Episode11
案内されて間もなく、ここが相当でかい屋敷だと気づいた。
意識の外にあったが、部屋の窓からは中庭が見えていた。
思えば小さな街一つが収まるほど広かった。
おそらく私のいた部屋は屋敷の最西端に位置しているが、それにしたって全体が見渡せなかった。
もはやどこまでが敷地内か分からない。
ベルカナの家なんか、十棟あったって空間に余裕があるだろう。
フィアトはなんてところに住んでるんだ。
部屋から出てすぐの窓から、私のいる場所が中心をくり抜いた回廊状の棟だと分かった。
下を見れば影で薄暗いが庭があり、上を見れば縦に長い窓ガラスが等間隔に並んでいる。
今は二階にいるらしい。
廊下は端から端まで踏み心地の良い絨毯が続いている。
……あ、また裸足だ。
あぁいやそんなことはどうでもいい。
部屋を出て右を突き当りまで行き、左手の馬車一台が余裕で通れてしまいそうな階段を下りた。
手すりにしろ壁にしろ、無地という概念が存在しない。
大理石や木材特有の模様すら匠の逸品に見えてくる。
天井には宗教画のような絵画が広がっている。
どうやって描いたんだそんなとこ。
絵の優劣は分からないが、何十年も修練しなければ描けぬほど細部へのこだわりを感じる。
中央に描かれた女性に見覚えを感じつつも、前を歩く老女を待たせるわけにはいかないので速足で一階へ降りた。
すぐ左手の扉から外へ出ると、中庭よりは狭いものの遜色ない広間に出た。
石造りのタイルが一面にびっしりひかれ、建物とは逆の左手には広間と同じ幅の大通りが街へ続いている。
が、それよりも目を引いたのは広間に使用人や武装した護衛、それに守られているであろう人など大勢が何やら事に追われている様子だ。
この中に私を呼んでいるらしいレイブンとかいう人物がいるんだろうか。
集団の近くに馬車が一台止められている。
しかし、フィアトやベルカナの姿を探すが見当たらない。
……ベルカナはいるはずもないか。
いやしかし、こんなに人がいて亭主がいないとはどういうことなんだ。
というか何が起きてるんだ。
これが日常……なのだろうか?
侍女に連れられ集団に近づいていくと、こちらの存在に気づいたのか彼らの視線が集まった。
刀を持った裸足の不審者が接近すればそりゃ注目の的だ。
オスアラを肌身離さず持っている限りこれから先も似たような場面に遭遇し続けるだろう。
……そのうち慣れるか。
それに彼らだって暇じゃないらしい。
今にも自分の仕事に戻っている。
ちらりと侍女を見やると、どうやら目的の人を見つけた様子だった。
「レイブン様、お連れしました」
彼女は一礼して脇にそれた。
そして、穏やかさ宿る蒼い瞳と目が合った。
太陽のような金色の髪が風で靡いている。
彼、レイブンは驚いたような顔を見せたと思ったら、すぐに笑顔を見せた。
しかしなんだろう、この気持ちは。
息を呑み、目を離すことができない存在感。
名誉を誇りとする、騎士の矜持を持つ気高さ。
一目見て、信頼に足ると納得させる善性の瞳。
しかしそれよりも、この高揚に似た動揺は一度覚えがある。
「どこか……会った気がする」
思わず心の声が漏れてしまった。
ベルカナに初めて会った時だったか、それともフィアトだったか。
彼らと会ったときにも似たような……既視感というか、懐かしさのような感覚を覚えたのだ。
それを目の前の青年にも確かに感じた。
いやもちろん、友人だという前情報がそう誤認させているのかもしれない。
しかし何というか、それ以上に知っているという確信がある。
年齢は同じくらいだろうか。
あぁいや、フィアトは歳を取らないとか言ってたっけ。
……なに真に受けてるんだ私は。
私は彼の顔をもう一度見直してみた。
――彼は、どこかで見たことがある顔をしていた。
「そうか……。それは……嬉しいな」
かける言葉を私は思いつかなかった。
いや、違うか。
これ以上、余計なことを言いたくないだけだ。
「ごめん。言葉は作ってきたはずなんだけどね」
黙ることしかできない。
つまり、そういうことなんだろう。
私はフィアトの時の失敗から何も学ばなかったらしい。
きっと彼は、私の内にまだ別の私を見ているのだろう。
失敗した。
自分を完全に制御できていないせいだ。
そもそも、しっかり考えれば相手がどんな心境で私と再会するかなんて想像ついたはずだ。
想像したとて、相手がどんな反応をするのかなんて正確に当てることができる訳じゃない。
だが、少なくとも最低は回避できたはずだった。
……馬鹿だ。
……この浅慮で無神経な性格は元からなのだろうか。
なるほど、フィアトが人付き合いが苦手だと言ったのは正しかったらしい。
きっと嫌われていただろう。
私だって嫌いだ、こんな人間。
「情けないところを見せたね。聞いていると思うが、改めて名乗らせてほしい。初めまして、僕はレイブン・フォン・ルクス。よろしく、ヨハネ」
ヨハネ……。
私はソレを知らない。
私だけが知らない、ソレの正体。
ヨハネの友人は、私をどんな気持ちで見ているんだろう。
彼は私に歩み寄り、手を差し伸べた。
「色々話したいことはあると思うけど、一先ず馬車に乗ろう」
「馬車……ですか?」
「あぁ、君には法廷に赴くよう命令が出ているんだ。だけど安心してくれ、君はあくまで証人として呼ばれてるだけだからね」
「ほ、法廷? 証人?」
なんだかまた変なことに巻き込まれたようだ。
一体誰の何を問うものなんだ。
心当たりなんてない。
というか証人?
記憶がない私に何ができる……。
そもそもなんで私を呼ぶんだ。
……違う、あるじゃないか。
昨日からの私が。
つまり……あの少女?
教会破壊したり、というか街中のいたるところを爆破したんだっけ。
あぁなるほど、それで私か。
……いるか、私?
他にも大勢被害者がいる中で、私?
直接顔を合わせたから?
……考えても無駄か。
行かないなんて選択は存在しない。
私は彼の手を取り馬車に乗り込んだ。
その手は、フィアトのものとよく似ていた。




