2-3 三話 秋宵の逃亡者 3
1999年 9月中旬 神奈川県川崎市内、相馬のセーフハウス
高 田
表札にそう書かれた2階の一室に都と共に潜伏して4時間
今は早朝5時半を回ったところだ。
部屋に付くなり、自分の置かれた状況を打ち明けたいという都をなんとか宥め
シャワーを浴びるように勧めた後、軽食を取らせ、どうにか寝かしつけた。
まだ夜も明け切らない、薄暗い部屋でオレは一人───
コンビニで買い込んだ缶コーヒーを薬罐で温めながら状況を整理する。
外事課の要請で東京の施設から、大阪の施設まで重要参考人
桜 都を護送する。
都の経歴、素性は一切伏せられていて不明。移送中、神奈川で車両変更の際
何者かから襲撃を受ける。襲撃者の国籍、組織、人数等、規模一切不明。
襲撃を受けて、如月と別行動を強いられ現在に至る。
さて此処で問題なのがこの謎の襲撃者だ
日本の地理に疎いのは先程の尾行で確認済み、となれば朝鮮系、中華系では
ないだろう。奴らは在日の情報網によって日本国内の尾行なんざ、それこそ
“お手の物”だからな。
となると───オレたちを襲った敵は一体何者だ?
腑に落ちないのが坂崎───、つまり情報屋の言った
追手はCIAと言うのが実に妙だ。
我が国と同盟関係にある合衆国の諜報機関が、日本の公安を襲撃するってのは
どうにも穏やかじゃない。
今回のような案件は、政治的な事前協議ですんなり事は終わるはずだ。
となると、突然名前の挙がったCIA───ステイツか。
合衆国の思惑とはいったい何だ?
次に今回の仕事、要請元は外事課。それも胸糞悪いあの村瀬率いる一課だ。
つまり、今回の護送はロシヤ、ヨーロッパ方面担当課の仕事なわけだが
坂崎の情報によると、英国より諜報員が入国を果たし、それに都がこれまでに
ない反応を見せた、当たり前に思考するならば、合衆国と英国それも
諜報関係の機関が共同歩調をとっているならば、都───
彼女はやはり・・・
あれこれと思考を巡らせていると、焦げ付くような香りに慌てて火を止めた。
うっかり煮えてしまったコーヒーを冷ますため、オレは高い位置から
紅茶のようにカップにコーヒーを注ぐと、そのままダイニングの椅子に
腰を据える。
滾ったコーヒーを冷ましながら、疲れとともに小さく息を吐き出す。
とりあえず、都が起きるのを待って話を聞いてみるしか無いか。
明け方より鬱積した雨雲がやがて、秋入梅を予感させる雨音を奏で、それは
静けさに包まれた部屋に子守唄の如くやさしく響く。うっかり滾らせたコーヒー
がすっかり冷める頃、人の気配にオレは目を覚ました。
「すいません───、起こしてしまいましたね・・・」
流石に昨夜の逃亡劇の疲れに抗うこと叶わず、オレは転た寝していたようだ。
肩にかかる柔らかなカーディガンを、そっと都に返す。
「少しは休めたかい?」
足りない睡眠を吹き飛ばす為、薬罐にコーヒーを満たし火に掛けながら、都に
そう尋ねると、穏やかに微笑みながら都が頷く。
「コーヒーは?」
「はい・・・いただきます。」
都の返答を確認し、カップと共にポーションとシロップを棚から取り出し
差し出す。適度に温まったコーヒーをお互いのカップに注ぐ。
冷蔵庫より昨日買い出したサンドウィッチを取り出し都に差し出すと
微笑みながらも首を横に振る。
「食べれる時に食べておいたほうがいい。」
テーブルにお互いの分のサンドウィッチを置き、都の向かいへ腰掛ける。
「さてと───、それじゃ話を伺おうかな」
コーヒーを啜りながらそう言ったオレを、都は真っ直ぐ見つめながら、静かに
語り始めた。
今から約2年前───、新婚間もない身重の都は、商社務めの夫と共に
海外赴任に付き添う形で渡英した。
折しも香港の台灣返還を迎えたこの時期
英国籍を有する香港の人々は、自分たちが望まない形で中華圏に組入わざるを得ない事に
少なからず抵抗を感じていた。
彼らは自分たちを“香港人”とし独自のアイデンティティを有する一民族として
独立感を持って返還に望んでいた。
