2-8 四話 正義のかたち 2
───年 ───月
(お兄ちゃんは大人になったら何になりたいの?)
少女がオレに語りかける。
「ボクは大きくなったら正義の味方になるんだ!」
「それでね、ママやみんなを守るんだ!」
オレはそう言って小さな妹の頬を両手でムニッと押しつぶした。
(相馬君、キミが自衛官に志願した動機はなんだね?)
募集担当官が高卒のオレに語りかける。
「は!私は目を覆うような災害現場で、死力を尽くす自衛官の皆様に───」
そう答えつつも、オレの心は本当の所、動機なんてどうでも良かった。
あの凄惨な墜落事故で、両親と妹、つまり肉親を全て失うも、自分だけ生き
残ってしまったこの生命を、ただ───そそぐ場所と、たとえ一人でも生きて行くと
言う理由が欲しかっただけだ。
(相馬、私が何故キサマを陸自から引き抜いたか解るか?)
毎日果てしなく続く、過酷な訓練で疲れたオレにその夜、突然宿舎に現れ、
公安への転職を半ば強引に言い渡した、村瀬と名乗る警官がオレに問う。
「・・・さぁ───、な」
正直そんな物どうでも良かった。家族を守ることが叶わなかったオレが、
自衛官として、この国の人々にオレと同じ悲しみや苦悩をさせない為。
またはその様な事態を招かぬように、一つの小さな歯車としてでも、手助け
ができる。その事が、今のオレが生きる理由となっていたのだから───。
(解らぬか・・・キサマの性能、それを活かす場、それが私の元なのだ。)
私服組の警官は、ムカつくほどの上から目線でオレにそう言い放った。
(チーフ・・・もしもの時は娘を、ミサキを・・・頼みます。)
オレに撃たれた男がそう問う。
「何言ってやがる、肋骨一本砕けた程度だ、死にはしないよ。」
「娘とは暫く一緒に暮らせないだろうが───、なーに後はオレに任せろ。」
娘の為に自ら罪を被ろうとする、どこにでも居るような普通の父親にオレは
ただ、そう答えた。
村瀬を騙す為とはいえ、オレの銃弾を受けた一人の父親は、一度だけ頷くと
そのまま夜の街へと消えた。
(本日付で配属になりました如月です!よろしくおねがいしますセンパイ!)
(センパイは元空挺レンジャーッスか!?)
(エリートじゃないッスか!スゲーッ!!)
(あれこれ色々教えて欲しいッス!センパイ!)
チャラい相棒を充てがわれて、ため息混じりながらも、オレは心に誓う。
コイツが自分で自分を守れるだけの技術を叩き込んでやると・・・
暗転した暗闇で、オレ自身が語りかける。
『 また、オマエだけは生き残るのか───? バ ケ モ ノ 』
「───ッ!!」
またこの夢・・・か。
突然現れ、またたく間に事態を収束させた、若い異邦人。
その男の運転する車にオレと都は乗っていた。
オレは・・・意識を失っていたのか?
後席で目を覚ますオレの隣の都は、ずっとオレの手をただただ、優しく握って
いたのだろうか───。
「相馬さん・・・何も考えないで、今は休んで下さい。」
雨で冷え切った体ながら、片方の手だけに残る、穏やかなぬくもりから
彼女の心優しさを感じた。
結局、如月は言うに及ばず、坂崎までも死なせてしまう結果を招いたのか?
