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白銀のリラ~猫に選ばれた王女~  作者: 鈴白澪
第2章 ヴァレリウス領
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28話 大都市

 翌朝、野営地では出発の支度が進んでいた。

 リラがルナの籠を抱えて風輪車のそばにいると、コレットがこちらへ歩いてきた。


「ルークの様子だけど、夜の間もおかしなことは言わなかったし、今朝の受け答えもしっかりしてるわ」

「よかった……」

「まだ熱はあるし、身体もつらそうだけどね」


 そう言ったあと、コレットは少し姿勢を正した。


「それと、リラ様。昨日は申し訳ありませんでした。ルークを心配していたとはいえ、王女殿下に対する態度ではありませんでした」


 急に呼び方まで戻ったことに、リラは目を瞬いた。


「怒ってないです。私も、薬が効くか分からなくて怖かったし……コレットさんがルークさんを心配してたのも分かってました」


 少し迷ってから、リラは続けた。


「だから、今までみたいにしてほしいです。リラちゃんって呼んでください」


 コレットはしばらくリラを見つめたあと、表情を緩めた。


「……分かったわ。ありがとう、リラちゃん」

 

 その呼び方が戻ってきたことに、リラも少しだけ笑った。


 コレットが戻ると、騎士たちがルークを支えて風輪車に乗せた。

 負傷者を乗せ終えた騎士たちが降りてくると、リラは入れ替わりに踏み段を上がった。

 ルークは座席へ身体を預けて目を閉じ、その膝の上ではラッセルが丸まっていた。

 床にはフレデリックも寝かされていた。

 リラが空いていた座席へ腰を下ろすと、扉の向こうからアルノの声が聞こえてきた。


「魔力供給は交代させました。今日はハロルドが操縦します」

「分かった。日が暮れる前にオルディナへ入りたい。急ごう」


 扉が閉まり、風輪車は何度か休憩を挟みながら街道を進んだ。



 日が西へ傾き、車内へ差す光が長く伸びる頃、窓の向こうに城壁が現れた。


「オルディナが見えたぞ!」


 外から聞こえた声に、リラは窓へ顔を寄せた。

 大きな門へ続く道には荷車が何台も連なり、別の街道からも人が次々と合流していた。

 相棒連れの旅人や騎士たちがその間を行き交っている。


「人がこんなに……」

「王都へ向かう人たちが集まるからね」


 コレットが窓の外を見ながら答えた。


 人の流れを追っていたリラは、門へ続く道から少し外れたところに、広く開けた場所があることに気づいた。

 その一角には大きな地図のようなものが立てられ、何人かの人が並んでいた。


 一人の男が地図へ手を触れると、身体が淡い光に包まれ、その姿がふっと消えた。

 あとに残った相棒らしい動物も、同じように光の中へ消えていった。


 反対に、何もなかった場所へ光が集まり、一人の女性が姿を現した。

 少し遅れて現れた相棒を待つと、そのまま連れ立って門の方へ歩いていった。


 あそこでは、何をしているのだろう。


 尋ねようとしたとき、風輪車が門の脇へ停まり、アルノが後ろの扉を開いた。

 車体の紋章を見た門番が姿勢を正し、こちらへ歩いてきた。


「ヴァレリウス家のご一行ですね」

「負傷者がいる。アルバ医院へ急ぎたい」

「承知しました。こちらで手続きを済ませます」


 門番は腰から小さな魔道具を取り出した。

 短い柄の先には薄い八角形の受け台があり、その中央には、金色の縁取りに囲まれた平たい魔石が埋め込まれていた。


 門番はカシウスやアルノたちへ順に魔道具を差し出したあと、踏み段を上がって車内の負傷者たちへ向けた。

 掌が触れるたび、魔石は淡く光っては消えた。

 ルークにはコレットが声をかけ、右手を添えるのを手伝っていた。


 やがて、リラの前にも魔道具が差し出された。

 リラがルナの籠を膝へ寄せたまま、中央の魔石へ掌を置くと、淡い光の中へ青い色が混じった。


「オルディナへおいでになるのは、初めてですね。ようこそ」

「ありがとうございます」

「では、相棒もこちらへ魔力登録をお願いします」


 リラが籠へ目を向けるより先に蓋が持ち上がり、ルナが白い頭を出して膝へ出てきた。

 

