」
「田舎にはバァ様も居るしよ、自然がいっぱいで子供預けるに最高な場所だ。」
トミさん・・・あのメカ狂の電子娘が緑いっぱいの大自然ではしゃぐ姿が
オレにはまったく想像つかないのだが───。
「まぁ、何年か間ぁ開けてだな」
「形式上オレの養子って形で手続きして───。」
「なぁに、半年後にゃオレもお役御免の定年だ。」
「田舎に戻って嬢ちゃんの講義の続きを聞くさ。」
トミさん、意外と気に入っちまったんだなこの娘。
「と、とりあえずそれはそれとして。」
「トミさん、それよりも───」
「あぁ、今回の幕引きの話か。」
「えぇ・・・・」
オレはトミさんに、一番の懸念、難しい件を振る。
幸いにも、上は今回の首謀者が坂崎本人の単独によるものと踏んでいる。
しかしそれ故、逮捕した坂崎に能力が備わっていないとわかった段階で
何の躊躇いもなく坂崎を闇に葬るだろう。
つまりは、身の安全を理由とした逮捕、勾留は逆に坂崎を口封じする
恰好の機会となる。そうなれば美咲も無事じゃ済まない。
一番の問題は能力者の関与を疑う課長村瀬をどう納得させるかだが・・・
昨日に引き続き、ダイニングでお通夜状態のオヤジ3匹。そんな中で
坂崎はオレが作った特製の朝食にも手を付けず下を向いたまま、何かを
胸に秘めた表情をしていた。
「相馬さん、富山さん、私に考えがあります。」
意を決した坂崎が、ある提案を持ちかけた。
「これは今回の資料集めで、たまたま見つけたんですが・・・」
そう言いながら坂崎は一つの書類入れをテーブルに載せた
坂崎の案はこうだ。
関東広域の指定暴力団、龍星会。
その組長を含む幹部連中の保険加入申請が坂崎が勤務する保険会社あった。
しかし、反社会勢力の加入は、大手保険会社という体面上表向き出来ない。
そこで社内でも身持ち固い人間が、個別に用意された口座を管理し
生命保険同様のサービスを秘密裏に提供しているという。
そんな会社の裏事情を利用し、坂崎は政府の不正を追うと共に、会社とヤクザの
繋がりをも探っていた事にする。
鴻巣の失踪を知り、政府の不正を暴くに至らなかったが、今度は自身の務める
会社の不正を社会正義の元、公にする目的だったと言う筋書きにして
証拠書類を集めている坂崎の動きに気づいた会社とヤクザが
坂崎の口封じに動き───
「ちょっとまてよお父っちゃん!そんじゃアンタただの自殺行為だよ。」
トミさんが堪らず口を挟んだ。
「私は!・・・娘さえ助かれば。」
「いやいや、嬢ちゃんだけ助かっても意味がねぇんだ。」
「おめぇさん達二人を上手いこと逃がす算段なんだからよ。」
「いや───、トミさんこの話使える。」
「あぁ?」
俺の案はこうだ。
口座を管理している坂崎は龍星会の口座からその一部を着服した。
───という事にして
ヤクザの怒りを買って連中に消される。この筋書きをベースに
政府の奴らにとって今や邪魔な坂崎をヤクザが私怨で手を下す事にして
その実村瀬が手を下す。表向き国は坂崎殺しに関与していない大義名分のもと
村瀬は結果的に坂崎の口封じができる。
「トミさん、村瀬が一番好むやり方じゃないですか?」
「あぁ・・・あぁ!たしかにその筋書きなら行けるかもな・・・」
「しっかしよぉ相馬、おめぇ村瀬に似てきたんでねぇか?」
トミさんが悪い顔で俺にイヤミを言う。
「敵を知れば百戦殆うからず、ですよトミさん。」
「と、なると───、だ。」
「後はどうやってお父ちゃんを死んだことに偽装するかだが───」
その時、決意の坂崎が俺に言う。
「相馬さん。私を──────、私を銃で撃って下さい。」
唐突すぎて目眩がする。
「───は?」
「貴方なら、致命傷を与えないように加減できる。違いますか?」
「そして直属の部下の仕事なら、その村瀬って方も納得するんじゃない
でしょうか?」
「あぁ・・・だが、賭けにしちゃ危険過ぎる────。」
そう前置きしながらも、この時オレはある意味この案しか無いと確信していた
