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第32話:ふたりきりの昼下がりと、バニラとろける黄金トースト

森の木々が青空を仰ぐように枝葉を広げ、初夏の強い陽光をたっぷりと受け止めていた。

普段の早朝であれば、斧を振るうジークフリートの力強い薪割りの音や、慌ただしく駆け込んでくる副官クラウスの甲高い声、あるいは腹を空かせた新米騎士ヨハンの賑やかな足音が響いているはずの広場。

だが、正午を大きく回ったこの時間帯は、まるで世界全体が心地よい微睡(まどろ)みの中に沈み込んだかのような、深い静寂に包まれていた。

風が渡るたび、木々の梢がさわさわと擦れ合い、遠くの谷底からは小鳥の澄んださえずりが微かに届く。

先日、ジークフリートと二人で張り替えたばかりの網戸のおかげで、開け放たれた窓からは森の清々しい青葉の香りと涼風だけが室内に流れ込み、不快な羽虫の羽音ひとつ聞こえない。

机の隅に置かれたアロマキャンドルから、シトロネラとハッカの清涼な香りがふわりと漂っている。


ナラのウッドデッキの涼しい日陰では、純白の神獣ベルが、長々と四肢を伸ばして床板に身を預けていた。

「ふしゅる……」と心地よさそうに鼻を鳴らし、時折、夢でも見ているのか短い尻尾をパタパタと揺らす。

そんな穏やかな昼下がりの静寂を、カツ、カツと、ウッドデッキの階段を上る控えめな軍靴の音が揺らした。


「……あ、ジークさん」


ログハウスのキッチンスペースでグラスを拭いていた真昼が顔を上げると、網戸越しに長身の人影が見えた。

扉が静かに開かれ、入ってきたのはジークフリートだった。

だが、今朝の姿とはまったく異なっていた。

重装甲冑はもちろんのこと、襟元をきっちりと留めた濃紺の隊服すら身につけていない。

柔らかな生成りのリネンシャツに、黒いスラックスのような細身のズボン。腰の重厚な剣帯も外され、肩掛けの革ベルトも解かれている。金糸の髪は朝の鍛錬のあとに洗い流したのか、毛先がわずかに湿り気を帯びて、陽光を浴びて柔らかく波打っていた。

いつも纏っている、触れれば切れそうなほどの鋭い威圧感は綺麗に抜け落ち、どこか年相応の青年の素朴な佇まい。


「……邪魔を、するだろうか、真昼」


ジークフリートは扉の縁に手を添え、少しだけ気まずそうに青氷の瞳を彷徨わせた。


「今日は……騎士団の定例非番の日でな。クラウスもヨハンも、街の宿舎で死んだように泥睡している。……砦の執務室にいようと思ったのだが、どうにも落ち着かず……気がつけば、足がこちらへ向いていた。……迷惑だっただろうか」

「ううん、迷惑なんてとんでもないです! どうぞ入ってください」


真昼が満面の笑みで手招きすると、ジークフリートは目に見えてホッとしたように胸を撫で下ろし、音を立てずに室内へと足を踏み入れた。

部下たちを引き連れていない、完全に一人きりの訪問。

彼が非番の昼下がりに、こうして私服のような姿でふらりとやってくるのは、初めてのことだった。

足元で寝そべっていたベルが、片目だけをうっすらと開けてジークフリートを一瞥し、「なんだ、お前か」とでも言うように短く鼻を鳴らすと、再びすやすやと眠りに落ちていく。神獣にとっても、今のジークフリートに警戒すべき殺気など微塵もないことが分かっているのだ。


「朝ごはんの時みたいに、大勢でワイワイ食べるのも楽しいですけど……たまには、こういう静かな昼下がりもいいですよね」

「ああ……。鳥の声と風の音しか聞こえん。……驚くほど、心が静まるな」


丸太のテーブルの椅子に腰を下ろしたジークフリートは、深く息を吐き出し、窓から差し込む初夏の光を眩しそうに目を細めて見つめた。

その横顔には、名門貴族の重圧や、辺境の防衛を一手に背負う将としての険しさはなく、ただ日々の激務に疲れた青年が、ようやく羽を休める場所を見つけたような安堵が滲み出ていた。

