2-2 三話 秋宵の逃亡者 2
1999年 同日 東京都世田谷区玉川付近
A地点からB地点まで要人を移送する。ただそれだけの単純な任務。
しかし、単純だがやるべき事は多い。コース選定に始まり、協力機関への支援
要請、本家と分家への車両借用に関する申請書類の作成などなど
うんざりするデスクワークが山盛りだ。
まぁそれでも、諜報関係お決まりの、一部屋に籠もって、盗聴盗撮を始めとした
ルーチンワークを半年間なんて仕事よりは数段マシだ───が
銃弾が飛び交う中逃げ回るってのは、おせじにも楽しくは無いなぁ。
オレたちは、拝借した車で再び川を越え、もう一度東京側へ入る。どうやら
追手らしい追手はないようだ、つまり人目も気にせずバンバン弾く奴は追って
こないって事。
但し、弾かない連中は付いて来てるような気がする。
尾行に関して、その手の本職たるオレに、はっきり認識されない様に振る舞う
連中はきっと、うんざりする程の手練だろう。そんな現状分析を巡らせながら
オレはルームミラーの角度を戻し、あえて連中を焦らすような速度で町を周回
する。
「あの・・・逃げないんですか?」
「あぁ、急がば回れってね───っと」
オレは、それまでの街流しのようなダルな運転から一気にアクセルを踏み
込み、車速はあっという間に危険域へ達する。後輪を滑らせながらも車幅一台分
の細い路地へ飛び込む。隣から小さな悲鳴が聞こえたが、気にせず100キロ超
の速度で裏路地を駆け抜ける。
「相馬さん!!上ぇ!低っ───」
「大丈夫大丈夫、任せて」
猛スピードで裏路地を進んだ先には、二子玉川駅の直下にあたる、低いガード
制限高1.8m程のそのガードを、オレたちの車がスルリと抜けた時、後方から急
ブレーキを伺わせるスキール音が夜の街に鳴り響く。遠ざかるガードの前で2台
の黒いSUVが立ち往生してるのがルームミラーで見えた。
「トッポイに~さん達が大好きな、ムキムキマッチョなアメ車は、この国では
こういうことになるのさ。」
どうやら買い被りすぎたようだ。SUVで尾行カマすような、ダセー追手を
置き去りにして、オレたちは三度橋を渡り、神奈川の夜の町並みへ姿を消す。
多摩川での銃撃戦から逃れたオレは、都を連れ川崎のセーフハウスへ
一時的に身を隠す事にした。もともとは如月と組む以前に、人心扇動の
嫌疑を掛けられた男を、監視する為に私費で借りたマンションで
セーフハウスなんて言うと聞こえはいいが、何のことはない
オレしか場所を知らないってだけの、ただの隠れ家だ。
退屈でクソつまらない日常がとんだところで役に立ったってわけだ。
如月との合流───つまりは、ハグレた仲間と焦って合流を果たすってのは
いかにも誰もが思考するだろう事だが、これは愚の骨頂。敵さんもお熱い状態で
標的がヒトっ所に集まるって事だ。状況が襲撃時に戻るだけじゃなく、お相手の
頭に血が上ってる分、むしろ悪化してると言っていい。
配達のお時間には遅れるが、ここは場が冷めるのを待ってから行動するのが
得策だろう。故に如月との合流は翌々朝〇五〇〇時、それまではお互い身を隠す
事になっている。
逃走の為にお借りした車を県道沿いのコインパーキングへ止め
近くのコンビニで食糧その他を買い込んで、翌朝まで隠れ家に籠城を
キメ込む予定だ。午前1時を回った住宅街の店内、他に客はない。
会計を済ませ、店より離れた所でタクシーを捕まえたオレたちは足早に
隠れ家へ向かう。
「・・・・」
タクシー内でもずっと、思いつめたような顔の都を、気に掛けるなって言っても
まぁ無理な話だ、写真ですらあの神々しい美しさを放っていた彼女が
絶望に沈んだ表情をしてる。
男なら、女神の傷心に寄り添って支えたくなるもんだ。
しかし、都のそれは、自身に迫るこの先の絶望だけではなく、何か───
そう───、何か伝えたいような・・・
「お客さん、着きましたよ1030円です。」
「あ─── あ、あぁ。じゃ2000円で、釣りは取っといて」
隠れ家から2本路地を挟んだ所で車を降りた。
先程からずっと彼女の手を引いているのは安全の為にほかならないのだが
女神のような彼女の手首に跡を残すのも忍びない。
オレは逆の手を引こうとしたその時、ふいに彼女が指を絡ませてきた。
只々俯いたまま。
その時、オレは気づいた。いや、気づかないふりをしていた物を
思い出してしまったって方が正しいのかもしれない。
彼女の細い指には、最近外されたであろう結婚指輪の跡がしっかり
窪みのように刻まれていた。
諜報関係の組織に囲われている既婚の彼女、夫は?子供は居るのか?
