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囚人食  作者: いもたると


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 もちろん、私だってそういった現状を打破しようと努力はしてみた。

 言うべきことは言ったのだ。

「お母さん、そんなに頑張らなくていいよ」

「お母さん、仕事もあるんだから無理はしないで」


 でも母には、一厘も響かせることは出来なかった。

 だって、この人は女帝なのだ。

 籠の中の鳥の言うことになんか、耳を傾けるわけないじゃないか。


「まあ、菜々ちゃんがそんなことまで心配しなくていいのよ。これはお母さんの仕事だからね。大丈夫よ、無理してないから。あなたは自分のお勉強のことだけ考えていなさい」

 そしてこう付け加える。

「ああ、忙しい、忙しい。お母さん、病院に行った後で、お仕事に行ってくるからね。悪いけど、お留守番しててね」


 それがある日、こうなった。

「お母さん、美容院に行った後で、お仕事……」

 私は耳を疑った。

 ビヨウイン?

 ビョウインの間違いじゃないのか?


 でも、それは聞き間違いではなかった。

 美容院で間違いなかったのだ。

 どうしてお料理教室の前に美容院になど行くのだ?

 まさか、新しいお父さん候補が現れたのではなかろうな?

 などと、余計な心配までしてしまったのだが、事実はもっと大変なことであった。


 なんと母は、ひょんなことからメディアに出るようになったのだ。

 テレビ出演が決まってしまったのである。

 料理家「下町のおっかさん」の始まりである。


 ここに我が家にいろいろな変化が訪れる。

 一つには、自分の価値を示すものとしての私を、母は必要としなくなったと言うことだ。

 家庭内暴力を振るう旦那と離婚し、息子は不良の道に走っている、ダメなシングルマザーが、一夜にしてテレビのスターになったのだ。

 近所の人たちからの視線が、それまで憐れみを帯びていたものから、一転して羨望の眼差しとなった。

 もはや私は、母の子育てが間違っていなかったことの証明としての役割を剥奪されたのだ。


 さらに、この頃、フラフラしていた兄が戻ってくる。

 戻ってきた上に、更生への道を歩み始めた。

 母と同じ、料理人の道を進み始めたのだ。

 しかも、厳しい板前の修行を、立派にこなしているらしい。


 すると途端に、母の評価は180度変わる。

 あの人は、夫には苦労させられたけど、不幸な境遇に決して挫けることなく、仕事と子育てを両立させた立派な母親、ということになった。


 私は、え、待ってよ、何それ、という感じだった。

 今まで兄は母に対して反抗していたのではなかったのか。

 母は兄のことを嫌っていたのではなかったのか。


 急に母と兄の距離が接近し、二人はずっと仲の良かった親子のような関係を築き始めたのだ。

 それは本当に映画でも見ているかのようだった。

 まるで二人が、シーン5までは仲違いするがシーン6からは仲良くする、と書いてある台本を元に演じている役者ででもあるかのように。


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