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IDEA24  作者: みかづき
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17/21

Episode17

 鳥の囀りで目が覚めた。


 もう朝だ。


 体を起こして目頭をつまむ。


 夢は見なかった。


 そのおかげか、過去一調子が良い。


 固まった体を伸ばして立ち上がり、カーテンを開けきって朝日を部屋に取り込む。


 窓も開放すれば、無限に広がる庭の香りが風に運ばれ部屋を満たしていく。


 気持ちのいい朝だ。


 ボーっと外を眺めていると、部屋がノックされた。


 いつもの彼女だ。


「おはようございます。目覚めて間もないとは存じますが、朝食の前にお風呂はいかがですか?」

 

 お風呂……!


 入りたい。


 散々色んなことがあったせいで入浴なんて頭にもなかった。


 考えてみれば二日は入っていない。


 ……いや、ベルカナのところで寝ていた時も含めたらもっと……やめよう。


 確かに肌のべたつきがいい加減気持ち悪い。


 二つ返事で誘いを受け、いつもの背中についていった。


 ……と、浴室は隣だったらしい。


 さっさと脱衣所に入ると、いつの間にか老婦がタオルやら衣類を用意していた。


 仕事が早すぎる。


 それは良いのだが……。


「あの……」


 匠の技で、私の衣類を脱がしにかかっている。


 呼び止められた本人はきょとんとしている。


「自分で脱ぎます。というか……言いづらいんですけど、壁のほう見ててほしいです」


「……あぁ、なるほど。失礼いたしました。では外で待機しておりますので、何かあればお声がけください」


 ……何も言わなきゃこのまま服を脱がされていたに違いない。


 流石に嫌だ。


 一か所に脱いだ服を集め中に入ると、湯煙が立ち昇っていた。


 床材の石材がひんやりしていて気持ちいい。


 浴槽から桶で水を掬い、頭から被った。


「あぁ……生き返る……」


 温かい。


 全身の汚れが眠気と共に落ちていく感覚だ。


 気持ちいい。


 思わず何度も繰り返し浴びた。


 あぁ、幸せだ。


 ……と、そろそろいいか。


 私を待つ浴槽へ足を伸ばす。


「はぁ……最高……」


 極楽。


 肌を撫でれば、何の効果なのかすべすべする。


 体の内までポカポカしてきた。


 二日の間蓄積された疲労が嘘のように消えていくようだ。


 だが、これだけじゃない。


 浴槽に浸かりながら庭を見下ろすことができる。


 庭師たちが背の高い葉の壁を整えていたり、噴水を磨いていたりするのが見える。


 この宮殿を建築した人は天才だ、間違いない。


 ……そろそろ出るか。


 あの人を待たせていることを思い出した。


 このまましばらく浸かっていたいが、私のために拘束させるのは気が引ける。


 浴槽から引き揚げ水滴をタオルで吸収し、用意された衣類一式に袖を通した。


 ゆったりした長衣を着て、布で髪を包む。


 よし、準備できた。


 ノブに手を掛けると、ふと足になにがぶつかった。


 ……スリッパ


 ……なんか恥ずかしい。


「このままお食事になさいますか?」


 頷くとそのまま昨日の食堂へ先導され、部屋に入るや否やほのかに湯気が昇るスープやらパンが手際よく並べられた。


 だが、どう見ても私の分しかない。


「フィア……えっと、レイブン様はもう食べてしまったのですか?」


「えぇ、早朝に自室でお召しになられました。どうかなさいましたか?」


「いえ……なんでもないです」


 なら、今日も一人か……。


 ……いや、やめよう。


 食事を前にして俯いて考え事なんて失礼だ。


 込み上げてくる靄を飲み込むように、私はスープを口に含む。




 量はそれなりにあったが、残さず完食した。


 やはりここの料理は美味しい。


