Episode12
馬車は私と向かいに座るレイブンを乗せると、間もなく発車した。
法廷には数分で着くらしい。
あまりにも急で半信半疑だが、正面の彼もさっきの侍女も顔が真剣だ。
まぁそれはいい。
私は気を紛らわせるために外の景色へ視線を逃がした。
しかし……気まずい。
何を考えているのだろうか?
私に対して、どんな気持ちを見出しているんだ。
……いや、それくらい想像できるだろう。
ただ、可能性を探れば探る程話しかけることができなくなる。
聞きたいことは山ほどある。
けれど、そんなことが軽々しくできる様子ではない。
しかしきっと、レイブンは笑って答えてくれるだろう。
それが私を躊躇わさせるには十分だ。
……諦めて宮殿でも見てよう。
今は宮殿の外周沿いを走ってるようだった。
もっともこれが本当に外周なのかはこの屋敷の住人に聞かねば分からない。
柵で囲われているわけではなく、私の背丈くらいある植物が壁のような役割を担っている。
かと思えば、馬車が簡単に入れるくらい幅がある道が、あのとても広い庭の方へ伸びている。
そんな道が2、3本あるんだから壁というより装飾目的でもありそうだ。
……だめだ、一向に気は紛れることがない。
ふと、ちらりとレイブンの様子を伺った。
彼は、いや彼もまた、先ほどの私と同じものを見ていた。
……何を考えているんだろう。
彼のことは何も知らない。
雰囲気通りの人物だとか、心の内がそう薄い人間でもあるまい。
果たして、その瞳には本当に私と同じ景色が写っているのだろうか。
宮殿が視界の端から見切れても、私と彼は窓の外を眺め続けた。
居心地は悪い。
彼も同じだろうか。
……いや、違うか。
彼の面持ちは、そういうものではなかった。
彼は……いや、君は一体何を思うんだろう。
――――――――――
馬車が止まった。
どうやら着いたらしい。
扉が開かれるとレイブンが先に降りた。
私もさっさとオスアラを取り、相変わらず段差の激しい足場を見下ろした。
「足元、気を付けて」
顔を上げると、彼は微笑み手を差し伸べてくれていた。
「ありがとう……ございます」
馬車から降り見えたのは、さっきの宮殿とは違い古臭い外観の建物だ。
私とレイブンは衛兵に建物へ招かれた。
……と、衛兵にオスアラを渡すよう止められる。
貴族との密室ですら取り上げられなかったが、初めて私の手から離れることになった。
……そういえば、持ち歩く意味はないのでは。
遠距離でも会話ができるのだ、私に不都合はない。
一応、地下に出るときオスアラに持ち出すように言われたが結局意図は分からない。
また時間があれば聞いてみよう、答えるかはさておき。
両開きの大扉を通ると、待機所のような空間が現れた。
外観に比べて内装はそれなりに綺麗だ。
裁判所と言えどレイブンみたいな貴族も来る場所だ、当然か。
そしてすぐ正面の、入り口から二枚目の大扉が法廷に続いているものらしい。
……あ、何を審議するのか聞くの忘れてた。
まあいいか、どうせあの少女のことだろう。
正直思うところもあるし……できればもう一度話して見たかった。
ただ私情のために庇うことはできない。
聞かれたことに素直に答えるのが私の役割だ。
私とレイブンはすぐに扉の奥へ案内された。
――足を踏み入れた途端、私の場違いを強く感じた。
フィアトの邸宅とは比べものにならない程天井が高い。
巨大なアーチ状の柱が両側に等間隔で奥へと続いている。
ベルカナやフィアトの邸宅とはまた違う、白を基調とした装飾、彫刻が瀟洒なデザインを飾っている。
ただ、既視感があった。
どこだったか……あ、そうだ。
少女に殺されかけたあの教会だ。
規模感は流石にこちらが圧倒的だが、内装の癖というか、共通点が見える。
これは……審議所というより大聖堂だろう。
しかしここには、私が少女から身を隠すのに使ったあの長椅子はどこにもない。
――正面だ。
