2-7 四話 正義のかたち 1
姿の見えない敵との遭遇戦で、別行動を強いられた相馬と如月。
場が冷めるのを待つ間、護衛対象であった桜 都から真実を聞かされた相馬
如月と示し合わせた合流ポイントへ向かった。事態のカギを握る女、桜 都と共に・・・
1999年 9月某日早朝 神奈川県川崎市内、鶴見操車場跡
オレと都は、如月と合流するため、予めこの様な事態に際し、示し合わせたこの
場所で、彼が現れるのを待っていた。
日本国内の物流輸送が大きな変化を向かえた80年中期に、横浜市と川崎市に
跨る、関東でも物流輸送の一大拠点であったこの操車場は、その役目を終えて
から20年近くを経ても手付かずのまま、広大な空き地を有する、一般的な
信号所となっていた。
時計の針は早朝を告げていたが、周囲の景色は早朝と言うにはまだ、いささか
早計な程に漆黒の闇を湛え、昨日から降り止まない雨がその漆黒を不穏な灰色へ
と変えていた。
オレ達は、合流予定時刻の0500時に合わせ、隠れ家より予め逃走用に準備
してあったアシの早い丈夫な車でこの操車場へ赴いていた。
車のルーフを、秋の長雨が叩く音が響く中、オレ達は如月を待ち続けていた。
「相馬さん・・・彼は無事でしょうか?」
「あぁ───今に判るさ・・・」
前のめりに、ハンドルに両肘を乗せそこへ顎を預け、ただ雨霧の舞う車外を
見つめるオレに、後席の都は心配そうに問う。予定の時間を迎えたが、依然如月
は現れなかった。
15分待ってダメなら諦めるしか無い───そう思ったときだった。
シルバーのセダンが静かに俺達の向かい、20m程先に止まる。
ライトを消さずに向かい合う形で対峙したその車より細身の影が降り立つのが
見えた。
「如───月?」
こちらに歩み寄る様子のない影に、違和感を覚えたオレは、予めグローブ
ボックスより取り出したP230のスライドを少し引き、装填を確認した後、
着古したスーツのパンツへ差し込む。
「様子がおかしい、都。そのまま頭を低くして車内に」
「───はい。」
オレは都に小さくつぶやく。
こちらの車両のライトを上目で点灯したオレは、静かにドアを開け、半身を
のり出して相手の様子をうかがう。
降り続く冷たい雨が、降車したオレと如月らしき影を容赦なく打ち付ける。
開け放たれたドアを盾とし車より降り立ったオレに、細身の影が雨音を貫く叫びの様な
音量でオレに語りかけた。
「───センパイ!」
「如月ィ!どうした、問題か?」
明らかに問題が有るだろう行動の如月に、オレはあえてそう訪ねた。
「センパイ、彼女は?」
「あぁ、怪我したけど無事だ、今隠れ家にいる。」
「如月ィ?このまま濡れ続ける気か?早くこっちに来い!」
オレはあえて都の存在を煙に巻き、周囲の様子を目だけでうかがいながら、
如月を呼ぶ。
次の瞬間、向かい合う車の後席のドアが開き、グレーのロングコートを纏った
新たな影が、雨空の元に降り立ちながら、ポークパイハットを被り、如月の後ろ
へ姿を現す。
「相馬ァ!下らん陽動はよせ。彼女をこちらへ。もう逃げ場はないぞ?」
その声の主にオレより先に反応したのは都だった。彼女は絶望とも取れる明ら
かなる怯えた表情をしたのを、オレは横目で見た。
「村瀬か、ったくアンタ、人を疑いすぎだ。」
「それよりどうした? 彼女は大阪に送り届ける予定じゃなかったのか?」
「相馬ァ!言ったはずだ、下らん陽動はよせ。そうだな、移送は中止だ。」
「お前も速やかに撤収しろ。」
「センパイ!もう大丈夫です。帰りましょう!」
村瀬と如月は一歩も動かずそうオレに問いかけた。
「村瀬ェ!移送は中止って言ったな!」
「どうした?アチラさんとの共同作戦は、失敗したのか?えぇ!?」
核心を付くオレの問に村瀬は肩を震わせ笑う。
「クックック、作戦だと?そうか、彼女から全て聞いたのかな?」
「それとも───」
村瀬はそう言うと車から見覚えのある人影を引きずり出した。暗闇でもはっきり
判るような派手な黄色いレインコートの男。
「───彼からかな?」
村瀬は引きずり出した黄色いレインコート男のこめかみに銃を押し当てる
「───ッ!!」
サイアクすぎる展開に、オレは言葉を失う。
「いけないなぁ相馬君、いぃや? あえてココはチーフとでも呼ぼうか。」
「これまで目をつぶっていたが、監視対象だった容疑者を作業員として
使役するのは───、許可されていない筈だがなぁ、なぁ相馬君?」
「───チーフ・・・」レインコートの男がそう言ったように聞こえた。
と同時に、冷たい雨を纏うかのような湿った破裂音とともに
レインコートの男がその場に崩れ落ちた。
「さ、坂崎ィ!」
オレが叫ぶとほぼ同時に、如月がゆっくりと銃を抜き、その銃口を迷いなく
オレに向けた。その後ろで銃口をハンカチで拭いながら村瀬が叫ぶ。
「相馬ァ!もう終わりだ。」
「如月、相馬を撃っても無駄だ女を狙え。」
相変わらずなゲス具合だぜ村瀬クソッ。
村瀬はオレに聞こえるように、そう如月に指示した。
「センパイ───、お願いですから・・・」
如月がそうオレに懇願しながら、その銃口はゆっくりと横に移動する。
おおよそ想像し得なかったその光景に、思わず頭を上げてしまった後席の都へ
向けられた。