そんな彼の姿を眺めながら、真昼はエプロンの紐をキュッと結び直した。


「ジークさん。お昼ご飯、まだ食べてないですよね?」

「……朝の残りの乾パンを、少し齧った程度だ。休日は身体を動かさんからな、あまり腹も減らん」

「ダメですよ、そんな味気ないものじゃ。……ねえ、ジークさん。たまには、朝ごはん以外で、甘いものでも食べませんか?」


真昼が悪戯っぽく微笑みながら提案すると、ジークフリートは青い瞳をパチクリと瞬かせた。


「甘いもの、か? ……先日、クラウスが狂乱していたような、あの焼き菓子のようなものか?」

「ふふ、あれよりもっと柔らかくて、温かくて、とびきり甘いやつです。……実はね、昨日の夜から、あっちの世界でじっくり仕込んできた秘密のメニューがあるんですよ」


真昼はそう言うと、奥納戸の押し入れゲートへ向かい、現代の古民家の台所へと足早に渡っていった。


***


古民家の冷蔵庫を開け、真昼が大切そうに両手で取り出したのは、ガラス製の大きな密閉バットだった。

蓋を開けた瞬間、ふわりと立ち上ったのは、濃厚な牛乳と卵、そしてきび砂糖が織りなす、どこまでも甘やかで優しいカスタードの香り。


「よし……! 完璧に、芯まで吸い込んでる!」


バットの中に沈んでいたのは、二枚の分厚いパン――現代のベーカリーで仕入れてきた、厚さ四センチはあろうかという『四枚切り極厚食パン』だった。

昨夜、真昼が仕込んだ特製の卵液。

新鮮な平飼い卵を三個、泡立て器で白身のコシを丁寧に切り、そこへ成分無調整の濃厚な牛乳を百八十ミリリットル。さらにコクを深めるための生クリームを大さじ二杯、丸みのある甘みを出すきび砂糖を大さじ二杯、そして風味づけのための本物のバニラビーンズペーストをほんの少々。

その黄金色の液体に、極厚食パンを前夜からじっくりと浸しておいたのだ。

途中で一度だけ上下を返し、一晩かけて冷蔵庫の冷暗所で休ませたパンは、もはや元のパンの面影をとどめていなかった。

四センチの分厚い生地が、黄金の卵液を一滴残らず吸い尽くし、トングで持ち上げようとすれば自重で崩れてしまいそうなほど、ぷるぷる、とフルーチェのように揺れている。

指先で触れれば、まるで上質なプリンそのもの。


「これを持って……異世界へ!」


バットを水平に保ちながら、真昼は再び押し入れゲートを越えて、異世界のログハウスへと戻った。


***


台所に立った真昼は、鍛冶師バルトが組み上げてくれた『石造り二連かまど』の前に立った。

右側の火床に、細く割った乾燥ナラの薪を一本だけくべる。

吸気弁を細く絞り、炎を立ち上がらせず、熾火のじんわりとした、だが途切れることのない「極弱火」をキープする。

黒鉄の天板の上に、肉厚のテフロン加工フライパンをどっしりと据えた。


「フレンチトーストは、絶対に強火で焼いちゃダメ。……弱火で、じっくり蒸し焼きにするのが最大の秘訣!」


フライパンがほんのりと温まったところで、真昼は包丁で切り分けた上質な『無塩バター』を、贅沢にも二十グラム投入した。


――ジュワァァッ……。


心地よい音とともに、黄色いバターがフライパンの表面を滑るように溶け広がる。

焦がしてはいけない。バターが白く細かい泡を立て、部屋中に芳醇なミルクの薫香が立ち上った瞬間を見計らい、真昼は両手で優しく、卵液を吸い尽くした極厚食パンをフライパンの中央へと滑り込ませた。


