2-10 四話 正義のかたち 4
おっさん3人がダイニングテーブルでお通夜状態。
冷めたコーヒーを啜りながら、さながら事情聴取を繰り返す中、当の張本人。
美咲はというと、リビングのソファーにうつ伏せに寝転び、足を左右に
振りながら、TVで夕方のニュース番組をつけっぱなしにオレから取り上げた
ポータブル無線機と自分の携帯ゲーム機を交互に弄り回していた。
オレは分解されそうだとハラハラしながらも、おっさん達は聴取と言う名の
パズルのピースを集めていた。
「───で、坂崎さん。これまで沈黙を守っていた貴方が、なぜ今になって
突如外に向かって行動を起こしたんです?」
「先ほどお話したように、かねてより少しずつ司法を納得させる資料を
集めていましたが、一昨年の10月頃でしょうか?」
「94年の10月ですか・・・」
「えぇ、資料は順調とは言えないまでも、美咲の協力も有って形になって
きた頃です。」
「美咲が突如言い出したのです。」
『もうダメ!!間に合わないッ!!』
その大きな声にオレとトミヤマのおヤッさんが思わず反り返る。
「みさき!静かにしてなさい!」
「はーーーい・・・」
「───、す・・すいません・・・」
「・・・い、いえ、それで?」
「ちょうど今のように叫び出したかと思うと、どこから調べ上げて
どういう話をしたのか・・・今回犠牲になられた───」
「───鴻巣 ゆかり」
「はい・・・彼女に連絡をつけ、地震関連の情報だけでも急いでリークしようと・・・」
「チョイ待ってくれ? アンタ今娘っ子が先に、ゆかり嬢に接触したって
言ったな?、こっちの情報ではアンタ自身がコンタクトしてるって記録が
あるんだが?」
「はい・・・富山さんのおっしゃるとおりですが、それは私ではなく
美咲が───。」
「うん?そりゃ一体どういうことだ?」
「おやっさん、そろそろ彼女にも参加してもらいますか。」
「───うーむ・・だがなぁ、嬢ちゃんの年齢もあるが・・・」
「子供の耳に入れるのはチットばかり酷じゃないか?なぁ相馬よぉ」
「・・・ですね。スイマセン」
「謝るこっちゃねぇよ。おまえも所帯を持つようになりゃ判るようになるさね」
こういう気の回しを、オレはもっとトミさんから学ばなきゃいけないんだろうな。
「ではとりあえず、今抱えている技術的疑問点だけでもオレ聞いてきますよ。」
「あぁ、頼んだぞ相馬、お父っちゃんもそれでいいかな?」
「はい・・・正直私が聞いても美咲の話はちんぷんかんぷんで・・・」
ダイニングテーブルからコーヒーの入ったカップを持ち、リビングの一人
掛けのソファに腰を掛ける。
いままで仰向けに寝転がり年相応の反応だった彼女だが、オレが座る頃から
背筋を伸ばして神妙な面持ちと共に、真っ直ぐにTVを見ていた。
「ねぇ───。イケメン刑事・・・」
「ソ・ウ・マ。相馬さんと呼びなさい」
「じゃそうまぁ、私の声が届いてたら、この人達───、助かってたと思う?」
そういう彼女が見つめる先のTVでは先日起こった関西地方の大地震に関する
ニュースが流れていた。
「いいか?よく聞くんだ、たとえキミの声が大人に届いていても
大人が聞く耳を持たなければ、この人達は助からなかった。」
「美咲ちゃんが責任感じることではないよ。キミはキミができることを
精一杯やったんだ。ここからはオレたち大人の問題だ。」
「あとは大人がやる。キミの気持ちのカタキはオレたちが取ってやる。」
じゃじゃ馬娘が黙ってオレの話を聞いているかと思うと、それまで下を
向いていた美咲は、キッと俺を睨みつけた。
その表情は怒りから徐々に悔しさを湛えるものにに変わっていった。
「・・・・・・。」
真一文字に下唇を噛むような口で、眉尻を怒るように持ち上げ震わせながら
美咲は自分の座るソファの隣を、俺を見つめたままバフバフと叩く。
───こっちに座れってことか?
