Episode13
……分からない。
何故、そんなところにいるのだ。
一体何をした?
……あの少女のこと?
けどあれは少女を鎮圧しただけだろう。
なら、教会を破壊したこと?
思い当たるのはそれしかない。
だが、その程度でこんなに人を集めるか?
いや、やはり私の知らない何かだろう。
……そうだ、思い出した。
ここにいる理由、フィアトとベルカナの会話にあったじゃないか。
「お前に掛けられている嫌疑」
これが何か聞くとはできなかったが、まさに今、これが問われるのではないのか。
……それが分かったとて、肝心の中身は分からない。
レイブンなら、何か知っているんじゃないのか?
「レイブン様、何でベルカナ様が……」
何か知っているかもしれない、そう思った。
だが彼は私の視線など気づきそうもない。
彼は額に冷汗をかき、目を見開いて、何か言いたげに口が僅かに開いている。
……まさか、レイブンですらベルカナが来るとは知らされていなかった?
誰も教えなかった?
何のために……?
……分からない。
あぁもう、分からないことだらけだ。
ならフィアトはどうだ、どんな顔でこの光景を……。
私は上座にいる、この状況を作ったと思しき人間に目を移した。
……は?
今……え?
視界の端に消えかけた白髪の彼。
見間違えてなどいない。
ベルカナは、笑っていた。
ベルカナが……笑っている。
分からない……気味が悪い。
……何なんだ。
何が起きているんだ。
――嫌な予感がする。
覚えのある感覚。
最後に感じたのは、あの少女が倒れるときだった。
底なしの沼にゆっくり沈んでいくような不快感。
今ならまだ逃げられる。
ここに長居するのはダメだ。
……分かっている。
分かっているのに、離れることは出来ない。
ここで何が起こるのか、見届ける必要がある。
オスアラが見てほしいのは、この先のはずなんだ。
ここから逃げる選択肢はない。
それに、全部ただの妄想だ。
悪い方に考えすぎている、それだけかもしれない。
そう……あってほしい。
私は首を振って、今一度彼に向き合った。
彼の佇まいは、おおよそ手を錠で繋がれているとは思えぬほど毅然としている。
どうして……そんな堂々としていられるんだ。
……と、上座に動きがあった。
他とは一線を画す煌びやかな人物が現れた。
誰よりも高い位置に座る冠を被った彼を中心に、この場は完成したように見える。
「これより、聖アルバ騎士団団長、ベルカナ卿へ審問を始めます」
進行役の一声で、一段と息苦しさが増した。
本当に始まるのか……。
「裁判長、その前に二ついいですか?」
落ち着き払った声だった。
何を言うのだろうか。
心臓の鼓動すら、彼の声を聴くには煩わしい。
彼に細心の注意を払って観察していると、彼は突然こちらに体を向けた。
また、紫苑の眼が私を見据えた。
「イデア、よく見ていろ。これは、君のためのものだからな」
「……は?」
……は?
……いや……え?
何……言ってるんだ?
私のため……?
……意味が分からない。
これとはつまり……裁判のことか?
……裁判が、私のため?
彼はふざけてなんかいない。
この場で、大真面目にそんなことを言っているんだ。
……猶更意味が分からない。
頭がおかしくなったんじゃないのか。
私に同調するように、冷ややかな眼光が彼に集中している。
「そして、私を殺したくて仕方がない皆さん。皆さんには二つ、要求があります」
彼は私から視線を外し、今度は自分に疑いをかける者たちに声を上げた。
彼の声を聴くために広がる静寂。
私は悪い予感に固唾を呑んだ。
「一つは、私にこれまで通り騎士団を使わせること。二つ目は、今後、私や騎士団が何しようと黙認し続けてください。これらが出来ないなら、この場で死んでもらいます」
……は?
今、何……死んで……?
……自分の立場が分かっているのか?
要求が受け入れられるわけがない。
そんなことが分からない馬鹿じゃない。
……まさか、本気で通るとでも?
大体なんで脅し文句を並べているんだ。
私たちの命を脅かすことができなければ脅しには……いや違う、魔法があるじゃないか。
あの少女にやったように、この場にいる全員を気絶させることもできるんじゃないのか。
……そうだ、この嫌な予感は嘘じゃない。
彼は本当に、私たちを殺すかもしれない。
「はっ。おい小僧、どうやら恐怖で自分が置かれている状況が分からなくなったようだな。誰に死んでもらうって?」
――と、凍り付いた室内にしゃがれた声が反響した。
フィアトだった。
彼は太い眉を吊り上げ、下層にいるベルカナを見下ろし嘲笑した。
「お前の騎士団は、もうお前の言うことなんて聞きたくないそうだぞ? 外は私の部下がハエ一匹入れぬ検問を敷いている。 魔法が……失礼、理心術が使えない孤独な騎士さんよ、どうやって我々に歯向かうつもりか教えてくれないか?」
理心術……?