マカオと香港の返還に関する騒乱は───、まぁさておき
台灣へ返還後、台灣政府は香港の統治に関し、彼等の意とは異なり、一方的な
親大陸政策を強いたのだ。彼等香港人にとってこれは政治的にも、心情的にも失望せざるを
得なかった。
そんな新生香港に変らず居続ける者がいる中で、中華系英国民という立場で新天地を
目指す者が現れ始める。比較的豊かな者たちはカナダを始めとした英語圏を目指す。
必然的に英国へ向かう者も少なくなかった。
一方、英国国内では、租借地としての香港返還を人々は概ね冷静に見る風潮が大多数を
締めていた。多くの英国人はこの歴史的出来事を、友好的に捉える中、多くの香港人が
渡英する。
渡英した彼らの一部は、一地域で同郷者同士の生活や安全を相互互助する為に
排他的な香港人コミュニティーを形成し始める。
古くからその場で暮らす英国民と移民。それが排他的コミュニティだとすれば
元いた地域住民と移民双方の間で大小様々なトラブルが表面化する。
そんな混沌に包まれつつある、英国の地方都市に身を寄せた都夫婦だったが、まもなく
自身達も混迷深まる歴史の渦へと巻き込まれる事となった。
「昨年のことです。生まれて間もない私達の子供が、何者かによって誘拐さ
れてしまったのです。」
マーケットで買い物の際、都がふと目を離した隙きに、幼い娘が
ベビーカーと共に忽然と姿を消した。
移民の人々の台頭をを良しとしない勢力の犯行であるとして
地元警察がマークしたのは───
「IRA独立武装分派、か?」
「はい───。」
そもそも北アイルランド問題に端を発するIRA暫定派は、時を同じくした
1998年のベルファスト合意をもって、一応の活動休止を宣言した。
しかし設立当初の、武装闘争によってのみ解決されるとした信念を捨てきれない
急進派の一部勢力は、活動の場を地下へ移しゲリラ的なテロ行為を繰り返すように成った。
そんな折、多大な外貨を携え、英国へ渡った香港富裕層の懐に目をつけた武装分派は
活動費として身代金目的で香港人の誘拐を画策した
多数のアジア系旅行者がヨーロッパ中で失踪するそんな中、櫻夫婦も香港系移民と
間違われる形で標的とされてしまったのだという。
「在英香港の方々を狙った犯行を企てた彼らにとっては誤算───、いいえ・・・」
「結果的には、今やアジア一となった経済大国である日本人を標的と
する方がよほど有益に映ったのかもしれません・・・」
「世界で一位二位を争う上等なパスポート───、か」
「そうです、おそらく端に身代金目的としてなら、日本人のほうが・・」
なるほど一理ある、それともう一つ。
彼らにとって中華系とは言え英国籍を持つ“自国民”を標的とするよりむしろ
北アイルランド問題と関係のない第三国、すなわち日本人を標的とした方が、主流派
であるIRA暫定派の合意を覆す事による、組織内での亀裂や抗争を
生じなくとも済む──と、分離派は踏んだのかもしれない。
まぁ、誘拐した連中の思惑なんて物は、当事者から聞き出さない限り俺らがいくら
テーブルで推論を重ねようが解らない事だけどな。
こういった複雑な情勢故か、本来なら邦人の誘拐事件として政治的に相当
スキャンダラスな事件にも関わらず、誘拐事件発生より8時間あまり経過しても
地元警察は捜査に及び腰であったという。
そんな時、在英日本大使館を通じて、公安のある男が交渉の担当官として、櫻夫婦に
接触して来た。
「公安局外事一課───、村瀬・・・か?」
「はい───」
多くの国々で端的に、テロ組織として認識されていたIRA武装分派に対し
日本政府として交渉に当たるという事は、日本がテロ行為に屈したと国際社会から
非難されかねない。
テロ組織とはいかなる交渉も行わない、というのが言わば国際常識であるが、極秘裏に
公安の外事課が、対外活動の一環として動くというのは実のところよくある事だ。
現に先頃発生したキルギスでの邦人誘拐事件の際、人質開放の裏には外事課が深く
