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IDEA24  作者: みかづき
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10/21

Episode10

「来ないで」


 聞き覚えのある声だった。


 そして、見覚えのある霧の濃い森。


 何か、生物を越えたナニカに監視されているようなおぞましさ。


 ……思い出した。


 あの夢と同じだ。


 しかし、今度は何かが違う。


 何だろうか、この違和感は。


「どうして?」


 ……どうして?


 どうして……とはどういうことだろう。


 何のことだ……?


 何に対してそんなことを?


 ここでは初めて聞く言葉だ。


 「来ないで」以上に意味が分からない。


 どんな気持ちでそんなことを言っているんだ。


 いや、そもそもだ。


「誰なの、あなた……ん?」


 声が出た。


 私の意思が、初めて夢に干渉した気がする。


 前回は何も出来なかった、というよりしようとも思えなかった。


 ……前回と言えば、そうだ、少女がいない。


 どんな風貌だったか覚えがないが、私は彼女の存在を通してこの世界を観察していた。

 

 それが今はどうだ、私の思うがままだ。

 

 好きなように、行きたいところへ行けてしまう。


 声は、私の問いかけには応答しなかった。


 そうなるのなら、やってみたいことが一つある。


 私は正体不明の少女と同じように走ってみることにした。

 

 木々の間を抜け、盛り上がる根を飛び越え、湿っぽい土を蹴って駆けた。


 しかし案の定、景色に代わり映えはない。


 だが、これでいい。


 もしかしたら、あの光の正体が何か手がかりが掴めるかもしれない。


 少女も走るのを辞めた時に光を見つけたのだ。


 同じ現象が起きる可能性はある。


「よし、思い通り」


 あの青白い光、間違いない。


 私は光が失われてしまう前に全力で走った。


 少女よりもずっと速いだろう。

 

 そのおかげだろう、光源にみるみる近づいていく。


 そう、まさにそこに人影を見たその時だった。


「あぐっっ……!」


 頭痛。


 それも尋常じゃない。


 脳を直接握られているような感覚。


 これ以上は走れない、いや、動けない。


 私はその場に倒れ込み、壊れてしまいそうな頭を抑え込んだ。


 痛みは増す一方だ。


 地面を爪で搔きむしり、気を紛らさせることしかできなかった。


「来ないで、イデア」


 金属を引っ搔いたような声が、私を拒絶した。


 ……あぁ、なんだこれ。


 分からない。


 ……何か見える……。


 ……人……?





――――――――





 苦痛で目を覚ますのは、朝に弱い私には致命的だった。


 ぼんやりする頭に鈍い痛みを加えて無理矢理働くことを強要してくる。


 だが幸運といえるのか、夢のそれに比べずっと軽い。


 ……そういえば、昨日夢を見た時も同じ具合の頭痛がした気がする。


 あの夢が頭痛の引き金になっている?