美咲が叩いたファブリック製のソファから舞い上がった繊維のホコリが
リビング照明に反射して、キラキラと舞いながら少女を神秘的に包む。
部屋をホコリだらけにされちゃ敵わんので、仰せのとおりにオレが
隣に腰を下ろすと、直後にドスンと胸に衝撃を受けた。
少女はひねるような体勢でオレの胸に顔を埋めていた。
その光景を、トミさんと坂崎が目を丸くして見ている。
「えーーっと・・・」
頬を指で掻きつつ、トミさんに助け舟を出すように目で求めるが。
トミさんは片手で、オマエに任すとばがりに、あっち行けと手をひらつかせた
はい。助け舟欠航・・・
対する坂崎は、スイマセンと何度も頭を下げていた。
しばらく少女が落ち着くのを待ってから一時話を中断し、オレたちは出前で
夕食を済ませた。それから悪魔のような時間。
ウルトラエンジニア、美咲の講義が始まった。
「だーーーーーーーかーーーーーーーーらぁーーーーーー!!」
「アナログ回線のダイアルパルスを相手のサーバに適切な信号として
叩き込んであげればアノ子たちは為す術なくこっちのお願いを聞いてくれるんだって!
あーもぉ!なんでわかんないかなぁ!!」
「嬢ちゃん自身が省庁のパソコンの前に座ってなくてもそんな事ができる
っちゅうことか?オッチャンにはさっぱりわかんねぇな・・・」
「私の居場所なんてカンケーーナイのっ!アノ子たちは役所のターミネートに
わたしがいると思ってるんだから───」
果敢なる挑戦者、トミさん。オレはもう諦めたよ。
超難しい次世代の講義を理解することを諦めたオレは
リビングより退散し、ダイニングで坂崎と向かい合っていた。
「坂崎さん、おおよその事情と犯行・・・いや失礼、書類を抜き出す手段は
大体わかりました。」
「つまり───・・・」
一昨年10月にこのままでは埒が明かず、政府が掴んでいる予測情報から
地震の到来によって引き起こされる、人災を止められないと悟った
美咲は、自分の声を電子的に変調し父親の声にすり替えて
鴻巣ゆかりに地震に関してまとめ上げた文章を渡す算段をとりつけた。
渋谷駅のコインロッカーを使い、鴻巣ゆかりに情報の断片を提示。
普通ならオカルト的なイタズラか、気の振れた終末論者の戯言として
シュレッター行きだが、美咲の提示した情報は、世に出ていない政府関係者
の氏名や大学教授の論文、関西方面の建造物に関する耐震強度などで、巧妙に
理論武装されていた。
「美咲が直接表に出るのはあまりにも危険なため、表向きは私が動く事に」
坂崎は美咲の操り人形を演じる形となった。
「私自身、なにぶん気が弱いもので・・・接触相手と直接会話することはせず
やりとりは全て文章で行いました。美咲と共に作った文章で。」
「ですが・・・残念なことに。」
「週刊誌に載ることはなかった・・・」
「───はい。」
「事が事ってのもあるけど、資料に記された面々が政府関係者や警察OB、閣僚
官僚ともなれば、決定的に相手が悪すぎた。」
「なにせ現大臣までリストに名を連ねてたのだからな。」
「結局、いち週刊誌が相手をできる、キャパを超えていた。」
「なにぶん、どれだけ資料や証拠を積み重ねても、憶測の域を出ない
リークに対し、敵に回す連中の大きさにリスクのほうが上回ったと
編集が判断したのでしょう。」
「記事にされることなく───、情報は闇から闇。迷宮の中へ・・・」
「そして遂にその時。1月17日を迎えた・・・」
『だぁーーーー!! んもぉー!だからぁ!!家のワープロに毛の生えた
程度のPCにはFDとMOしか記録メディアが無いんだって!!これじゃアノ子達
のくれる情報全部保存できないんだって!!いーい?HDってね
すーーーーごい高いの!!わかる?オッチャン!!』
・・・・トミさん、ガンバ!
