Episode7
オスアラに案内され、私はそこかしこでため息が聞こえる街を歩いた。
せっかくの気分転換だが、こっちまで気が滅入ってくる。
思っていた通り大きな事件らしい。
歩いているだけで色々情報が手に入った。
曰く、こういうことは数ヶ月前にもあったらしい。
曰く、狙われているのは教会らしい。
さすがにため息が出た。
安全だと聞いていたのに一番危険な場所だったとは。
……オスアラはこの事を知っていたのか?
犯人に心当たりがあったと言っていたが……勘違いだったのか。
悪意があったとは思えないが……まあいい。
あの少女もそれに組する人間だったのだろう。
それで、ベルカナに見つかり制圧された。
思えば彼が騎士というのは事実なのかもしれない。
そうこう考えているうちに、街を一望できる高台に着いた。
「ここだよ。どうだい、良い眺めだろう?」
時間帯もばっちりさ、とオスアラは誇らしげに言った。
私は近くのベンチに腰をかけ、一息ついた。
思えば今日は立ってばかりだった。
さすがに足もヒリヒリする。
……あぁ、そういえば素足だった。
「確かに、いい場所だね」
陽は落ち着き、涼しくなる頃になった。
さっきまで爆発したり殺されかけていたというのに、ここにいるとまるで全て嘘のように感じる。
街の中心にデカい宮殿と、それを取り巻く背の高い建物が数棟建っている。
ただ、一部崩壊しているようだ。
通りすがりに聞いた話は案外本当なのかもしれない。
火柱の発生元もそこかもしれない。
私はそこから目を反らして大きく息を吸い、疲れを込めて息を吐いた。
「……今更だけど、オスアラは何で刀なの?」
「んん? あれ、てっきりそういうものとして受け入れてるものだと思ってたけど」
「そんなわけないじゃん」
そういえばオスアラには聞きたいことがたくさんあるんだった。
丁度いい、聞けるときに聞いてしまおう。
「うーん……。内緒、かな」
「どうして?」
ここにきて、オスアラが初めて私に秘密を持った。
だからといって信頼が揺らぐわけじゃないが、意図は全く読めない。
「それも内緒にさせてくれ。あぁでも安心して、話したくないってわけじゃないんだ。ただ物事にはタイミングがあるんだ」
一体それはいつになるのか。
もっとも、いつまでもオスアラ一緒にいるとは思えない。
私は適当にあしらうように次の質問へ移った。
「ベルカナとはどんな関係なの?」
「そりゃもちろん切っても切り離せない関係さ、刀だけにね」
「ベルカナとはどんな関係なの?」
「そ、そりゃもちろん……。え、えーっと……、ベルカナが答えてくれるはずだよ」
私は目を細めて刀を見下ろした。
別にそれくらい教えてくれたっていいだろう。
ベルカナを経由して答える理由はなんだ。
まったく、一体何なら教えてくれるんだ。
「次。っていっても質問になってるのか怪しいけど」
正直一番気になっていること。
それは火の柱のこと。
天井のこと。
あの一瞬のこと。
そして、オスアラの声が聞こえていること。
「あの火とか、ベルカナが天井突き破ったり、あなたの声もそうだけど。一括りしていいのか分からないけど……何て言うか、私には私の知らない何かがある気がするの。どうやってると思う?」
前者二つがどうであれ、自分自身の種くらいわかるだろう。
オスアラは飄々と答えた。
「そりゃ魔法だよ。あれれ。もしかしてそれも忘れちゃったのかい?」
「……魔法?」
私は頷いた。
忘れた、と言うからには知っていて当然だったということか。
「だから記憶について話してた時キョトンとしてたのか。話せば長くなるけど……そうだねぇ、過程を吹っ飛ばした結果、それが魔法さ」
「はぁ……」
分からんでもないが……いや、やっぱり分からない。
なんとも抽象的で核心に欠ける。
とはいえ過程か……なんだろうか、殴るという動作なしに痛みを与えるということだろうか?
あの火柱なら……どうなんだ?
どんな過程を省略すればあれになるんだ?
余計分かりずらくなった気がする。
「ま、勉強したいなら本を読むのをオススメするよ。他に質問はあるかい?」
彼はそう言って「魔法」の下りを終わらせた。
結局、その単語を知ったこと以外収穫がなかった。
「一応確認させて。じゃああなたは魔法なの?」
「僕自体は刀だよ。ただ、君と接触するために魔法は使っているよ」
なる……ほど?
つまりオスアラの理論で言えばこれも何かしらの過程を飛ばして……まるで想像つかない。
どうすれば声が相手の脳に直接届けられるんだ?
魔法も精神異常も、私には全部一緒にしか思えない。
私は首を振り、再び街に目を下ろした。
「いい景色だね、本当に」
「だろう? 人間もたまにはいい仕事をするんだよ」
刀特有の言い回しはさておき、確かに同意できる。
赤い屋根が畑のように広がる街。
住居だけじゃない、今は壊されてしまった教会や時計塔。
遠目からでも分かる豪華な宮殿に、そこから広がる広大な庭。
一本の河に、川岸は草花があしらえられている。
普段ならもっと活気に満ちていることが容易に想像できる。
私は立ち上がり腕を空に向かって伸ばした。
もう陽は落ちていた。
「あれ、もう行くのかい?」
よし、と気持ちの整理をつけオスアラを持ち上げた。
「ベルカナを待たせたくないもん」
ことが終わったら戻ると言っていたが、街の様子を見るに決着はついていそうだ。
待たせたくらいで機嫌が悪くなるような人間ではないだろうが、早く行くに越したことはない。
「それに、また来れるでしょ」
「……そうだね、そうしよう。そしてその時も、こうして僕が傍にいよう」
「急にしんみりするのは何?」
「はは、人情を提供するのも相棒の務めなのさ」
「いつから相棒になったの?」
「ふふん。1万年と2千年前からかな」
「……一体何歳の設定なの?」
「そんなのじゃないさ。けどそうだね、君に夢中になってたら1万年なんてほんの一瞬さ。僕の心は10代の若者と変わらないよ」
「ふーん」
命がかかってる場面と違って、平時であればこの口調も悪い気はしない。
もっとも1万年あっても空気を読む力は養われなかったらしい。
私は屋敷へ向けて歩き出した。
相変わらずどんよりとした空気感だ。
ただ、心に曇りはない。
息抜きができたおかげだろう。
「お前さん……もしやヨハネか?」
それは、ふと聞こえてきた。
騒がしい中でそれだけは確かに耳が捉えた。
誰に向けられた言葉なのか。
少なくとも私だと思ったわけじゃない。
しかし私の足は止まり、しゃがれた声の主へ振り返った。
「ふん、やっぱりだ。相変わらず不幸が極まった顔だな」
私をヨハネと呼んだ老人は、随分嬉しそうにそう言った。




