Episode19
少女について、暁という人間について、少し整理しておこう。
まず少女。
もう敵意はないだろう。
私に力を借りたい、そのために記憶を取り戻せるよう協力してくれる。
それに対して信用できないと言ったら「暁」に会って見てほしいと。
会うこと自体が罠……はないだろう。
罠を張る理由がない。
というか、それだと人格が破綻している。
それに、レイブンを仲介しているのだ。
死刑囚であろうが、盗賊であろうが、危険か否かを判断するのは私じゃない。
もし、レイブンが止めてくるのならそれでいい。
とりあえず、ゆっくり話せる時間を見つけねば。
「……浮かない顔だね。口に合わなかったかい?」
「え? う、ううん、美味しいよ。朝からこんなものが食べられて嬉しい」
「そっか……よかった、そう言ってもらえて嬉しいよ。それにしても、まさか一緒に食事が出来るとは思わなかった」
正面に座るレイブンは口元を緩ませ、パンをかじった。
起きてくるまで待った甲斐があった。
早朝、まさか部屋の前に私がいるとは思わなかっただろう。
あの驚いた顔、忘れられない。
すぐにいつもの顔に戻ったが、ほのかに表情が柔らかかった。
あの顔が見れただけで十分だ。
砕けた口調も慣れてきた。
ため口のせいか、使用人たちの視線は気になるが些細な悩みだ。
「レイブン、ちょっと相談があるんだけど……食べ終わったらさ、ちょっと外行かない?」
人のいる場所で話すわけにはいかない。
一応街中を爆破した少女の紹介だ、なるべく内密に進めた方が良い。
「分かったよ。でもごめん、今日は一日中外にいなくちゃならないんだ。夕食の後になら時間を作れると思う、それでも平気かい?」
「うん、ありがとうレイブン。お仕事頑張って」
よし、やっぱり頼りになる。
正直毎日忙しそうだし今日中にいけるとは思わなかった。
「時間を作る」だし無理しているのか……いや、好意に甘えよう。
「そういえば、ずっと本を読んでるらしいね。何か気になるものでもあったのかい?」
「えぇっと、魔法教本ってやつ。記憶が消えたのは魔法のせいらしくって……もしかしたら解決法があるかもしれないし、調べて損はないかなって」
「……なるほど、そういうことか。すまない、力になりたいと思ってるけど、魔法については詳しくないんだ」
「ううん、もう十分助けられてる。私の方こそ、もし私に出来ることがあるなら教えてほしい。あなたの力になりたい」
「……ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ」
うん、順調だ。
変な緊張感もない。
レイブンの表情に曇りもなし。
やっぱり変に考えすぎていただけだ。
ヨハネというノイズのせいで、この関係を築くまでに失敗が重なりすぎた。
しかし、もう繰り返すまい。
これからゆっくり良好な関係を形成していこう。
新しい蝋燭に火を付けようかというころ、執務室の扉が叩かれた。
レイブンだ。
「すまない、待たせてしまったね」
「大丈夫だよ、お仕事お疲れ様」
私たちは外に出て、昨日と同じ道を歩いた。
周りに人の気配はない……よし、このあたりでいいか。
「それで、相談ってなんだい?」
っと、先に口を開いたのはレイブンだった。
レイブンは足を止めた。
……大丈夫、私なら上手く丸め込める。
「えっとね、その……驚かないで聞いてほしいんだけど…………暁って人、知ってる?」
「…………なんで、その名前…………記憶ないって……だ、誰かから聞いたのかい?」
思った以上に驚いている……いや、問題ない。
私は昨晩のことと、教会で起きたことを全て話した。
最初は開いた口が塞がらない様子だったが、次第に相槌が増えていった。
同時に、その少女の名がアタラクシアであることを補足してくれた。
「私は記憶を取り戻したい。知りたいの、何で記憶を消されたのか」
少女の……いや、アタラクシア話が正しいのなら、犯人はもう死んでいるらしい。
だが、それがどうした。
何故、複数回も記憶を消されねばならなかったのだ。
知りたい。
何かやむを得ない事情でもあったのだろうか。
どんな理由なんだ?
犯人は師匠とやらだけなのか。
複数いたとしても不思議じゃない。
……それに、ベルカナをどうにかできるかもしれない。
正直、あいつとはあいつとは関わりたくない。
しかし、そういうわけにはいかない。
またあいつは私の前に現れる。
理由は分からない。
けれど、何か対策出来るとしたらそれは過去にヒントがあるはずだ。
私のために、私を知らなければ。
生きるために。
「……分かった。どうにかしてみるよ」
「っ! いいの……? …………ありがとうレイブン、助かる」
拳に力が入る。
思いの外あっさり了承が得られた。
少女の立場があれだし説得に苦労すると思っていたが……まぁいい。
……その顔はなんだ?
見覚えがある…………憐憫……いや、違う。
……ぁ、あの時のフィアト。
……とは少し違うか。
何か言いたいことがあるのか……?
やはり暁に何か思うところが……。
……聞いて、みようか?
傷つけるだろうか……可能性はある。
やめるべきか……いや、聞き方次第か?
