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ちゃんと食べる。
それは私にかけられた呪いの言葉だった。
母が飛行機に乗って、北の大地を飛び立った直後、再び雪は降り出した。
やはりというかなんというか。
世界は母の都合のいいように回っている。
私はそう思わざるを得なかった。
その夜。
私は一人、重箱の弁当の蓋を開けた。
中身を見てため息をついた。
これを食べ切るのに、一体いくらかかるのだろう?
しかも、私が苦手な煮豆が入っていた。
十八年間一緒に暮らしていたというのに、あの人は私の嫌いなものすら覚えていないのだ。
しんしんと雪が降り積もりゆく北海道の狭い部屋に閉じ込められて、私は絶望的にそれらを見つめていた。
本当にもう、いろいろなプレッシャーに潰されそうだと思った。
母が置いていったフレッシュな果物も、一人で食べるには多過ぎた。
全部食べ切る前に、新鮮さを失ってしまうであろう。
それは私に、病人の都合を考えずに持ち込まれる、お見舞いの品々を思わせた。
患者は、計算された病院食だけで、必要な栄養の全てを賄っているというのに、見舞客は彼らにカロリーオーバーを強いるのだ。
きっと飲まないであろう、インスタントコーヒーの瓶まであった。
忙しい、忙しい、と言っていて、いつこんなものを用意する暇があったのだろう?
私は少し頭の中で母のスケジュールを繰ってみたが、すぐに虚しくなってやめた。
できるのだ、あの人には。
時間なんかなくてって、できるのだ。
だってあの人は女帝だから。
世界はあの人を中心に回っているのだから。
全てはあの人の思い通りのシナリオを描いて進んでいくのであり、その中では、なぜか一日だけ大雪が止んだり、有益な情報をくれる気象予報士が登場したり、親切なテレビ局の人がいたり、何でも主人公に都合のいいことが起きるのは、不思議ではないのだ。
そして母のストーリーの中では、私はただの脇役にすぎない。
あくまで主役を引き立たせるための。
だから私は食べきれないお弁当や果物に頭を悩ませる必要はなく、笑顔でそれを受け取れば、私の出番は終了なのだ。
だってカメラはもう主役が飛行機に乗っている映像しか映していないのだから。
私は苦労して、煮豆を食べ、数日かけて弁当と果物を食べ切ったのであった。
その後、東京に戻った母は、ますますエネルギッシュにテレビという虚像の世界で活躍していった。
一方、脇役である私は、母の活躍ぶりとは対照的に、凋落の一途を辿っていくこととなる。
この一件がきっかけとなり、私は精神的な健康が保てなくなった。
しばらくアパートの部屋に閉じ篭もることを余儀なくされたせいで、体力は落ち込み、大学の授業を受けることもままならなくなってしまった。




