Episode4
「ずっと道なりに行けば梯子がある。そこがゴールだよ」
やはりこの声は私の知らない情報を話してくる。
直感だと一蹴するには違和感がある程正確な案内だ。
隠し通路に通じる扉があると言い、それは本当に実在した。
やはり私はここにゆかりがあったはずだ。
私が忘れている記憶を、この声だけが覚えている。
まったく厄介だ。
階段とは逆方向へ足早に向かった。
「そういえば記憶がないんだったよね?」
……なんの確認なんだ。
幻聴っていうのは独立した人格があるように振る舞うのか?
こんなもの無視……していいのか?
おかしな話ではあるが、こいつの……オスアラの協力があってこその今だ。
意味が分からない、どうして存在しない物の機嫌を取らなければならないんだ。
いや、この際存在云々は忘れよう。
情報を流してくれる中立者、それで十分だ。
「これから僕たちは長い間一緒にいることになるだろう? だからほら、君に名前を付けさせてほしいなって思ったんだ。いつまでも「君」って呼ぶのは心の距離が縮まる気がしないからさ」
「別にいいけど……変なのはやめてよ」
「そりゃもちろん。任せてくれ、名づけの経験は豊富なんだ」
「どういう人生送ったらそうなるの?」
はっはっはっ、とオスアラは気さくに笑った。
そうこうしているうちに天井から光が差す小さな空間が見えてきた。
梯子だ。
刀を片手にさっさと登った。
そういえばいつの間にかスリッパが脱げていた。
どこに落としたのやら、なんて考えているうちに地上に手が届いた。
そこは地上ではあったが建物の中だった。
屋敷の中を思わせる部屋だ。
「教会さ。どんな野蛮人でもここを攻撃する命知らずな恩知らずはいない」
部屋を出て礼拝堂に来た。
修道士や神父の一人くらいはいるだろうと身構えていたが、どうやら誰もいないようだ。
あの爆発で逃げてしまったのだろうか?
ここにいれば危険はないらしいが……。
言葉ぶりを聞く限り、神様は相当大切にされているようだ。
もっとも、崇められている存在が何かなんて……いや、覚えがある?
……そんな気がするだけだろうか。
とても大事なことだと思う。
けれど、肝心のナニカは分からない。
神様……今一つ思い出せそうにない。
ため息をつき、私は適当な長椅子に座った。
「イデア、なんて言うのはどうだい?」
唐突だったので、それが名前の話だというのを理解するのが遅れた。
「……なんか考えてたけど、意味とかあるの?」
「「本当の君を見つけられるといいね」っていう僕のささやかな願いさ。気に入ってくれたかい?」
……あぁ、そっか。
他人に言われると改めて実感する。
いつになったら思い出せるのだろうか。
出来ればさっさと思い出して、こんなのに頼る状況から抜け出したい。
「さっきの話の続きだけど。諦めるのもアリだよね。記憶を取り返すのは至難の業だ」
「……取り返す? どういうこと?」
私は首を傾げた。
「簡単な話、誰かに記憶を消された、もしくは取られたっていうことさ。その人を見つけるっていうのは、砂漠の中から砂金を探すようなものだよ」
オスアラは淡々と、それが事実であるように述べた。
記憶を消す?
取るだって?
物みたいに言うじゃないか。
それともなんだ、それを可能にする術があるとでもいうのか。
そんなものあるわけ……。
あの火柱、あれがまさにその術に該当するんじゃないか。
天高く伸びるあれ、そもそもどんなに薪を焚べ油を撒いたとしても、ああはならない。
それに……オスアラと話せているのが、私の異常なんかじゃないとしたら。
一つ、全てを解決する都合のいいものがあれば。
あるのか、そんなものが。
オスアラに詳しい説明を求めようとした。
――また、嫌な予感がした。
背後から何か、おぞましいものが迫っているのを感じる。
誰かが来る。
私はオスアラを引き寄せて椅子の影に隠れた。
直後、おそらく扉が破壊されたのか木片が勢いよく頭上を通過した。
どうする。
どう逃げる。
このまま伏せながらさっきの梯子まで逃げるか?
いや、戻ったところで屋敷には戻れない。
袋のネズミだろう。
視線を避けながら潜伏する?
屋敷では上手くいった、やれる見込みはある。
部屋に入ってきたのは……おそらく一人だ。
いける。
私は息を殺し、壁際まで後退しようとした。
「そこの人、大人しく出てくれば殺しはしませんよ」
無機質な女性の声だった。
そしてその声は間違いなく私に向けられている。
一体誰だ。
屋敷の人、というよりはあの火柱の関係者のように思える。
少なくとも私がだれか分かっているという言いぶりではない。
ほのかな殺意を確かに突き付けられている。
ここから扉まではそれなりに距離がある。
従うのが吉か。
私はオスアラの存在を悟られないよう、両手を上げながらゆっくり立ち上がった。
出来れば使わずに済むと嬉しいが。
「ごめんなさい。その、祈っていただけで……」
そこにいたのは少女だった。
大人のようには見えないが、しかし目つきに強い意志を感じる。
少女の羽織る足元まで伸びる白い外套が異様にキレイなのが印象的だった。
私はただ少女を観察していただけだった。
少女だってそうしていたはずだ。
だから、なのだろうか。
目が合うと、少女は目を大きく開いていた。
「……ぇ? な、……なんで、あなたが……」
「あなた……?」
あなた……。
あなたはあなただ。
私を指している、ただそれだけ。
でもなんだろう、含みのある言い方だ。
そうだ、まるで……。
「私のこと、知ってるんですか?」
屋敷の……?
「ごめんなさい、お屋敷が爆発するから怖くて――」
「黙ってください」
少女は私の言葉を遮り、視線を外した。
その一言は無機質とは違った。
怒り?
憎しみ?
殺意?
どれにも当てはまりそうな鋭い目つき。
「よく、私の前に立てますね」
「……えっと、どういうこ――」
「とぼけないでください」
間髪入れずに私の言葉は断ち切られた。
分からない。
少女はなぜそんな目で私を見るんだ。
「人殺し」
少女は確かに、そう言った。




