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白銀のリラ~猫に選ばれた王女~  作者: 鈴白澪
第3章 レオパルド王国
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34話 旅の先に

 客室の扉を閉めると、レオが絨毯の上へごろりと横になった。

 リラもドレスの裾を整えて長椅子に腰を下ろした。

 背もたれに身体を預けると、ようやく肩の力が抜けた。


 窓辺へ駆けていったトウカとテトは、窓台に飛び乗って外を覗いた。

 セナもその下へ歩いていき、ノエルとネロは暖炉の前へ向かった。


「お母さん、私が生まれるの、あんなに楽しみにしてくれてたんだね」


 先ほど見せてもらった手紙を思い出すと、また頬が緩んだ。

 レオが絨毯の上から顔を上げた。


「こんな遠いところまで、会いに来たかいがあったな」

「うん。王妃殿下もとてもお優しい方でよかった」


 ルナが隣へ飛び乗った。

 リラはその背を撫でながら、窓の向こうへ目を向けた。


「あの庭園、いつでも来ていいって言ってくれたし、またみんなで行きたいね」

「じゃあ、またアウレと会えるな」


 レオの尾が絨毯を撫でた。


「アウレリアンのこと、気に入ったの?」

「いや……あいつ、なんか懐かしい匂いがするんだよな」

「懐かしい?」

「初めて会ったはずなんだけどよ。昔、どっかで嗅いだような気がしてさ」


 ネロが耳を向け、暖炉の前から近づいてきた。


「恐らくレオの父君か母君は、アウレリアンと同種だったのではないでしょうか」

「あー……昔のことは忘れちまったけど、そういうこともあんのかな」


 レオはしばらく宙を見つめ、それから後ろ脚で耳の裏を掻いて寝転がった。


「あたし、庭園にあった大きな木に登りたい。トウカも行こうよ」

「いいよ! ぼくは奥に見えた高い木がいいな!」

「失敗したら川に落ちてしまうわよ」

「落ちないもん!」


 窓辺ではテトとトウカ、セナの声が弾んでいた。


「リラ、庭園から温室みたいな建物が見えたから、一緒に行こうよ」


 暖炉の前からノエルが顔を上げた。


「どこへでも入ってよいわけではありません。まずは確認せねばなりませんよ」


 ネロにたしなめられ、ノエルの耳が少し伏せられた。


「私も何を育てているのか気になるから、入っていいか、誰かに聞いてみようね」

「……わかった」


 ノエルは目を細め、暖炉の前で丸くなった。


「リラは?」


 手の下からルナが顔を上げた。


「君は、何をしてみたい?」

「私は……」


 母のことを知る王妃に会いたくて王都へ来た。

 今日、その話を聞き、ここにいてよいと言ってもらった。


 けれど、明日からはどうなるのだろう。


 リラは長椅子の背にもたれながら、天井を見上げた。


「私たち、これからどうするんだろうね」


 猫たちはすぐには答えなかった。

 やがてネロが扉へ歩いていき、耳を立てた。


「リラ様。どなたかいらしたようです」


 ほどなく扉を叩く音がした。


「リラ殿、少しよいか」


 カシウスの声だった。

 リラが扉を開けると、カシウスとレグルスの後ろにアルノ、ナディア、ランドルフ、ハロルド、コレットが並んでいた。

 さらに一番後ろには、見知らぬ若い侍女の姿もあった。


「どうぞ、入ってください」

「揃って押しかけて悪いな。少し話しておきたくて」


 ランドルフは苦笑し、軽く頭を下げて部屋に入った。



 皆を招き入れると、カシウスたちは卓を囲んで腰を下ろし、コレットはリラの隣に座った。

 レグルスとグレンもそれぞれの主の足元へ落ち着いた。

 侍女は最後に入室し、扉のそばに静かに控えた。


「王妃殿下とは、ゆっくり話せたかね」

「はい。お母さんの手紙を見せていただきました」

「そうか。それはよかった」


 カシウスの表情が和らいだ。


「今日は帰還のことを伝えに来た。我々は明日の朝、ヴァレリウス領へ戻る」

「明日の朝、ですか?」

「ああ。長く領地を空けたし、雪が深くなる前に戻りたい。オルディナに残した者たちも気にかかる」


 リラは膝の上で手を握り直した。


「あの、私は一緒に帰らないんですか?」

「リラ殿には、当面この王城で過ごしてもらうことになっている。国王陛下が正式に庇護をお認めになったからな。アルノとナディアも、護衛として残る」


 リラが二人を見ると、アルノとナディアは静かに頷いた。


「これまで通り、出かけられるときは声をかけてください。城の者たちとも連絡を取り合っておきます」


 アルノは優しい声で伝えた。

 全員で帰ってしまうのかと思っていたリラは、膝の上で握っていた手を緩めた。


「ありがとうございます。でも、私はここで、何をすればいいんでしょうか」

「今すぐ決める必要はない。この国や外の世界、自分の力について学んでみるといい。知っていくうちに、やりたいことが見つかるかもしれん」

「ここで、考えていてもいいんですか?」

