1-10 二話 裏返しの日常 3
普通じゃない加速度で振り回される体を、両手で必死に支えているその横で
男はスーツからタバコを取り出すと再び静かに火を灯した。
その光景を見た俺は、それまで当然だった日常は今や完全に裏返ってしまったのだと確信した。
二〇一八年七月二三日 夜
男との問答を続けながら、俺を乗せた小さな車はいつしか市街地を抜け北へ。
京都縦貫道を北上する車内で俺は、相変わらず頬杖を付き、男越しの車窓を
眺めていた。
視界のその男は、前だけを見つめ時折思い出したかのようにタバコに火を灯す。
「───で茜は、咲夜は無事なんだろうな?」
「無論無事だ。」
「二人は今、───何処にいる!」
「咲夜は市内の病院、茜は自宅に戻っている。」
「咲夜の容態はどうなんだ?」
「銃弾は脇腹を貫いていた、問題はない。」
「問題ない事あるかよ!撃たれたんだぞ!?」
流暢な日本語を話しているが、外人だからなのかコイツの話はいまいち
噛み合わない気がする。コイツの話には主語しか無い。
そう苛立ちを覚えながらも、一番気を揉んでいた二人の無事がとりあえず確認できた俺は
それまで知らず知らずのうちに込もっていた肩の力が少し抜けたのを感じた。
ただ、この目で確認出来ないうちは心から安心はできないけどな。
その時、男の携帯が鳴った。
これまでの男の振る舞いに全く似つかわしく無く、男の携帯には着メロが設定
されていた。あまりにもなそのギャップに思わず笑っちまいそうになった。
何だっけこの曲─── Shape of My Heart?
「チッ・・・」
目頭に険しさが宿り、舌打ちをしながら男は電話に出る。
恥ずかしいくらいなら着メロなんて入れんじゃねーよ。
「私だ」
「あぁ・・・そうか思ったより早かったな───」
「───そうか、承知した、ではそのように。」
「───エレクトラ。」
女性の名前?を呟くように語った男は今どき珍しい二つ折りガラケーを
手慣れた手付きで畳むと、スーツの内ポケットへ差し込みこういった。
「小僧、スマートフォンを持っていたな、貸してみろ。」
はいはい、わかりましたよ。って素直に渡すとでも思ってんのか?
これが拉致だったとしたら、真っ先に俺の連絡手段を断つだろうさ・・・
だけど、まぁコイツの事だからそれが目的なら、部屋で俺が撃たれて卒倒
してる間に俺のスマホは奪われているだろう。
全くもって不本意ながら、俺はこの男の行動に関してある一定の
信頼を置いてしまっていた。
「───ほらよ。」
俺は男の言う通りスマホを取り出して男に渡す。
運転しながらも俺のスマホを片手で器用にも操作する男を見て思わず
「使えないわけじゃねーんだな・・・スマホ」
思わず呟いてしまった。その瞬間、男の眉間が鋭くなる。しまった・・・
もしかして怒らせた?また俺様のデコを撃つんじゃねーかコイツ・・・
「小僧つけられたな。」
想像とは違ったようで、慰みとも諦めとも取れる顔つきで運転しながら男はそう語ると
俺の膝に放り投げるように男はスマホを返してよこした。
なっ!なんてことすんだよ!借りもんだぞコレ!
また壊れたらどうすんだよオラァ!
「着信履歴を見ろ。」
そう言うと男はそれまで緩めていたアクセルを踏みしめた。
徐々にその車には似つかわしくない速度域に達する。
ちょ!はえーよこの国には法定速度ってのがあんだよ!
えっと何、着信履歴?
突然なんだ?
俺のスマホは今、修理に出している間店から借りた代替え機だ。
故に今スマホには過去数時間分の履歴しか無いはず。
そう思いながら着歴のタブをタップした。
多分入院中の検査かなんかの間に掛けてよこした咲夜からの着信しか無い
はずだけど───
1.7/23 10:32 宮田 咲夜
2.7/23 10:33 宮田 咲夜
3.7/23 10:42 宮田 咲夜
4.7/23 10:56 宮田 咲夜
5.7/23 11:12 宮田 咲夜
6.7/23 11:41 宮田 咲夜
ほらな、小宮田さんの名前だけじゃねーか・・・・ん?何だこれ
昼には二人の事で気づかなかったが、その限られた着信履歴の中に
違和感を覚える表示が目に入る。
7.7/23 @208.33 非通知着信
時間の表示、バグってね?・・・何?非通知着信?一体誰だ。
懐疑的な顔でスマホを見る俺に男はこう続けた。
「携帯の電源を切りSimを抜いてグローブボックスへ」
即物的なその言葉に一層怪訝な表情となる俺に男は、一点を見つめるように
前を向き、ハンドルを捌きながら顎で「ヤレ」と言う。
全く意味が解らないながらも俺が、言われたとおりスマホを処理したのを
男は横目で確認すると、ため息を一つつき語り始めた。
「咲夜のおかげでおおよその時間はわかった。」
「hackされた携帯を通じ全て筒抜けだったようだな。」
はーいィ?まてよ、ハック?筒抜け、一体誰に?
<バシャン!>
その瞬間、唐突なる衝撃。
疑問符顔の俺は後ろから突き刺すような殺意に思わず後ろを向く
「なっ───!追突ッ!?」
~~~ ~~~ ~~~
男の小さな車には似つかわしくない速度域での追突。
普通ならバランスを崩してスピンする所を男は、あたかも則していたかの如く
器用にハンドルを操作し立て直す。
「いッ!一体な───
「口を閉じていろ、舌を噛むぞ!」
殺意を元に追突した日本車の黒塗りのセダン、その後ろにもう一台同じ車が俺たちを
追っている。アホか!アニメか映画か何かのワンシーンかよ!