「……白い猫? あ、相棒でしょうか?」

「そうです。あとは——」

「次はオレな」


 レオが外から近づき、開いた扉の下から顔を上げた。

 屋根の方からはトウカの声がした。


「ねぇ、ぼくたちは降りないとだめ?」

「そうだね。みんな、下に降りてきてくれる?」


 ほどなく扉の外へ猫たちが集まり、門番はリラと猫たちを見比べた。


「……すべて、あなたの?」

「はい」

「そんな、まさか……」

「間違いない」


 扉の外からカシウスの声が入った。


「手続きを続けてくれ。このことは内密に」

「……承知しました」


 ルナが最初に前脚を置くと、魔石に青を含んだ光が灯った。

 門番は踏み段を降り、レオの前へ魔道具を差し出した。続いてノエルが前へ出た。


 登録が続く中、カシウスが扉のそばへ寄った。


「リラ殿。今日はこの街で一泊し、明日の日の出とともに出立する予定だ。我々はこのままルークたちをアルバ医院へ連れていくが、診察や引き渡しには時間がかかるだろう」


 リラはルークへ目を向けた。


「リラ殿まで医院で待つ必要はない。アルノとナディアについて、先に宿へ向かってほしい。せっかくの大都市だ。途中で少し街を見て回っても構わん」

「ルークさんは、大丈夫ですか?」

「こちらは任せてくれ」

「……分かりました。お願いします」

「アルノ、ナディア。宿が決まったらアルバ医院へ知らせを」

「承知しました」


 カシウスは登録を待つ猫たちへ目を向けた。

 門番は次の一匹へ魔道具を差し出しながらも、時折リラたちを見ていた。


「ただ、ルナ殿たち全員を連れて歩くとなると、さすがに人目を引くだろうな。何か、目立たずに移動する方法はないだろうか」

「それなら、ネロができると思います」


 ネロは尾をゆっくりと揺らし、風輪車と仲間たちを見回した。


「そうですね……ルナ様とレオにはリラ様にお供いただき、我々は風輪車の屋根へ乗せていただければ、私が皆を人目につかないようにできます」

「みんな一緒でも大丈夫?」

「はい。離れずにいてくだされば」


 リラはカシウスへ向き直った。


「ルナとレオ以外は風輪車の上に乗って、ネロが目立たないようにしてくれるそうです。それでもいいですか?」

「それなら問題ない。ネロ殿たちは我々と、ルナ殿とレオ殿にはリラ殿と行ってもらおう」


 カシウスはノエルへ目を向けた。


「ノエル殿。医院まで同行してもらえるなら、ルークに使った薬について医師へ伝えるのを手伝ってもらえるだろうか」

「わかったよ」


 ノエルがこくりと頷くと、カシウスも頷き返した。

 登録はそのまま進み、最後にネロの前脚が離れると、門番は魔道具を引いた。


「以上で登録は完了です。どうぞお通りください」


 リラはルナを籠へ戻し、蓋を閉めてから踏み段を降りた。レオが隣へ寄り、リラと一緒に風輪車を見上げた。

 ノエル、テト、トウカ、セナが屋根へ上がり、最後にネロが軽やかに跳び乗った。


「こちらは人目につかぬようにいたしましょう。リラ様、また後ほど」

「うん。みんな、あとでね」


 ネロの足元から影が広がり、五匹の毛並みや耳の輪郭がふわりと薄れた。

 周りの景色へ溶け込んでいき、リラが目を凝らしても、もう身体の境目を見分けられなかった。

 そばにはアルノとグレン、ミレーヌを頭に乗せたナディアが待っていた。

 

「では、リラ殿を頼む」

「承知しました」


 アルノが扉を閉めると、風輪車がゆっくりと動き出した。

 カシウスとレグルスたちも、その脇について門をくぐっていった。


 リラは籠を胸へ寄せて見送った。


 荷車が間を横切り、その向こうで紋章の入った車体が遠ざかっていく。

 やがて人の流れに隠れてからも、リラはしばらくそちらを見つめていた。


「私たちも行きましょう」


 アルノの声に振り返ると、レオが脚へ身体を寄せた。

 籠の中ではルナが身じろぎし、蓋の隙間から白い毛が覗いた。

 リラは籠を抱え直し、アルノたちとともに見知らぬ街へ踏み出した。

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