「で、彼女は・・・」
「はい・・・その後はもう半狂乱で・・・」
「自分の責任にすり替えちまったんだな・・・止められなかった───
いや、助けられなかったことを」
「───。はい」
「・・・・不甲斐ないな、オレたち大人ってのは」
「あんな少女に責任を感じさせちまうほど、この世の大人達は腐っちまってる」
『あーーーーーもぉ!!だから、その保存形式のままアナログ回線でデータ
引っ張ったら10年ぐらい掛かるでしょ!だからアノ子達の中で一旦
軽いファイルにアーカイブするの!───』
「んーあぁ?軽いってどんくらい軽くしてやんだ?500g位か?」
『ウーーーーーーーーーキィィィ!!!!!』
トミさん・・・そのぐらいなら流石にオレでも判る。
「坂崎さん、あの子はどこであんな知識を?」
「私にもわかりません・・・以前、義姉に普段の美咲の様子を聞いたことが
あるのですが、TVゲームをずっとやってるって言うことで、父親から一言
注意するように諭されたことが有りまして・・・。」
───能力者・・・TVゲームに見えて、全く違った事をしてたってわけだ。
「あの娘の特技・・・と申しますか、趣味。つまり機械やコンピュータに
ものすごく明るいというのは私たち以外には?」
「えぇ、おそらく誰も、なにぶん美咲の話が理解できる人が少ない事と
あの子自身、話の通用しない人との会話を望まないので。」
と、言うことは美咲の存在、特にその能力は表に───、いや
一番やばい奴、そう、村瀬の耳にはまだ入っていないだろう
ホッとしたよ。今回一番の朗報だ。
それから1時間ほど後。
夜も遅いということで、今日の聴取は切り上げることにした。
トミさんは結局小娘にヤッツケられて頭痛薬を飲んで床についた。
だから早々に白旗上げりゃよかったのに・・・
夜更けの真っ暗なダイニングで、オレは一人コーヒーを啜って考えていた
今後のことを・・・。ゆかりの事を・・・。
「相馬、寝れねぇのか?」
「あぁトミさん・・・今後のことを、チョットね」
「ふむ、そんだけの顔つきじゃねぇみたいだがなぁ?相馬よ」
トミさんは冷蔵庫から缶ビールを二本取り出してオレの向かいに座った。
「トミさん、一応今も職務中だぜ?」
「相馬、おめぇさんは硬すぎんだよ・・・」
「だからいつも抱え込んでつれぇ思いすんだ。」
「献杯ぐらい、誰も文句言わねぇよ」
「・・・・・」
オレにはもうそれ以上返す言葉はなかった。
「相馬よ、おめぇさん、彼女と・・・・」
「───すんません。」
「誤るこっちゃねぇよ、立場が有れど男と女だ。」
「立場を隠して本気になって、ったくオメェはあまちゃんだな。」
「なぁ相馬よ、そんでも相手を本気にさせちまったのを顔色変えずに
袖にするほどオメェがプロなら───」
「おらぁオメェさんを多分殴ってただろうなぁ・・・。」
「・・・・・・」
「ただよ、今更おめぇを信用してないわけじゃねぇけど、まぁ聞いてくれ。」
「一線を越えることによって、危険が及ぶとは思わなかったのかい?」
「───ッ!! トミさんッ! オレはッ!!」
「まぁ、聞け。」
「いいか彼女の身のこっちゃねぇ、辛い言い方になるが」
「おめぇさんの正義が揺らぐとは考えなかったのかい?」
「・・・・・」
「おらぁよぉ、それが心配なだけだ。」
「私怨に走っちゃ身を滅ぼす。そりゃ正義じゃねぇ、判るよなぁ?」
「───はい。」
「分かってんなら、おらぁもう何も言わねぇ」
「おれはオメェさんの親父じゃねぇしよ、オメェさんも子供じゃない」
「プロがプロらしく、カタつけてやろうじゃねぇか、なぁ相馬よ」
「──────はい。」
ったく・・・敵わねぇなトミさんには。
「トミさん、オレは・・・オレには力───」
「おっと待った!あの話じゃねぇだろうな?」
「───なんで・・・聞いてくれないんすか?」
「そりゃぁな、人にはそれぞれ抱えるものがある。いいか?」
「そんでてめぇが持ちきれる量と重さにや限りがある。わかるな?」
「例えばだ、おらが己のキャパを越える話をおめぇさんから聞いたら。」
「おらぁどうなるか判るか?」
「・・・・・いえ。」
「おらぁよ、たぶんてめぇの命かけちまうな。」
「・・・・・・。」
「てめぇの生命が惜しいんじゃねぇ、おれが殉した後」
「残されたオメェが心配なんだ。」
「おめぇはアマちゃんだからよ、まーた自分のせいにして抱え込むだろうさ」
「だからお前さん方の話は聞かねぇ。」
「いいな?おらぁ聞かねぇ。」
「・・・・・・。」
「いいか相馬よ、おめぇさんなら心配いらねぇ。」
「どれだけおれが手塩に掛けて育て上げたと思ってんだ警察官として。」
「トミ・・・・さん」
止められない込み上げるものが視界を歪める。
「おいおい相馬ぁ・・・みっともねぇから泣くな」
「相馬よ、同じ涙ならゆかり嬢に流してやんな。」
「嬢ちゃんも自分の信じる正義を貫いて逝ったんだ。」
「おれたちゃそれを誇ってやらなきゃな、なぁ相馬よ!」
そう言ってトミさんは何度もオレの肩を叩いた。
「──────はい」
その時、
ダイニングの外では、拳を握りしめて声を出さずただ涙する影があった。
坂崎が、ただ下を向き決意と共に涙していた。




