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白銀のリラ~猫に選ばれた王女~  作者: 鈴白澪
第3章 レオパルド王国
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36話 世界

 国王との話から数日後の朝、リラが身支度を整えていると、メルから今日の予定を告げられた。


「本日から、マチルド先生による授業が始まります。皆さまは、いかがなさいますか?」


 メルが七匹へ目を向けると、ネロがすぐに顔を上げた。


「リラ様、私もぜひご一緒させてください。学問のお話には興味がございます」


 ネロの返事に、リラは微笑んだ。


「もちろん。一緒に行こうね」

「オレは庭園だな。今日は寒いし、あったかいところで過ごしたいぜ」


 レオがそう言うと、トウカも勢いよく顔を上げた。


「ぼくも! 庭園の方があったかいもんね」


 ノエル、セナ、テトも庭園で過ごすことに賛成した。


「僕はリラと一緒に行くよ」


 最後にルナがそう言って、リラのそばへ歩いてきた。


「メルさん、ルナとネロは授業に、ほかの五匹は庭園へ行きたいそうです」

「かしこまりました。それでは、ご案内いたしますね」


 リラはルナとネロを連れ、メルの案内で王城の学習室へ向かった。


 部屋に入ると、机のそばに、髪をきちんとまとめた年配の女性が立っていた。

 まっすぐに伸びた背筋と静かな佇まいに、リラも姿勢を正したが、こちらを迎えた眼差しは穏やかだった。


「リラ様ですね。マチルド・モローと申します。長く王家の方々の教育に携わってまいりました。本日から、どうぞよろしくお願いいたします」

「リラと申します。よろしくお願いいたします」


 マチルドは足元のルナへ向き直り、深く頭を下げた。


「古き縁の祖。お目にかかれますことを、光栄に存じます」

「ありがとう。リラをよろしくね」


 メルが一礼して退室すると、マチルドはリラに椅子を勧め、向かいに腰を下ろした。

 ネロは椅子の脇へ座り、ルナは机の空いている端へ飛び乗った。

 机には厚い本と紙、ペンが置かれ、巻かれた羊皮紙が用意されていた。


「今日は、この世界の成り立ちからお話ししましょう。九祖霊や始祖王については、どのくらいご存じですか」

「ルナが九祖霊だということと、始祖王が今の国々の礎を築いた人たちだということは、ルナから聞きました。でも、詳しいことまでは……」

「では、その始まりから辿ってみましょう」


 マチルドが開いた本には、大きく枝を広げた樹と、その周りに九つの姿が描かれていた。


「世界の始まりには、世界樹と呼ばれる樹があったと伝えられています。その樹が、世界を創るために自らを九つに分け、生み出したのが九祖霊です」

「えっ、じゃあルナも、もとは世界樹だったの?」


 思わずルナへ顔を向けると、ルナは開かれた本を見つめていた。

 少し間を置いてから、リラを見上げた。


「……そうだよ。僕も世界樹から生まれたんだ」


 それだけ答えると、ルナは再び本へ目を戻した。


「九祖霊は、それぞれ違う役目を担っています」


 マチルドが本の挿絵を指し示した。

 枝の下に描かれた姿を順に見ていくと、一頭の馬の額から、細い角が伸びていた。


「躍進を司る馬は、前へ進み、発展していく力を。創造を司る竜は、新しいものを生み出す働きを担います。ものを知り、学ぶことを司るのは、知識の梟です」

「ストリクス魔術院の紋章にも、梟がありました」

「魔術院のあるロウェル王国は、その梟を祖とする国なのです」


 鷲の胸元にあった紋章を思い浮かべながら、リラは梟の絵を見直した。


「人々を守り、秩序を支えるのが守護の狼。そして、人と人、さまざまなものの結びつきを司るのが、縁の猫です」


 猫の絵のそばには、『縁』の文字が記されていた。

 ルナ自身から聞いた言葉だった。

 リラが本の向こうを見ると、ルナも絵を見ていて、片方の耳だけをこちらへ向けた。


「再生の蛇は、医療や命の回復に深く関わる祖霊です。魂の蝶は、信仰や運命と結びついて語られています」

「そういえば、オルディナのアルバ医院に、セルペナと……オロヴァ、でしたっけ。その二つの国で学んだお医者様がいると聞きました」

「どちらも蛇の祖霊にゆかりのある国ですね。オロヴァは、もともとセルペナから分かれた国なのですよ」

「国が分かれたんですか?」

「ええ。そのお話は、あとで地図を見ながらしましょう」


 マチルドは本の残りの二つを示した。


「こちらは時間を司る亀です。歴史や記録とも関わりの深い祖霊ですね。そして、異なるものが共に生きるための釣り合いを保つ、調和の妖精。この九柱が、それぞれの役目を担って世界を築いたと伝えられています」


