↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白銀のリラ~猫に選ばれた王女~  作者: 鈴白澪
第2章 ヴァレリウス領
22/37

21話 作法

 レオの声を追って庭園の奥へ向かうと、切り立った岩壁から水が流れ落ち、小さな滝となって岩場へ注いでいた。

 その滝壺のそばでは、一頭の大きな熊がレオと向かい合っていた。

 リラたちに気づくと、一度だけ鼻を鳴らし、大きな頭を下げた。


 森の家を囲んでいた相棒の一匹だった。

 あのときとは違い、今は大きな体を縮めるようにして、じっとしていた。


「もう大丈夫だよ。怒ってないから」


 リラが声をかけると、丸い耳が動き、伏せられていた鼻先がゆっくりと上がった。


 やがてレオはテトとトウカに加わり、三匹で水飛沫の上がる滝壺を覗き込み始めた。


「あら、良い水ね」


 セナが岩の縁へ歩み寄り、前脚で水面を軽く叩いた。

 跳ねた雫がトウカの鼻先にかかると、トウカは慌てて顔を引いた。


「冷たっ!」

「そんなに覗き込むからよ」


 トウカが濡れた鼻先を舐めるそばで、セナは構わず水へ前脚を浸していた。

 ノエルは岩場の草花へ鼻先を近づけ、ルナとネロも日の当たる場所でくつろぎ始めた。

 リラも皆の近くへ腰を下ろした。


 昼になると、侍女たちが木製のワゴンを押して現れた。

 白い布を敷いた台の上には、温かなスープとパン、果物を盛り合わせた皿が並んでいた。

 肉が山盛りの皿を見つけると、レオとトウカとテトの目が輝いた。

 

