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朱色のゲートウェイ ー 御神体 ー  作者: 此花 陽
明治編

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7/28

第弐乃鳥居:朱色のインク


 明治十年。


 銀座の地下。  


 私は、完全に「黒い石」へと成り果てた伊織を、

 秘密裏に九地無の里へと運び込んだ。


 彼の肉体は、江戸のハクのような白ではない。


 何万もの文字が重なり合い、

 深淵のようにどす黒い、

 それでいて金属的な光沢を放つ

「黒石」へと変貌していた。  


 江戸が「無知の沈黙」ならば、

 明治は「情報の過剰」による石化である。



「事代さま。これを、また砕くのですか」



 新しく雇い入れた里の隠密たちが、

 恐怖に震えながら尋ねる。  


 私は頷き、手に持った杖で、伊織の胸を叩いた。


 パキィ、と、美しい音が響く。  


 砕け散った伊織の肉体からは、

 まるで万華鏡のように、

 彼が飲み込んだ「文字」の欠片が零れ落ちた。



「この黒い石粉に、

 彼が最期に吐き出した『屈辱の朱』を

 混ぜなさい。


 それが二本目の門の資材となる」



 ハクの白鷺色の鳥居の隣に、

 もう一本の鳥居が建立された。  


 それは、遠目には朱色に見えるが、

 近づいてよく見れば、その表面にはびっしりと、

 当時の新聞の罵詈雑言ばりぞうごん


 **刻印エングレービング**されている。  



 人々は、その鳥居を「言葉の墓標」とも知らず、

 近代化の成功を祝う

 モニュメントとして称賛した。


 二本目の鳥居。


 この門が建ったことで、

 新聞、雑誌、そして後に来る


「放送」という、

 一方的な情報の暴力から生じる負債を、

 九地無のシステムは効率的に

 回収できるようになった。


 私は、伊織の口内に残された

「石化した舌」を拾い上げる。  


 それはハクの舌よりも鋭利で、

 刃物のように尖っていた。  


 それを自身の空洞へと収めると、

 私の内側で二つの声が共鳴を始めた。  


 ハクの「うう……」という唸りと、

 伊織の「殺せ……」という活字の軋み。



多重奏コーラスには、まだ声が足りない」



 私は、急速に変貌を遂げる東京の空を見上げた。


 やがて空には電線が張り巡らされ、

 言葉は紙を脱ぎ捨てて「電波」という

 純粋なエネルギーへと進化するだろう。  


 その時、三本目の鳥居の糧となるのは、

 どのような絶望だろうか。


 事代の旅は、まだ始まったばかりであった___。



【明治編:完】

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