私に圧を加え踏み出すことを躊躇わせる存在達は、ステンドグラスの光の元にいた。
陽の光で輝く服を身に着けた人物たちが横にずらっと並んでいる。
私と同じ目線に座る人、立っているもの含めここには一般人など存在しなかった。
この先、私は二度とこんな場所に立つことはないだろう。
ただの犯罪者を裁くだけで、こんな仰々しい場所に高位な人間が何人も集まる訳がない。
同時に、それだけのことを彼女はしたのかと考えさせられる。
私はレイブンに続いて入口から左側の傍聴スペースのような場所へ。
ただ、私たちに椅子は与えられないようで、目の前の中央と区切る柵以外何もない。
向こう側や、先ほどの正面では所々空席も目立つ。
まだ始まっていないようだ。
正面の上段に座っている黒服の人たちも何か話しあっている。
そうだ、今ならレイブンと何か話せるだろうか。
あくまでこの件について聞くだけだ。
彼が傷つくことはない……いや、だめか。
レイブンを見ると、既に誰かと話していた。
それもなんだか楽し気で、とても割って入れる空気じゃない。
……困った。
ならいっそ他の人と、というわけにはいかない。
微妙に視線を四方から感じている。
思えば前の聖職者たちは私のことを見ている気がしてくる。
やっぱり貴族たちに交じって庶民が来ていい場所じゃない。
……そもそも服装もなんか変だ。
街中で私と似たような服は一切見なかったし、この場でもそれは同じだ。
一体どこの民族衣装を着ているんだ。
帰ったらまず先にまともな服を貰おう。
……いや、まずは靴か。
「イデア、ちょっといいかな?」
「ぁっ……!?」
虚を突かれ、肩が跳ね上がった。
……しばらく顔を上げられそうもない。
「たはは、ごめんごめん。僕が話すときに合図を送れたらいいんだけどね、まだそこまで便利じゃないんだ、この魔法は」
「……何の用?」
髪が長い利点を嚙みしめながら応答した。
「伝えなくちゃいけないことがあるんだ。僕たちの今後、というより君の将来に関わるすっごく大事な事さ」
……将来?
私は心の中で首を傾げた。
いきなりにも程がある。
今、この場とは脈絡のない話題なだけに、オスアラの意図が見えない。
「君はこれから、選択に迫られることになる。それは、君の人生をまるっきり違うものにするものだ。だから……その時はどうか、自分が正しいと信じられるものを選んでほしい」
「急にどうしたの?」
そっちで何か起きているのか、オスアラに問いただした。
しかし彼の返事は「すぐに分かるよ」の一言で、それから返事はなかった。
すぐ、というのだからこれからの審議と関係していそうだが……。
鍵はあの少女なのか?
……ともかく、今私がすべきなのは心してこの法廷に望むことだろう。
ちゃんと話してくれればこんな考えなくても済むのに……。
一先ず頭を使うことに一区切りつけ、周りの様子を窺った。
空席はほとんどなくなっていた。
……あ、フィアトだ。
いつの間にか、左手の上段に彼の姿があった。
だが、眉間に皺を寄せて、とても関わりたくない風格がある。
話し声もほとんどなくなり、緊張が高まるのを肌で感じる。
――そして、大扉が開かれた。
皆の視線がそこに集中する。
淡い光が伸びる先に人影が現れた。
遠目からでも分かるガタイの良い衛兵に囲まれるように、背の低い少女の姿が……。
「は……?」
そこには突き押される少女がいるはずだった。
そのはずなのに……。
……いや、見間違えだ。
入口は僅かに暗く、鮮明に見えていないだけだ。
似ているだけ、他人の空似だ。
だというのに……。
――昨日の一場面が思い起こされた。
鎖で繋がれた人物は姿勢よく、悠々とこちらへ来る。
本当に……本当にあなたなのか。
彼はいよいよ私の目と鼻の先まで迫った。
私たちに囲まれた、その泰然自若な風貌を見て核心に至る。
「ベル……カナ?」
彼は私の声が聞こえたらしい。
無表情な紫苑の瞳との再会は、間もなく法廷になった。




