11話 包囲網
「リラ、起きて。早く」
耳元で響いたルナの切迫した声に、リラは目を覚ました。
まだ夜の暗さが残る寝室で、ルナはすでに身を起こし、じっとこちらを見つめていた。
「……ルナ? まだ暗いよ。どうしたの、そんなに慌てて」
「説明は後だ。着替えている時間はない。その上から、昨日もらったローブを羽織って」
寝ぼけ眼のまま言われた通りにローブを羽織ると、ベッドの脇にはルナがいつも入っている鞄と、荷物を詰め込んだ籠が用意されていた。
いつの間に準備したのだろうと戸惑っていると、ルナが迷いなく鞄の中へ潜り込んだ。
リラも急いで鞄を肩へ掛け、籠を抱えて一階へ降りた。
居間には、すでに皆が集まっていた。
暖炉の火は消され、薄暗い部屋の中で、皆が玄関の方を向いていた。
いつもの朝とはあまりに違う光景に、リラは足を止めた。
扉の傍らにはネロが佇んでいた。
漆黒の毛並みは乱れ、普段なら隙のない姿にも疲労が滲んでいた。
「ネロ、その姿どうしたの?」
リラは驚いて駆け寄った。
けれど、ネロは乱れた毛並みを整えることもなく、静かに頭を下げた。
「リラ様、お急ぎを」
目の前で玄関の扉が開かれ、冷たい朝の空気が流れ込んできた。
何が起きているのか分からず立ち尽くすリラの横を、レオがすっと追い抜いた。
「今は急ぐ。とにかく、オレたちについてこい。離れるな」
レオは振り返ると、鼻先をくいっと森の奥へ向けた。
外へ出ると、まだ薄暗い森は不自然なほど静まり返っていた。
リラは戸惑いながらフードを深く被り、皆に囲まれたまま森の奥へ走り出した。
ネロが先行し、周囲の気配を探りながら進路を選んでいった。
その後を追っていたノエルが、不意に足を止めた。
「ノエル? どうしたの?」
ノエルは前脚を地面へ押しつけたまま、ぴたりと動きを止めた。
「……来る。すごい数だ、速いよ」
その声はわずかに震えていた。
リラがノエルへ手を伸ばしかけた、そのとき、足元からかすかな振動が伝わってきた。
やがてそれはいくつもの足音となり、枝葉を揺らしながらこちらへ近づいてきた。
「走れ!」
レオの声が響いた。
「ノエル、前を頼みます!」
前方から飛んだネロの声に、リラは思わず顔を上げた。
いつも穏やかに言葉を選ぶネロが、これほど声を張り上げるのを聞いたことがなかった。
「わ、分かった!」
ノエルがすぐに前へ飛び出し、森の奥へ向かって駆けていった。
リラもその後を追い、レオとテトが左右を固め、セナとトウカがすぐ後ろに続いた。
最後尾へ回ったネロは、走りながら一行が通った跡へ影を這わせていった。
闇が落ち葉に残った足跡や乱れた地面を包み込み、追跡の痕跡を次々と覆い隠していった。
皆が迷いなく動いていた中で、リラだけが理由を知らなかった。
けれど、振り返って尋ねられるような状況ではないことだけは、嫌というほど伝わっていた。
「こっち! 古い洞窟がある!」
先頭を走るノエルが声を上げ、岩壁の方角へ進路を変えた。
その先には蔦と茂みに覆われた小さな洞窟があり、全員が次々と中へ飛び込んだ。
皆が入ったのを確かめると、ノエルは荒い息を吐きながら入口へ向き直った。
その四肢にはまだ小さな震えが残っていた。
「ノエル、入口を頼む!」
レオに呼ばれ、ノエルは地面をしっかりと踏みしめた。
「……うん。やるよ」
ノエルの足元から地面が震え、洞窟の入口へ土がせり上がった。
岩の隙間を埋めながら茂みの内側へ馴染むように広がり、やがて最後に残っていた外の光も消えた。
暗闇の中で、土を踏む小さな足音が入口へ近づいた。
「リラ様、お静かに。わずかな音も漏らしてはなりません」
ネロの声が響いた直後、入口を覆う闇がさらに濃さを増した。
重い静寂に包まれた洞窟の中で、ボッ、と小さな音がして橙色の火が灯った。
リラがそちらへ目を向けると、トウカが前脚のそばに小さな炎を浮かべていた。
その明かりを頼りに辺りを見回すと、セナ、レオ、テトがリラを囲むように構え、ノエルとネロは入口から目を離さなかった。
リラは胸元に抱えた籠をぎゅっと握り締めた。
冷えた朝のはずなのに、籠を掴む手にはじっとりと汗が滲んでいた。
やがて、土壁の向こうから微かな金属の擦れる音が聞こえてきた。
重なる足音に混じって、獣たちが地面を踏む音や低い息遣いが近づき、いくつかの気配が洞窟の前で止まった。
「行き止まりか。西と東、二手に分かれて捜索しろ。私はここを調べたら、あの森の家へ向かう」
「分かりました。西側を確認します」
「では、こちらは東へ。何か痕跡があれば、すぐに知らせます」
森の家——その言葉を聞いた瞬間、リラの胸が強く締めつけられた。
あの人たちは、自分たちを探しているのだろうか。
どうして、何のために。
次々と浮かぶ疑問を確かめたくても、今は声を出すことさえできなかった。
トウカの小さな火がかすかに揺れる中、レオは鼻先にしわを寄せ、テトは耳を伏せていた。
リラも息を潜めながら、皆と同じように壁の向こうへ意識を向けた。
どれほどそうしていたのか分からなかった。
そのとき、まだ湿り気の残る土壁のすぐ向こうから、ひとつの音が響いた。
ザリ……。
土壁の向こうから、何かが土を掻く音がした。




