Episode9
ベルカナは動じることはなかった。
突き付けられた嫌疑を冷静に処理しているように見える。
「イデアから何か聞いたようですね。しかし、いくらか誤解が――」
「ふざけるなよ小僧。ヨハネだ、二度とその偽りの名で呼ぶなよ」
息が詰まる感覚。
魔法が行使されるときに感じるものだ。
しかし今回は少し違う。
フィアトの強者特有の覇気。
公爵という身分と違わぬ威圧感。
空気を操ることができるカリスマ性が彼に見えた。
「確かに、お前が記憶を消した証拠は何一つない。しかし、お前にはかけられた容疑がそれを示唆してならんのだよ」
ベルカナは沈黙する。
言葉が見つからないのか、話す必要がないのか。
むしろ、余裕すら感じる。
相手が話したいことを全部話すのを待っているかよう。
会話の主導権をフィアトが握れていないように感じるのは、それのせいだろう。
「洗いざらい話してもらおうか。お前が企んでいること、それにヨハネをどう利用する気だったのか。あぁ、嘘を吐いたり誤魔化そうなんて考えるなよ?」
企み……?
ヨハネ……私を利用?
「いいでしょう、想定よりも随分早いが答えましょう」
ベルカナは机一つ挟んだ正面に腰を掛けた。
「イデア……いや、ヨハネ。まずは君のことから話しておこう」
ようやく、とでもいうべきか。
ヨハネと言い直したベルカナと視線が交錯した。
やはりその目は何か不思議な魅力がある。
信頼を裏切らないという安心感。
初めて会った時もそうだった。
しかし、あの時とは違う。
彼の微笑はどこかに消えていた。
「君は確かにルーンの森で倒れていた、その刀を抱えてね。私たちはそれを偶然発見したに過ぎない」
「……え?」
倒れていた……?
オスアラを抱えて?
そんなはずはない。
だってフィアトが、あの刀はベルカナの物だと言っていたじゃないか。
話しているのを見たと。
……もしかすると、その後にベルカナから貰ったとか?
……なぜ?
貰ったとして倒れている時に抱えていた理由は?
何か差し迫る脅威があった?
少なくとも私にとってはあの地下が初対面だ、それは揺らがない。
ただ、それ以前に関わりがあったのならオスアラの態度がよく分からない。
第一何も言わない。
あの展望台にいた時もだが、大切なことは話さない。
私が聞いていないせいもあるが……まるで他人のようだ。
「記憶についてだが、私からは言うことはない。魔法をかけた張本人を探す以外に解決策はないだろう」
「言ったよな小僧、全て話せと。どうやら一回殴った方が良さそうだな?」
「……まったく面倒な人だ。やれやれ、どこまで知っているのやら」
ベルカナは目頭を抑えた。
というか、やはり記憶がないのは魔法のせいなのか。
まだそれがなんだか分かっていないというのに……。
ただ、今は口を挟むときではない。
フィアトはというと、眉間の皺が地殻変動を起こし山脈を作り上げていた。
そんなのは気にも留めないベルカナは目線を下げ、顎に手を当て何かを考えている様子だ。
「想定よりも早い」……企んでいる……。
私はいつになったら真実を知れるのだ。
ベルカナは一拍おいて、再び私と目を合わせた。
「ヨハネ、君の記憶を消したのは私ではない。しかし、その人物を知らないと言えば嘘になる」
途端、フィアトが立ち上がろうとした。
すかさずベルカナはそれを制止し、なお私から目を反らさず続ける。
「私も彼も、君の過去を知っている。しかし言えない。言ってしまえば計画は破綻するかもしれないのだ、分かってほしい」
……冗談だろう?
そんな言葉で得できる人間は間違いなく人格が破綻している。
お前の事情何て知らない、さっさと白状しろ、そう言ってやってもいい。
……けれど、いや、だったらこの感覚は何だ。
何か引っかかる。
「ヨハネ、悪いが退席してほしい。これから先はまだ知られたくはない」
「ここまできてそれか? まだ何も話していないだろう。まさか、ヨハネに槍の事を――」
「元より退席させるつもりでしたよ、フィアト様」
何が言いかけたが、ベルカナはそれをかき消すように口を挟んだ。
ヨハネの槍……剣士だったことと関係ありそうだ。
ベルカナに促された私は部屋を出ることを余儀なくされた。
そうして、使用人に案内された私はとうとう元の場所に帰ってきた。
ガラス片が散乱していると思っていたが、既に片付けられているようだ。
私はオスアラをベッドに投げ捨て、ソファに腰を下ろした。
ため息が出るのも必然だった。
「と、いうわけさ。ここからは僕が君の相手さ。ささ、何か聞きたいことはあるかい、イデア」
「……あんたはその名で呼び続けるわけ?」
私は額に手を当て、目を閉じた。
「名前って言うのは、名づけ人の思いが詰まった意思そのものなんだ。僕の君への気持ちは首尾一貫さ」
私は鼻で笑った。
こいつは本当に緊張感というものがない。
「記憶を消したのって、もしかしてオスアラだったりする?」
「いーやぁ、オスアラ君はそんな魔法使えないよ。それにどうだろう、刀がそんなことに興味があると思うかい?」
「興味なんて知らない。それに、やっぱり刀じゃないんじゃないの? 元は人間だった、もしくはやっぱり刀のふりをしてどっかで観察してる、なんて可能性も否定できない」
