35話 招請状
朝食を終えて間もなく、クレマン国王から呼び出しがあった。
ルナ以外の六匹には王族専用の相棒庭園で過ごしてもらい、リラはメルの案内で執務室へ向かった。
扉の前で執事がリラを迎えると、メルは一礼して引き返した。
「失礼いたします」
リラはルナを抱き上げて一礼し、部屋へ入った。
窓辺の止まり木で、一羽の大きな鷲がこちらへ向き直った。
その眼差しと、翼を畳んだ姿には、どこか見覚えがあるように思えた。
鷲は首を伸ばしかけたが、リラの腕の中のルナへ目を向けると、ぴたりと動きを止めた。
やがて翼を身体へ寄せ直し、深く頭を垂れた。
ルナは鷲へ顔を向け、ゆっくりと瞬きをした。
「来たか。こちらへ」
机の向こうから国王に声をかけられ、リラは慌ててそちらへ向き直った。
勧められた椅子に腰を下ろすと、ルナを膝へ落ち着かせ、背筋を伸ばした。
「そなた宛ての書状が届いておる。モロー」
呼ばれた執事は、蓋の開いた書類筒のそばから数枚の書類を取り上げ、リラのもとへ運んできた。
「こちらでございます」
「ありがとうございます」
リラは両手で受け取り、重なった書類を机の手前に置いて、一番上の書状を開いた。
——リラ・フェリシテ様。
思いがけない宛名に、リラはその一行をもう一度読み返した。
フェリシテで生まれたことはもう知っていたが、あの国では、生まれて間もなく死んだことになっているはずだった。
どうして、その名前で自分へ手紙が届くのだろう。
「どうした、リラ」
「あの……どうして、私がフェリシテの生まれだと知っているのでしょうか」
国王へ書状の宛名を向けると、そばにいたモローも目を落とした。
「ストリクス魔術院からのご案内のようでございます。あちらの鷲も、魔術院の紋章を着けておりますね」
リラが窓辺へ目をやると、鷲の胸元には、紺色の紐で薄い円形の飾りが留められていた。
藍色の飾りには、梟と開いた本を組み合わせた紋章が、鈍い銀色で刻まれていた。
書状にも同じ紋章を見つけ、リラはその下へ続く文字を読んだ。
丁寧な挨拶のあとに、自分をストリクス魔術院へ招くという言葉があった。
最後まで目を通し、もう一度その一節へ視線を戻した。
「……入学のお誘いのようです」
ほかの書類を確かめると、入学案内と、末尾に署名欄のある入学承諾書だった。
リラが招請状を差し出すと、国王は受け取って読み、机の上へ置いた。
「そなたの生まれだけでなく、今ここにいることも承知しておるようだな」
「ここへ来たばかりなのに……どうして分かったのでしょうか」
国王が窓辺へ目を向けたので、リラも鷲を見た。
「あの鷲を、どこかで見かけたような気がします。オルディナの門の近くにいた鷲と、似ているのですが……」
国王はしばらく鷲を眺め、それからリラへ向き直った。
「もし同じ鷲なら、道中のそなたの様子が魔術院へ伝わっていたのかもしれぬ。誰の指示で動いていたのかは、まだ分からぬが」
国王は机に置いた招請状へ手を添えた。
「ともあれ、そなたに学びの場を用意したいという申し出だ。リラは、どうしたい」
リラは手元の入学案内へ目を落とした。
「あの、まず……ストリクス魔術院がどのようなところなのか、教えていただけますか」
「そうであったな」
国王は椅子へゆったりと座り直した。
「ロウェル王国にある、世界でも最高峰とされる学び舎だ。さまざまな国から学生が集まり、魔術をはじめ、多くの学問を学んでおる」
「フェリシテの方も、そこで学んでいるのですか?」
「いる。だが、学びの場へ国の争いを持ち込まぬ、という中立の立場を守っておる。フェリシテの王であっても、己の命令をそのまま押し通せる場所ではない」
案内の端を押さえていた指から、そっと力を抜いた。