オレの性能。
絶対的生存。
直接相手の肌に触れていれば、その能力は相手にも伝染する。
「───私は、相馬さん。貴方にに謝らなければならないのです。」
「実は・・・昨夜のお二人の会話を、偶然聞いてしまったのです。」
「私が彼女に接触してしまったばっかりに、相馬さんの大切な方を・・・」
「だから、これは贖罪なのです!」
「相馬さん!私を撃って下さい。」
「たとえ助からなくても私は!」
その時、トミさんが諭すような口調で割って入る。
「おっと、そこまでだ坂崎さんよ。あんたの気持ちもわかる。」
「だがな、仮にあんたの言うように、あんたのせいで───」
「────なんて思ってたらよ、相馬とゆかり嬢の貫き通した」
「正義ってなんだ?」
「こいつもゆかり嬢もなぁ、そんなことは分かってたんだ」
「覚悟の上ってな。」
「だからおめぇさんが責任感じることじゃねぇんだ。」
「これは、相馬とゆかり嬢の戦いでもあるんだぜ。」
「坂崎さんよぉ、アンタの責任のとり方はなぁ」
「生きて、美咲嬢ちゃんの成長を見守ること。」
「おらぁ、それでいいと思うんだが、相馬よ、おめぇどう思うよ?」
トミさん・・・そこでオレに振るのズルいぜ・・・
「坂崎さん・・・、いやこれからはあえてこう呼ばせてもらう。」
「坂崎、オレを信じてくれるか?」
坂崎は溢れ出す感情がこぼれないように上を向きながら
小さく頷いていた。
「作戦はこうだ・・・」
まず龍星会の担保口座から過去数年にさかのぼって一定額の金を
坂崎の偽装口座に移したという入出金情報を得る。
その情報をオレが村瀬に届け、坂崎は能力者ではなかったという報告とともに
口封じの筋書きを伝える。
恐らく村瀬は、この筋書きに乗るだろう。例の書類に名を連ねた面々に対し
多大な恩を売れるのだからな。自分の手柄だと。
そして自分の手柄にする為に一番使いやすい子飼い。
つまりはオレに実行役が回ってくる。
なにせ今回の一件を身内内でも公にはできないからな。
その上で村瀬はこの一件に名を連ねたお上連中に恩を売る。
反吐が出るほど冷徹で狡猾なプロだけに、村瀬はこっちの餌に
ガッツリ食らい込んでくれるだろう。
当然、当の村瀬も、口座の流れに関するウラ取りをするだろうから
一時的にとはいえ、実際にヤクザの口座から金を預かる形になる。
後日元に戻すとしてもだ。
と、なれば今度はヤクザからも坂崎は狙われることになるのだが・・・
「相馬ぁ。あれか?」
「トミさん。あれです。」
坂崎にはオレに撃たれた傷の治療と合わせて若干容姿を変える。
その上で、公安の協力者として登録。俺が担当官として坂崎を使役する。
流石に龍星会も公安相手ともなれば事を構え難く成るだろう。
「暫く娘さんには会えなくなるが・・・」
「なぁに、ほとぼりが冷めたらまた一緒に暮らせるようになる。」
「おとっちゃん、チットばかり辛抱してくれや?」
「嬢ちゃんに関しては、さっき話したとおり仙台でおれが預かる。」
「予定・・・なんだが───なぁ。」
完全に思える企み。
だが三者三様、一つの難題を思い浮かべ気を落とす。そうして再びオッサン3匹による
お通夜状態が再開された。
そう、この作戦で一番の大きな壁。最も困難と思える仕上げが残されていた。
美咲の説得である・・・。
『や!』
美咲の回答が、究極なる超低カロリーなひらがな一文字でヘルシーに完結した。
そう拒否した少女は、オレが作った朝食のソーセージを頬張る。
だがここで引くわけにはイカない。オッサン達による各個撃破の遊撃戦に移る。
「美咲、このまま終われないのはわかってるよな?お父さんも寂し───」
『ヤーーーー!!!』
坂崎、撃沈。
「嬢ちゃん、冬はちっと寒いかもしれねぇがよ。宮城ってのは自然がいっぱ───」
『むり!』
トミさん、撃沈。
「美咲ちゃん、チョットの辛抱だ。」
「お父さんとはチョット離れることになるけ────」
『ソウマと一緒に住むの?』
・・・おン?
