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囚人食  作者: いもたると


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 でも、私は母の料理がおいしいのかどうなのかわからなかった。

 それまでいつも父に怯えながら、苦痛を感じて食べていたからそうなったのか、それとも初めから私は食に喜びを感じる器官が備わっていないのか、それがおいしいという感覚が、どうしても持てなかった。


 ただ、今までと食べるものが変わった。

 今まで食べたことのないものを食べるようになった。

 それだけである。


 それは、食事というより、エサと言った方が適当であろう。

 父がいた頃もエサだったが、いなくなった後もエサだった。

 ただエサの種類が変わっただけだ。


 そのエサを長年食べ続けた結果、私は理性においては、料理の良し悪しを判別できるようになった。

 感覚は得られないのだが、後天的に学習の結果、身に付けることは出来た。

 これは世間ではおいしいという基準なのだな、ということは、わかるようになった。

 食べたときの感動はないけれど。


 でも私は母を傷つけることが嫌だったので、「おいしい?」と聞かれたら、「うん、おいしいよ」と答えていた。

 だって、この人はこれまで散々傷ついてきたのだ。

 もうこれ以上、傷つかなくったっていいじゃないか。

 母は私に愛を注いでくれていると思っていたし、私は母に愛を注ぎ返していた。


 でも親子の愛は、一定の線を越えてはいけないのかもしれない、あるいは、私が母を見誤っていたのか。

 こちらの方がおそらく正解だろう。

 母は、私を都合のいい存在と見ていたのだ。


 母が私を育てるのは、一つには、長男では満たされない心の隙間を埋めるため。

 もう一つには、外に働きにいかねばならないため、家のことを預かって欲しいという、実務的な理由から。


 そしてもう一つには、下町らしい、ご近所さんの目。

 あそこは父親が酷い男だった。

 あそこは片親だ。

 長男もグレているらしい。


 だからせめて娘だけは、ご近所さんに顔向けできる、良く出来た娘であって欲しかったのだ。

 全ては自分のため。

 自己中心的な理由。

 この世は母を中心に回っているのだから、至極当然な理由だ。


 私は特別な信仰は持っていないけど、漠然と宇宙の善性を信じていた。

 この世には悪もあるけれど、宇宙の中心には善なる存在がいて、人間が善に目覚めることを期待しているのだ、悪の道に逸れてしまった人類に対して心を痛めているのだ、という素朴な信仰心を持っていた。

 今思えば、あまりに無知で無批判であった。


 だからこそ、母は私に期待した。

 この子は大学まで行けるように。

 兄はどうせ無理だろうから、せめて妹は大学まで行って欲しい。

 そうなれば、ご近所さんの目も変わってくるだろう。

 そういった期待感を私に被せていたはずだ。


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