――ジュゥゥゥ……。


耳を澄まさなければ聞こえないほどの、極めて静かな、優しい焼き音。

分厚いパンの底面が、溶けたバターの海をじわりと吸い込んでいく。

真昼は素早く、フライパンの上にぴったりとガラス蓋を被せた。

ここからが、忍耐の時間だ。


蓋の内側に、閉じ込められた水蒸気が白く立ち込め、ガラスを曇らせていく。

密閉されたフライパンの内部で、卵液に含まれた水分が蒸気となり、熱風となってパン全体を包み込む。

ただ下から焼くだけではない。スチームオーブンの原理で、四センチの極厚生地の芯まで、均一に、優しく熱を届けていくのだ。

じっと待つこと、約六分。

蓋の隙間から、バターが香ばしく焼ける匂いと、甘いカスタードの香りが、湯気とともにふわりと漏れ出してきた。


「よし、ひっくり返すよ……!」


真昼は蓋を取り、フライ返しを二本使って、崩れそうなほど柔らかいパンの両脇をそっと支えた。

手首のスナップを利かせ、一気に裏返す。


――パフッ。


「……わぁっ……!」


思わず真昼の口から歓声が漏れた。

現れた底面は、息を呑むほどに美しい、完璧なグラデーションを描いていた。

中央は鮮やかな山吹色、そして縁に向かうにつれて、バターがこんがりと焦げた魅惑的なキツネ色の焼き目。均一に熱が通った証拠に、まだらな焦げなど一箇所も存在しない。

再び蓋をして、弱火のままさらに五分。

内部の卵が熱によって膨らみ始め、極厚のパンが、まるで焼きたてのスフレケーキのように、ぷっくりとドーム状に大きく膨らんでいく。


その間に、冷たい相棒の準備だ。

真昼はガラスのトールグラスに、現代の古民家の冷凍庫から運んできた透明な角氷をぎっしりと詰め込んだ。

そこへ、深煎りの珈琲豆を昨夜から時間をかけて抽出しておいた、漆黒の『水出しアイスコーヒー』を静かに注ぎ入れる。

カラン、コロン……。

涼やかな氷の音が響き、漆黒の液面に白い冷気が立ち上る。甘いトーストの最高のパートナーだ。


「……焼けた!」


タイマーが鳴ると同時に蓋を外す。

ボワッ、と立ち上る白い蒸気。

フライパンの上には、黄金色に輝き、フライパンを揺らすとプルプルとプリンのように震える、極上のフレンチトーストが鎮座していた。

真昼は温めておいた白磁の大きな平皿の上へ、崩さないよう慎重にトーストを滑り落とした。

厚みは、焼く前よりもさらに増し、五センチ近くにまでふっくらと膨らんでいる。


そして――ここからが、至福の仕上げだった。


「これがないと、始まらないよね!」


真昼が保冷容器から取り出したのは、現代のスーパーで買ってきた、乳脂肪分の高い『濃厚バニラアイスクリーム』のカップ。

アイスクリームディッシャーを使い、カチカチに冷えたバニラアイスを、まあるく、たっぷりとひとすくい。

それを――熱々で湯気を吹き上げる、黄金色のフレンチトーストのど真ん中へ、どんと乗せた。

冷たい純白の球体と、熱い黄金のトースト。

乗せた瞬間から、温度差によってアイスの底面がジュワリと溶け始め、白いソースとなって黄金の生地の表面を滑り落ちていく。

極めつけに、ガラス瓶に入った本場カナダ産の『メープルシロップ』。

真昼は瓶を傾け、アイスの頂点から、琥珀色のとろりとしたシロップを、惜しげもなく、たっぷりと円を描くように回しかけた。


――トローリ……。


熱い蒸気に温められたメープルシロップが、独特の深くスモーキーな樹液の香りを爆発させる。

溶け出す白いバニラアイス、琥珀色のシロップ、そして香ばしい焦がしバターの匂い。

暴力的なまでの甘美な薫香が、ログハウスの部屋中を一瞬にして制圧した。


「ジークさん、できましたよ!」


真昼は銀色のフォークとナイフを添え、大きなお盆を抱えてテーブルへと運んだ。


