刻印される誹謗
伊織は、かつての武士の誇りを、
自らインクで汚していた。
彼は、自分がかつて仕えていた
一族を貶める虚偽の記事を、
自らの手で印刷機にかけていたのだ。
その屈辱、その自己嫌悪。
彼が印刷機のハンドルを回すたび、
紙から飛び出した「文字」が、
黒い毒虫のように彼の肺へと
吸い込まれていくのが私には見えた。
「苦しいか、伊織」
私が背後から声をかけると、
少年は死人のような顔を上げた。
その首筋には、既に黒い斑点が
浮かび始めていた。
それは、インクの汚れではない。
活字という負債が、肉体を変質させ始めた証
――**「文字の石化」**である。
「……旦那、教えてくれ。
俺が……俺が何をした。
ただ、生きるために文字を刷っているだけだ……
それなのに……」
伊織の言葉は、途中で掠れた。
彼の喉の奥で、
無数の鉛活字がジャラジャラと鳴っている。
江戸のハクが「抽象的な恨み」を
飲み込んだのに対し、明治の伊織は
「具体的に綴られた罵倒」を
飲み込み続けていた。
私は、彼の胸元をはだけさせた。
そこには、新聞の見出しそのままの文字が、
刺青のように肌に浮かび上がっていた。
『恥知らず』『寄生虫』『時代の遺物』
―それら一つ一つの文字が、岩のように硬く、
冷たく、彼の心臓を圧迫している。
「文明は、残酷だ。
かつては一里にしか届かなかった悪意が、
今は紙に乗って国中を駆け巡る。
お前は、その溢れ出した
言葉の『澱』を、
一手に引き受けるために選ばれたのだよ」
私は、懐から黒い万年筆を取り出した。
そのペン先で、伊織の額に最後の一文字
――「生贄」という字を刻む。
「が、はぁっ……あああああ!!」
伊織が叫んだ瞬間、
彼の口から真っ黒なインクが噴き出した。
それは血ではなく、
この国中の人間が吐き出した
「無責任な言葉」の凝縮体であった___。