 使用人たちに感謝を伝え、食堂を後にした。


 途中、侍女に呼び止められ、一度部屋に戻った。


 どうやら髪の手入れをしてくれるらしい。


 頭の布を外し、髪を梳かしてもらう。


 ……と、一つ聞きたいことがあるのを忘れていた。


「そういえば、私が着てた服って……その、結構特殊というか……町で着ている人を一人も見かけなくて。どこかの民族衣装……なんでしょうか?」


 出自の手がかりになれば嬉しいが……。


「詳しくは存じておりませんが、昔、東洋のものだとお伺いしてことがございます」


「……東洋?」


 あの辺か……人がいるイメージがないな。


 ここがどの辺か知らないが、相当遠いことだけはわかる。


「申し訳ございません、小耳に挟んだ程度ですので詳細は。ただ、フィアト様、もしくはベルカナ様であればご存じだと思います。……ベルカナ様はお人柄こそ変わってしまいましたが……五十年前までは、ああいった方では……」


「五十年前……ですか?」


 聞けば、ベルカナはルクスと関わりがあったらしい。


 定期的に屋敷に顔を出しては、ふらっといなくなる。


 どうもベルカナは流浪人だったようだ。


 そして、そういう生活をしていたベルカナはとても人を殺すような人間ではなかったらしい。


 花々を愛し、人を慈しみ、争いを嘆く。


 まるで別人のようだ。


 考えに耽っていると、いつの間にか髪が一本に結われていた。


 髪も艶やかになり、触り心地が水のようだ。


 お礼をすると彼女は「お話ししたことは他言無用で」と一言残し、洗練された動きで退室していった。


 ……勉強でもしよう。


 あいつのことは……しばらく考えたくない。


 鉢合わせしないよう少し間をおいて部屋を出た。


 廊下を歩いていると少し向こうで扉が開いた。


 レイブンだ。


 目が合うと言葉に詰まり、誤魔化すように会釈が出た。


「おはよう、調子はどうだい?」


 気さくな様子にほんの少し安堵した。


「あっ……えっと、大丈夫です。レイブン様は……」


「万全さ、ルクスの男は体が丈夫なんだ」


 彼は頬を緩めて応えた。


 ……気まずい。


 なぜこうなる。


 フィアトと似た空気感、似た笑み。 


 居心地が悪いはずもない。


 ……分からない。


 もう一度会釈をして、横を通り抜けようとすると、レイブンに呼び止められた。


「少し外を歩かないかい? 色々あってゆっくり話す機会が取れなかった訳だし」


 どうだ? と手を差し伸べている。


 ……確かにまだちゃんと話したことはなかった。


 けど……馬車の時が思い起こされる。


 あれは胃が痛かった。


 ……いやでも、今回は話があるからこう言っているんだ。


「えっと、よろしくお願いします……?」


 何となく手を取ると、しっかり握り返された。


 ……なんで手を繋ぐんだろう。


 ルクスの血筋だろうか。


 見上げると、光に晒されると尚輝く海面のような蒼い瞳が私を見つめている。


 ……フィアトとは違う。


 妙な気分だ。


 私は彼の隣を歩き、宮殿から庭園へ出た。


 長衣が風に靡く。


 仄かに涼しさを感じる、心地よい快晴。


 もうじき秋が来るだろう。


「髪、結ってもらったのかい? 似合ってるね」


「ぇ……あ、ありがとうございます」


 ……気まずい原因は私だ。


 受け答えも下手で、目も合わせられない。


 ……ヨハネなら、どう接するんだろう。


 友人に、どんな言葉を投げるのだろう。


「無理して敬語を使ってるなら、その必要はないよ。むしろ、君さえよければため口で話してほしいな」


 心を見透かされたかのような気分だ。


 顔に出ていたか……いや、そんなのはどうでもいい。


 レイブンが歩み寄ってくれている。


 誘いに乗るべきだ。


 ……いや、相手は貴族だ。


 こうは言われても節度がある。


 いやでも、昔の関係性ならもう少し砕けた口調でも良い……のだろうか?


