第弐乃鳥居:朱色のインク
明治十年。
銀座の地下。
私は、完全に「黒い石」へと成り果てた伊織を、
秘密裏に九地無の里へと運び込んだ。
彼の肉体は、江戸のハクのような白ではない。
何万もの文字が重なり合い、
深淵のようにどす黒い、
それでいて金属的な光沢を放つ
「黒石」へと変貌していた。
江戸が「無知の沈黙」ならば、
明治は「情報の過剰」による石化である。
「事代さま。これを、また砕くのですか」
新しく雇い入れた里の隠密たちが、
恐怖に震えながら尋ねる。
私は頷き、手に持った杖で、伊織の胸を叩いた。
パキィ、と、美しい音が響く。
砕け散った伊織の肉体からは、
まるで万華鏡のように、
彼が飲み込んだ「文字」の欠片が零れ落ちた。
「この黒い石粉に、
彼が最期に吐き出した『屈辱の朱』を
混ぜなさい。
それが二本目の門の資材となる」
ハクの白鷺色の鳥居の隣に、
もう一本の鳥居が建立された。
それは、遠目には朱色に見えるが、
近づいてよく見れば、その表面にはびっしりと、
当時の新聞の罵詈雑言が
**刻印**されている。
人々は、その鳥居を「言葉の墓標」とも知らず、
近代化の成功を祝う
モニュメントとして称賛した。
二本目の鳥居。
この門が建ったことで、
新聞、雑誌、そして後に来る
「放送」という、
一方的な情報の暴力から生じる負債を、
九地無のシステムは効率的に
回収できるようになった。
私は、伊織の口内に残された
「石化した舌」を拾い上げる。
それはハクの舌よりも鋭利で、
刃物のように尖っていた。
それを自身の空洞へと収めると、
私の内側で二つの声が共鳴を始めた。
ハクの「うう……」という唸りと、
伊織の「殺せ……」という活字の軋み。
「多重奏には、まだ声が足りない」
私は、急速に変貌を遂げる東京の空を見上げた。
やがて空には電線が張り巡らされ、
言葉は紙を脱ぎ捨てて「電波」という
純粋なエネルギーへと進化するだろう。
その時、三本目の鳥居の糧となるのは、
どのような絶望だろうか。
事代の旅は、まだ始まったばかりであった___。
【明治編:完】