関わっていたと言うのが我々のなかでもまことしやかにささやかれている。
「進展のないまま、いたずらに時間だけが過ぎていく中で、村瀬さんは私に
ある取引を持ちかけてきました。」
それは人質を無事取り返すに当たり生ずる、あらゆる懸念事項の請負。
報道統制、身代金の用意とその受け渡し、軍事的オプションを含め、あらゆ
るチャンネルを通じての完全なる解決を約束する。
その対価は・・・
「取引───。それは、無事に事件解決のあかつきには、わたしの身柄を合衆
国側に受け渡すという条件でした。」
「そう。能力者として・・・」
───能力者。
その言葉にオレは予感が確信へ変わった。
「やっぱりとでも言うべき・・かな? 都、アンタ能力者だったのか」
これまでの単一な点として散らばっていた断片的な情報が、今この瞬間に
すべて線で結ばれて行くような感覚。
突如受けた襲撃と襲撃者、坂崎の情報、都の過去に現れた村瀬と合衆国の影。
オレは、都の告白によって非常に合理的な納得を得たのだった。
「相馬さん、あなたも───そうなのでしょ?」
都は、これまで見せなかった穏やかで優しい笑顔を湛え、オレに確信を問うのだった。
相馬の語りかけた返還騒乱のあらまし
100年間の租借を条件とした清朝と英国の香港租借期限を迎え、返還相手であるはずの清朝が
既に崩壊している事に関し、英国国内では様々な議論が行われた。
決定打と成ったのは、歴史的事実を重視し、先の大戦前に中華国を収めていた国民主義党が
統治する国を正当な清朝後継者とする案を英国政府が採択し、現台灣党政府への返還にのみ
応じるといった姿勢で返還に関する話し合いが両国間で行われていた。
1998年7月
100年の租借を終え、英国より租借地香港が、中華国(現、台灣島政府)へ返還される。
これに対し、中華連邦が全面的に反対。民間レベルの大規模デモを始めとし、デモから発展した
散発的な戦闘が対岸、広東省・福建省を中心とした台灣島対岸の沿岸部を中心に発生した。
当初、内戦と定義し、極力内政干渉を避けるという名目で、国連各国は静観の構えだったが
ワルシャワ条約機構の忘れ形見である東側の武装が相当数連邦側に流出していることが判明。
武器の管理者であった東ロシヤはいち早く関与を否定。しかしながら中華連邦への供与は
明らかだった。
国連はこの事実をもとに、大量破壊兵器の存在が確認され次第、平和維持軍の派兵を決定した。
1998年10月
海南島沖で秘密裏に潜航していた仏国のリュビ級原潜が何者かの攻撃を受け炉心損傷。
浮上能力を残してはいたが、流入している海水で強制的に冷やされている炉心が浮上によって
冷却効果を失い、爆発的な反応を伴った放射能汚染を懸念し、艦長判断で自沈するといった
事態が発生。艦長以下乗組員30数名の命を持ってこの最悪は最小限に留められた。
この事案を引き金に、仏国は中華連邦解放軍に対し事実上の報復攻撃を準備。
これに呼応するように国連のPKO枠を飛び越え合衆国、英国及び独国始めとするNATO各国が派兵を
表明。解放軍の大量破壊兵器の所持=即、大戦状態突入と言う一触即発の事態と成った。
当時世間で囁かれていた終末論も手伝って、東ロシヤ本格参戦による第三次世界大戦の開戦や
核戦争の開始に恐怖する声が世界中で広がった。
1998年10月15日
上海市沖の孤島と九龍半島で合衆国の光学衛星が不可解な発光現象を観測。
核爆発を懸念した国連から要請を受け、合衆国は東シナ海上空に情報収集機と随伴護衛機
からなる偵察ユニットを緊急展開。結果核爆発によるものではないと判断された。
1998年11月
国連での和平協定決議が、これまでの混沌からはおよそ想像もつかない速度感でいとも容易く
採択され、返還を控えたマカオを中華連邦(大陸政府)、香港を中華国(台灣政府)で統治する
痛み分けの東西分断状態となる。
非公式ながら返還後のマカオを東中連及び香港を西中華と呼称され現代に至る。
この出来事は第二のキューバ危機やクーロン事変と呼ばれる