「いや・・・オレと一緒に住む訳じゃ無いけど───」
『じゃ嫌!』
かすかな手応えに、トミさんが顎で行け、ヤれとオレに指示する。
坂崎がお願いしますとばかりに小さく頷く。
「仕事が東京中心だからなぁ・・・そうだ!週末には会えるようにする。」
「必ず会いに行くよ。」
『うーん・・・じゃ引っ越すのあたし、学校も転校?』
そうなるよなぁ。やっぱりそこも問題か・・・
「そうなる・・・。」
『うん、でもそれは別にいいかー。今の学校飽きたし。』
いいんだそれは。
「お父さんとも暫く会えなくなるけど・・・」
『うん、パパいつも遅く帰ってきて早く出かけるから』
『今までと別に変わりないし、それは別にいいかな?』
坂崎の肩をモミモミ揉みながらトミさんがパパを慰める。
「じゃ、そういうことになるけど・・・いいかな?」
『相馬 美咲になるならいいよ』
「・・・・・・・・。」
相馬、轟沈。
「嬢ちゃんよ、お父っちゃんに会えなくなるのはツレぇと思うがな。」
「チットばかり辛抱してくれ。おれや相馬がしっかり面倒見るからよ」
トミさんの真剣な表情と諭すような口調に絆されてか
少女はそれまで見せなかった、年相応の不安と寂しさをたたえた顔をした。
ところが、直後にはスッとその表情を笑顔に変える。
『いいの、だって───。どこにいてもパパはパパでしょ?』
その言葉に坂崎は、椅子を蹴り飛ばすような勢いで美咲に駆け寄り
膝を付きながら愛する我が子を抱きしめた。
こうして美咲の了承は得られたのだった。
決行準備。
ヤクザ屋さんには、まったく関係ないのに巻き込む形になって申し訳ないのだが・・
龍星会の口座を操作し、坂崎が金を横領していた形跡を演出する。
もちろんオッサン3匹にこんな事できやしない。
そこで改めて、電子の妖精の登場だ。いや、魔女かな?
