14話 来訪者
扉の向こうには、思わず息を呑む光景が広がっていた。
家を囲むように、何人もの騎士が立っていた。
その傍らには、鷹やチーター、熊など、様々な生物たちの姿があった。
レオが先に外へ出ると、リラも籠を抱えたままその後ろへ続いた。
トウカとセナが左右を固め、ノエルとネロもすぐ後ろにつき、テトはひと足先に近くの木へ駆け上がった。
「動くな」
一人の騎士が鋭く告げた。
騎士たちの視線が、一斉にリラの周囲にいる猫たちへ向いた。
「なんだ、あの数は」
「まさか、全員があの娘と……?」
それまでリラへ向けられていた警戒が明らかに強まり、何人かの騎士が剣の柄へ手を掛けた。
「待って! 私たちは何も悪いことなんてしていません!」
リラは籠を抱く腕に力を込め、声を張った。
「この子たちは、みんな私の大切な家族です。手出しはさせません!」
「家族だと?」
先頭の騎士が眉をひそめた。
「そんなはずがない。猫が人に従うはずがないだろう」
その一言は、リラの胸を鋭く抉った。
騎士は警戒を解かぬまま、腰の剣を抜いた。
「何か不当な手段で、無理やり従わせているのではないか。今すぐ猫たちを解放しろ」
「無理やりなんて、そんな……!」
先頭の騎士が剣を構えると、それを合図にするように周囲の騎士たちも次々と剣を抜いた。
その傍らでは、鷹が大きく翼を広げ、チーターが地面を蹴り出せるよう身を低くした。
熊も重く前脚を踏み出し、騎士たちとともにリラたちを見据えた。
その動きに応えるように、レオたちの毛が一斉に逆立った。
リラの前に立つレオが身を低くすると、前脚の周りで風が渦を巻いた。
リラの左右では、セナが生み出したいくつもの水の塊が宙に浮かび、トウカの足元では赤い火花がぱちりと弾けた。
その後ろでは、ノエルが背を丸めて毛を逆立て、ネロも耳を伏せて低く威嚇した。
頭上の枝では、テトが身を低くして騎士たちの動きを窺っていた。
誰も動かない。
ほんのわずかな動きひとつで、この均衡が崩れてしまいそうだった。
張り詰めた空気の中で、先に口を開いたのはルナだった。
「僕の番だね」
鞄の縁からルナがするりと抜け出し、真っ白な小さな身体をふわりと地面へ降ろした。
ルナがリラの前へ歩み出すのに合わせるように、レオの前脚を取り巻いていた風が静かにほどけた。
セナの周りに浮かんでいた水の塊も形を失い、トウカの足元で弾けていた火花が消えていった。
レオたちはリラを囲む位置を崩さないまま、騎士たちを見据えていた。
その中を、ルナだけがゆっくりと前へ進んでいった。
騎士たちの視線が、小さな白猫へ集まった。
あまりに小さなその姿に、一瞬だけ戸惑いが走った。
だが、次の瞬間だった。
彼らの傍らにいた生物たちが、一斉に身を低くした。
鷹は翼を畳んで身体を震わせ、熊は巨体を縮めるように伏せた。
チーターも鼻先が地面につくほど深く身を低くした。
ルナは静かな足取りでさらに一歩前へ出た。
「僕たちに争うつもりはない。道を開けてくれれば、それでいい——それでも剣を向けるのかい?」
沈黙が森を支配した。
「……声?」
一人の騎士が、絞り出すように呟いた。
「おい、お前にも聞こえたか?」
「あぁ……嘘だろ、なぜ俺たちに……」
騎士たちは互いに顔を見合わせ、やがて傍らで身を伏せる生物たちへ視線を落とした。
「どうした、大丈夫か?」
チーターの傍らにいた騎士がしゃがみ込み、その背へそっと手を添えた。
チーターはルナへ頭を垂れたまま、小さく鳴いた。
「……え?」
その声を受け取った騎士が目を見開いた、そのときだった。
「そこまでだ。剣を収めよ」
張り詰めた空気を断つように、騎士たちの背後から低くよく通る声が響いた。
その声とともに、淡いセピア色の毛並みを持つ大きなピューマが、騎士たちの間を縫って姿を現した。
ピューマはルナの前まで進むと、深く頭を垂れて身を伏せ、低く喉を鳴らした。
ルナはその姿を静かに見つめると、すっとその場へ腰を下ろした。
「……許そう」
その言葉を待っていたかのように、先ほど声を響かせた男が前へ出た。
騎士たちはすぐさま左右へ分かれて道を譲り、剣を抜いていた騎士もそれを鞘へ収めた。
「私は、カシウス・ヴァレリウス。この辺境を治めている領主だ」
カシウスはゆっくりとリラの前まで歩み寄り、その場で片膝をついた。
「君の名を聞かせてもらってもいいだろうか」
「……リラです」
「リラ殿、か」
カシウスはその名を確かめるように繰り返した。
フードに隠れたリラの顔をしばらく見つめたあと、静かに口を開いた。
「まず、あのような形で囲んだことは詫びよう。だが、もう君たちに敵対する意思はない」
カシウスの視線が、リラを囲む猫たちへ向いた。
「猫と共に歩む者を無下にはしない。まして、彼らが自ら君を守ろうとしているのなら、なおさらだ」
リラは思わず皆を見回した。
「今すぐ私を信じろとは言わない。だが、このまま森に留まるのも危険だろう。私の屋敷へ来てはくれまいか。君を客人として迎えたい」
「みんなも、一緒じゃなきゃ嫌」
リラは籠を抱いたまま、きっぱりと答えた。
「もちろんだ。誰一人、置いていくつもりはない」
カシウスはリラの周りにいる猫達を見ながら、迷うことなく頷いた。
ルナはカシウスをしばらく見上げたあと、静かに目を細めた。
「ならば世話になろう」
ルナの返事を聞いたカシウスは、片膝をついたまま短く頷いた。
そのまま片手を上げて合図を送ると、家を囲んでいた騎士たちの輪がゆっくりと解かれていった。




