13話 心の灯火
リラは皆に回していた腕をゆっくりとほどいた。
そのとき、足元に置いた籠が目に入った。
「……そういえば、これ」
家を飛び出すときに持たされたものの、中身はまだ確かめていなかった。
リラは籠を引き寄せ、中を覗き込んだ。
中には、着替えや常備薬、整理したばかりの薬草まで、必要になりそうなものが隙間なく詰められていた。
まるで、こうなることを見越していたかのようだった。
自分が困らないよう一つひとつ用意してくれていたことが分かると、胸の奥がじんと熱くなった。
けれど、リラは籠の底から小さな革袋を取り出して口を開くと、わずかに残った硬貨を見て手が止まった。
「みんな、準備してくれてありがとう。でも、これじゃ足りないかも」
「お金?」
「昨日の買い物で残った分しか入ってないの」
「でも、ご飯ならぼくらが獲ればいいでしょ?」
トウカが言うと、テトも大きく頷いた。
「薬草だってまた採って売れば、必要なものを買えるんじゃない?」
ノエルも籠の中の薬草へ視線を落としながら続けた。
「でも、それだけでは無理なのよね?」
セナの問いかけに、ルナが静かに頷いた。
「そうだね。ぼくたちだけなら、野宿を続けながらでも何とかなる。でも、リラはまだ幼い。ずっと同じようにはいかないよ」
「……違うの」
リラは手の中の革袋へ目を落とした。
「もしみんなが、薬草とか魔法で治せない病気になったら、治療を受けるためのお金が必要でしょう? それに、あの家を離れるなら……またみんなで暮らせる場所も探さないと」
誰もすぐには言葉を返さなかった。
「まだ家にあるの。今まで薬草を売ったお金、少しずつ貯めてたから」
リラは革袋を握ったまま、皆を見回した。
「家が危ないのは分かってる。でも、みんなにもしもの事が起きたら、お金がないと不安だよ。取りに戻らないと」
ルナはすぐには答えず、しばらくリラを見つめていた。
「……分かった。ただし、そのまま戻るのは駄目だ」
そう言うと、ルナはテトへ顔を向けた。
「テト。先に家の周りを見てきてくれるかい?」
「分かった!」
テトは力強く頷くと、洞窟を飛び出していった。
その姿が木々の向こうへ消えると、リラたちは周囲を警戒しながら、じっと帰りを待った。
やがて茂みの向こうから葉を揺らす音が聞こえ、テトが駆け戻ってきた。
「家の周りには誰もいなかったよ。近づいてくる気配もない」
「なら、急ごう。必要なものを取ったら、すぐに離れるよ」
ルナの言葉に、リラは籠を抱え直し、一行は周囲を警戒しながら再び家へ向かった。
家へ辿り着くと、レオを先頭に中へ入った。
戸棚や引き出しは開いたままで、床には見慣れない靴跡が残っていた。
何ひとつ壊されてはいないのに、知らない誰かの手が触れた跡だけが、ひどく生々しく感じられた。
「ノエル、ネロ、それにリラにも、ぼくの火が必要だよね」
トウカが暖炉へ駆け寄り、薪へ前脚をかざすと、小さな橙色の炎が灯った。
ノエルとネロは疲れた様子で暖炉へ近づいた。
「そうね、少しだけでも休んだ方がいいわ」
そう言い残し、セナはすぐに台所の方へ向かった。
リラも暖炉の前へ寄ると、その熱に触れた途端、張り詰めていた胸の奥がわずかにほどけた。
リラは小さく息を吐くと、籠を床へ置き、肩掛け鞄も下ろしてルナを外へ出した。
「念のため、レオとテトと一緒に、必要なものを持ってきなさい。長居はできないよ」
「うん」
リラはすぐに立ち上がり、2匹とともに階段を上がった。
寝室へ入り、クローゼットの奥に隠してあった小さな革袋を三つ手に取ると、急いで暖炉の前まで戻った。
レオはそのまま玄関へ向かい、テトも裏口の方へ駆けていった。
トウカとセナは、誰かが残した痕跡や異変がないか、家の中を確かめていた。
リラは革袋を籠の中へ収めると、暖炉の前へしゃがみ込んだ。
「ノエル、ネロ。大丈夫?」
二匹の背中へそれぞれ手を伸ばし、乱れた毛並みを整えるようにゆっくりと撫でていった。
そうしているうちに、自分の身体から少しずつ力が抜けていくような、不思議な感覚があった。
指先の下で二匹の強張りが次第にほどけていくのを感じ、リラはそのまま手を動かし続けた。
「……ありがとう、リラ。少し楽になったよ」
ノエルは疲れの残る声でそう言い、ネロも静かに息を吐いた。
リラは二匹の毛並みを整えながら、ルナへ顔を向けた。
「ルナ。これから、どこへ行けばいいの?」
ルナは少し考えてから答えた。
「まずはこの森を出よう。そこから先は縁を辿る。君が君でいられる場所を探すんだ」
言い終えた直後、ルナの耳がぴくりと動き、青い瞳が玄関へ向いた。
正面を見張っていたレオが低い声で唸った。
「……ルナ様、近づいてくるぜ」
ほとんど同時に、裏手からテトが駆け込んできた。
「裏もだめだよ! 囲まれてるみたい!」
セナはすぐさま暖炉へ駆け寄り、火へ水を浴びせた。
ジュウ、と白い蒸気が上がり、橙色の火が消えた時、家の外から男の声が届いた。
「中にいる娘、聞こえているな。姿を見せてくれ。話がしたい」
リラの身体が強張った。
レオも玄関から離れ、家の奥にいたトウカも駆け戻ってきた。
ノエルとネロも暖炉の前で身を起こし、皆の視線がルナへ集まった。
「外にいる連中、洞窟にいた奴らと同じだ」
「こっちへ踏み込んでくる気配はないね」
ルナは黙ったまま、レオとテトの話を聞いていた。
「ルナ、この人たちは、見つかってはいけない人?」
青い瞳がリラへ向いた。
「……断言はできない。でも、恐らくぼくたちが警戒していた相手ではない」
リラはノエルとネロへ目を向けた。
二匹の身体には、まだ疲れが残っていた。
「だったら……私に行かせて。みんなには、私の知らないところでいっぱい守ってもらった。ノエルもネロも、こんなに疲れてる。見つかってはいけない相手じゃないなら、今度は私が話しに行く」
声はわずかに震えたが、リラはルナから目を逸らさなかった。
ルナはしばらくリラを見つめたあと、皆へ視線を巡らせた。
「……分かった。ただし、一人では行かせない。レオを先頭に、リラはそのすぐ後ろ。トウカとセナは左右を固める。テトは外へ出たら上を取って、何かあればすぐに動ける位置へ。ノエルとネロはリラの後ろだ。無理に前へ出なくていい」
皆が短く頷き、それぞれの位置へ動き始めた。
ルナはリラの足元へ歩み寄った。
「ぼくは君と行くよ」
リラは頷いて肩掛け鞄の口を開いた。
ルナが中へ入ると、鞄を肩へ掛け直し、籠を抱えた。
玄関の前で、ふと左手首に結ばれた深い青緑の編み紐が目に入った。
皆とお揃いの、家族の証だった。
リラは一度だけそこへ視線を落とすと、顔を上げた。
ローブのフードを深く被り直し、籠を片腕に抱え直すと、空いた手で扉を押し開けた。