 昼食を終えたあとも、皆は庭園で思い思いに過ごしていた。

 庭園の中は、もうすぐ冬が来ることを忘れそうなほど暖かく、心地よかった。

 リラは木の根元へもたれ、ルナを膝に乗せたまま、いつしかうとうとしていた。



「……リラ」


 呼ばれて目を開けると、ルナがこちらを見上げていた。

 すぐ横にはレグルスが座っていた。


「迎えに来てくれたよ」


 枝葉の間から差す陽は、先ほどより傾いていた。

 リラはルナを地面へ下ろして立ち上がり、皆を呼んでレグルスの後に続いた。


 庭園を抜けて玄関ホールへ戻ると、一人の女性が侍女を伴って立っていた。

 深い藍色のドレスを身に纏い、赤みを帯びた栗色の髪を一筋の乱れもなくまとめ上げていた。

 その立ち姿には隙がなく、リラは近づくにつれて背筋を伸ばした。


「私はエレノア・ヴァレリウス。カシウスの妻です」

「リラです。お世話になっています」


 頭を下げると、エレノアはリラの髪から足元へ目を移し、七匹にも視線を巡らせた。


「話は聞いているわ。王都へ向かう支度として、あなたには最低限の作法を身につけてもらいます」


 そう言って、エレノアは傍らの侍女へ目を向けた。


「着替えを済ませたら、応接室へ連れてきてちょうだい」

「かしこまりました」


 侍女に案内されて隣室へ入り、深緑のドレスへ袖を通した。

 靴も履き替え、普段より高い踵に戸惑いながら応接室へ向かった。


 部屋へ入ると、淡い茶色の毛並みに白い腹、脇腹をまっすぐ走る黒い帯が特徴的な一頭のガゼルがいた。


「私の相棒、リリアです」

「よろしくお願いします」


 リラが頭を下げると、リリアも静かに首を下げた。


「では始めましょう。まずは基本からです」


 最初に教わったのは、挨拶の仕方だった。

 エレノアの手本を見て、リラもドレスの裾を摘み、膝を折った。

 けれど、戻ろうとした拍子に身体が前へ傾き、片足を踏み出してしまった。


「急いで立ち上がらなくていいわ。もう一度」


 今度は足元を確かめてから、ゆっくりと膝を曲げた。

 顔を上げると、エレノアが頷いた。


「そう。そのくらいで結構です」


 歩き方、姿勢、お茶のいただき方。

 エレノアの指導は簡潔で的確だった。

 間違いはすぐに正され、できたことは短く認められた。


 ふと窓辺へ目を向けると、リリアのそばにテトとトウカが座り、セナもその脇に伏せていた。

 リリアが短く鳴くと、「へえ、そうなんだ」とテトが応じ、トウカも興味深そうに耳を動かした。



 窓の外が暗くなる頃、最後にもう一度挨拶をしてみせると、今度は足を踏み出さずに立ち上がれた。


「物覚えは悪くないようね。安心なさい。王都へ出ても、恥をかかせるつもりはないわ」


 リラは裾から手を離した。

 まだ覚えることは多そうだったが、何をすればよいか、その都度教えてもらえるのはありがたかった。


「さて、この後は晩餐へと向かいますが、お連れの皆さんには、庭園で待っていてもらいましょう」

「みんなは、一緒に行けないんですか?」

「相棒を伴わずに出る席もあります。王都で戸惑わないよう、今夜はその練習をしましょう。相棒の食事は庭園で用意させてあるわ」


 エレノアは出入口の横へ歩み寄った。

 壁の低い位置には、手のひらほどの魔石が埋め込まれていた。


「リリア、使い方を見せてあげて」


 リリアは七匹へ向けて短く鳴くと、魔石の前へ進み、鼻先でそれを示した。


「これ、触るだけでいいの?」


 テトの言葉に、リラも魔石へ目を向けた。

 リリアがそこへ鼻先を当てると淡い光が灯り、その身体が光の粒子となって消えていった。

 後に続き、皆も一匹ずつ魔石へ触れ、光の中へ消えていった。


「また後でね」


 最後にルナの白い姿を見送ると、部屋はしんと静まり返った。

 リラはいつものように足元を見た。

 そこにはドレスの裾が広がっているだけだった。


「参りましょう」


 エレノアの声に顔を上げ、リラはその後へ続いた。



 晩餐の間まで来ると、鷹を左腕に乗せた騎士が扉を開けてくれた。

 

 中には、カシウスと、その隣に若い男が座っていた。

 エレノアとよく似た暗い栗色の髪に、カシウスを思わせる落ち着いた眼差しをしていた。


「紹介しよう。次男のアルノだ。明日からリラ殿の護衛を務める」


 アルノは立ち上がり、胸に掌を当てて頭を下げた。


「アルノ・ヴァレリウスと申します。どうぞよろしく」

「リラです。よろしくお願いします」


 リラは教わった通りに裾を摘み、ゆっくりと膝を折った。

 エレノアの小さな頷きを見てから、勧められた椅子へ腰を下ろした。

 カシウスがエレノアへ向き直った。


「私も王都まで同行する。遅くとも二週間ほどで戻るつもりだ。それまでのことは頼んだよ、エレノア」

「ええ。こちらはお任せください」


 カシウスはアルノへ視線を移した。


「準備は整っているか」

「滞りなく」

「よろしい。リラ殿、困ったことがあればアルノを頼るといい」

「はい、わかりました」


 リラがアルノへ目を向けると、彼は静かに頷いた。


 やがて料理が運ばれてきた。

 肉を切り分けたとき、つい傍らを見てしまったが、膝にも足元にも、白い毛並みはなかった。

 ルナたちも今頃、食べているだろうか。

 リラは皿へ視線を戻し、次の一切れを切った。



 食事が終わる頃、エレノアが翌日の予定を告げた。


「明日は作法のおさらいをして、旅に必要なものを揃えに行きましょう」

「よろしくお願いします」


 リラは背筋を伸ばして答えた。



 晩餐を終え、侍女の案内で客室へ戻った。

 扉が閉まると、リラは小さく息を吐いた。

 慣れない作法に気を張り続けたせいか、足も肩もいつもより重かった。

 何より、こんなに長く皆と離れて過ごしたのは初めてだった。


「あ、みんなにも終わったって伝えに行かないと」

「すでに別の者が庭園へ知らせに向かっております。皆様がお戻りになるまで、リラ様はご就寝の準備をいたしましょう」

「はい。そうします」


 湯浴みを済ませ、柔らかな布の寝間着へ着替えた。

 侍女に髪を整えてもらって寝室へ戻ると、ルナたちはすでにそれぞれ好きな場所で毛繕いをしていた。


「リラ、おかえりー!」


 トウカの声に迎えられながら、リラはそのままベッドへ飛び込んだ。


「みんなもおかえり! はぁ……疲れたぁ」


 枕へ顔を埋めると、身体から一気に力が抜けた。

 挨拶の仕方も、歩き方も、晩餐も、今日は初めてのことばかりだった。


「お貴族様って、すごい大変なのね。今夜は、よく眠れそう……」


 足元へ集まった気配に頬を緩めながら、リラは布団を引き寄せた。

 返ってきた皆の声を聞くうちに、重くなった瞼がゆっくりと閉じていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。