「暁って、どういう人なの?」
なるべく感情を込めず「ふと気になったから聞いた」風を装った。
……風でもないか、純粋に気になる。
「……難しいな、あまり話したことがないんだ。……でも、きっと立派な人だった。僕と同じように君を師と慕い、友を助けるために命をかけていた」
私を……あぁ、剣士だったからか。
良い人か……イメージとは違う。
悪いように考えすぎていたのか。
……しかし、思ったよりも親密な関係性だった。
どんな話が聞けるのだろうか。
私を一番理解している……フィアトやレイブンもまだ話せていないだけで相当知っていそうだが。
……そこを考えても仕方ないか、言葉尻を捕らえてもしょうがない。
ある意味では、これが私の過去を知る人との最初の対話だ。
聞けることは全部聞こう。
それで……それできっと、もしかすると、私は少女とこの街を離れることになる。
ここにいれば安全だ。
ふかふかのベッドで目を覚まし、風呂にも入れ、温かい食事が出てくる。
不自由がないゆとりある生活。
だが、これを続けても得られるものは知識だけ。
それも、あくまであいつが来るまでの砂上の楼閣。
……話を聞いて、それでも何も思い出せないのだとしたら、少女の言う通りだ。
縁のある土地を訪れるか、馴染みのある行動をとる、知り合いと再会するなどした方が健全なアプローチだ。
ここに居続けても受動的な進展しか望めないのなら……別れを告げることもあり得る。
――――――――
二日経った。
レイブンは明日にでも会えるように手配してくれているそうだ。
しかしそれまでは日常だ。
朝、レイブンとの食事を恒例にすべく早く起き、食堂へ向かう途中。
「おう、元気にしてたかヨハネ」
と、廊下で酒瓶片手に黄昏ているフィアトの姿がそこにあった。
久しぶりに見た彼は多少やせ細ったように見える。
……いや、どうだろう。
明朗快活さに衰えが見えず、むしろ逞しくなった気さえする。
「お陰様で。フィアト様は、もう平気なんですか?」
「もちろんだとも。ルクスの男は刺突では殺せない」
はっはっはっ、と癒えたらしい腹が波を打ち、笑い声を響かせた。
すかさず酒瓶を空にする、不死身なのか?
けどよかった、無事に回復してくれた。
「しかし、こんな朝早くにどうした? 散歩なら付き合うぞ」
……いいかもしれない。
フィアトにはいろいろ聞きたいことが……いや、だめだめ。
「朝ご飯です。レイブンと食べる約束してて」
「……ほぉ、どうやらぶっ倒れている間に面白いことが起きていたようだな。どれ、身体も仕上がってきた、療養明け最初の食事が孫たちと一緒とは、気分上々」
……まぁ、いいか。
確かにご飯は大勢で食べるに限る。
「うははは、行こうかヨハネよ。何、無粋な真似はせん」
隣に控えている使用人に酒瓶を預けると、ついてこいと言わんばかりに食堂へ向かい始めた。
「あぁ、言いそびれたわ。髪色を似せてくれるのは嬉しいが、私とお揃いにするには少し気合が足りとらんぞ」
髪色……ってあぁ、そういえば。
前髪の一部に意識が寄った。
顔と違い、染まってしまった部分は隠せない。
しかしこう意識されると……インクでも塗れば誤魔化せるだろうか。
変な目立ち方は避けたい。
……いや、それはおかしい。
裸足で刀を持ち歩いていた私がそれを言うか?
ずれてるな、感覚。
食堂へ入ると、レイブンと目が合った。
待たせてしまったか、スープの湯気が仄かに薄い。
私はいつも通りレイブンの前、フィアトは上座に腰を下ろした。
私たちの分もすぐに運ばれてきた。
温かい……あぁもう、すごく申し訳ない。
誰か、取り替えてくれ……っと、あぁなんだ、持ってきてくれていたじゃないか。
よく見ていてくれた、優秀すぎる。
「おじい様、昨晩お送りしたお酒はもうお飲みになりましたか?」
昨晩……?
というかお酒って……今朝のあれのことか?
何渡してるんだ。
……いや、お酒は百薬の長だって聞いたことあるし……普通なのか?
「あぁ、いい味だったぞ。機会があればまた飲みたいものだ」
「……それが……製造されたのがパルーサのようで……」
「ふん、なるほどな。どうりで知らない味なわけだ。しかしあそこか……私の伝記は魔族狩りで締めくくられることになりそうだな」
フィアトは珍しく慎ましい声で笑っていた。
レイブンは……なんか愉快そうだ。
そんなところ悪いが、聞き逃せないものがある。
「……すみません、その、魔族……? ってなんですか?」
「おいおい、それも忘れたのか。あのクソガキ、いらんとこまで消しおって」
クソガキって……どんどん当たりがきつくなるな。
というかフィアトの中では犯人があいつで確定してるのか……?
フィアトにもアタラクシアとの会話を話そうか……いや、やめておこう。
話すにしても暁に会ってからだ。
変に反対されたら困る。
「魔族ってのはな、まぁ有り体言えば人類の敵だな。根絶させるべき母の失敗作、リリスの末裔」
「……よくわかんないです……」
フィアトはため息交じりに説明してくれた。
東方の広範囲に跋扈する、ほぼ全員が魔法を使ってくる魔族。
そんな奴らと人類の二千年続く絶滅戦争。
母という、この世界を創造した存在。
リリスという、母に背いた存在。
「書斎に創世神話の本がある。あとはそれを読め」
……神話か……暇があれば見てみるか。
しかし魔族か。
全員魔法を使える……考えただけでぞっとする。
そんなのと戦い続けてよく滅びなかったものだ。
というかそんなのにお酒のために戦おうとするフィアトは……流石に冗談か。
ベルカナ一人に街があの有り様だ、勝てっこない。
歴史の勉強をする気はなかったが……魔法と繋がりがあるなら一考の価値はあるだろう。
食後、ダメもとでフィアトに時間はあるか聞いてみたがやはり政務で忙しいみたいだ。
やはり積極的に動くなら少女に軍配が上がるか……いや、明日次第だ。




