19話 選択
母は、自分を守ろうとしていた——どんな人だったのだろう。
リラは見開いた目をルナへ向けた。けれど、すぐにカシウスへ向き直った。
「カシウスさん。王妃様は、どうして私を探していたんですか?」
「王妃殿下は、リラ殿の母君の姉にあたる」
「お母さんの……お姉さん?」
「リラ殿にとっては、伯母にあたる方だ」
リラは少し考えてから、もうひとつ気になっていたことを尋ねた。
「じゃあ、私のお父さんは?」
「現在もフェリシテ王国を治めている。そして国王も今なお、王女の行方を追っている」
「お父さんも、私を?」
リラの瞳にわずかな期待が浮かんだ。
カシウスはその表情を見つめ、一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「……リラ殿。フェリシテ王国は、王女が亡くなったと公表している。その王女が生きていると世に知られれば——なぜ今も探しているのか、分かるかね」
リラははっと息を呑んだ。
「……私が生きていると、困るんですか?」
カシウスは何も言わず、どこか寂しげに目を伏せた。
やがて、静かに口を開いた。
「おそらく、このまま事が進めば、王妃殿下から王城へ招かれることになるだろう。そこで、今度は私からリラ殿に聞きたい。王都へ行き、王妃殿下に会うことを望むかね?」
カシウスは静かにリラを見た。
「行かないって言うこともできるんですか?」
「正式なお召しとなれば、難しいだろう。だが、気持ちを整理する時間くらいはお与えくださるはずだ」
リラはしばらく黙り込んだ。
王都へ行ったあとのことを思うと、森の家が頭に浮かんだ。
「お城に行ったら、あの家にはもう帰れないんですか?」
「以前と同じように暮らすのは難しいだろう」
リラは小さく視線を落とした。
母はもういない。
父は生きているけれど、自分が生きていることは、父にとって都合が悪いらしい。
森の家へ戻っても、今までと同じようには暮らせない。
そして王都には、自分をずっと探していた伯母がいる。
リラは傍にいる皆へ目を向けた。
「王妃様のところへ行けば、みんなも安全なんですよね?」
「王都までの道中は、私たちが責任を持って護衛する。王城へ着けば、王妃殿下の庇護を受けることになる。そうなれば、容易に手を出すことはできまい」
森へ帰りたい気持ちは、今もある。
けれど、自分が帰ることで皆まで危険な目に遭うのなら、それを選ぶことはできない。
母のことも知りたい。
自分がどうして死んだことにされたのかも、まだ分からない。
リラはふと、隣にいるルナを見た。
目が合っても、ルナは何も言わなかった。
リラは小さく息を吸い、迷いを振り切るように顔を上げた。
「……王都へ行きます。王妃様に会ってみたいです。お母さんのことも、私のことも……ちゃんと知りたい」
「あぁ。承知した」
カシウスは深く頷くと、窓辺を離れ、リラの向かいの長椅子へ腰を下ろした。
「使いが戻るまでは、この屋敷でゆっくり身体を休めるといい。王都からの返答に備え、こちらでも出立の準備を進めておこう」
「はい、よろしくお願いします」
カシウスが頷くのを見て、リラは少しだけ肩の力を抜いた。
そのとき、朝食の席の光景がふと浮かんだ。
「あの、もう一つ聞いてもいいですか?」
「もちろんだ」
「朝ごはんのとき、ルナが話したら、みんな急に手を止めて驚いていましたよね。あれは、どうしてなんですか?」
「本来、人が理解できるのは自分の相棒の声だけだ。だから、皆がルナ殿の言葉を理解できたことに驚いたのだよ」
少し離れた場所でくつろいでいたトウカが顔を上げた。
「そうそう。ぼくの声は、カシウスにはただの鳴き声にしか聞こえてないってことだよ!」
リラは驚いてカシウスを見た。
「今のトウカの言葉は、分からなかったんですか?」
「私に聞こえたのは、なんとも愛らしい鳴き声だけだ」
「愛らしいだって!」
トウカは嬉しそうに目を細め、尻尾をぴんと立てた。
リラは隣にいるルナへ目を向けた。
「ルナの言葉は分かるんですよね?」
「あぁ。ルナ殿の言葉は、私にも聞こえている」
「どうしてルナだけ……?」
カシウスはルナを一度見てから答えた。
「ルナ殿は、古き縁の祖と呼ばれる九祖霊の一柱だ」
「九祖霊……?」
「一柱って……大げさだよ。僕たちはただの機能にすぎないのだから」
ルナが呆れたように言った。
リラはその言葉に瞬きをした。
「僕たち?」
ルナの耳がわずかに動いた。
「九ってことは、ルナみたいな子がほかにもいるの?」
ルナは答えなかった。
しばらくして、リラから静かに視線を逸らした。
「……その話はしない」
ルナは長椅子から立ち上がると、リラから離れるように窓際まで歩いていった。
これまで見たことのない態度に、リラは黙ってその後ろ姿を目で追った。
しばらくして、カシウスが小さく咳払いをした。
「……九祖霊は例外なのだ。縁を結んでいない者にも、その言葉は伝わる」
「だから、朝もみんなに言葉が伝わったんですね」
リラはもう一度ルナを見た。
窓際に座った白い背中は、こちらを振り返らなかった。
カシウスはそんな二人を見てから、長椅子から立ち上がった。
「今日は随分と多くの話をした。皆も疲れただろう。少し場所を変えようか」
「場所を?」
「あぁ。この屋敷には庭園がある。よければ案内しよう」
「はい」
リラが長椅子から立ち上がると、部屋でくつろいでいた皆もそれぞれ身体を起こした。
レグルスもカシウスの傍らへ寄り、その後を追うように歩き出した。
窓際にいたルナは少し遅れて振り返ったものの、何も言わなかった。
リラは皆とともに、カシウスの後を追って書斎をあとにした。