***


「…………っ!?」


テーブルの上に置かれた一皿を見た瞬間、ジークフリートの喉仏が、ごくりと大きな音を立てて上下した。

白磁の皿の上で、熱々の湯気を濛々と立ち上らせている、見たこともない黄金の塊。

皿がテーブルに置かれた振動だけで、その分厚いパンは、まるで生き物のようにぷるん、ぷるんと柔らかく震えていた。

表面には、香ばしいキツネ色の焼き目。

その頂上で、熱さに負けてとろりと崩れ落ちていく純白の冷たい氷菓。

そして、全体を艶やかに覆い尽くす、琥珀色に輝くシロップの滝。


「……こ、これは……」


ジークフリートは息を呑み、思わず身を乗り出した。

青氷の瞳が、驚愕と、戸惑いと、そして抗いがたい魅惑に揺れ動いている。

王都の名門貴族として、彼もまた数々の夜会で贅を尽くしたデザートを目にしてきた。

だが、宮廷のパティシエが作る菓子は、どれも貴族の虚栄心を満たすための、砂糖細工や金箔で飾り立てられた冷たく気取ったものばかりだった。

目の前にあるこれは、まるで違う。

熱気と、冷気。

湯気と、溶け出すクリーム。

命の温もりそのものを皿の上に凝縮したかのような、原始的で、圧倒的な誘惑。


「……これは……なんという、背徳的な見た目だ……」


ジークフリートの口から、掠れた呟きが漏れた。

騎士としての規律。清廉潔白を旨とする自制心。

それらの理性という名の防壁が、立ち上るメープルと焦がしバターの甘い匂いを前にして、音を立てて崩れ去っていく。


「ふふっ、背徳的だなんて! たまの休日に食べる甘いものは、心の栄養ですからいいんですよ。……アイスが全部溶けちゃう前に、熱いうちにどうぞ!」


真昼が銀色のナイフとフォークを手渡すと、ジークフリートはぎこちなく頷き、胸の前で手を合わせた。


「……い、いただきます」


彼は迷うことなく、右手のナイフを、ぷるぷると震える黄金色のトーストの中央へと当てた。

力を込める必要など、最初からなかった。

――スゥッ……。

まるで温かい水の中に刃を滑り込ませたかのように、何の抵抗もなく、ナイフが五センチの厚みをすうっと通り抜けていく。

パカッ、と切り分けられた断面。

その瞬間、ジークフリートは目を見張った。

パンの芯まで、白い部分は一ミリたりとも残っていなかった。

完全に卵液を吸い込んだ生地は、まるで極上のカスタードスフレのように濃い黄色に染まり、断面からじゅわりと、温かいミルクとバターのエキスが溢れ出していたのだ。


ジークフリートがナイフを入れたことで、頂上に乗っていた冷たいバニラアイスが、とろりと崩れ落ちた。

熱い断面の割れ目へと、冷たい白いクリームが滝のように流れ込み、メープルシロップと混ざり合って、生地の中へとみるみる吸い込まれていく。

ジークフリートはフォークで、アイスとシロップをたっぷりと絡めた、大振りのひと切れを持ち上げた。

重みでふるふると震える黄金の塊を、大口を開けて口の中へと運ぶ。


――ハフッ、ジュワァァァッッッ……!


静かなログハウスに、濃密な吐息が漏れた。

次の瞬間。

ジークフリートの全身の筋肉が、ビクンと痙攣するように硬直した。


「……………………ッッ!?」


青氷の瞳が、限界を突破して見開かれる。

咀嚼する必要など、微塵もなかった。

舌の上に触れた刹那、温かい生地が、まるで朝露のように儚く、ほろりとほどけて消えていったのだ。

そして、口いっぱいに爆発したのは――味覚の奇跡だった。


(な……何だ、これは……ッ!? 熱い……いや、冷たい……!?)


まず舌を打ったのは、外側の焦がしバターの香ばしい塩気と、熱々のカスタード生地のとろけるような温もり。

だが、その直後に押し寄せてきたのは、冷たくて濃厚なバニラアイスの、ミルキーで澄み切った冷涼感!