国王は落ち着いた声で続けた。
「用心は必要だ。しかし、そなたが身を守りながら学ぶうえでも、心に留めておいてよい場所だろう」
リラは頷き、案内を開いた。
「あの、私はまだ、魔術を使ったことがありません。それでも、入学してよいのでしょうか」
国王の眉がわずかに上がり、書類筒を片づけていたモローの手も止まった。
「一度も、か」
「はい」
「十一歳と聞いておるが、これまで教わる機会もなかったのか」
リラは小さく頷き、膝の上で重ねた手へ目を落とした。
何か、おかしなことを言ってしまったのだろうか。
「森では、みんなが使ってくれていました。火が必要ならトウカが点けてくれましたし、水のことはセナが……。自分で使わなくても、困ることはなかったものですから」
「そうか。皆で助け合って暮らしていたのだな」
責める響きのない声に顔を上げると、国王は穏やかな眼差しを向けていた。
「それなら、まずはここで基礎から学んでみてはどうだ。魔術院のことは、そのあとで考えればよい」
「こちらで教えていただけるのですか?」
「そなたが望むなら、教師を手配しよう」
リラは手元の入学案内をしばらく眺め、そっと閉じた。
「私、まずはここで学びたいです。自分でも魔術を使ってみたいし、ほかの国のことも知りたいです」
「分かった。そのようにしよう。モロー、手配を頼む」
「かしこまりました」
「ありがとうございます、陛下」
リラが頭を下げると、窓辺から鋭い鳴き声が上がった。
鷲が止まり木の上で足を踏み替え、机の書類へ嘴を向けて鳴いていた。
すると、モローの上着のポケットがもぞりと動き、小さなリスが顔を覗かせた。
モローが手を差し出すと、リスはその掌に乗り、鷲へ向かって鳴いた。
鷲も短く鳴き返し、入学承諾書へ嘴を向けた。
二匹が何度か鳴き交わしたところで、膝の上のルナが口を開いた。
「あの子はリラのサインがないと帰れないみたいだね」
リラが入学承諾書へ目を落とすと、鷲がまたひと声鳴き、止まり木を掴み直した。
「あの、まだ入学は決めていないのですが……」
リラがおずおずと国王を見ると、モローが口を開いた。
「古き縁の祖の仰る通りでございます。承諾書とは別に、返書をご用意いたしましょうか」
「うむ。そうしてくれ」
国王が頷いた。
モローはリスを肩へ移すと、机に新しい用紙を広げてペンを走らせた。
肩のリスはその手元を覗き込み、窓辺の鷲もいつしか鳴くのをやめていた。
静かな部屋に、ペンの走る音が続いた。
やがてモローは書き上げた返書を国王へ差し出した。
国王が目を通して頷くと、モローはリラのもとへ運び、読みやすい向きで手渡した。
「入学を前向きに考えておられるものの、今はまだ決めず、改めてお返事を差し上げると記しました。内容にお間違いがなければ、こちらへお名前をお願いいたします」
リラは返書を最初からゆっくりと読み、頷いた。
「はい。これを届けていただきたいです」
紙を机へ戻してペンを受け取り、一番下の余白に「リラ」と書いた。
モローは署名のインクが乾くのを待ってから返書を取り上げ、窓辺の鷲のもとへ歩いていった。
「こちらが、リラ様からのお返事でございます」
モローが返書を広げると、鷲は首を傾けて覗き込み、嘴をかちりと鳴らした。
机に残された入学承諾書へ目を向け、首の羽をふくらませた。
「君も大変だね。大丈夫、そんなことで君の主の首が飛んだりしないよ」
ルナが声をかけても、鷲はすぐには羽を収めなかった。
モローが返書を筒に収めて差し出すと、鷲はしばらくそれを見つめていた。
やがて小さく嘴を鳴らし、提げ紐をくわえた。
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