「ああ。分からないことは周りの者に尋ねればよい。アルノとナディアも力になれるだろう」


 リラは膝の上のドレスに目を落とし、少し考えた。


「私、まだ知らないことばかりです。自分の力のことも……。ここで、自分にできることを探してみます」

「それでよい」


 顔を上げると、カシウスが穏やかに微笑んでいた。


「カシウス様。ここまで連れてきてくださって、ありがとうございました」


 森を出てから、知らない道を幾つも通った。

 行く先々で誰かが待ち、リラたちを助けてくれた。


「皆さんがいてくれたから、ここまで来られました」

「オルディナの者たちにも伝えておこう。無事に王妃殿下と会えたと聞けば、喜ぶだろう」


 カシウスの傍らで、レグルスがゆっくり瞬きをした。


「俺たちからも礼を言わせてくれ。ルークに薬を作ってくれて、ありがとうな」


 ランドルフが笑みを収め、真っ直ぐにリラを見た。


「医者に診てもらうまでの時間を、あの薬で稼げました。本当に助かりました」


 ハロルドも頭を下げた。

 リラは暖炉の前のノエルを見た。


「ノエルが薬草を見つけて、皆も手伝ってくれたんです。私だけじゃできませんでした」

「ああ。みんなにも、ありがとう」


 ランドルフが猫たちへ顔を向けると、ノエルはゆっくり目を細めた。


 隣のコレットがリラへ向き直った。


「リラちゃん、具合が悪いときは我慢しないでね。今度会えたら、ゆっくり薬草の話をしましょう」

「はい。私も、コレットさんにいろいろ教えてもらいたいです」


 コレットは嬉しそうに笑った。

 リラはアルノとナディアにも向き直った。


「これからも、よろしくお願いします」

「こちらこそ。何かあれば遠慮なくお声がけください」


 アルノの返事に頷くと、ナディアも微笑んだ。

 二人が残ってくれることが、少し心強かった。


「それから、城での暮らしのことだが、リラ殿付きの侍女を手配していただいた」


 一番後ろに控えていた侍女が進み出た。

 濃い茶色の髪を一本の三つ編みにして背へ垂らし、丸みのある顔にはどこか少女らしさが残っている。


「本日からリラ様のお世話をさせていただきます、メル・ペランと申します」


 丁寧に頭を下げ、顔を上げるとにこりと笑った。


「メルとお呼びください。お部屋のことでもお城のことでも、何なりとお尋ねくださいね」

「よろしくお願いします。お城のこと、いろいろ教えてもらいたいです」

「はい、喜んで」


 明るい返事に、リラも笑みを返した。


「では、我々はそろそろ失礼しよう。今日はゆっくり休みなさい」


 カシウスが立ち上がり、レグルスも身体を起こした。

 ランドルフが小さく手を上げ、ハロルドとコレットも別れの挨拶をした。


「皆さん、帰りもお気をつけて」


 リラは扉まで見送った。

 アルノとナディアも一礼し、ともに廊下へ出ていった。



 扉が閉まると、部屋は急に静かになった。

 明日は皆について出発するのではなく、自分たちはここに残るのだ。


「それでは、夕食とお休みの支度をいたしますね」


 メルが明るく声をかけた。


 その夜、リラはメルに夕食や湯浴みの支度を整えてもらった。

 着替えも荷物の片づけも自分でするつもりだったが、慣れない城では教えてもらうことも多かった。


 寝支度を終えてメルを見送ると、リラは七匹とともに寝台に入った。

 部屋の隅には旅の鞄が置かれたままだった。

 今夜は、明日のために荷造りをしなくていい。


 そばに丸くなったレオの背を撫でながら、リラは静かに目を閉じた。



 翌朝、目を覚ましたとき、窓の方はまだ薄暗かった。

 頬のそばの柔らかな毛を避け、リラはそっと身体を起こした。


 七匹は寝台やその周りで眠っていた。

 足元のノエルを起こさないよう、端から床へ降りた。


 カシウスたちは、もう出かける頃だろうか。

 窓からなら、見送れるかもしれない。


 上着を羽織り、カーテンを引いた。

 冷えた硝子の向こうには、細かな雪が舞っていた。

 庭の小道や植え込み、向かいの建物の屋根に、昨日はなかった白いものが積もり始めている。


 リラは窓に近づき、庭から建物の陰まで目を凝らした。

 カシウスも風輪車も見えない。

 もう出発したのか、まだどこかで支度をしているのか。

 分からないまま、しばらく外を眺めていた。


 背後で寝具が擦れた。

 振り返ると、レオが寝返りを打ち、また眠りについた。

 

 今日は、旅のローブを身につけて風輪車へ乗り込むことはない。

 これから何をするかは、まだ決まっていなかった。


 リラは上着の前を合わせ、もう一度窓の外へ目を向けた。

 白くなり始めた小道へ、雪が静かに降り続いていた。

お読みいただきありがとうございます。

毎週火・土の20:10更新となります。

引き続きお楽しみいただけましたら嬉しいです。

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