温かさと、冷たさ。

ふたつの相反する温度が、口の中で激しくせめぎ合い、混ざり合い、信じられないほどの快感となって脳髄を直撃する。

そして、それらすべてをひとつにまとめ上げているのが、メープルシロップの深くスモーキーな樹液の甘みだった。

有塩バターの塩気が、アイスとシロップの甘みを限界まで引き締め、くどさや嫌味を一切感じさせない。

噛むたびに、パンの繊維から溢れ出すのは、もはやパンではなく、温かいカスタードクリームそのもの。


「……っ! あ……う……美味い……ッ!!」


ジークフリートの喉から、呻きのような絶叫が漏れた。

その端正な顔立ちが、かつて誰も見たことがないほど、蕩けそうに緩んでいく。

冷徹無比な騎士団長。感情を殺し、鉄の規律に生きてきた男が、今やただの一人の青年の顔をして、至福の甘美さに魂を奪われていた。


「パンではない……! これは、まるで温かいクリームの塊をそのまま食んでいるかのようだ……! 熱い生地と、冷たい乳の氷菓が……口の中で溶け合って……消えていく……ッ!」


ジークフリートの手は、もはや止まることを知らなかった。

ナイフで大きく切り分け、溶け出したアイスとメープルを皿の底から余すところなく絡め取り、次から次へと口へ放り込んでいく。

ハフハフと熱い息を吐きながら、冷たいアイスの甘みに目を細め、夢中でフォークを動かす騎士団長。

そこへ、真昼が笑顔でグラスを差し出した。


「ジークさん、この冷たい珈琲も飲んでみてください!」


促されるまま、ジークフリートはグラスを持ち上げ、水出しアイスコーヒーを口に含んだ。

カラン、と氷が涼やかな音を立てる。

ず、ずずっ……。

喉を駆け抜けたのは、キリリと冷えた漆黒の液体。

深煎り珈琲特有の、深く澄んだ苦味と、スモーキーなロースト香。

それが、フレンチトーストの濃厚なバターと甘みで満たされていた口内を、一瞬にして爽快に、キリリと引き締めたのだ。

甘みを味わい、苦味で洗い流す。

そして再び、新たな一口への欲望が爆発する。


「……っ! この黒い冷茶……苦味が、この菓子の甘みを何倍にも引き立てている……! たまらん……無限に食べられてしまうぞ……!」


皿の上の極厚トーストは、まるで陽光を浴びた雪のように、恐ろしいスピードで消滅していった。

最後の一口を名残惜しそうに飲み込み、皿に残ったメープルとアイスの混ざり合ったソースまでフォークで綺麗に拭って平らげたジークフリートは、フォークを置き、天を仰いだ。


***


「……ふはぁぁぁぁぁっ……!」


ジークフリートの口から、深くて甘い、魂の底からのため息が漏れ出た。

背もたれに深く身体を預け、お腹のあたりをそっとさすりながら、夢見心地の表情で天井の太い梁を見上げている。

その頬はほんのりと桜色に上気し、青氷の瞳には、木漏れ日のような柔らかで温かな光が満ちていた。


「……ごちそうさまでした。……真昼、こんな美味い菓子は、我が人生で初めてだ。全身の力が、ふわりと抜けていくようだ……」

「お粗末様でした! 喜んでもらえてよかった。……たまには、こうやって自分を甘やかす時間も大切なんですよ」


真昼が空になった皿を片付け、冷たいお茶を淹れ直して戻ってくると、ジークフリートは照れくさそうに口元を緩め、両手でグラスを受け取った。


窓の外では、初夏の風が森の木々を静かに揺らし、木漏れ日がナラの床板に優しい光の粒を落としている。

網戸を通る風は涼しく、室内にはメープルとバニラの甘い薫香が、穏やかな名残のように漂っていた。

足元では、すっかり満腹になって真昼から鰹節をもらったベルが、ウッドデッキの真ん中でへそ天になり、無防備にお腹を晒して高いびきをかいている。

誰も邪魔する者のいない、ふたりきりの静かな午後。


「……真昼」

「はい?」

「……次の非番の日も、またこうして……訪れてもよいだろうか」


ジークフリートはグラスを見つめたまま、耳の先端を林檎のように赤らめて、消え入りそうな声で尋ねてきた。

その不器用で、いじらしいまでの真っ直ぐさに、真昼の胸の奥がトクンとあたたかく跳ね上がる。

真昼は優しく、満面の笑みを返した。


「もちろんです! 次は、もっと美味しいおやつを作って待ってますね」

「……うむ。楽しみにしている」


木漏れ日が揺れる森の小さなログハウスで。

甘いフレンチトーストの温もりとともに、ふたりの静かな時間は、初夏の風に乗って、どこまでも穏やかに流れていったのだった。

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