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魔法の箱、視線の重力
時代は猛烈な速度で回転を始めていた。
かつて「紙」に縛られていた負債は、
いまや形を持たぬ「波」と
なって虚空を駆け巡っている。
昭和。
人々は茶の間の中心に置かれた
「魔法の箱」に跪き、そこから発せられる
光に魂を委ねた。
私は、特注のイタリア製スーツに身を包み、
赤坂にある放送局の薄暗い調整室に座っていた。
モニターの向こう側で、
一人の少女が歌っている。
名は、美空。
戦後、人々に希望を与えるために
「製造」された、三代目の器である。
「素晴らしい。
彼女が微笑むたび、
電波を通じて全国から『憧憬』という
名のエネルギーが吸い上げられていく」
だが、その裏側にあるものを、
私は観測していた。
一億人の「愛」は、その裏側に、
同質、あるいはそれ以上の
「劣等感」と「独占欲」を孕んでいる。
美空が輝けば輝くほど、
茶の間の人々は己の生活の醜さを
再確認し、無意識のうちに彼女へ
「呪い」を飛ばす。
「なぜお前だけが」
「お前もこちら側へ落ちてこい」
「汚れを見せろ」。
それらの不可視の負債が、
ブラウン管というゲートウェイを通じて、
リアルタイムで彼女の肉体へと
逆流していた___。