普通じゃない加速度で振り回される体を、両手で必死に支えているその横で
男はまるで街を流してるような気味悪い落ち着きで、スーツからタバコを取り出すと
再び静かに火を灯した。
俺はこの非日常の欲張りセットを改めて見せられ、もはや呆れも通り越して
どうにでもしろって気にすらなる
すると、道のしばらく先に闇夜の中で煌々と輝く赤い連星のようなテールランプ
が見えた。
その車は徐々にこちらの車に速度を合わせ、俺達の真横に付く。
並走する車に向かって男は小さく頷いたかと思うと隣の高級車の上、サンルーフ
より、ゆっくりと人影が現れた。
隣の男と同じように、フォーマルな影を纏った女性がサンルーフよりそれを
携えせり上がる。
その非常識な光景を前にしても、
俺の隣の男は全く意に介さず、咥えていたタバコを手に取るとゆっくりと窓を開く。
「なんなんだよコイツら!アレも敵なのかよッ!!」
「はしゃぐな。口を閉じていろ。」
男はそう俺を制すると、窓からそれまで燻らせていたタバコを指で弾き飛ばす。
刹那、並走していたその高級車が前転するんじゃないかって位にハードブレーキで
追跡車の横へ。次の瞬間にはショートボブに揃えられた赤毛を走行風でオールバックにしながら
女性は捕鯨銛のような武器をを追跡車に打ち込んだ。
<バンッッ!>
為す術無く前輪を貫かれた追跡車は、右へ向いたかと思うと、その車格から
想像もできないような軽快さで空を舞う。
間髪入れずに次弾を装填する女性にターゲットを変えたもう一台の追跡車は
横っ飛びするような挙動で車線を変え女性の乗る高級車の後ろへ。
次の瞬間にはその助手席から男が身を乗り出し、女性の車に向けてマシンガン?
を発砲した。
「あぶっ!───オィ!!あの人撃たれてるぞッ!!」
女性の乗る車の前を走る車内から、俺はその非日常なる光景を片時も離さず
注視せずにはいられなかった。
奴らの放った銃弾は、彼女の高級車を捉えると同時に火花になり、連写する
フラッシュのごとく影のような彼女を照らす。
その瞬間、銛を放つ彼女の肩が衝撃を受け流し、携えた大砲?が上を向いたかと
思うと同時に、もう一台の追跡車も空を舞う。
あっという間に二台の追手を料理した彼女は、ゆっくりと再び
こちらの横に並び付くと、風に乱れるその妖艶な赤毛をかき上げながら横目でこちらを見る。
俺の隣の男が小さく頷くと彼女は静かに高級車の車内へ姿を消した。
「小僧、車の運転は出来るか?」
突然、男が今までの出来事がまったく別世界の出来事であったかのような
口調でそう言う。
「は?───でっ、出来ねーことはないと思うけど・・・」
「どっちだ」
「ヤれと言われりゃヤるさッ!無免だけどなァ!!」
「結構。」
そう言うと男の小さい車は、彼女の超高級車を引き連れて京都縦貫道を降りる。
丹波インターを降りた二台の外車は程なく近くのドライブインへ
ドライブインなんて言うときこえがいいけどな、何の変哲もない道の駅だ。
修羅場を抜けた二台がその駐車場へ滑り込むと、またもや日常とは
程遠い怪しい車が目に入る。
腕を組み、その車のボンネットに腰掛けるように佇む男性。
爺さんと呼ぶには若い気もする。執事?そう例えれば全て納得の行くような
白い口髭をたたえたその男性は、こちらを見るとゆっくりと腰を上げ俺に近づいてくる。
また黒服かよ・・・登場する連中がいちいち芝居がかってやがる。
「小僧、ここからは別行動だ。」
「はぁ!?こんなとこまで連れてきて別行動だと?」
そういう俺に説明も釈明もなく、男は執事が腰掛けていた高級車へ向かう。
「小僧、その車は預ける。無傷で返せよ。」
後ろ姿で振り返りもせずそう言い残すと、デコ撃ち男はするりとアヤシイ車へ乗り込む。
ボーゼン───
するしかなかろうよ!どうしろってんだ全く!!
そう呆れ返っていた俺に今度は執事のような紳士が近づき
物腰柔らかく俺に語りかけてきた。
「初めまして、ミスターマコト。」
「私が君のTeacher、ロイド・ギャラガーだ宜しくな」
その紳士は、整った立ち振る舞いに似つかわしくない砕けた口調で若干
拍子抜けする。Teacher?何のことだ?俺はあんたらから何を学ぶって
いうんだ、殺し方でも教わるのか?
そう心にした瞬間、その男性は頷きながら語リ始める。
「当たらずといえ遠からずだなミスターマコト、これから君はこの世界を学ぶ
のだよ、そう世界の有り様をネ。」
しまった、またうっかり口に出てたのか?
拍子抜けした表情を確認するかのように、その先生はフフフと笑みを浮かべ
それまで俺が座っていた助手席へ乗り込んだ。
「さぁ行こうかミスターマコト、世界を知る旅へ」
一方的な展開に目眩がしそうだ。
で、俺が───運転するのか?
二話 裏返しの日常 終




