2-6 密命 ロングショット
1999年 8月 ユーゴスラビア連邦共和国コソボ・メトヒヤ自治州
バルカン半島中央に位置する俗に言うユーゴ、ヨーロッパの火薬庫とはよく
言ったものだ。NATO軍の空爆後の戦術調査という名目で私は未だこの火薬庫に
取り残されていた。任務とはいえ、正直うんざりだ。
空爆後も解放軍による残党刈りを目的とした、散発的な戦闘が続く。
それはもはや、事実上の虐殺行為へと変わり、市内は文字通りの地獄絵図と化していた。
NATO軍の介入により、開放への緒が垣間見え始めたプリシュティナで、私は
長期に渡る潜伏任務に心身共に疲弊しきっていた、そんな中、衛星電話で密命が届いた。
『現状を遂行し次第、極東へ荷の回収へ向かえ』───と。
私は、すぐにでもこの煉獄から抜け出したい気分であったのだが───、
それにはこの隣の男、CIAの存在が許さなかった。
このエージェントは密命を帯びて市内に潜伏していたが、相棒を空爆で亡くし
途方に暮れていた所で、ライフルを構えた私と出会い高額報酬をチラつかせて私を雇った。
実のところ、彼との接触、それこそが私がこの煉獄で遂行せねばならない
任務であった。
「───!」
「JACK!おい───ジャック!!」アメリカ人が屈辱とも取れるその名を呼ぶ。
「あぁ───照準した。」
そう言いながらも、私は手慣れたL115A1のボルトを引きチャンバーに.338ラプア
マグナムを送り込む。
「───ったく、伝説のSASが聞いて呆れるぜ!・・・2Kmも先の標的だぞ?」
「当てられるわきゃねーだろ、射撃競技じゃねぇんだ戦場だぞここは」
懐疑的な表情のアメリカ人はCMMと書かれたベースボールキャップを後ろに被り
スポッタースコープを覗きながら言う。
「当てられなかったら、アチラさんのお礼、RPGで俺たちゃ粉微塵だ」
私はスコープを覗きながらも隣のスポッターに、そう問いかけた。
「あのRPGの射程外だろココはよぉ・・・ったく」
「冗談にもなりゃしねぇ、国じゃ2人目の娘が生まれる。生きて帰るぜ俺は」
ガラにもなくこの大男はセンチメンタルなことを言う。
「こういう時、アンタの国じゃなんて言ったっけか?常に忠誠を?」
「そりゃ海兵、俺はCIA、奴らよりはチットばかり“おつむ”がイイ方なの!
左に1ミル」
テレビクルーに扮したCIAの臆病者はそう言いながらも、着弾点にたなびく
千切れた国旗を頼りに風を読み、的確な誤差修正を伝える。
「そりゃ悪かったな。ウチじゃこんな時、こう言うもんだ」
私は小さくも深く息を吸い直後に止め、いつものように引き金を引くと
.338ラプアの強烈な発射に伴って、私達の周囲に散らばる、崩れたコンクリート
の砂塵が舞う。間髪入れずに素早くリロードを終え、次弾を撃ち出す頃に、初弾
が標的を捉えた。
間もなくスコープ越しに見る、後ろ手に縛られた女性に銃を
突きつけていた赤いベレーを被る男の周囲に紅の霧が舞う。
直後、横のロケット弾を担いだ兵の周囲にも同じく紅の霧が舞う。
それまで懐疑的だったスポッターの大男は、スコープを覗き込みながらヒューと
口笛を鳴らした。
「Who Dares Wins“敢えて挑んだ者が勝つ”ってね」私はそう答えた。
休戦地帯で好き勝手に暴れまわる戦闘狂を2人片付けた私達は、早急な仕草で
壁の穴よりライフルを引き抜くと、私とおつむのいい方のジョン・ランボーは
崩れたビルより撤退する。
赤ベレーの抹殺と奴等に捉えられていた女性の保護がCIAの任務だったようだ。
散発的な銃声が響く市内を、PRESSと記された荷物を担いた私達はマケドニア
に引き上げる彼の国の部隊と合流するため、市内のホテル跡へ急いだ。
アメリカ人は、演技なのか、または本当に撮影しているのか、戦闘の傷跡に
ニコンを向けてはシャッターを切りながら私に問う。
「しかしJACK───。2キロ超の超長射撃、それも連続2キル、見事なもんだ。」
「お褒めに預かりどうも。だけどそのJACKってのやめてくれ、バカにされてる
気がする。」私は彼にタバコを差し向けた。
「何でだよ、ぴったりな愛称じゃねーかよ、ユニオンジャックとアンタの名に
掛けてんだ、ウチの国じゃ最高のバーボンの名だ、光栄な事だぜ」
「光栄?互いの祖国に敬意を払うならそこはスコッチの名だろう?」
私達はお互いのタバコに火を灯し合いながら、そんなとりとめのない会話を
続けた。
「しかし、アンタ狙撃の際わざわざ利き手のグローブを脱ぐのは───、
なんかのゲン担ぎかい?」
唐突ながらも核心を付く問を投げかける辺り、“おつむ”がいいってのは
あながち間違いじゃ無さそうだ。
「あぁ、自分が奪う命に対しての敬意だ」
いつもどおり、答え慣れた返答をする。
「ふーん、自前の教え、宗教ってやつなのかなぁ」
ニコンを構えながらアメリカ人は気の無いようにそう答えた。
「アンタらの国の教えでも戦闘の前には胸の前で十字を切るのだろう?
そんなとこだ」
私はあえて、大雑把なアメリカ人のイメージを彼に投げかけた。
「無抵抗の女に銃口向ける悪魔に祈る程、おれは信仰深くねーよ。」
ため息混じりに答える彼に、こんどは私が気のない様に───
「そんなもんかねぇ・・・」
短くなったタバコを指で弾き飛ばしながら答えた。
「そういやアンタの所属と階級、聞いていいかい?」
アメリカ人が言う
「第22SAS連隊 C中隊所属 ダニエル少尉だ、勲章でもくれるのかい?」
「へぇ───士官にしちゃ若いな」
「まぁそういうのはな、おたくの女王陛下に頼みな若いの」
アメリカ人はそう言いながら、不敵な笑みを浮かべた。
しばらく市内を歩くと、彼の回収地点のホテル跡へたどり着く。
ほぼ同時に、UNと書いた白塗りの軽装甲車数台が滑り込む。
助け出した彼女の隣にアメリカ人は乗り込みながら
「マケドニアまで送ろうか?」そう提案するも、私が手を上げ断ると
一言
「そんじゃ・・ま、道中の無事を祈ってるぜ“亡霊中隊のJACK少尉”またな!」
そう言い残し、砂塵を巻き上げ彼等は去って行った。
「───ったく。食えない奴だ」
私はそう言いながら懐から取り出したJPSに火を灯した。
ローデシアSASと呼ばれたC中隊は実質的には現存しない。ローデシアでの活躍を称え部隊名のみ残されている。