「はは、まぁ今はそのタイミングじゃないからね。考える時間はたくさんあるとも、ぜひ正解を見つけてほしい」
今じゃないなら一体いつなんだ。
ただまぁ問い詰めたところでだ。
オスアラの言う通り時間をかければいい。
「もう一つ聞かせて、ベルカナの話はどこまでが本当なの? 教えて」
「ふ~むふむ、良いだろう。かわいい孫娘のためだ、サービス精神旺盛に答えてやろう」
誰かに寄せているのか声のトーンがいつもより低かった。
「森で倒れていた、というのは本当。僕を抱えていた、というのは嘘。君の記憶を消したのは彼自身じゃないっていうのは本当、犯人を知っているのも本当。僕と彼が悪だくみをしているのも本当だし、実は君はかつて人類を救った大英雄だっていうのも本当」
「最後の一言で何も信じられないんだけど」
「ははっ! 僕はいつだって正直者さ。案外本当かもしれないよ?」
……そういえば、フィアトも似たようなことを話してたっけ。
いや、ますます意味が分からない。
人類を救った大英雄様が、こんなところで何してるんだ。
「あっそ。じゃあさ、なんで私が刀を持ってたって嘘をついたと思う?」
「あぁそれね。元の計画では君と僕の繋がりを強固なものにするための演出だったんだけどねぇ。計画ってのは上手くいかないものだからね」
計画、ベルカナも言っていた。
聞いてもきっと答えないだろう。
「まぁ、だいぶ軌道がそれちゃってるんだけどね。目が覚めてしばらくしたらベルカナが部屋から出ただろ? あれは僕を取りに行ってただけなんだ」
「別に地下に置く必要はなかったんじゃない?」
仲間なんだし、すぐに使うし。
おかげで面倒この上ない。
「僕たちもただの仲間ってわけじゃないのさ。色々あるのさ」
「ふぅーん」
いつものことながら、一つを知れば二つの疑問が出てくる。
多少は置かれている立場を理解してきたが、それが氷山の一角なのは明らかだ。
私はこれからどうなるのだろうか。
記憶を取り戻したい気持ちは変わらない。
しかし、私を巻き込んで何かが起ころうとしている。
やれやれまったく、心休まる時間が欲しい。
大体これまで出会ってきた人、物全てろくでもない。
殺人鬼と訴える少女に、孫扱いしてくる老人。
喋る刀に、何かを企む騎士。
なんだ、夢か。
「待たせたなヨハネ」
フィアトだった。
話し合いが上手くいったのか、初めて会ったときのようにご機嫌だ。
「行くぞ。その刀は捨てておけ」
……え?
帰る……?
一体どこへ?
……まさか、フィアトの所?
いいのか?
正直ここに滞在し続けるのは不安ではあるが……。
かといってフィアトも信用できるのかと言われれば……こいつらよりはマシか。
「ベルカナ……さんは何とおっしゃっていましたか?」
「ふん。あんな奴気にするだけ無駄というやつよ」
あぁ、大体何があったのか察せられる。
私は僅かに悩んだ末にオスアラを掴み、怪訝そうに私を見下ろすフィアトに引っ張られるようにして外に出た。
しかしいい加減眠くなってきた。
もうどこでもいいから寝かせてほしい。
馬車が来るまで少し待つよう言われ、オスアラを突き立てて体重を預けていた時だった。
「イデア、少しいいか」
見送りに来たらしいベルカナに呼ばれ、私は屋敷の影に向かった。
背後でフィアトが睨み、今にも噛みついてきそうだったのは気のせいではないだろう。
「なんですか? あんまり待たせるとフィアト様が何て言うか……」
私は背後の大男の様子を気にしながらベルカナと向かい合った。
彼は言葉を選んでいるのか、話始めるのに間があった。
少なくともオスアラのことではないだろう。
嘘であるかどうかはさておき、彼はこの刀は私の物だと言っていた。
なら……なんだろう、心当たりがない。
「一言、言いたかっただけだ」
改まった様子の彼と目が合った。
……何だろうか。
いつでも監視している、とでも脅される。
なんだか怪しい人間から、一瞬にして要注意人物に変わった人間だ。
また何か変なことを言われても不思議はない。
それに、ベルカナも魔法が使える。
それ故記憶を消した容疑は晴れていない。
「いってらっしゃい、気を付けるんだぞ」
「……ぁ……?」
……。
どういう……。
いってらっしゃい……?
……何か魔法の類か……?
いやそんな訳が……。
聞き間違い……いや、違う。
「……ぇえっと、行ってきます?」
……であってるのだろうか。
いや、それにしたって……。
どんな心情なんだ。
「ヨハネ、帰るぞ!」
フィアトの怒号が良く聞こえた。
私はハッと我に返った。
ベルカナに頭を下げて、微妙な気まずさから逃げるように駆けた。
丁度馬車が到着したらしい。
「どんな恨み言を吐かれたんだ? あとでここを爆破してやる」
「何でもないですよ、気を付けろとだけ」
私はフィアトの手を借りて馬車に乗り込んだ。
しかし、まさかそんなことを言う人だとは思わなかった。
それに最後、何か言っていたような気がする。
なんであれ気味が悪い。
揺られているうちに、だんだん睡魔が力を増してきた。
考えるのは明日でもいいだろう。
長かった一日に、ようやく一息つくことができた。




