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私はこの役に見事に騙された。
「菜々ちゃんはいい子でいてね」とか。
「菜々ちゃんは、お母さんの味方でいてね」とか。
私は母の言葉を全て受け止めた。
母が喜ぶことは、それは私の喜びであり、母の幸せは、私の将来の幸せにも繋がっているのだと、そう信じて疑わなかった。
でも……。
私はリモコンを持つ手を伸ばして、テレビを消すスイッチを押した。
私は最初の信者で、最初の棄教者だ。
家の中で一人、しばらく何もない時間が流れた。
ひとときの睡眠から覚めて、時計を見ると、小一時間ほど経っていた。
薬の影響だろうか、昼食の後はいつも眠くなる。
今日もソファに座ったまま、いつの間にか寝てしまったらしい。
まだ十分に覚醒しきれない、ぼんやりとした頭に、思い出の続きが入ってきた。
私は母のお気に入りだった。
でもそれは、文字で見るほど、いいものではない、そういうことだった。
私の小学校低学年時代がやっと終わった頃、その頃、兄はもう、まさに思春期真っ只中だった。
どこまでもお決まりのパターン人生を歩む彼は、思春期=反抗期で、いつも不貞腐れた顔をして、やることなすこと全て母に逆らっていた。
ようやく暴君父がいなくなって、自由がやって来たのだから、もっと親子三人水いらずで暮らせると思っていた私は、どうしてこう兄は母の気持ちをわかってあげられないのだろう、と反感を覚えていたのだが、あるいは兄は私ほど状況を深刻に捉えていなかったのかもしれない。
父がいたことも、離婚したことも、彼にとってはそんなに大して重要なことではなかったのかもしれなかった。
しかし、そんな兄の態度は、母から見れば十分に不良なものだった。
それ故に、ということもあっただろう。
今まで抑圧されてきたエネルギーの矢印が、兄に向けられない分、全て私に向かったのだ。
「菜々ちゃんは、お兄ちゃんみたいになっちゃだめよ」
そんなことを耳にタコが出来るほど聞かされた。
それは当時の私にとって、唯一の頼れる存在であり、もっとも愛すべき存在からの、絶対的なメッセージであった。
思えばそのとき、私はすでに籠の中の鳥になっていたのだろう。
母に飼われている、人に飼い慣らされた鳥。
野生の山鳥である兄と違って、羽を切られた、嘴で人を突くことをしない飼鳥だ。
母の中に眠っていたクンダリーニのようなエネルギーは、その鳥の世話にも顕著に作用を及ぼすこととなった。
いや、それは世話ではなく、束縛。
彼女は、籠の中の鳥にせっせと餌を与えた。
餌付けである。
もっとも得意とするところの、餌付け。
私はお母さんの愛情たっぷりの家庭料理とやらを、ふんだんに与えられて育った。