「……私は庶民ですから、その……あんまり失礼なことは……」


 ……目が合った。


 珍しく、いや、初めて彼の顔から笑みが消えた。


「君の言うことは正しいよ。ただ……僕は、ヨハネに様って呼ばれるのは……心が……痛いんだ」


 心が痛い……痛いのか。


 ……痛い……それもそうか、身体は友達と同じだもん。


 辛いに決まってる。


 ……あぁ、また失敗したのか。


 私は彼のことをまるで理解できていなかった。


 また間違えた。


「ごめん、こんなこと。忘れて欲しい」


 せめて、彼といるときは……私を殺そう。


 彼の求める人間はヨハネだ、私じゃない。


 彼が望んでいる。


「……分かった。いいよ、レイブン」


 笑え私。


 私ならできる。


 私なら、きっと理解できる。


 彼のため。


 彼が傷つかずに済むのなら、これが正解だ。


 その……はずなのに。


 ……本気で、そう思っているのに……。


 なんで、そんな辛そうな顔をしているんだ。


 笑って……全く誤魔化せてなんかいない。


 きっと彼は自分がどんな顔をしているのか気づいていない。


 気づいていないから、私もこんな……。


 ……私たちは、再会するべきではなかったのだろう。

 

 上手く彼の顔が見られない。


「……ありがとう、ヨハネ」


 何を間違えたのだろう。


 何が彼を傷つけたのだろう。


 何で、私は彼を傷つけることしか出来ないのだろう。


 いつの間にか、繋がれていた手が離れていた。


 私が離したのか、それとも彼が……。


「もう少し歩こう、向こうの花畑が綺麗なんだ」


 そう言うと、彼は何事もなかったように再び歩き出した。


 よく出来た人間だ。


 思うところはあるだろうに、それを悟らせまいと気丈に振る舞っている。


 本当に、強い人だ。 


 彼は決して笑みを絶やさず話しかけてくれる。


 けれど、確かに私に話しているはずなのに、どこか遠くの誰かに話しているような気がする。


 相槌を打ち、適当な返答をした。


 傍から見れば談笑していると思うだろう。


 レイブンだって、きっとヨハネとこうすることを望んでいる。


 上手くできているはずだ。


 ……本当にこれでいいのだろうか。


 私は……もっと、ヨハネに近づくべきなんじゃないのか。


 今は要求された理想を私の解釈で実行しているだけに過ぎない。


 ただの妄想、再現ですらないかもしれない。


「昔の私ってどんな感じだったの? フィアト様が言ってたみたいに無口だった?」


 彼は良い人だから、私に本音は言わないだろう。


 ヨハネのようになれ、と言うことは意志を捻じ曲げて行動を矯正しろと言っているのと同じ。


 そんなことは絶対に口にしない。


 だから今度は、私が歩み寄る番だ。


「……全然、そんなことないよ。不器用なところはあるけど、僕はそれが魅力だと思ってる。健気で思いやりのある、心清らかな人。それが君だよ」


 ……思いやりか。


 思いやり……。


 思いやり。


 ……あぁ、そういうことか。


 私は失われた温もりを再び手に収めた。


 まさかそんなことをされるとは思わなかったのか、僅かに足並みが乱れた。


「ダメ? せっかく二人で歩いてるのに……寂しいなって」


「ヨハネ、僕はただ…………いや、なんでもない。そうだね、確かに、君の言う通りだ」


 そう言うと、私の手を握り返してくれた。


 けれど……歯切れが悪い。


 まただ、無理に笑っているように見える。


 何が言いたいんだろう。


 何を求めているんだろう。


 ……これを聞いたら、どうなるんだろう。


 いや、分かっている。


 そんなことしてはいけない。


 彼に選択を迫ることになる。


 私の存在を彼に委ねることは、ヨハネの死を突き付けることだ。


 そんな辛いことをさせる必要はない。


 会話を重ねて真意を汲み取っていけばいい。


 少しずつヨハネに近づいていけばいい。 

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