言い直したようだが、魔法の別名……いや、待て待てどういうことだ?
それだと魔法が使えないことになる。
そんなはずない。
……使えなくなった?
何故……あの杖がないから?
それならさっきの仮説は間違っていることになる。
魔法以外の手段……フィアトの言う通りなら、騎士団の助けも借りられない。
他に協力者がいるのか……?
「口には気を付けた方がいいぞ、フィアト君。私の気分次第でここにいる全員は――」
「お二人とも、私語は控えてください。それにベルカナ卿、フィアト公の指摘の通りご自分の立場を弁えてください」
ベルカナの言葉は木を叩く音で遮られた。
進行役の呼びかけにフィアトは、椅子に深く座りなおして答えていた。
「よろしいかね。では、ベルカナ卿。君が問われているのは、人類共同防衛基本憲章第五章、聖遺物の利用についての違反である。心当たりは?」
その憲章とやらも当然知らない。
聖遺物含め、後で誰かに聞こう。
「……呆れましたよ議長殿。私の言葉がただの脅しだと思っているみたいですね」
ベルカナは深くため息をついた。
そうだ、脅しじゃないんだ。
だけどその手段が分からない。
そんなことをする理由もわからない。
ベルカナは終始、主導権を握っているかのように余裕がある。
その手枷がただの飾りだと錯覚してしまうほど、全く自然だ。
……どうかしている。
「やはり時間の無駄か……」
無駄……?
――また、嫌な予感がした。
心臓が跳ね体が無意識に物陰に引っ張られるような感覚。
そうだ……この後に起こるのは……。
でも、魔法は……。
「……は?」
それは私の声ではなかった。
複数の金属がぶつかり、そして床に鈍い音を発して制止した。
――それは手枷だった。
誰もが外れると思いもしなかったそれが、ベルカナの足もとに転がっている。
その拘束から外れた本人は、手首を見て鼻を鳴らした。
「初めからこうしておけばよかったな」
誰に向けたわけでもない、ベルカナの独り言。
それはあの少女に向けられた殺意よりも恐ろしかった。
誰もしゃべることはできない。
あのフィアトでさえ、あんなに目を見開いて……ぇ?
……なんで、そんなにつまらなさそうにしてるんだ。
さっきまでの威勢はどうしてしまったのだ。
なんでそんな……頬杖をついて他人事のような目をしているのだ。
……あぁ、そうか。
そういうことなのか、フィアト。
つまらないんじゃない。
穏やかにすら見えるのは、悟っているからなんだろう。
だから、そんな顔ができるのか。
……いや。
……いやいや。
フィアトだぞ?
まだ会って一日も経っていないけど、あなたはこうもあっさり受け入れてしまえる人間じゃないだろう。
……あなたは、あなただけはそんな顔……。
……レイブンは……。
縋る思いで、彼に視線を委ねようとした。
……だから、浅紫の双眼に射止められていることに気づいてしまった。
ソレは、私を見下ろしていた。
……ずっと高い、空よりも高い場所から、地上を這い回る虫を見るように。
そして、ソレはいつの間にか杖が握られていた。
少女と対峙した時のモノ……なのだろうか。
「おい、何を持って……」
また、誰かが呟いた。
今度は見て呉れがはっきりと見えた。
そのせいで、私は禍々しい異形の杖を目に焼き付けてしまった。
柄の部分は、ナニカの背骨で出来ているようだった。
そのナニカが何なのかは、考えたくもない。
ボロ切れが巻かれ、先端には蠢く肉塊が。
……ありえない。
もう、幻覚を見ているとしか考えられない。
あまりにも現実的では……人間的ではない。
……気持ち悪い。
既にそれら奇怪な存在たちを直視することは出来なかった。
――また、嫌な予感がした。
いつもなら、そう感じてから身を隠せるまで猶予があった。
「ぃっ……!」
気が付けば、私は柵にもたれかかっていた。
……あぁ、倒れたのか。
いつもみたく頭が痛い。
視界が霞む。
……体が揺れる……あぁ、レイブンか。
不思議と声が遠い。
顔がぼんやりしてる。
あぁ……本当に痛い……。