 リラは本に描かれた九つの姿を見渡し、始祖王のことも気になった。


「九祖霊が九柱なら、始祖王も九人いたんですか?」

「ええ。九祖霊がそれぞれ一人ずつ人間を選び、その九人が最初の九つの国を築いたのです」


 マチルドはルナへ目を向けた。


「古き縁の祖。差し支えなければ、始祖王がどのようなお方だったのか、お聞かせ願えますか」


 ルナはすぐには答えなかった。

 本へ向けられていた耳がわずかに動き、前脚のそばへ尾の先が寄せられた。

 リラがそっと顔を覗くと、ルナは本の猫の絵を見ていた。


「……記録にあるとおりだよ。優しくて、立派な王だった」


 顔を上げたルナの声は、いつもと変わらず穏やかだった。

 リラはその先を待ったが、ルナは本の猫の絵へ目を戻した。


「ありがとうございます」


 マチルドは静かに礼を述べ、机の端に置いていた地図を広げた。

 どんなふうに優しかったのか、聞いてみたかった。

 けれど、ルナはもう何も話さなかった。


「こちらが、今の世界地図です。現在は十七の国があります」


 マチルドが両端を押さえると、巻かれていた羊皮紙が机の上に落ち着いた。

 リラは描かれた国々の名を辿り、レオパルドの文字を見つけた。

 その名を囲む線の向こうにも、知らない国の名が幾つも並んでいた。


「先生、初めは九つだったのに、どうしてそんなに国が増えたんですか?」

「長い年月のうちに、一つの国から分かれ、独立する国が生まれたためです。国の治め方を巡って争いになることもありました」


 机の端でルナが立ち上がる気配に、リラは顔を上げた。


「ルナ、もう行くの?」

「うん。先に庭園で待ってるね」

「……うん」


 ルナは床へ下りると、壁際の転移魔石へ歩いていった。

 前脚で石に触れると淡い光が広がり、小さな白い姿が消えた。


 ネロはルナが消えた場所を見つめていたが、やがて顔を窓へ向けた。

 リラもしばらく魔石を見ていた。


「リラ様、続けてもよろしいですか」

「……はい、お願いします」


 リラは机へ向き直った。

 マチルドは地図の三か所を指で示した。


「すべての国が分かれたわけではありません。ロウェル、イリス、フィオレンティアの三国は、始祖王の時代から分裂せずに続いています。けれど、私たちがいるレオパルドは、そうではありません」

「レオパルドも、ほかの国から分かれたんですね」

「ええ。フェリシテ、パンテラ、レオパルドは、かつて一つの猫の国でした」


 リラは、地図に並んだ三つの名前を見比べた。

 自分が生まれた国と、今暮らしている国が、もとは一つだった。


「どうして、分かれたんですか?」

「王族の中で、猫を相棒にする方が長く現れなくなったのです」


 リラは椅子の脇のネロを見た。

 黒い耳が、こちらへ向いた。


「猫に選ばれないと、王様ではいられなかったんですか?」

「すぐに王位を失うわけではありません。ですが、猫に選ばれた始祖王が築いた国です。何代も相棒が現れないことに、疑問を抱く人々が出てきました」


 マチルドは地図に目を落とした。


「始祖王の血筋を重んじる者と、それだけでは足りないと考える者。両者の対立は深まり、やがて国は三つに分かれたのです」


 マチルドの指が、三国の境をなぞった。

 リラはその線を目で追った。


 猫に選ばれるかどうかで、国まで分かれてしまうなんて——。


 リラは改めて地図を見渡した。

 ほかの国々にも、それぞれ違った歴史があるのだろうか。


 マチルドは続けて、ほかの国々の成り立ちについて話し始めた。

 リラも時折質問を挟みながら、知らなかった世界の歴史に耳を傾けた。


 やがて、マチルドが本の頁をめくると、そこにも猫の姿が描かれていた。

 最初に見た九祖霊の絵を思い出し、ほかの挿絵にも目を向けた。


 どの猫も、成猫の姿をしていた。


 ふと、先ほどまで机の端に座っていたルナの姿が浮かんだ。

 長い年月を生きてきたはずなのに、ルナは今も小さな子猫の姿をしている。


 どうしてルナだけ、子猫の姿なのだろう。

お読みいただきありがとうございます。

毎週火・土の20:10更新となります。

引き続きお楽しみいただけましたら嬉しいです。

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