「如月ッ!!」
予想はしていたが最悪な状況にオレは用意していた銃を如月達に向けた。
万事休す、こんな最悪な時にこそ、人はそう言うんだろうな。
「相馬ァ!キサマの信じる正義とはなんだ?」
如月を盾にするように後ろに立ち、村瀬はこの場で似つかわしくない
問答を、対峙するオレに始めた。
「正義だと? 少なくとも村瀬ェ! オマエの信じる正義とは違う!」
「相馬ァ、この国に対する忠義、愛国心。それが私の正義だ。」
「まぁ多少の痛みは伴うが、大義の為には些細なこと、違うか?」
「村瀬!ここでアンタとトロッコ問題を議論するつもりはない!」
「ましてや部下を盾にするような奴が───、片腹痛いってな!」
「如月ィ!オマエはそれでいいのか!?」
オレ達に銃を向けたままの如月にオレは問う。
「センパイ・・・彼女が向こうに渡ることが日本の平和・・・」
「将来のため───。それはセンパイだって・・・」
「解るでしょ!あの国無しじゃこの国の平和は立ち行かないって事は。」
そういう如月、続けざまに村瀬が叫ぶ。
「相馬ァ、仕方がないのだよ、彼らが望むならそれを。」
「サクリファイスを与える、それが我々───。いいや?」
「この国の使命なのだよ。」
歯がゆいが、もっともらしい正論を並び立てやがる。
ムカつく正論偽善野郎に今度はオレが問う。
「仮にそうだとしてだ村瀬、アンタの言う彼らの望む物に。」
「今正にキサマの毒牙が向いているのは何故だ?」
「銃を降ろせ如月ィ!」
願いとも取れるだろうが、オレには如月にそう言ってやるしかなかった。
少なくとも如月の本意ではないだろうからだ。
「相馬、これもアチラの意向でね、最も?」
「検体として、生存は“可能な限り”との条件らしいがな」
「撃て如月」
その最後通牒に、それまでオレが属してきた組織が言う、平和や正義が
オレの中で霞むどころか、おどろおどろしい、悪色に染まってゆく。
全くお笑いだぜ。こんな正義のために今まで信じて従って居たなんてね。
だがな如月、子を、夫を、一途に愛する一人の女も守れない正義なんて。
おまえだって、信じられないだろ?
なぁ如月───。
「センパイィィィ!!!」
「キーサラーギィィィ!」
叫ぶ二人と同時に、重なり合うように二発の銃声が鳴り響いた。
直後、都の乗るオレの車のヘッドライトが割れ、片目になると同時に
如月は右胸に衝撃を受け、よじれるようにその場に崩れ落ちた。
冷たい雨で覆われた濡れた灰色の地面に。
「───チッ!」
盾とした如月の鮮血を浴びながら、舌打ちした村瀬はグレーのコートを翻し
車の後席へ乗り込もうとした。その姿にオレは、残弾全てを続けざまに発砲
するも、オレの正義はやつを捉えるに至らなかった。
「ムゥラセェェ!!」
無念の雄叫びをあげながら、全弾撃ち尽くしスライドストップしたけん銃を
尚もカタキの乗る車へ向け引き金を引き続ける。
カチッ、カチッ、と虚しく引き金が鳴る中、走り去ろうとする村瀬の車が横を
向き、如月の元を少し離れたときだった。
奴の車の前部、運転席の窓がスパッと紅く染まる。遅れて乾いた破裂音が遠く
から追う様に鳴り響く。刹那、後席より飛び出し、逃げるように走り去ろうと
する村瀬の背中を赤い霧が舞う、宙を舞うニヒルなポークパイハットと
逆向きに、村瀬はそのまま前方へ倒れた。
遅れてやって来る、乾いた正義の音が訪れるのを待たず、オレは
如月の元へ駆けた。
「セン───パイ」
「如月、喋るな、大丈夫だ助かるぞ。」
「おまえオレの射撃の腕は知ってんだろ?」
「センパイ・・射撃・・・苦手・・ッスもんね───。」
濡れた地面を赤く染める如月の上半身を抱え起こすが、愛弟子ともいえる
若い後輩の両手は力なく地面に落ちた。
「セン───パイ? すいま・・・せん。」
「俺・・・前から先輩の、こと・・を 監視・・・村瀬さんに───」
「もういい、もういいんだ如月」
みるみる冷たくなっていく如月の手を握るオレは、500メートルほど離れた
機関車の上で、オレの性能が明らかなる警鐘を鳴らす程の殺意と長物を構えた
黒い影を見留た。
「相馬さん!如月さん!!」都が車から出ようとするのを
「都ッ!出るな!!」そう制するのがやっとだった。
「センパイ・・の・・・正義・・・絶対ッ・・・守って───下さい。」
「やく・・そくッス・・・よ?」
「あぁ、いつだってそうしてきたろ!」
「彼女・・ぜったい、たす・・・け───」
そう言い残して、如月は静かに息を引き取った。
冷たい雨の中で、坂崎と共に・・・
さんざめく様に勢いを増す冷たい雨とは逆に、辺りは白み、夜明けを迎える。
朝日を背に、この国じゃありえない長物を剥き身で携え、ゆっくりとこちらへ
歩み寄る黒い影に、オレは如月が握りしめていた銃を、両手で静かに受け取ると
都の乗る車へ歩み寄るその影に、如月を片腕で抱えたまま照準した。
「ミスターソウマ、ミスミヤコ、お迎えに来ました。」
如月とそう変わりない年であろう、若いのその異邦人は、向けられた
俺の銃には気にもとめず、穏やかな口調でそう言った。
もはや、退く道なし。しかして進む道もないオレは
彼に向ける銃をただ───、力なく下ろす他なかった。
冷たい雨はまだ、止む気配すらない。