 冗談じゃないな。


「や、おはよう」


 声が聞こえた、というのは不適格か。


 頭の中に声のような意思が響いた。


 私は体を起こして、目頭を抑えた。


「おはよう……ぁれ?」


 私は見覚えのない部屋にいた。


 ここどこだっけ。


 ベルカナにいってらっしゃいされて……。


 あぁ、馬車に乗ったんだ。


 それから……。


 ……あれ、寝たんだっけ。


「ここどこ?」


「フィアトの家さ。あぁ、寝てたもんねイデア」


 そっか、そうだった。


 だから馬車に……。


 なるほど当然だ。


 察するにここは客室だろう。


 寝ている私をここまで運んでくれたのか。


 起きたらベッドなのはそのためだろう。


 ベルカナ邸のそれも中々寝心地が良かったが、ここのものも身体に合うのかよく眠れた。


 おかげで悪夢を二日連続で見ることが出来た。


 私はベッドから降りて体を伸ばし、部屋中を見て回った。


 ベルカナ邸よりも一層豪華な装飾で隅々まで彩られている。


 本物の金とか銀でも使われているんだろうか。


 それらの宝石に控えめな輝きを与えているのは、天井まで伸びる窓のカーテン越しの陽だ。


 カーテンを捲り覗いてみると、相変わらず陰鬱な影と目が合った。


 無論私だ。


 昨日見た時よりもやつれているように見える。


 なぜだろうか、考えてみれば理由はごまんとあった。


 記憶があるなし以前に死にかけているのだ。


 今日はゆっくりさせてもらいたい。


 ……と、髪の一部が白くなっていることに気づいた。


 昨日からあっただろうか。


 見てるだけで気が滅入る面なだけに覚えていない。


 おおよそ頭痛のせいで髪の栄養が抜けでもしたのだろう。


 この調子じゃ一週間後にはフィアトとお揃いになってしまう。


 ため息を漏らしながらカーテンを元に戻し、これまたふかふかなソファに体を沈めた。


 ……さて、どうしよう。


 部屋から出てもいい。


 フィアトのことだ、屋敷中歩き回っても何も言ってはこないだろう。


 ここに留まったって構わない。


 いずれ誰か部屋に来るだろう。


 それまではオスアラで遊んでいるのもいいだろう。


 煩わしい鈍痛は立ち上がるだけの気力を萎えさせる。


 二度寝……はないな。


「オスアラって昔の私の事、知ってるんだよね?」


 私は天井の絵を眺めながら、部屋の隅に置かれていた刀に問いかけた。


「うん? ……あぁ、ベルくんがそんなこと言ってたっけね。うん、知ってるよ」


「ベル……まあいいや。なら教えてよ、私のこと」


 正直オスアラには私の問いをはぐらかしている印象が強くなっている。


 とはいえ期待していないと言えば嘘だ。


 少し話してくれるだけで何かを思い出すきっかけになるはずだ。


 ……そもそも記憶は自然に戻るのだろうか。


 ベルカナは魔法をかけた張本人を探すのがいい、みたいなことを言っていた。


 オスアラが言うには、消された、ないしは取られたのだっけ。


 どんな理不尽なんだ、魔法とは。


 だが、それはともかくとして私(・)を知る行為に無駄はないだろう。


「ふーむ、実はその事で悩んでたところなんだよね。昨日も言ったけど、計画はもう大きくズレてしまった。けど、まだ修正不能になった訳じゃない」


「……まさか、またタイミングとか言い出さないよね?」


「許しておくれ、本当に都合が悪いんだ。今はベルカナを待ってあげてほしい。僕が独断で動くにはまだ早計なんだ」


「あっそ、分かったよ」


 計画、計画、計画。


 頼むから話してほしい。


 自分のことで手一杯なのに、他人の謀略に何故巻き込まれなければならないんだ。


 一体私は何をしでかしたんだ。


 煮え切らない態度のオスアラに嫌気が差しため息をついた。


 「どうして?」……か。


 夢で聞えた声が思い出される。


 私のセリフだ。


 どうしてこんなことになってるんだ。


 本当に勘弁してくれ。


 あぁ、まともで信頼できる人間に会いたい。


「すまないね。僕も彼も本意じゃないんだ」


「何も言わないで。悪意を持ってないのくらい分かってるから」


 碌でもないことに巻き込まれてはいるが、その中でもオスアラはよく助けてくれた。


 予想外の障害があったとしても、窮地を脱することができたのはオスアラがいたからだ。


 知りたいことをすべて話してくれる訳じゃないが、生存がかかった場面でなら多少は信頼できる。


 本来の用途で使う気はないが、手元に置いておかない理由はない。

 

 ソファの上で寝っ転がりながら、両開き扉の横に立てかけられたオスアラを一瞥した。


 私の物だったとかそうじゃないとか、そんな話もあった。


 オスアラ本人は否定しているが……まったく、いつになったら真実が分かるのやら。


 ――と、軽い木を叩くノック音が三回された。


「おはようございます、ヨハネ様。お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」


 オスアラではない女性の声が扉奥から聞こえた。


 返事をすると老齢の侍女が部屋に入り頭を下げた。


「レイブン様がお呼びです。お支度が済みましたらご案内いたします」


「レイ……誰ですか?」


 初耳の名に首を傾げた。


 すると侍女はハッとした様子で再び頭を下げた。


「失礼しました。レイブン様はフィアト様のお孫様でございます。ヨハネ様とはご友人であったと把握しておりますが」


「そう、なんですね……。支度は大丈夫です、今行きます」


 そういえば孫がいるって言っていたっけ。


 しかしまぁ、わたしはルクス家とどれだけ交流があるんだ。


 友達だって?


 私も貴族だったのか?


 ……まぁいい、その友(・)人(・)に聞くとしよう。


 私はオスアラを取り、侍女の後について部屋を出た。

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