そして、また───オレだけ生き残ってしまったのか・・・。
オレは失意と言うより、坂崎と交わした約束を噛みしめるように、
数年前の事件を回想する。
それが彼に贈る、せめてもの手向けのように・・・
1995年 3月 神奈川県横浜市神奈川区羽沢町付近
「雪・・・降りそうだな」
県警の規制線を前に、一台のクーペから、ヨレヨレ灰色のトレンチコート
を羽織り、肌寒い真冬の曇り空の元、オレは降り立った。
「チョット!ここは立入禁止です。」
「心配しなさんな、同業者だよ」
オレは現場と成った線路脇の規制線で、オレを制する制服警官に、懐から取り
出した手帳を見せると、手帳を持つ右手の甲で、軽く押しのけ規制線を越える。
ブルーシートで囲われた一角、その前に、二人の私服がオレを見留た。
「───チッ・・・」
「あれまぁ・・・ずいぶん早いおでましだな・・」
若い方の私服が舌打ちし、隣に下を向きながらそう言う年配の刑事。
彼等は、明らかな煙たさでオレを向かえたが、オレはいちいち気にもぜず
年配の刑事に問いかけた。
「状況は?」
「一時間一〇分程前、運転士から事故の通告を受けた管制職員よりの通報」
「所轄が現場の保全を実施。今は鑑識の到着待ちだ。」
「ご覧の通りのホトケ故、俺達が出張ったが・・・」
「アンタが来たってことは、おおよそヤマのアタリはツイてるって事だろ?」
「それとも───、こうなることも予想どおりだったのかな?」
皮肉交じりに年配刑事が言う。
「さあな───。」
線路脇で回復作業の業務に走り回る鉄道職員の横で
振るえる肩を抱えながらただ立ち尽くす、若い運転士を俺は横目で見ながらも
年配刑事に、気のない返事をした。
「で───、身元は?」
「鴻巣 ゆかり 年齢推定29歳 職業、フリーのジャーナリスト」
「と───、後は鑑識の鑑定待ちだが、どうする?」
「結果をオタクの部署にも送ってやろうか?」
「いや結構、しかし、この状況でよく身元が割れたな?」
そう言うオレに、年配刑事は遺留品袋をひらつかせた。
「こんな姿だがな、コイツを握りしめてた。確証はDNA鑑定後までお預けだが」
「俺は週刊誌をよく読むんでな、恐らく間違いはない。」
丸まった名刺を袋越しに見せた刑事はそう言うと
証拠のそれをオレに渡しもせずにそれを懐へ仕舞った。
「ご協力どうも」
それだけ言い残し、オレがブルーシートの囲みをくぐる後ろ姿に
若い方の刑事がオレを止めようとするのを年配の刑事が制する。
「無駄だ、共同捜査は無し。期待するだけ無駄だ放っておけ」
「何なんです?アレ」
「公安の幽霊野郎だ、忘れろ」
「俺達は俺達の仕事をするだけ───。いいな?」
「俺たちゃな、彼女の無念を紡いで、犯人を追い詰める、それが俺達の正義だ」
青い囲いの中でそんな会話を聞きながら、俺は彼女に対面する。
ゴースト・・・ね。オレはその言葉に不本意ながらも、妙な納得をする。
早朝、その女性が横浜市内の貨物線の線路上、一糸まとわぬ姿で轢死体
として発見された。衣服や所持品の類は、その手に握られた自身の名刺のみ。
彼女の靴が発見されていない事から、他所で殺害された後、この場所に遺棄さ
れたことは明らか───、だろうな。
オレは彼女だった躰を覆うブルーシートの前でしゃがみ込み、そっと
手を合わせた。亡き骸に詫た後囲いを出ると、オレは
外に居る二人には挨拶もなく車に向かう。
そんなオレに対して血気盛んな若い正義が叫んだ。
「アンタ等ような連中でも!最低限の礼儀は有るんだなッ!」
年配刑事に制されるように、肩を捕まれながらもオレに問う若造に
オレは右手を上げてサヨウナラをすると、その手をそのまま胸元へ差し入れ、
クシャクシャになったソフトパックのタバコを取り出す。
ヨレヨレの最後の一本に火をともし、こういう場には不釣り合いな
2ドア車に乗り込む。
「こんな時に吸うのは憚られる名前だよまったく・・・」
ラッキー・ストライクと書かれた包を握りつぶして助手席に放ると
オレは静かに現場を去った。
オレはモヤついた気持ちで、本来の捜査対象のもとへ戻るべく
第三京浜を北上する。
「口封じ───、にしては遅かった。」
誰あろう今朝の被害者のことだ。鴻巣 ゆかり
彼女について、オレは以前、彼女と面識が有った。




