7話 報告
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リラがようやく穏やかな寝息を立て始めた深夜、暖炉の前には七匹が円を描くように集まっていた。
「報告を」
ルナの声に促され、ネロが静かに頭を垂れた。
「朝から続いていた隠蔽への干渉は、日暮れ前にはすべて途絶えております。周囲も見回ってまいりましたが、今はいつもの夜と変わりございません」
「鳥たちは、もういないのかい?」
「はい。リラ様が窓を閉じられた直後、一羽が迷いなく森を離れ、ほどなく残っていた鳥たちも飛び去りました」
セナは昼間リラが開けた窓へ目を向け、ゆっくりと耳を伏せた。
「……リラを見つけたから?」
「その可能性が高いかと」
ネロの言葉に、それまで俯いていたノエルの肩が小さく震えた。
「僕がもっと早く止めていれば……」
「ノエルは悪くないよ。あたしのせいかも」
テトが前脚を揃えたまま、落ち着かなげに尾先を動かした。
「今朝の巡回で、ネロの影が戻れって知らせに来たあと、しつこくついてくる鳥に気づいたんだ。家とは反対の沢まで引きつけて撒いたけど、この辺りまでは目星をつけられちゃったのかも……」
「誰のせいでもないよ。ノエルはすぐにリラを止めようとしてくれたし、テトも鳥を家から遠ざけてくれた。二匹とも、できることをしてくれたんだ」
ルナはノエルとテトを順に見つめた。二匹の強張っていた表情が、わずかに緩んだ。
「気にかかるのは、リラを直接見た一羽だ。あれだけは、ほかの鳥とは目的が違ったのかもしれない」
レオはしばらく黙っていたが、やがて何かに気づいたように顔を上げた。
「今回は鳥で、一昨日、森でリラを見てたのは魔法の目だって話だったよな? もしかして、探ってる奴が違ぇのか?」
「その可能性は高いね。これまでリラを探していたのは、フェリシテ王国だった。あの魔法の目なら、僕が見破って消すことができる」
ルナはレオから視線を外し、暖炉の火へ目を落とした。
「けれど、今回は本物の鳥だ。あの探り方は、おそらくロウェル王国のものだろう」
「ロウェル王国? そりゃどこだ?」
レオが怪訝そうに耳を傾けると、セナが口を開いた。
「私たちが今いるレオパルド王国の北西に接する学術国家よ。各国から学生を受け入れるストリクス魔術院があって、どの国にも肩入れしない中立の立場を守っているの」
「中立なら、何がまずいんだ?」
レオの問いに、今度はルナが答えた。
「ロウェルでは、確かだと認められた情報は正式な記録となり、各国へ公開される。それが、中立国としての信用を支えているんだ。リラのことも公になれば、フェリシテへ伝わる」
話を聞いていたトウカが、不安そうに身を乗り出した。
「じゃあ、リラが生きてることも、この家のことも、みんなに知られちゃうの?」
「まだ、あの一羽がロウェルのもとへ戻ったと決まったわけではないよ。たとえ報告されても、すぐに正式な記録になるとは限らない」
ルナはそう答えたものの、声から緊張が消えることはなかった。
「けれど、何も伝わっていない方へ賭けることもできない。森の奥まで入れる兵がいなくても、あの町を見張ることはできるし、魔法の目や別の追手を差し向けることもできる。一度居場所を知られれば、ここで今までどおり暮らし続けるのは危険だ」
暖炉の中で薪が小さく爆ぜ、誰もすぐには口を開かなかった。やがてセナが顔を上げ、ルナを真っ直ぐに見つめた。
「いつでも発てるように、準備を始めるのね」
「そうだね。明日もう一度町へ行き、長旅に備えて装備と物資を揃えよう。リラには、まだ旅立つ理由を伏せておくよ」
トウカが勢いよく立ち上がった。
「町へ行くなら、ぼくも行く! 今度こそリラを守るんだ!」
意気込むトウカに、ノエルは穏やかに首を振った。
「トウカ、町へ行くのはルナ様とレオに任せよう。昨日の白いものを直接見たレオなら、また何か起きてもすぐに対応できる。まだ、あれが何なのかも分かっていないんだから」
ノエルの言葉を受け、セナもトウカへ顔を向けた。
「そうね。私は保存食と薬を確認するわ。薬瓶や布も煮沸しておきたいから、トウカには湯を沸かすのを手伝ってもらうわね」
「……わかった」
トウカは不満そうに耳を伏せながらも、セナの隣へ座り直した。
「あたしは家の周りを見ておく。戻ってくる鳥がいないか、ちゃんと確かめるよ」
テトが胸を張ると、ルナは頷き、最後にネロへ目を向けた。
ネロがきちんと揃えた前脚には、まだわずかな震えが残っていた。
「朝から隠蔽を保ちながら、周囲の見回りまでしてくれたね。ありがとう、ネロ。身体は動くかい?」
「問題ございません。明朝、リラ様には冬支度の買い出しとして、町行きをお勧めいたしましょう」
ネロがいつもどおり深く頭を垂れると、ルナは静かに頷いた。
「そこは頼むよ。でも、今夜はもう休んでくれ」
ルナはリラの寝室へ続く暗い階段を見上げた。
守るために伏せてきた真実を、リラへ告げる時はもう遠くなかった。
――――
同じ頃、リラたちの暮らす森から遠く離れた高台に、古びた石造りの建物が立っていた。
月明かりの差し込む窓から一羽の大きな鷲が滑り込み、壁際の止まり木へ降り立つと、部屋の中央へ向けて鋭く鳴いた。
そこには帳簿や記録石を積んだ大きな机が置かれており、その前で書き物をしていた男が手を止めて面倒そうに顔を上げた。
「白い髪の子どもが、猫と一緒にいた? 深翠の森で?」
鷲は翼を広げ、もう一度強く鳴いた。
「ふぅん……それ、ちゃんと見たの?」
返ってきた鳴き声に、男は机の端に置かれた未使用の記録石へ手を伸ばしかけた。
しかし、小さく欠伸を漏らすと、その手を引いた。
「一瞬って……気のせいじゃないの?」
鷲は不満げに嘴を鳴らした。
「そんなに気になるなら、次にあの辺りを回るとき、もう一度確かめてきてよ。明日は別の区域を巡回する日だろ?」
鷲は翼をわずかに持ち上げ、抗議するように鳴いた。
「仕方ないじゃないか。確かめもしないで記録には上げられないんだから」
男はそう言って、書きかけの帳簿へ視線を戻した。
鷲はしばらく男を睨んでいたが、やがて諦めたように羽繕いを始めた。




