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朱色のゲートウェイ ー 御神体 ー  作者: 此花 陽
明治編

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6/12

刻印される誹謗


 伊織は、かつての武士の誇りを、

 自らインクで汚していた。  


 彼は、自分がかつて仕えていた

 一族を貶める虚偽の記事を、

 自らの手で印刷機にかけていたのだ。


 その屈辱、その自己嫌悪。  


 彼が印刷機のハンドルを回すたび、

 紙から飛び出した「文字」が、

 黒い毒虫のように彼の肺へと

 吸い込まれていくのが私には見えた。



「苦しいか、伊織」



 私が背後から声をかけると、

 少年は死人のような顔を上げた。  


 その首筋には、既に黒い斑点が

 浮かび始めていた。


 それは、インクの汚れではない。


 活字という負債が、肉体を変質させ始めた証

 

 ――**「文字の石化」**である。



「……旦那、教えてくれ。


 俺が……俺が何をした。


 ただ、生きるために文字を刷っているだけだ……


 それなのに……」



 伊織の言葉は、途中でかすれた。  


 彼の喉の奥で、

 無数の鉛活字がジャラジャラと鳴っている。  


 江戸のハクが「抽象的な恨み」を

 飲み込んだのに対し、明治の伊織は

「具体的に綴られた罵倒」を

 飲み込み続けていた。


 私は、彼の胸元をはだけさせた。  


 そこには、新聞の見出しそのままの文字が、

 刺青のように肌に浮かび上がっていた。  


『恥知らず』『寄生虫』『時代の遺物』


 ―それら一つ一つの文字が、岩のように硬く、

 冷たく、彼の心臓を圧迫している。



「文明は、残酷だ。

 かつては一里にしか届かなかった悪意が、

 今は紙に乗って国中を駆け巡る。


 お前は、その溢れ出した

 言葉の『おり』を、

 一手に引き受けるために選ばれたのだよ」



 私は、懐から黒い万年筆を取り出した。  


 そのペン先で、伊織の額に最後の一文字


 ――「生贄いけにえ」という字を刻む。



「が、はぁっ……あああああ!!」



 伊織が叫んだ瞬間、

 彼の口から真っ黒なインクが噴き出した。  


 それは血ではなく、

 この国中の人間が吐き出した

「無責任な言葉」の凝縮体であった___。


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