「美咲、この口座から2年前より50万から200万の間で数ヶ月おきに
こっちの口座に資金が移動したように口座のデータを偽装できるかな?」
「うん、できるよ? でもそれ犯罪だよ?」
「うん刑事が許可しよう。そうな───これは捜査協力要請だ。」
「えっとねー。じゃあご褒美くれるなら良いよ。」
こういう所が子供らしくて助かるよホンと。
「よし、許可する。何が良い?」
「相馬と大人のデート」
前言撤回。
美咲が持ち込んだ携帯ゲーム機とオレから奪ったポータブル無線が
何本かのリード線で繋がれ、傍から見るに少女が普通にゲームするように
操作していた。
「美咲、キミは年上好きなの?」
「ううん、面食いなだけー」
「あそ、で、どれくらいでできる?」
「ん、もう終わった。」
「早いよ。」
即席の装置でいとも簡単に難題と思える離れ業を一瞬のうちにやってのけた。
「じゃ今度は記憶媒体にデータを・・・」
「もう保存ちゅ。」
「早いよ。」
「保存ちゅ。 ねぇ、ちゅ! チュー!! んー!!」
「しない!」
やっぱり小魔女だ・・・
村瀬を嵌める材料は、こうしてオレだけ若干困難を要したが
技術的にはいとも簡単に作り出すことに成功した。
次は美咲の父親、今回最も危険な役回りを演じる坂崎の番だ。
「坂崎いいか、オレがお前を撃つ時、オレはお前の手首を掴む。」
「肌が触れてなきゃいけない、右手だけ腕まくりしてからレインコートを着ろ」
「相馬さん・・・・それも、なにか作戦ですか?」
「あぁ、今回一番と言っていいほど重要なことだ。」
「───わかりました。」
坂崎に詳しく話すことはせず、オレはただそう伝える他なかった。
決行時、オレと坂崎は向かい合う形でオレは坂崎に拳銃を発砲する。
その際、オレが素手で坂崎に触れることによって、おれの性能。
絶対生存能力が、わかやすく表現するならば“伝染”し坂崎にも発動する。
したがって、オレの射撃の腕や弾の当たりどころといった不確定要素を
発動した能力によって全て無視し、坂崎が命を落とすことは絶対にない。
まぁ能力者の存在も知らない坂崎にこんな説明をしたって───なぁ。
「あとコレを渡しておく。」
「これは?」
「馴染みの闇医者へ紹介状と治療内容。あとは───」
「逃走資金が入った口座のカードだ。」
あえて口には出さなかったが、ある団体から借用した金だが・・・
まぁどのみち狙われるなら、多少寄付金を貰っても・・・いいよな?
そして傷の回復後、坂崎は公安の作業班として正式登録される。
税務記録はおろか、住民基本台帳の閲覧にも規制がかかる。
社会的に坂崎という男は姿は消す。
と、同時にその子女である美咲は、書類上、警察の保護対象となる。
富山のおヤッサンが匿う公的な理由となりえるわけだ。
「いいか坂崎」
「事が済んでオレがアンタを迎える時」
「形式上だかオレはアンタの上司って事になる。」
「基本的に作業者は仕える捜査員の名を知らない。」
「これからはオレの事をチーフと呼べ。」
「わかりました相馬さ・・・チーフ」
「あとな、お前太れ。」
「体型ってのはな、身を隠す上で結構な欺瞞効果がある。」
「入院中ドカ食いして太れ、整形は極力軽微に済むように、いいな。」
「がっつり整形しちまって、美咲と再会した時パパだとわからなきゃ」
「悲しいもんな。」
「・・・・相馬さん、貴方って人は」
こうしてオレたち共犯者の企みは、遂に決行されたのだった。
「チーフ・・・もしもの時は娘を、ミサキを・・・頼みます。」
早朝、川崎駅にほど近い雑居ビル裏の路地向かい合う形でオレと坂崎は
その瞬間を迎えようとしていた。
「何言ってやがる、肋骨一本砕ける程度だ、死にはしないよ。絶対に」
「娘とは暫く一緒に暮らせないだろうが───、」
「なーに後はオレに任せろ。」
「美咲は・・・?」
「あぁ今頃トミさんと東北新幹線の中だ。」
「いざとなれば、オレが嫁に貰ってやるから、安心しろ。」
緊張で振るえる坂崎が、鼻でフフッと笑った。
「チーフそれは───、まぁその時考えましょうか・・・。」
「そうだな、その時は改めて婚約の挨拶にでも行くさ。」
「いいか?坂崎、暫く気を失うだろうが───」
「救急車には乗らずに這ってでも闇医者の所にたどり着け」
「・・・はい」
「じゃぁな坂崎。面倒事が片付いたら迎えに行く。」
「後は頼みましたチーフ──────。」
「本当に、ありがとう・・・・」
黄色いレインコートの脇腹に押し付けられた回転拳銃からこもった破裂音が
雪の早朝、人気の無い路地裏に響き渡った。
四話 正義のかたち 終