もしそうなら子供の安否は?そんな疑問を、いちいち気にしてちゃ
仕事にならんので、オレは努めて忘却の隅へ押しやっていたが
改めて認識すると結構来るものがあるな。
「死相が出てますぜチーフ」
「───!!」
隠れ家の裏で、黄色いレインコートを羽織った男の突然な声に、オレは心臓
を鷲掴みにされたような思いで腰の銃に手を滑り込ませた・・・
「坂───崎か、脅かすなよ。」
その男、坂崎は以前、オレが情報屋として使役していた元会社員だ。
雨でも無いのに黄色いレインコートを羽織るこの目立つオッサン。
そのあまりにも目立つ風体の為か、前の仕事では射的の的になった。
「おっと、勘弁してくださいチーフ、風穴開くのはもう充分ですよ。」
坂崎はそう言うと、胸元に空いた穴から指をヒョコヒョコ出し、ゆっくりと
フードを捲る。
「どうした、もう足を洗ったんじゃないのか?」
そう言いながらオレは、財布から銀行のカードを取り出した。
「へへっ綺麗なお嬢さんですこと、それよりチーフアンタ相当まずいことに
成ってますぜ」
都を覗き込む坂崎を遮る様に間に入り、カードを坂崎に差し向けた。
まぁそりゃ気にもなるだろうよ、オレがこんなべっぴんさん連れてちゃな。
当たり前のように受け取ったカードを、レインコート下に着たスーツの内
ポケットに仕舞いながら坂崎が語る。
「チーフ、アンタを追ってるのはステイツですぜ。」
「相変わらずのお祭り男だね、アンタも・・・」
その言葉に、オレは焦りより先に驚きを覚えた。なに───ステイツだと?
どうやら相当ヤバイ山に足を踏み入れちまってるらしいな・・・
顔色1つ変えずに聞くオレに、坂崎は呆れ顔でこう続ける。
「なんでも?合衆国政府の重要参考人を、アンタが誘拐したって話で、上の方
でも大騒───」
誘拐ときたか。どうやらオレは咬まされたって事か?
「──とまぁ何時もの如く、この先の支援は期待しないほうがいい様ですぜ」
「チーフ。」
「あぁ、情報どうもな坂崎、オマエもオレと接触したからには、今までどおり
身を隠せよ、今度は風穴だけじゃ済まない事になるぞ。」
「ご助言どうも、そのつもりですぜチーフ、これはその間の逃亡費でさぁ。」
坂崎は自分の胸にトントンと指を押し当ててそう言うと
そのまま通り過ぎるようにすれ違う。
「おっと、これは行き掛けの駄賃、なんでも?英国からHITMANが
入国したって話ですぜ」
「・・・ッ!!」
刺客の情報なんざにオレは動揺する事もないのだが、オレの隣にいた彼女は
オレ以上に動揺して・・・いや、違うな、それまでの失意の表情とはうらはら
な、喜びとも取れる表情を、坂崎を見送るオレに向けた。
「相馬さん、聞いていただきたいお話があります。」
彼女はそれまでオレに握られていたその手を、両手で力強く握り返し
そう語った。




